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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第5章

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第129話「ユウキの帰還と、由緒正しいおまじない」

 すいません。ちょっと間が空いてしまいました……。

 更新、再開します。





 ──ユウキ視点──




 皇女ナイラーラの『聖王(ロード=オブ=)(パラディン)』を倒したあと──

 俺は、国境から少し離れたところにある町にやってきた。

 国境で別れたアイリスとは、この町で合流することになっている。


 急いできたつもりだったけど、すっかり遅くなってしまった。

 日は暮れて、時刻はもう夜。

 アイリスはもう眠ってる時間だ。


 俺は国境を離れるとき、王都に伝令に行くと言って出てきた。

 だけど結局、俺は王都には行かなかった。


 アイリスが心配で、放っておけなかったからだ。

 捕虜(ほりょ)尋問(じんもん)したとき、あいつ、泣きそうになってたから。


 今のアイリスは王女だから、前世で村娘アリスだったときよりも、かなり落ち着いてる。

 そのアイリスが不安定になってるのを見ると──どうも、落ち着かないんだ。


 だから俺は、王都にコウモリを送って、書状だけを届けることにした。

 宛先はオデットにしておいた。彼女なら、話を合わせてくれるはずだ。


 その後は『黒王騎』をまとって、町の近くまでやって来た。

 町の城壁がぎりぎり見えるところで『黒王騎』を脱いで、収納魔術で隠した。

 偵察(ていさつ)に出したコウモリたちからは、町に異常がないことを確認してもらった。

 そうして、町に入ることにしたのだった。





「アイリス殿下の護衛騎士、ユウキ=グロッサリア。ただいま戻りました」


 俺は宿舎を警護する兵士に向かって、告げた。


「残念ながら王都にたどりつくことはできず、書状を使い魔を通して送るのみとなりました。お許し下さい」

「おお。ユウキ=グロッサリアどの!」


 宿舎の隣の建物から、若い兵士が走り出てきた。

 ロッゾ=バーンズさんの部下だ。


「心配しておりました。ご無事でなによりです!」

「遅くなって申し訳ありません。国境の方は大丈夫ですか?」

「われらが隊長が守っております。問題はございませんよ」

「わかりました。では、ロッゾ=バーンズさまに報告をお願いします。国境より送り出された伝令の方が……街道の脇の草原で、倒れておりました。その方は自分が近くの町まで運び、町の衛兵に保護していただいております」

「なんと!??」


 兵士さんが目を見開く。

 俺は報告を続ける。


 ロッゾ=バーンズさんが送り出した伝令兵が、10数人の騎士に襲われたらしいこと。

 その伝令兵が、騎士たちが王都を目指していると教えてくれたこと。


 それを俺が保護して (もちろん俺が『黒王(ロード=オブ=)(ノワール)』を着ていたことは隠した)近くの町へと連れていったこと。

 王都への伝令は町の兵士に任せて、俺がアイリス殿下のところへ戻ってきたこと。


 念のため、王都へ事情を知らせるために、使い魔のコウモリを飛ばしたこと。

 宛先は、親友で公爵令嬢のオデット=スレイ。

 彼女から『魔術ギルド』に情報を伝えてくれるように頼んだこと──


 ──以上。

 ほとんどが事実だ。

 俺が敵の『王騎』を倒したことを除けば、嘘はついていない。



「……そんなことがあったとは」


 兵士は、ぎりり、と唇をかみしめた。


「承知しました。すぐにロッゾ=バーンズ隊長にも知らせましょう」

「お願いします」

「それから、これは隊長からの依頼なのですが……護衛騎士ユウキさまは、戻り次第、アイリス殿下についていてくださるようにとのことです。殿下を安心させるためにも」

「わかりました。殿下になにかあったのですか?」

「これは隊長と、側付きのメイドが言っていたことなのですが……」


 ロッゾ=バーンズさんの部下は、声をひそめた。


「『聖域教会』の捕虜(ほりょ)と話をしてから……殿下は眠れていないようなのです」

「……え?」

「殿下はまだお若い少女でいらっしゃいます。王族の役目とはいえ、あのようなものと言葉を交わせば、お心が休まらないのは無理はないでしょう。どうか、ユウキどのが殿下を安心させて差し上げてください」

