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俺の奴隷ハーレムがインフレ過ぎて酷い 作者:唯乃なない
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落ち着け主人公

「はぁ……」


 タンスから替えの服を引っ張りだして着替え終わって、安堵の溜息をつく。


「全く、どうも本を読むと変な風に作用するんだから……」


 忘れ物をしまくる短編小説を読んだからって、なんで下半身すっぽんぽんにならないといけないのか。


 と、そこでなんか急速に頭がぼやけてくるのを感じた。


「お……な、なんだこれ」


 さっきまで普通にこの状況を受け入れていたはずなのに、急激に違和感が増していく。

 なんだ、なんだこれは。


 あたりを見回す。


「ええっと……あれ? ここどこだっけ?」


 見覚えはあるが、どこだか思い出せない。


 ってか、俺って誰だっけ?


「ん……んん……あれ……?」


 電車に乗ったり友だちと話したりしている日常風景がふっと頭に浮かんだものの、それも空気に溶けるように薄れていく。

 なんだ、おかしいぞ。

 本気でなんにもわかんなくなってきたぞ。

 頭のなかがどんどんぼやけていく。


「うん、忘れ物をする短編を小説を読んだ。そうだ、それは間違いない。けど、後は……あれ……あれ……?」


 扉を叩く音が聞こえた。


『もう入っていい?』


「あ、ど、どうぞ」


 扉が開いて先ほどの少女が入ってくる。

 見覚えがある気がするが、誰だか思い出せない。

 誰なのか聞いてみるか。

 や、それもちょっとおかしく思われるだろうか。


「用は済んだ? シンチーさん」


「シンチー……」


 そうか俺はシンチーという名前なのか。

 なんとなく中国人っぽい名前だが、今こうやって話しているのは日本語だ。

 もしかして親が中国出身だったりするのか。

 本気で俺って誰だ?


「……どうしたの?」


 少女が首を傾げる。

 なんだこの娘。

 普通に容姿のレベルが高い。

 くそかわいい。

 誰だ、俺の知り合い?

 どういう知り合いだろう。


「あ、あは……そ、その、久しぶりだな」


「そうね。久しぶりよね。そんなことよりちゃんと私に協力する気になった?」


 どうやら長い間会っていない相手らしい。

 誰だろうか。

 昔の友人?

 中学校や高校の同級生だろうか。

 こんな可愛い子と同じクラスだったのかな、俺。


 協力ってなんのことだろう。


「も、もちろん協力するに決まってるじゃないか! お、俺が断れるわけがないじゃないですかぁ、あ、あはは」


 待て、落ち着くんだ俺!

 キョドるな俺!

 気持ち悪いやつだと思われるだろうが、っていうかすでに思われてそうで怖いんだけど。

 なんで俺はこんなかわいい女の子と知り合いなんだ?


「……ふざけてるでしょ」


 目の前の少女が呆れ顔を浮かべる。


「と、とんでもない! 時々緊張でおかしくなっちゃうのは俺の性格なだけで、ぜ、全然ふざけてないから。ま、真面目ですから」


「嘘つきなさいよ」


「い、いや、全然嘘じゃないから!」


「とにかく私の力を使い切って力を抑えるんでしょ。ちゃんとやってよね。そもそも言い出したのはあなたなんだから」


「う、うん。分かったよ」


 俺は一体何を言ったんだろう。

 力を使いきって力を抑える?

 なんのことだろう。


「一応確認なんだけど、力ってなんの力だっけ?」


「え? 夢見の力に決まってるじゃないの」


「ユメミ……?」


 ダメだ。

 全然要領を得ない。

 一体何がどうなっているんだ。

 まさかこのかわいい女の子はこの年で魔法とか信じているようなかわいそうな子なのか?

