第13話「元魔王、相棒とくつろぐ」
──数日後、『魔術ギルド』入学試験前日 (ユウキ視点)──
「…………たいくつだー」
ごろん、と、俺は宿のベッドで寝転がった。
窓の外からは、人の声。
町の真ん中にあるせいか、通りの音がよく聞こえるんだ、この宿。
「お茶をお持ちしました。ユウキさま」
「マーサ。カーテン開けていい?」
「ユウキさまがお望みなら。誰かに見つかったときの責任はすべてマーサが取ることにいたしますので、大丈夫です」
「ごめん。もう言わない」
我慢しとこう。
カーテンを開けたいのは、マーサもきっと、同じだからな。
王女殿下が来るなんて一世一代のイベントだ。本当なら、マーサだって王女の姿を見たいはずなのに。
ここは、町の宿屋。
王女殿下が男爵領に来ている間、俺はここで待機することになってる。
宿にはメイドのマーサと、屋敷の使用人が2人、一緒に来ている。マーサは俺の隣の部屋だ。
他の2人には「
結局、ゼロス兄さまの試験は、予定通りに行われることになった。
クララさんとバーンズさんのことは、誰もなにも言わなかった。
王家や『魔術ギルド』のことはわからないけど……もしかしたら試験終了後に教師カッヘルのミスを公表して処分、ということになるのかもしれない。
俺としては、ゼロス兄さまの試験が無事終われば、それでいいのだけれど。
「……俺はおとなしくしてるよ。別に王女殿下に会いたいわけじゃないからな」
俺はマーサが淹れてくれたお茶を口にした。
いつも通りの温度で、いつも通りの味だった。さすが。
「マーサも、一緒にお茶にしないか?」
「はい。では、カップをとってきますね」
「待ってる。あと、カーテンは開けないから」
「信じておりますよ。ユウキさま」
マーサは部屋を出て、カップを手に戻って来た。
俺が椅子をすすめると、素直に腰掛ける。
ここは屋敷じゃない。
「たいくつなら、ご本でも読みますか? ユウキさま」
「カッヘル先生が用意してくれた奴?」
「『すばらしき魔術ギルド』『魔術ギルドに入った人の栄光』『身分制の重要さについて』、この3冊を預かってきてます」
「読みたくねぇなぁ」
俺がため息をつくと、マーサは困ったように笑った。
こうしてると、宿に閉じ込められてるのも悪くないって思う。
それに……外にいると魔術の実験をしたくなるからな。
裏山で出会った少女は、火炎の『古代魔術』を使ってた。指の動きは覚えた。同じ紋章を書けば、俺にも同じ魔術が使えるはずだ。それをコウモリのディックたちに使うとどうなるか……。
「……
魔術師が、魔術にはまってしまうのはこれだ。
魔術を学ぶと、できることが増える。増えるから、さらに学んで増やしたくなる。
そのうちに、何をするかではなく、できることを増やすことが目的化して、研究だけの人生になってしまう。
そうなった奴を、俺は前世で見てきた。あんまりいいものじゃなかった。
「そういえばマーサって、将来のことって考えたりする?」
「ユウキさまは賢いので、この国の政治家になればいいと思います」
「俺の話じゃなくて」
「だって『リーダラの花』が
「どっかの商人。家を抜け出して町に来た時に会った」
「やっぱりユウキさまはすごいです……」
マーサの母親の病気は
見舞いに行くたびに『浄化』スキルを使ってるけど、治療には時間がかかる。
だから咳に効く花を持って行った。ベッドサイドに置いておけば、少し喉の刺激がやわらぐ奴を。
マーサには、東方から来た商人から聞いた、って言っといた。
もちろん、本当のことだ。今世じゃなくて、前世の話だけど。
「ユウキさまも『魔術ギルド』の試験を受けられたらいいのに」
「面倒だからいやだ」
「ご存じですか? 試験の会場は『キトラルの森』になったそうですよ」
「裏山と沼はだめだったか」
「候補地は3箇所あったんですよね。裏山は絶対にダメで、沼は得体がしれないものがいそうだからダメ、だそうです」
「そうだろうな」
クララって少女と、老人バーンズならそう判断するだろう。
教師カッヘルが超安全だって報告してた裏山で『ダークベア』に襲われたんだから、すでにカッヘルの信用はゼロだ。