「わかりました」


 それから俺は、アイリスの宿舎の場所を教えてもらった。

 彼女を護衛する一行は、この町の宿を借り上げたらしい。俺の宿も手配されていた。助かる。


 でも、アイリス……眠れないのか。

 やっぱり、戻ってきてよかった。


 あいつは大事な、俺の家族だ。

 それに、俺と違って不死じゃない。

 アイリス──アリスがが熱を出して苦しそうにしてるのは、死紋病のときに見てるけど──あんな思いはこりごりなんだよ……。


 そんなことを考えながら、俺はアイリスの部屋をめざしたのだった。





「遅い時間に申し訳ありません。護衛騎士ユウキ=グロッサリア。帰還いたしました。アイリス殿下にお取り次ぎをお願いいたします」


 アイリスの部屋の前で、俺は言った。

 世話係のメイドは首を横に振って、


「申し訳ございませんユウキさま。アイリス殿下はもうお休みになっていらっしゃいます」

「そうですか」

「殿下は最近、よく眠れていらっしゃらないようなのです。ですから、貴重な睡眠をさまたげるようなことは──」




「──お待ちなさい」




 不意に、部屋の中からアイリスの声がした。


「で、殿下。お休みになられたのでは……?」

「──ユウキ=グロッサリアさまを、部屋に通してください」

「し、しかし。もうこんな時間です。旅先でお疲れでもありましょう。殿下はゆっくりと眠られた方が」

「──私は王家の者としてここに来ております」


 扉の向こうで静かに、アイリスは言った。

 (りん)とした、気品のある声だった。


「国の大事を語るのに、時間など気にしてはいられません。私のユウキさま──いえ、私の護衛騎士ユウキ=グロッサリアさまは長旅をされて、貴重な情報を持ち帰ってくださったのです。それをうかがうのは、王女としての義務です」

「……殿下。なんとご立派な」


 メイドの女性は感動に震えながら、閉じた扉の前で深々と頭を下げている。


「承知いたしました。そういうことでしたら──どうぞ。ユウキ=グロッサリアさま」

「恐れ入ります」


 俺は扉の前に移動する。

 メイドの女性が扉に手を掛けると、ふたたび声がした。


「ここからは国の大事について話し合う場となります。申し訳ありませんが、ユウキさま以外の方は席を外してください」

「は、はい」

「それではユウキさま、どうぞ──」


 アイリスの言葉を聞いて、メイドと、廊下に控えていた護衛の兵士たちが去って行く。

 それを確認して、俺はアイリスの部屋に入った。






「──マイロード」

「話はあとだ。まず寝ろ」


 俺は寝間着姿のアイリスの横を通り過ぎた。

 そのままベッドに近づき、ぐしゃぐしゃになったシーツを直す。

 続いて、なぜか床に落っこちてた枕をベッドに戻し、毛布を整える。


 そうして改めてアイリスの方を見ると──やっぱり、目にくまができている。

 声を聞いたらわかった。こいつ、本当に寝てない。


 前世からのつきあいだからな。

 声を聞けば体調くらいはわかる。

 それくらいできないと、村の守り神はつとまらないんだ。


「……マ、マイロード」

「悪い。お前の体調のことを、もっと考えてやるべきだった。捕虜と話したあと、お前が眠れなくなることくらい、気づくべきだったんだ」


 国境で敵の捕虜と話したときから、アイリスは不安定になってた。

 相手が聖域教会の残党だったからだ。

 それで、昔のことを思い出したんだろう。


 本当はついててやるべきだったけど、俺は敵の『王騎(ロード)』を放っておけなかった。

 それでも、早く帰ってこられたのはオデットのおかげだ。

 彼女が『霊王(ロード=オブ=)(ファントム)』で敵を食い止めてくれてなければ、被害はもっと大きくなっていた。死者も出ていたかもしれない。

 彼女がいたから、アイリスの睡眠不足も最低限で済んだんだ。

 本当に、感謝しないとな。


「マイロードは……どうして私が眠れなくなったのか、わかるんですか?」

「『聖域教会』の残党と話をして、昔のことを思い出した。その後に俺が王都に出発したから、前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥが死んだときのことを思い出した。それを夢に見て、眠るのが怖くなった。違うか?」

