第25話「元魔王、ライバルと競う」
「ユウキさまは
「するよ」
馬車の中。
俺はふたたびマーサと話をしていた。
「公爵家の人と仲間になれば、他の貴族とのトラブルを避けることができる。父さまに迷惑をかけないためには。そっちの方がいいだろ」
「さすがユウキさま。考えてらっしゃいますね」
もうひとつ、俺が普通の貴族を知るため、というのもある。
俺は人間の初心者だからな。
無理して普通の貴族のふりなんかしたら、ボロがでるかもしれない。
公爵家のオデット=スレイと一緒にいて、彼女の真似をすれば、『魔術ギルド』でも人間らしく暮らしていけるはずだ。
『ご主人ー。この先、魔物がいますよー』
不意に、窓からディックが飛び込んできた。
『街道の先に、ダークウルフがいるのですー。馬車を待ち構えていたようですよー』
「ベルゲンさん。この先に魔物がいます! まわりの馬車に合図を!!」
「は、はいっ!!」
御者席のベルゲンさんは、笛をくわえて吹き鳴らした。
短く3回。長く2回。魔物出現の合図だ。
ダークウルフは、大人より大きい身体を持つ狼だ。
漆黒の毛並みが特徴で、夕闇に紛れると存在に気づきにくい。
肉食で
そいつらが馬車を囲もうとしているとすると……面倒だな。
「ちょっと行ってくる。マーサのことを頼みます」
「へ? いや、ユウキさまが行くことは……」
「お気を付けて。ユウキさま!」
俺は馬車から飛び出した。
公爵家の護衛の兵士たちは剣を手に、まわりを見回してる。
「魔物だと!? どこにもいないではないか!!」
「男爵家の庶子が……人騒がせな」
「魔物がいるというなら、正確な場所を教えろ!!」
「前方にダークウルフ3匹。距離は馬車で10分進んだ距離です。ただし、それは陽動。左右から5匹ずつダークウルフが来ます。おそらく、こっちが正面の敵に気を取られてる間に、左右から攻撃するつもりでしょう。草むらに隠れているから見えづらい。注意して」
「「「……お、おぉ?」」」
これは使い魔のコウモリたちによる『超音波探知』だ。
俺の『
「ユウキ=グロッサリアの言うことは本当です。こちらでも魔物を探知いたしました」
オデット=スレイが馬車から降りてくる。
隣には、水色のローブを着た女性がいる。杖を持っている。魔術師か。
「手短に紹介いたします。こちらはわたくしの家庭教師です」
「……こちらの使い魔より先に探知する……すごい。どんな使い魔を……」
しゅる、と、家庭教師の女性の足首に、緑色の蛇が巻き付いた。
彼女は蛇の口元に耳を近づけ、うなずいてる。あれが家庭教師の使い魔か。
「……こちらの探知では……ダークウルフの部隊が3つ……とだけ。正確性では……敵いません」
「魔物の武器までわかるなんて。ユウキ=グロッサリアの使い魔は、どれだけ賢いのですか」
『ディック、ほめられましたー?』
「ああ。助かってる」
俺は肩にとまったディックの頭をなでた。
「まぁ、ダークウルフ程度なら、わたくしの『古代魔術』で片付けましょう。兵たちは正面の敵に備えてください」
「俺は?」
「ユウキ=グロッサリアは……そうですね。敵の
「わかりました」
正面から来るダークウルフはオデット=スレイと家庭教師の女性の魔法で倒す。
それまで、左右の敵たちが近づいてこないようにする、ということか。
さすが上級貴族、理にかなってる。
「ひとつ聞いてもいいですか。オデットさま」
「なんでしょうか、ユウキ=グロッサリア」
「普通の貴族とは、魔物の群れを倒すのにどれくらいの時間がかかるものなのでしょうか? やっぱり1時間くらいはかかるんですか?」
「……な!?」
オデット=スレイが眉をつり上げた。
「あなた、わたくしの力を疑っていますの?
「いえ、そうではなくて、魔術を使える貴族の、一般的なお話です」
「貴族ならダークウルフの群れを倒すのに、10分もかかりませんっ!」
「10分ですか」
「そうですっ!
