フリー展開 続の続の続
「なぜだ……」
夢の中で俺は愕然としていた。
今朝の疲労感でいい加減に嫌になり、今日こそは平和な夢を……いっそ夢なんか見なくてもいいと思っていた。
だというのに、なぜ、こいつがいるのか。
「おかしいわね。なんで夢の舞台が切り替わらないのかしら。全部食べてから考えるからいいけど」
そしてどうして俺は檻の中なのだろうか。
「…………」
あたりを見回す。
ここはあの少女の部屋、というか屋敷のメイドの部屋である。
前回と同様にあちらこちらに俺が食べたり見たりしたお菓子やゲームやアニメや家電製品がカオスに置かれており、部屋の中央でカウチに座った少女が各社のチョコレートを片っ端から食べている。
焼き菓子よりチョコが好きらしい。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
勝手にやっていてくれたまえ。
しかしどうして、どうしてこの俺が、その部屋の隅で檻の中に閉じ込められていないといけないのだろうか。
ここは俺の夢なのだが。
「お、おい……!!」
「おっかしいのよねぇ。舞台は切り替わらないし、あんたは消そうと思っても消えないし、夢がうまく制御できないのよね」
独り言のように言っているが、しかしこちらに聞こえるようにわざと大きな声で言っているのが分かる。
「お、おい! ここから出せ!」
「あのさぁ、そろそろ本当に正直に白状してくれない? ヨコハマシなんて知らないし、あんたは明らかに私の夢の中の人間でしょ?」
少女がこちらに目を合わせずにお菓子を食べ続ける。
「だから、俺が本物の人間であんたが夢の中の……」
「もうそれはいいから。たぶんあんたは私の深層心理の代弁者ってことよね」
「……は?」
どういう勘違いなのか。
「と、とにかく、ここから出せっ……!!」
「ここで決着をつけるから、逃がさない」
相変わらず目も合わせずにお菓子をあさり続けているが、声が本気だった。
「……何言ってんだ?」
「私に反旗を翻してきたモブって初めてなのよね。ということは、あんたは私の深層心理からの警告ってやつでしょ」
少女はそう言いながらもお菓子をかじり続ける。
しかし、そこでふと違和感を感じた。
よく見てみると、少女の動きはどこかぎこちなく、あきらかに俺を意識している。
興味がないから目をそらせているのではなく、意識するあまり目を合わせてこないように見える。
なんだこの展開は。
こんな夢を見るなんて、俺の妄想力は想像以上に凄いようだ。
おもしろい……とぼけてみようか。
「実は……そうなのだ」
深層心理らしくそれっぽく振る舞おうとしたが、すごくマヌケな答えになってしまった。
「そ、そう……」
それでも納得したらしく、少女がぎこちない返事を返してきた。
意外とチョロいぞ。
「さ、さて……それで一体どういう警告だと思っているんだ?」
わからないことは聞いてしまえ作戦。
すると少女はお菓子を脇にどけ、カウチから立ち上がってこちらに向かって歩いてくる。
思わず少しだけビビる。
冷静さを保つんだ、俺。
「ど、どうせ、あれでしょ?」
少女は檻の前に立つと、俺に視線を合わせないまま声を出した。
「私の宙ぶらりんな生活に文句を言いに来たんでしょ?」
へ?
全く状況がつかめない。
しかし、そうとは言えないので、無言で重々しく頷いてみせる。
「わ、わかってるわよ。自分でもわかってるから、こうやって色々と自分に向いた道を探して……言い訳っぽいけどでも本当にそういうつもりでやっているんだから、あなたにそんな文句を言われる筋合いはないはずなんだからね」
「ほ、ほお、そうか」
「たしかに私は本心ではパン屋を継ぎたくないわよ。他の人生を歩みたい。でも、どうしていいかわからないから、こうやっていろんな人生を夢見の力を使って体験してみているの……だから、現実逃避に見えるだろうけど、それだけじゃなくてちゃんと前向きな意味もあるんだってわかってくれるよね?」
少女の声は真剣だ。
俺が潜在意識だと思っているなら、そんなに言い訳がましくしないで全部さらけ出してしまえばいいのに。
「素人意見なんだが……」
と言いかけて、言葉を止めた。
全然深層心理っぽくない発言!
少女が少し怪訝な表情を浮かべる。
いかん、ここはなんとか乗り切れ!
