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時計を見た。
8時半だ。
いまどきの小学生は絶対にまだ起きているに違いない時間だが、大学生の俺はもう寝る時間だ。
「よし……よし! あの夢だ、今日こそあの夢の続きが見られるぞ!」
思わず拳に力がこもる。
いや、力入れたら寝られないよね。
落ち着くんだ、俺。
とりあえずこの二週間というものあの夢を一切見れなかったことで、俺がどれだけあの夢を楽しみにしていたかよくわかった。
あれほどの明晰夢で奴隷ハーレムを楽しんでみたいのもあるが、それよりなによりあんな不思議な夢をここでやめてしまう訳にはいかない。
きちんと毎晩つながっていく続き物で、かなり筋が通っていて、出てくる人々の振る舞いもいつもの俺の夢とはだいぶ違う。
異世界の少女の夢見の力で見ている不思議な夢、なんて話も明晰夢でなければ普通に信じていただろう。
この不思議な夢を見ているときはかなり理性が動いているのでそんなことを信じることはないが。
とはいえ、夢は夢なので起きている時よりテンションが上がりやすい。
なので結構好き放題やっているが、夢でよかった。
あれがリアルだったら結構シャレにならない。
夢というのは自由でいいものだ。
「っつーか、冷静に考えて……大丈夫か……この変な夢?」
生きていればたまには不思議な夢を見ることはあるだろうが、あんなに連続して不思議な夢を見るなんて普通あることとは思えない。
もしや、なにか脳や精神的な異常があるのではないのだろうか。
もしかして、俺のストレスがなにか脳に致命的なダメージを与えたのだろうか。
「……そんなにストレスがあったっけ?」
確かに俺は幼少の折より『灰色』という表現がふさわしいパッとしない人生を送っているが、だからといってここ最近特にストレスが増したような覚えはない。
「でも別に頭打ったとかないしなぁ……健康診断の血液検査でも特に問題なかったし……」
まぁ、所詮夢だ。
本当に具合がわるいのであれば別の症状も出るだろうから、そのときは病院に行こう。
とにかく、今はあの夢を出来る限り見ていたい。
「さて……どうしてやろうか。この明晰夢を120%活用してやるにはどうしてやろうか」
まずは奴隷ハーレムだ。
元々それで見始めた夢なのだから、なんとしてもそれを実現しなければ俺の気が収まらない。
現代日本で奴隷ハーレムなどありえるはずがないのだから、ここで擬似的といえども体験しておかなければ二度と体験することはできないだろう。
普段の俺は夢とかほとんど見ないので、この不思議な夢が終わったらそんな都合のいい夢も期待できなくなってしまう。
そして、次はあの少女である。
そういえばまだ名前も聞いていない。
メイドの時には随分とひどい目に合わされたが、今となっては対等の立場だ。
むしろこちらのほうが優位かもしれない。
好意的な態度を示してくれればかなり好みのタイプなので、なんとしてもモノにして押し倒してエロでナイスでハッピーな展開にしてみたい。
「なーんか、ハーレムの奴隷たちとも雰囲気違うんだよなぁ……なんだろうなぁ、あの娘は」
思い返すに初期のハーレムの奴隷たちも妙なリアリティがあった。
まるで一人一人が生きて本当に存在しているかのようだった。
しかし、表現が難しいが、見た目には本当に存在しているように感じるが目の前に立たれてもいまいち『そこにいる』という気がしなかった。
夢だからそんなものと言えばそんなものなのだろうが、あの少女の存在感はまたちょっと違う。
目の前に立っているとまるで本当にそこにいるように感じる。
その分、批判されたりするとちょっと本気でムカついてくるときがあるけど。
そして、あのセラミーさんという残念イケメン男。
……は、どうでもいいか。
「うん、どうでもいいや。とりあえず、あと件の姉というのを一度見てみたいかな」
あれだけ苦手がっていたから、どんなもんだかちょっとだけ見てみたい。
もしかしたら、すごく嫌なタイプの人間かもしれないから、そのときはさっさとご退場願おう。
それにしても、電車の中の夢は大ハッスルしてしまった。
でもそのおかげで、宝具とやらをゴリ押しで外させることに成功したのでまぁOKだ。
あとはどうやってその宝具を外させ続けるかが問題だ。
「まぁいいか。寝てから考え……いや、ダメだ! 寝ると思考がインフレするんだっけ」
寝ようとして半分ベッドに入りかけたが、思い直して起き上がる。
夢の中では夢の割には冷静だが、時々インフレして盛り上がっていってしまう。