 でも、振る舞いや言葉もしっかりしているし、そんな浮ついているような人には見えない。


「力を使い切るってどういうことだっけ……?」


「あなたが言ったんでしょ、もう……そんなことだろうとちょっと思っていたけど」


 少女がため息を付いた。


「もうかなり全開にしてるつもりなんだけどね。ほら、いつもより物が細かく見えてる気がしない? これまでって実は見えてる気がしてるだけで本当は見えていない物が多かったんだけど、今日は妙に鮮明でしょ」


 なにを言っているんだろう。

 全然意味がわからない。


「う、うん、そうだよね。うん、そうそう」


 なんとなく部屋を見回してみるが、ヨーロッパ風の高価そうな家具が並んでいるきれいな部屋だ。

 日本じゃあまりお目にかからない内装だが、それ以外特別不思議な点はない。

 そもそも俺にはアンティークに関する知識がないのでなにもわからない。


「それから没入感も強くなってると思うのよね。没入しすぎて現実をほとんど思い出せないぐらい。ちょっと気をつけないとね」


「う、うん、なるほど!」


 もう全然意味がわからない。

 ここはどこで俺は誰でこの女の子は誰で、一体この子はなにを話しているんだ。


「ちょ、ちょっと今頭が朦朧としているんで変なこと言うかもしれないけど、ここどこだっけ?」


「え? あなたの屋敷でしょ」


「俺の屋敷……?」


 俺はそんなに金持ちだったのか。

 いや、そんな覚えはない。

 どうなっている。


「あれ? いつものお菓子はどうしたのよ」


 少女が部屋を見回して不思議そうな表情を浮かべる。


「なんのこと……?」


 少女と同じように部屋の中を見回すが部屋の中は綺麗に片付いている。


「そっか。没入感が高まったせいで現実の記憶があんまり表に出てきてないのかもね。ふぅん」


 少女が一人で勝手に納得している。

 なんだ? 現実の記憶?

 なんのことだ。


 ……ここは現実ではないというのか?


「あの、へ、へんなこと聞くけど……」


「さっきからどうしたの? なんか様子がおかしいけれど」


「ちょ、ちょっと混乱しているんだよ、あはは……」


 ここが現実でないという前提で考えてみると、まず思いつくのはあれしかない。

 日常の記憶はとても遠くなっているが、俺の生きていた世界にそんな超科学的な物があったような気がしない。

 しかし、そうと考えないとつじつまが合わない。

 全感覚投入型仮想現実MMORPG。

 俺はきっと頭に超ハイテク謎デバイスを取り付けてこのゲームをやっているんだろう。

 そして没入しすぎて現実の記憶に支障が出ているに違いない。


「そ、その、やっぱりここってオンラインゲームの中ってことだよな……?」


「……言葉の意味が分からないんだけど。なんのこと?」


 そういう受け答えをするということは、この少女はNPCなのだろうか。

 きっと現実に引き戻すようなことを言わないような性格の人工知能なんだろう。

 俺の世界にそんな高度な人工知能あったかな。

 そうだ!

 きっとどこかの企業が秘密裏に開発していた仮想現実技術と人工知能技術で作られた空間なのだろう。

 なんとなくそんな話を聞いたことがあるような気がしてきたぞ。

 しかし、自分の日常は思い出せないのに変な知識はきちんと思い出せるとは、変な記憶の失い方だ。


「でもなんでこんなトラブルに……まさか……」


 脳裏に「ベータテスト」という単語が浮かぶ。

 まさか俺は超先進的仮想現実空間のベータテスターとしてゲームに参加して脳にトラブルが起きたんじゃないだろうか。

 俺のバカ!

 仮想現実ゲームのベータ版ほど死亡フラグが立っているものはないというのに!


「ど、どうすればいい。メ、メニューはどうすれば開く!? アイテムは!? お、俺の武器は……丸腰じゃないか! モンスターが襲ってきたら……そ、そもそも俺のヒットポイントはどこを見れば分かるんだ!? ヒットポイントが赤文字だったらシャレにならないぞ! どうせ死んだら廃人とか言う落ちなんだろ!?」


「ちょっと……どうしたの?」


 少女が薄気味悪そうな表情を浮かべる。

 NPCの振る舞いには見えない。


「も、もしかしてあんたもプレイヤーか? あんたも記憶を失っているのか? とりあえずアイテムと武器を確認し合おう。とにかくこの馬鹿げたゲームを生き残らないと行けないんだから、お互い隠し合いはなしだぞ!」