「……俺は現実の人間と違って分かることと分からないことがあるので、理屈ではなく直感的な答えになる」
「う、うん」
少女は頷く。
よし。
「夢見の力があるのであればそれを活用する道を探してはどうだろうか」
そう答えると、少女は激しく首を振った。
「夢見の巫女だけは嫌!」
ああ、なるほど。
夢見の力が~とか言っていたから、その力に関する巫女業があるわけか。
「えーと……なんで?」
「だってお姉ちゃんも巫女じゃない。お姉ちゃんと同じ仕事だけは嫌。分かってるでしょ?」
同意を求められても、そんな事情は知らない。
「う、うむ、そうか」
とりあえず偉そうに返事してごまかす。
「お姉ちゃんと同じ道は嫌だけど、でもパン屋を継げと言われても嫌だから……どうすれば……」
暗い顔で俯いている少女を見ながら、一体これはどういう夢なのかと考えてみる。
うーん、なにやら人生の進路の悩みにぶち合っている様子。
もしかして、大学を出た後に俺が抱える悩みの暗示なのだろうか。
なるほど、俺の夢は俺の未来の悩みをファンタジー形式で見せてくれているのか。
俺って凄いな。
少女が顔を上げた。
「教えて、私はどうしたらいいの?」
目があった。
思いっきり。
少女は真剣な表情だ。
夢の中だとしても、とても茶化せる雰囲気ではない。
これは……目をそらしたら負けだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言の時が過ぎる。
「ねぇ、どうしたらいいの?」
少女が重ねて聞いてきた。
これはさすがに無言で通すわけに行かない。
どう答えたら……どう答えたらいいんだ俺は!?
「わ……」
「わ?」
少女が身を乗り出す。
「……分からない」
「分からない?」
少女が眉をひそめる。
「ま、まだ……分からない」
あわてて「まだ」とかつけてみる。
しまった、これじゃ深層心理の演技なんか全然できていない。
「そう……まだわからないんだ」
しかし、少女は特に不信感も抱いていないようで、俺から視線を外して遠い目をする。
なにかいうとボロが出そうなので、俺は黙って待つ。
「……そうね。やっぱり続けないとダメみたいね」
「は? 何を?」
と素で聞いてから内心慌てた。
そこは知ってるふりをしないとダメだろ、俺!
とりあえず、表情だけでも冷静な振りをする。
「……わかってるでしょ?」
少女が少し不審そうに言ってくる。
ここはうまくごまかすんだ、俺!
「お、思っていることをきちんと言葉にするんだ」
「そう……そうね。それも大事だよね」
少女が案外あっさりと頷く。
やったぞ俺!
「夢の中で色々な人生を体験して、私にあった人生を探しているの。だから、大金持ちの屋敷のメイドなんて体験してみていたの」
「え、メイドになんてなりたいのか?」
俺の中ではファンタジーのメイドはエロ展開とほぼ等価なため、とても健全な女性が目指す道とは思えない。
まさか、意外と淫乱なのだろうか。
「領主のお屋敷にミーナが行ってるんだけど、なんか格好良いのよね」
といって少女が遠い目をする。
友達か何かだろう。
「中等学校では私と同じような子だったと思うんだけど、立ち振舞いもパリっとして仕事に誇りも持っているみたいで、いつのまにか私のずっと上に行っちゃったっていうのを感じたの。だから、もっと大金持ちのメイドなんて演じてみたいかなと思ったのよ。馬鹿らしいけど、それは言わないでね。……そしたらきっと、ミーナが今感じている気分も分かるんじゃないかと思って。もちろん、夢なんかで張り合っても意味が無いのはわかってるけど、でもなにか見えると思って……自分でも馬鹿らしいとは思ってるけどそれぐらいしかできることがなかったのよね」
うお、しゃべるしゃべる。
思わず聞き入って何度も相槌を打った。
「でもやっぱり私って性根がちょっと腐ってるのよね。誰かを見下したくて堪らない。だから、見下しても良心の呵責が一切無いようなご主人様を作ってしまったのよね。私の潜在意識が、反抗できない無力な奴隷を買い集めてハーレムを作ろうとする人間として最低のご主人様を作ったということよね。本当に私って……」
そのセリフが心に突き刺さってきた。
あの、きっと自分を責めてるんだろうけど、間接的に俺を猛烈にバッシングしているんだけど。
い、いや、本人的には俺は潜在意識の投影だからそんなつもりはないんだろうが……余計にいたたまれない。
「その上、極悪非道の無情な男じゃなくて私が鬱憤を晴らせるように都合よく気弱な男を用意するなんて、本当に私は都合がいいわよね。ふふ、なんか自分で笑っちゃう」
俺の心が痛いです。
気弱ですいません。
「私が思い切り蔑んでも正当化出来て、その上私が思うようにいたぶれる存在としてあなたを創りだしたわけよね。本当にごめんね」
なんだこの……とてつもない居たたまれなさは。
このまま消えてしまいたい。
もうこの場に居たくない。
俺の存在がどこまでも救いようがない者になっていく。
お、俺はそんなに最低だろうか
い、いかん。いくら夢とはいえ、このままでは俺は再起不能なまでに落ち込んでしまいそうだ。
起きても激しくうつ状態になる可能性すらある。
ここはなんとしても正当化しないと!