となると、動きづらい沼もダメ。
他に魔術が人目につかずに使える場所は『キトラルの森』くらいだ。
今ごろは王女さまが領内に入ってるはずだ。
そこにクララとバーンズ老人も同行してるんだろうか。
クララ=リステス。
彼女は、ライルの娘のアリスと瓜二つだった。
「例えばさ、マーサ」
「なんですか、ユウキさま」
「少し質問が……その前に、お茶にもうちょっとハチミツ入れて」
「寝る前に歯を
「わかってるよ」
「20分以上ですよ?」
「子どもじゃないんだから。ところで、マーサは一人っ子だよな」
「はい」
「例えばの話だけど、自分より少し上の年齢で、母親のメリーサそっくりの女の子がいたら、血縁を疑う?」
「ユウキさまはうちの家庭環境に問題があると?」
「例えばだよ。知り合いの話」
「知り合いですか?」
「例えば、俺が息子のように思ってた奴の娘と良く似た女の子がいたら、血縁を疑うべきだろうか、って」
「世の中には似た人が3人はいるって聞きます」
「だよな」
「だから、私だったら顔じゃなくて、他のもので判断します」
「他のもの?」
「例えば、うちのお母さんはリンゴのパイを焼くのが得意です。お母さんのパイはとても美味しいです」
「知ってる。メリーサのパイは俺も大好物だ」
「でもそれは、お母さんがおばあちゃんから学んだものだそうです。おばあちゃんは、ひいおばあちゃんから。だから、うちの家系はみんなリンゴのパイが大好きなんです」
「つまり、好物で判断できると?」
「うーん。でもこれは、同じ家に住んでないと伝わらない習性ですね」
「いや、十分だ」
もっとも、俺がもう一度クララ=リステスに出会う可能性は低い。
好きな食べ物を聞く機会もないだろう。
この時代にアリスの好物だった『鹿肉の薄皮パイ包み、辛みソース』が残ってるかどうかも不明だ。
「参考になった。ありがとう、マーサ」
「よかったです」
「感謝してる。俺が家を出ることになったら、マーサについてきて欲しいくらいだ」
「私はルーミアさまがお嫁に行くまで、お屋敷で働きたいので」
「マーサの考え方は参考になるんだけどな。一般人の視点として」
「情熱的なお誘いなら、考えますけど」
「それは俺が成人……15歳くらいになってから」
「では私も、成人するころになったら、改めてお答えいたします」
俺とマーサはそろってお茶をすすった。
「そういえば、私が留守のとき、自宅に荷物が届いてました」
「荷物?」
「『ダークベア』の爪でした。焦げてましたけど、いいお金になりました」
「親切な人がいたもんだな」
「誰なんでしょうね。お母さんは、笑ってましたけど」
「さぁねぇ」
俺とマーサはまた、一緒にお茶をすすった。
こんな時間も、悪くない。
俺とマーサが同じ時間を過ごせたらいいんだがな。
……『魔術ギルド』に行けば、そんな『古代魔術』も……あるんだろうか。
「……
「どんな妄想ですか。ユウキさま」
「マーサにはとても言えない」
「情熱的なお誘いなら、実現するかもしれませんよ?」
「……なにか勘違いしてるだろ」
「次に髪を洗ってさしあげるとき、確かめるといたしましょう」
メイド服の胸を押さえて不敵に笑うのやめなさい。マーサ。
「ユウキさま! ユウキさまはいらっしゃいますか!?」
不意に足音がして、部屋のドアが開いた。
入って来たのは、屋敷から派遣されたメイドだった。
「ここにいるよ。俺が消えたらマーサが怒られるからな」
「このマーサがいなければ脱走するような言い方ですね」
「少なくとも気づかれないようにはしてると思う」
「マーサ大活躍です。メイドの
「えらいえらい。あ、ハチミツ取って」
「入れすぎですよ。ユウキさま」
言いながらマーサはハチミツ壺を俺の方に──
「そんな場合ではありません! ユウキさまも、マーサも」
「ハチミツ壺返して」
「……男爵さまより、ユウキさまは屋敷に戻るようにとの仰せです」
…………は?
「王女殿下の使いの方より、男爵家の家族全員で挨拶をするようにとのお達しがあったのです。すぐに屋敷にお戻りください。ユウキさま!」
次回、第14話は明日の夕方に更新する予定です。