 もう余裕なんかない。

 大声でつばを飛ばして話しながら、震える手をいろいろに動かしてみる。

 だめだ、メニューが出ない。

 どうやってメニューを出せばいいんだ。


「よくわからないけど、と、とにかく落ち着いてよ。ね?」


 少女がなだめるような仕草をするが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。


「とにかくメニューだ! メニューを出す方法を教えてくれ! 記憶が朦朧としてメニューを出す方法が思い出せないんだ。頼む、早く! いつモンスターが襲ってくるかわからない!」


「モンスターなんて襲ってこないから、ね、ほら、落ち着いて」


「そうやって油断していると突然襲ってくるんだ! わ、わかってるぞ。とにかく早くメニューの出し方を教えてくれ! 頼む! マジで頼む! 俺は死にたくないんだ!」


「メ、メニュー……?」


 少女がぎこちなく手を振ると、その手のひらからヒョイッと厚紙のようなものが出現する。

 やっぱりここはゲームの世界に違いない。

 きっと少女は自分のインベントリからゲームマニュアルのようなものを取り出したのだろう。


「貸してくれ!」


 その厚紙をつかみとる。


『 ~ 春のうきうきランチメニュー ~


    おまかせ定食     880スー

    定番おつまみセット  540スー


    春のおいしいサラダ  200スー


    お子様わくわくランチ 680スー

         ……


「……なんだこれ!?」


「わからないから近所の食堂のメニューを再現したんだけど、こういうのじゃないの?」


 少女が困ったような表情を浮かべる。

 なんだこの人!?

 相当気合が入った天然ボケか!?


「こういうボケをかましている場合じゃないんだよ! おい、メニュー! 今インベントリからアイテム取り出しただろ? まずインベントリの開き方だけでも教えてくれ!」


「インベントリ……?」


「アイテムボックスだよ! どうやるんだ? 声か? 手の振り方か? それとも視線とか?」


「今のメニューの出し方?」


「そう! とりあえずはそれでいい」


「そんなの感覚だから説明できないわよ。ど、どうしちゃったの?」


「感覚……だと!?」


 そんな曖昧なインターフェースなのか。

 そんなものを短時間で使いこなせるわけがない。

 くそ! 開発者は鬼畜に違いない!

 そんな高難易度のインターフェースのゲームの中にプレイヤーを閉じ込めて、ベータテストという名のデスゲームをさせるなんて!


「何人だ……」


「な、なにが?」


「一体、後何人がこの世界で生き残っている!?」


「何人って……私とあなただけでしょ?」


「二人だと……!?」


 オンラインゲームのベータテストとなれば参加者は数百人以上、おそらく1000人を超えるはずだ。

 それがたった二人……。


「まさか……そんな……」


 記憶にないが、恐らく大規模な戦闘が幾度と無く起こり、俺とこの少女のプレイヤーたちはゲームオーバーになってしまったということだろう。

 逆に言うと、俺と少女は最後まで生き残ったわけだ。


「……そうか、この糞インターフェースが!」


「ちょっと、落ち着いてよ。ね、お願いだから」


 おそらく問題はこの感覚で操るしかないという鬼畜インターフェースだ。

 この少女と俺はなんらかの理由でそのインターフェースと適合性がありここまで切り抜けることができたに違いない。

 しかし、他のプレイヤーたちはうまく使いこなすことができず、為す術もなく惨殺されていったのだろう。


「く……だというのに、ここまできてメニューすら使えなくなるなんて!」


 きっと俺とこのゲームシステムとの適合性が高すぎたのだろう。

 ゲームシステムと密接に結合することで逆に俺の脳にダメージが及び、記憶が飛んでしまったのだ。


「俺は……どうすれば……」


 目の前の困った表情の少女を見る。

 俺が戦闘できない以上、頼りになるのはこの少女だけだ。


「す、すまない。俺がこんなザマで……ここまできて役立たずになるだなんて思っても見なかった」


「またそういうふざけたことを言うんだから……ほら、もう冗談はいい?」


「す、すまない。本当にすまん! で、次の襲撃はいつなんだ?」


「……まだやってるの? 何? 襲撃って」


「戦いだよ。俺はこのザマで戦えそうにない。次の戦いは君だけで戦うことになるが、大丈夫なのだろうか。俺もできるだけのことはするつもりだが、一体どこまで役に立てるかわからない」


「……戦い? またフライパンや鍋を後頭部に叩きつけろとか言わないでよ?」


 フライパンや鍋?