「い、いや、そんなにいけないことだろうか」
「え?」
少女がきょとんとした顔をする。
「きょ、競争社会に生きる人間として、それなりのストレスがあるわけだから、あーその、他人を押しのけて圧倒的優位を感じたいと思うのはむしろ自然なことだろう! 実際にやるかどうかはとにかくとして、心の奥底で願ったり想像することぐらい、むしろ人間の生理として当然のこと……!」
「……そうよね」
反論が来ると思いきや、少女はこっくりと頷いた。
あれ?
「自分を責めてばかりいても仕方ないものね。そうよね。夢の中くらい、気に入らない金持ちを虐めて優位に立ってみたっていいわよね。うん、もう気にしない」
少女が感慨深げにほんの少し微笑む。
あ、ああ……俺の奴隷ハーレムへの自己弁護をそちらへの弁護と受け取りました?
や……その……結果オーライだから……いいか……な……?
「う、うむ。それから、解消されない性的衝動を発散させることもまた健全な社会活動を送るためには重要なことで……」
引き続き自己弁護を続けると、少女が考えこむような仕草をした。
「私……そんなに性的衝動なんて溜めてたのかな。むしろそういうのはあんまり無い方だと思ってたんだけど、心の奥底で眠っていただけなのか。それがひねくれて男の立場として噴出したのかな。そんな噴出の仕方をしたっていうことは、やっぱり知らず知らずのうちに自分の欲求を抑えつけていたのか……それとも、もしかして私って実は男より女の子が好きなのかな?」
真剣な顔で聞かれている。
これは……これは……どうやって答えればいいんだ?
「…………」
「どうなのかな」
いや、どうも答えようがないだろう!
なんだよこの無茶な会話!
俺のトークスキルを完全に超えているよ!
「う、うぅ……そこもまだ、わからないところだろう」
もうわかりませんというしかない。
「……そっか。やっぱり、私は私を見極めないといけないんだね。無駄かもしれないけど、馬鹿らしいかもしれないけど、見極めよう。一緒に行こう、もう一人の私」
少女が握手を求めるように手を出した。
すると、檻が空気の溶けるように消えた。
「もちろんだ」
俺はできるだけ爽やかにそう答えて、その手をしっかり握った。
「うん」
少女が頷く。
しかし、なんともいえない罪悪感が湧いてくる。
少女は俺のことを自分の潜在意識だと信じこんでいるが、本当は少女が俺の潜在意識の投影である夢の幻影なのだ。
なんて気の毒な立場なのだろうか。
「じゃあ、夢の人生の続きをみようか。潜在意識さん。また明日、ね」
少女がそういった瞬間に目覚まし音が響き渡った。
「え?」
今日は案外体感時間短かったなぁ、などと思う間に目の前の光景はだんだんと薄れていった。
さらっと数話で終わらせる話のつもりだったのに、なにか長くなりそうな予感……。
ちゃんと終わってくれるのだろうか、このお話は(汗;
なお、これまでの後書きでご存知かと思いますが、フリー展開で完全に後付で書いております。
そのため、どこか整合性がおかしいところがある可能性が高いです。
「ここはおかしいだろ」というところがあったら教えて下さい。
作者の方から主人公か少女に「おかしいだろ!」と伝えて言い訳してもらいます。