アドリブには持って来いだが、作戦をたてるにはちょっと不向きだ。
作戦は今のうちに考えておこう。
「んー……思いつかない」
しかたがない。
とにかく勢いで突撃して、後は野となれ山となれ作戦で行くとしよう。
って、それは作戦なしではないか。
「……よし、宝具を外させればいいわけだから……どうすればいいんだ?」
ダメだ、全くなにも思いつかない。
考えろ、考えるんだ俺。
時計を見るともう10分経っている。
「早く寝たいのに! 早く夢を見たいのに……あ、夢! 俺としたことが!」
今更ながらあれが夢だということを思い出す。
あれは所詮夢だ。
そんなに堅苦しく考える必要はない。
俺のイメージで如何様にもなるはずだ。
よし、宝具を無くすイメージを浮かべてやろう。
そうすれば都合よくなくしてくれるに違いない。
「よし、それだ! ……そうだ、いい話があったな」
ベッド脇の本棚に目を向ける。
数週間前までマンガで埋まっていた本棚がいつのまにか小説・ノウハウ本・自己啓発本・夢&睡眠関係の本・読んでも意味がわからない専門書・エッセイなどでうめつくされている。
夢を見るためにここ二週間の間に古本屋で買い集めた本たちだ。
まだ読みつくせていないが、数日前に読んだ短篇集の中に『忘れる男』とかいう忘れ物をしまくるシュールな短編があったはずだ。
「たしか……たしかこの本」
本棚から本を引っ張りだして、もう一度その短編を読む。
本当に短い短編のため一瞬で読み終わる。
「よし、これで完璧! いざ!」
電気を消してベッドに潜り込み、羊を数え始めた。
◇
「羊が7匹……ん?」
七匹目を数えたところで何気なく目を開いたら、もう屋敷のベッドの上だった。
「早い……」
六匹数えるうちに寝たのか。
ある意味すごい。
「遅かったじゃないの!」
体を起こして声がする方に視線を向けると、あの少女が腰に手を当てて少し苛ついた様子で立っていた。
「うおお! 本当に続きが見れた! 見れたっ! マジか!? やった……やったぞ、俺!」
喜びながら少女を見ると、なんか面食らったような表情をしている。
「よし! よし! これでしばらく楽しめる! じゃあ早速奴隷ハーレムを準備してくれ!」
わずかな間少女は面食らった表情で固まっていたが、すぐに冷たい表情へと変わった。
うわ。
「頭冷やしてよ。ほんっとに馬鹿」
冷たい声とともに唐突に冷たい水が襲いかかってきた。
「わ……! うっぷ……う…………っはぁ……はぁ……」
水が引いたと思ったら、服もベッドもずぶ濡れになっていた。
「な、なんだこれ……」
水が入ったバケツでもひっくり返したのかと頭の上を見てみたが特に何もない。
突然空中に水が出てきたとしか思えない。
「お前、いきなりひど……」
「あのねぇ、いい加減にしてよ。こっちは忙しいの!」
「忙しいって……なんか用あったっけ?」
「自分で言っておいて忘れないでよ! 夢見の力を使い尽くして力を抑えようって言ったのあなたでしょ?」
言われてみれば、そんなことを言ったような気もする。
とにかく、ベッドから出よう。
「ん……?」
なにか違和感がある。
「…………」
ズボンを忘れてきた。
パンツ一丁だ。
違う。
パンツもない。
「…………」
あの本め。
こういうことになるのかよ、こんちくしょう。
なんで服を忘れるんだよ。
あっち側にしか効果ないんじゃなかったのかよ。
「ちょ、ちょっとまってくれ。びしょ濡れだから着替えてから行く。一旦部屋の外に出ていてくれ」
「そんなの。……ほら、乾いた」
少女が軽く手を降った瞬間にベッドも俺もカラッと乾燥する。
「ほら、さっさと起きてよ」
「いや、それが……」
「ぐずぐずしないでさっさとしてよ!」
少女が待ちきれないといった様子でツカツカと歩いてきたかと思うと、俺が被っている毛布を掴む。
「なっ!? お、おい、やめろ! 変態!」
「なに言ってるのよ……いいから起きて」
そして無慈悲に毛布が引っ張られる。
慌てて毛布を掴んで引っ張り返す。
「やめろぉ! 下履いてないんだよ!」
「はぁ!?」
少女がサッと顔を赤らめる。
「へ、変態……」
「違う! 忘れ物をする本を読んだせいだ! い、いいからどっか行けよ!」
少女は毛布から手を離すと、そのまま一目散に扉に向かって走っていった。
忙しくてしばらく投稿止まっていました。
なお、これまで一話あたりShiftJIS換算で10kB以上で投稿するようにしていたんですが、そういう切れ目でまとめようとするとなかなか投稿できないよいうです。
そんなわけで長さバラバラでできた順に投稿することにします。
あしからず!