「……違いません」


 アイリスは俺を見て、照れたように笑った。


「やっぱり……私のマイロードはすごいです」

「俺は無事に戻ってきた。怪我もしてない。だから安心して寝ろ」

「は、はい……わわっ」


 アイリスは声をあげる。

 俺が寝間着姿の彼女を抱き上げたからだ。

 そのまま俺はアイリスをベッドに移動させる。

 身体に毛布をかけてから、両肩と額に軽く触れる。これは『フィーラ村』時代の、よく眠れるようにというおまじないだ。


 ──『フィーラ』には不死の魔術師がいる。

 ──夢の中だって、悪いものは子どもたちに近づけない。

 ──その守り神が、悪夢を払うおまじないをしてあげたんだから、安心して眠りなさい。


 実に150年の伝統がある『おやすみなさい』のおまじないで、効果は保証付きだ。


「マ、マイロード。私、たくさん話したいことがあるんですよ……?」

「それはあとだ。元『村の守り神』として、体調不良の村人を放っておくわけにはいかないんだ」

「……もう」

「問題は解決した。起きたら全部話してやるよ。今はゆっくり眠ってくれ」

「……ずるいです、マイロード」


 ベッドに横たわるアイリスの目が、ゆっくりと閉じていく。


「……私が……マイロードのおまじないに抵抗できるわけないじゃないですか」

「ああ。抵抗は無駄だ。俺は近くにいるから、安心して休め」

「はい。でも……残念でもあります。本当は私も、マイロードと一緒に戦いたかったのに……」


 毛布をぎゅ、と握りしめて、アイリスは言った。


「私……なんで王女に転生したのかな。普通の村娘だったら、また、マイロードに魔術を教えてもらって……隣で一緒に戦うことができたのに……」

「あぶなっかしいから駄目」

「そんなぁ」

「だってお前、なにするかわからないし。側で見てるこっちの身にもなってくれ。俺としちゃ、お前が王女で助かってるんだ。まわりに護衛がいるから、目を離しても大丈夫だからな」

「いいことを考えました。私が『王騎(ロード)』の使い手になったら、どうですか?」


 アイリスは不意に目を開けて、言った。

 でも眠気に耐えられなかったのか、すぐに、とろん、と目を閉じる。


「わ、私が……そうですね。『獣王(ロード=オブ=)(ビースト)』をまとえば、すごく防御力が上がります。怪我をすることもないですから、マイロードを心配させずに済むと思います……」

「……確かに」


 そういえばオデットが『霊王騎』を使っていることは、アイリスには伝えてなかったな。

 忙しくて、こっちに連絡用のコウモリを飛ばす暇がなかったんだよな……。

 オデットが『霊王騎』を使っていることを知ったら──アイリスは自分も『王騎(ロード)』を使いたいって言い出すかもしれないな。


「……逆に心配になるけどな。それだと」


 今回の戦いで、オデットは『聖王騎』に追い詰められてた。

 ぎりぎりで救援が間に合ったけど、かなり危険だった。

 本当はアイリスはもちろん、オデットにも、あんまり危ないことはして欲しくないんだ。


「しばらくは『王騎(ロード)』を使う必要もないだろ。侵入者は全員捕らえたし、これからは奴らを送り込んだ相手と、国同士の交渉になるはずだ。俺たちは──また『エリュシオン』の探索と『魔術ギルド』の仕事だよ」

「……はい」

「俺もアイリスも、王都でのんびりと生活ができるはずだ。事件は、片付いたんだから」

「…………わかり、ました。マイロード」

「まぁ『王騎』には、離れていても俺の『黒王騎』と話ができる機能があるからな。アイリスが『王騎』をまとえば、いつでも話ができるようになる。それは便利だとは思うんだが──」

「え!? ちょっと待ってくださいマイロード。それを詳しく──」

「はいはい。それは後でな。寝ろ」


 俺は再びアイリスの両肩と額を、つん、とつついた。


「……ひ、ひどいですマイロード。『フィーラ村』の者は、マイロードの『おやすみなさい』のおまじないには抵抗できないのに…………」


 アイリスは小声で抗議していたけれど──やがて、静かに寝息を立て始めた。

 俺はアイリスが完全に熟睡(じゅくすい)したのを確認してから、部屋を出た。


 廊下の奥に控えていたメイドの女性には、アイリス殿下は話の最中で眠ってしまった、と伝えた。


「やはり、護衛騎士の方がおそばにいると、殿下も安心されるのですね……」

「ユウキ=グロッサリアどのは、殿下に信頼されているのですな」


 メイドの女性も護衛の兵士も感心したようにつぶやいていたけど、俺は、実はそれどころじゃなかった。


 実は……めっちゃ眠かったのだ。


 アイリスのことが気になって、眠らずにここまで来たからだ。

 ユウキ=グロッサリアは、まだ13歳。

 成長途中の身体に、徹夜での強行軍はきつすぎたんだ……。


「──悪い。コウモリ軍団。俺が寝ている間、町の警備を頼む」

「「「しょうちしましたー!」」」


 宿舎を出た俺はコウモリたちに指示を出してから、自分の宿舎へ。

 まわりに人がいないのを確認して、『飛行』スキルで、窓から部屋へ。


 そのまま朝まで、夢も見ずに眠ったのだった。



 お知らせです。

「辺境ぐらしの魔王」のコミカライズがスタートしました!

「コミックウォーカー」と「ニコニコ静画」で連載中です。ただいま、第1話が掲載されています。ユウキの前世、ディーンとライルのお話です。

 最新話は無料で読めますので、ぜひ、読んでみてください!

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コミック版「辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる」は2月20日発売です!

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