なるほど。
一般的な貴族が10分。公爵家は5分。
ここは間を取って7分半ってことにしておこう。
「わかりました。では、行ってきます」
「ええ。あなたの使い魔なら敵を混乱させることが……って、本人が行ってどうしますの!? ねぇ!!」
俺は『
ダークウルフ退治に7分半か。現代の貴族ってすごいな。
『フィーラ村』のみんなは、ダークウルフ10匹と戦闘状態に入ってから、全滅させるまでに20分くらいかかってたもんな。
「少しは力を見せないとな。ちゃんと人間をやるためにも」
『ご主人ー!』
「右側の敵から片付ける。ディックは、敵の正確な位置を!」
『しょうちなのですー』
ディックの返事を聞きながら、俺は『
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魔物退治はさっさと済ませよう。
下手に時間をかけて「こんなに手間取るなんて、本当にあなたは人間ですか?」なんて疑われるわけにはいかない。
俺は身体を低くして、街道脇の草原を走っている。
片付けるのは、右側の奴らから。
『
『グガァ!?』
草むらに隠れていたダークウルフが俺に気づいた。けど、遅い。
「まずは一匹」
俺は、先頭にいたダークウルフの首に、短剣を突き立てた。
ダークウルフは悲鳴を上げて、動かなくなる。
その間に『身体強化』の紋章をひとつ消して、『
ズドドドドドドドドドドドッ!!
『グガァ!?』『ギイイイイイエエエ!?』『グガアアアアアァ!?』
火炎弾の直撃を喰らったダークウルフたちが吹っ飛び、燃え上がった。
右側はこれでよし。
『ごしゅじんー』『あるじさまー』『おやぶんー』
「ディック、ゲイル、ニール、首尾は?」
『ご指示の通り、街道にいるダークウルフを
「どれどれ?」
ジャンプして空中から見下ろすと……街道の上で、1匹のダークウルフが倒れてた。
毛皮に無数の傷がついてる。
『
逃げ出したダークウルフに向かって、石の槍が飛んでる。
「よくやった。俺はこのまま、街道左側にいるダークウルフを倒しに行く」
『いえ。奴らはもう逃げ出しておりますー』
「なに?」
『仲間の悲鳴と炎が見えたのでしょうー。勝てないと思ったのかとー』
「追う。支援を頼む」
俺は再び、2倍の『身体強化』で走り出す。
まずい。もうすぐ7分が過ぎる。
俺は地面を蹴った。
『飛翔』スキルを使って、空中からダークウルフを探す──いた。
背の高い草に隠れて、必死で逃げようとしてる。
「ディック、ゲイル、ニール。足止めを頼む」
『『『りょうかいー!!』』』
逃げようとしていたダークウルフたちの進路を、ディックたちがさえぎる。
通り抜けようとした奴が、翼で胸を切られて倒れる。
『身体強化』したコウモリたちの翼は恐ろしく堅く、鋭い。刃と同じくらい。
「今のうちに、っと」
『ギィアアアアアアアアアア!?』
俺はダークウルフたちを背後から攻撃した。
『ディックたちは敵を包囲しましたー』『向こうはパニック状態ですー』『気になるものも見つけましたー』
そして──
「……失敗か」
結局、全滅させるのに10分かかった。
人間の貴族のふりって難しいな。
「……おい。あれが男爵家の、ユウキ=グロッサリアだぞ……」
「……信じられねぇ。男爵家の庶子が、あんな戦いをするなんて」
「……オデットさまはとんでもない相手と同盟を結んだんじゃないか……」
兵士たちの話し声が聞こえる。みんなびっくりしてる。
そうだよな。あんなに時間がかかったんだもんな。
同盟相手として、頼りないって思うのは仕方ないよな……。
ほんと、人間のふりって難しい。
「申し訳ありません。オデット=スレイさま」
俺は馬車のところに戻り、公爵令嬢オデット=スレイに頭を下げた。
オデット=スレイは馬車の前で、じっと俺を見ている。
「…………」
「ダークウルフを倒すのに10分もかかってしまいました。公爵家の方なら、発見してから5分で片付ける魔物に10分もかかるとは、お恥ずかしい限りです」
「…………」
「頼りないとお考えながら、同盟を解消されても文句は言いませんが……」
「あなたね」
「はい」
「わたくしがなんと言ったか、覚えていらっしゃる?」