 このゲームは一体どういうシステムなのだろうか。

 この口ぶりから察するに、武器が破損したときにやむを得ずフライパンや鍋で敵の弱点をピンポイント攻撃してピンチを切り抜けたことがあるのだろう。

 そうか、武器でなくても敵にダメージが与えられるシステムなんだな。


「い、いや、そんなことは言わない。とにかく次の戦いまでにどれだけの時間があるんだ?」


「だから、なんのことか意味がわからないってば」


 定期的に襲撃があるタイプのゲームではないのか。

 そうか、ダンジョン探索型だな。

 ダンジョンの最下層のラスボスを倒すまでログアウト不可というやつに違いない。


 そういえば先ほど彼女は『協力する気になった?』とか『力を使い切る』とか言っていた。

 きっとこの事態を打開する秘策があったのに、なにかの理由で俺が拒んでいたのだろう。

 『夢見の力』とか言っていたな。

 恐らく敵を眠らせる系の魔法だろう。


 なるほど!

 彼女が『夢見の力』というのをMPを使いきるまで発動させ続け、その間に俺が敵を一網打尽にするという計画か。

 きっと俺が『MPを使い切るのは危険だ』とか『リスクが大きい』などと止めたに違いない。


「たしかにリスクが大きいけどもうそれしか手がないかもな」


「だから意味がわからないの! なんなの!?」


「俺も協力する気になったということさ。で、決行はいつにする?」


「さっきからなにを言っているのかよくわからないけど、夢見の力を使い切る話は今日中にすませないとダメなんだからね。あんまりふざけないでよね」


「きょ、今日中!? こ、心の準備が……」


「別にあなたには関係ないと思うけど。私はもう覚悟決めてるから」


 そうか、俺は戦えないものな。

 この少女は一人で敵地に赴いて夢見の力で敵を眠らせて戦うつもりなのだろう。

 しかし一人だなんて危なすぎる。


「メニューも開けない俺だが、出来る限りのことはしよう! 俺はどうすればいい!?」


「そう言われると別に無いんだけどね。とりあえずどうすれば力を使い切ることができるか考えてくれる?」


「いや、使いきっちゃダメだろ。できるだけ温存して長い間敵を足止めしないと勝機はないんだぞ」


「あのねぇ……さっきから、なに言ってるの?」


 少女がうんざりした表情を浮かべる。

 あ、あれ、おかしいな。

 なにか話が通じていない!?


「だってここオンラインゲームの中だよな?」


「よくわからないけど、違うわよ」


 なんだって……?


「でもここは現実じゃないって言っただろ!」


「もちろんここは現実じゃないけど、さっきから何を言っているの?」


 現実でもないがゲームでもないだって?

 まさか……


「ここは……死後の世界? 俺は……死んだのか!? 嘘だろ!? 全然覚えがないぞ! っていうか、そもそも自分に関する記憶も無いし!」


 と思わず叫んで、はたと思い当たる。


「あ……まさかこれが輪廻転生とかいうやつ!? 記憶が全部消えて別人として生まれ変わる前準備ってこと!? う、嘘だろ、俺にはやり残したことがあるはず……記憶はないけど、と、とにかくまだ死にたくない!」


 目の前の少女を見るとぽかんとした表情で固まっている。


「も、もしかして天使!? だったら神様に掛けあって生きかえらせるようにお願いしてくれ! 頼む! お願いします!」


 そのまますごい勢いで頭を下げる。

 そっと顔をあげると、少女の困惑した表情が目に入った。


「……もしかして、夢に飲み込まれているの?」


「え、夢って……どういうことで……」


「分かったわよ、ちょっと調節するから、お願いだからしばらく静かにしていて」


「は? え? どういう……」


 と、少女が目を瞑るとだんだんと頭のなかがはっきりしてくるのだった。




 記憶喪失で混乱しているのはわかるが、落ち着け主人公。

 そこまで妄想しなくてもいいんだぞ。


 と、作者が諌めたい気分になってきました。

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