「ですから、公爵家なら魔物を発見してから5分で全滅させる、と」
「……わたくしが言葉足らずでしたわ。公爵家なら魔物と『戦闘に入ってから』5分で全滅させる、という意味で言ったんですわ」
「すいません間違えました」
「魔物を見つけてから5分で退治って、人間がそんな素早く動けるわけないでしょう!? 10分でも異常なのに!! 常識的に考えなさいな!!」
「田舎貴族なので都会の常識にはうといんです。以後、気をつけます」
俺は素直に頭を下げた。
意外といい人だな。公爵家令嬢オデット=スレイ。
俺の凡ミスをきちんと指摘してくれるんだもんな。
「……わたくしは、あなたの力量を見誤っておりましたわ。まさか、ここまですごい力をお持ちとは……。あなたほどの方なら、わたくしが同盟を結ばなくとも……」
「いえ、俺にはオデット=スレイさまの協力が必要だということがよくわかりました」
「えええっ!?」
「ぜひ、俺と同盟を結んでください。できれば、貴族としての常識を教えてくれると助かります。共に王女殿下の騎士を目指しましょう」
「むしろ、わたくしはあなたに興味が出てきましたわ」
とりあえず俺とオデット=スレイは、ふたたび握手した。
『キャゥ……キュウゥ』
同時に、俺の胸元から鳴き声が聞こえた。
「悪い。お前のことを忘れてた」
俺は服の下に隠しておいた小さな生き物を取り出した。
銀色の毛並みの、小さなキツネだ。
「なんですの……その生き物は」
「ダークウルフとの戦闘中に見つけました。この辺をナワバリにするキツネの子どものようです。他の家族は、ダークウルフに殺されてました」
「……もしかして、わたくしたちが襲われたのは……?」
「たぶん、このキツネの一家とダークウルフが戦ってたところに通りかかったんでしょうね。こいつの家族を殺して血に酔ったダークウルフが、俺たちにも襲いかかってきたんだそうです」
「見てきたように言いますわね」
「……ただの想像です」
「……大丈夫ですの、子どもといえど野生動物ですわよ?」
オデット=スレイはおそるおそる、子どもキツネに手を伸ばした。
「この子、
「噛まれました」
「噛まれたって!? 血は!?」
「出ました。でもすぐに謝ってくれました。俺の指示がないかぎり、人を
「飼うつもりですの!?」
「番犬の代わりにします。俺が『魔術ギルド』の研修生をやってる間、メイドのマーサが心配ですから」
「……まぁ、魔術師が使い魔を持つのは当然のことですが……」
「ありがとうございます。行くぞ、レミー」
『はいー、あるじさまー』
銀色キツネのレミーは、人の言葉で答えた。
さっき助けたとき、パニック状態だったレミーは俺を噛んだ。その時にこいつは俺の『
それから話し合って、俺の使い魔になることにしたんだ。
「家族のことは残念だったな。もう少し、俺たちが早くここに来てれば」
『……うぅぅ』
「とりあえず馬車に戻ろう。マーサと、コウモリのディックとニールとゲイルを紹介する。あと、飯もやるから」
『…………ありがとなのです。あるじさまー』
俺は子どもキツネのレミーを抱きかかえながら、馬車に戻った。
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「オデットさま」
「どうしましたの?」
「今のキツネって、体毛が銀色でしたよね」
「そうですわね」
「もしかしてキツネの上位種の、シルバー・ベイオフォックスじゃないでしょうか」
「魔力を使って人に変化するという?」
「はい」
「ありえませんわよ。シルバー・ベイオフォックスは人に慣れないと決まっているのですわ。あらゆる魔術師が手を尽くしても、使い魔にできなかったのですもの」
「そうですよね。それにどのみち、人に化けるには大量の魔力が必要なのですから。あの子ギツネが人に化けるには、何十年もかかりますものね」
「ですから、あれはただの銀色ギツネですわ」
「人に慣れていますものね」
「ええ、ユウキ=グロッサリアの腕の中でぐっすり眠っていますもの」
「ただのキツネですよね……きっと」
公爵令嬢オデットと彼女の家庭教師は、ユウキ=グロッサリアの背中を見ながら、そんなことをつぶやいたのだった。