フリー展開 続の続
今日もベッドに入る前に買ってきた本を読む。
『全て吐け! ~強面刑事の尋問密着72時間~』
てっきりどこかの記者が刑事に取材したドキュメンタリーなのかと思ったら、刑事本人が引退直後に書いた自伝本らしい。まぎらわしいタイトルだ。
これまで経験してきた尋問の様子を紹介したり、尋問のコツのようなものも少し説明している。
が、基本的には著者本人の「どうだ俺ってすごいだろう」という声が聞こえてきそうな自慢話を集めただけの本であり、100円コーナーにあったことを納得せざるを得ない内容となっている。
いや、100円でも高い。
これは奢ってもらってようやく聞いても良いかなと思えるレベルだ。
「なんでこう……駄目な本に縁があるかな。ま、まぁいいっ! 寝る!」
本を机の上に投げつけ、そのままベッドに潜り込んだ。
◇
「またここかよ……」
今日は案外すっと寝れたようで、あっという間に夢に入っていた。
また、あの完全密室部屋だ。
昨日と同じように扉もなければ、物音も一切ない。
「待てってか……」
いずれあのメイドが来るだろうと、腰が痛くなるベッドに横たわってひたすら待つ。
待つ。
待つ。
そして待つ。
さらに待つ。
それでも待つ。
「……長すぎないか?」
昨日よりかなり待ったが、まだ何も起きない。
「おい……」
いい加減に死にたい気分になってきたところで、また昨日のように部屋の外が騒がしくなってきた。
「来た!? お、おーい、あけてくれぇぇぇぇぇ!!!」
普段生きていてこんな大声を出すことなんて無い、というほどの全力全開で喚くと、足音が響いてきてまた唐突に壁に穴が空く。
そこから顔をのぞかせたのは寝巻き姿のメイドだ。
「なによ! またあんた!?」
そして、嫌そうな声を上げる。
昨日はノリノリで監視していたくせになんだその態度は。
それにしても、今日はメイドが来るまで恐ろしく長かった。
「よ、ようやく来てくれたか……はぁ……」
なんで早く寝るとこの密室に閉じ込められるのか。
メイドが現れないとこの世界が動かない設定なのだろうか?
早く寝過ぎるとメイドがなかなか来ないのかな。
「ま、まぁいい。細かいことはどうでもいい! どうせ夢だし! と、とにかく、さっそく尋問だ!」
「またいきなり意味がわからないことを……」
そこで問答無用で寝巻き姿のメイドの腕をつかむ。
「ちょっと、あんたっ……」
非難するメイドを無視して、『部屋よ、取調室になれ!』と念じる。
しかし、なにも起こらない。
「く、くそ、なんでだ。どうして俺の思う通りにならないんだ」
「……なにやってんのよ?」
腕を掴まれたままのメイドが呆れたような声を出す。
「この部屋の模様替えをしようと思っているんだが、どうにも変わらない!」
「当たり前でしょ。夢の中の住人に何ができるって。……にしてもおかしいわね。あんた、本当になんなの? 毎日毎日私の夢に出てきて。もしかして私の知り合いのイメージ?」
メイドが首を傾げる。
「違う! ここは俺の夢だってば! 俺が見ている夢であって、そっちが俺の夢の登場人物!」
「何言ってるの? ん……でももしかして……」
メイドが不安そうな表情を浮かべる。
「事実だっての!」
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、本当にもしかしてなんだけど、あんた本当に本当の人間?」
「そうだよ! ようやくわかったか!」
そう言うと、メイドの顔に焦りが浮かぶ。
「う、嘘……夢の共有ってこと!? 確かにスニュートラ様の加護は受けているけど、まさか勝手に夢の共有なんて……」
なにやらぶつぶつ言っている。
「ちょっとまってくれ、状況がわからんのだが……」
そう聞くと、メイドは軽い溜息をついた。
雰囲気が変わってきたので、俺もメイドの腕を離す。
「多分だけど、あなたは私の夢に巻き込まれたみたい」
「はぁ?」
あれ、なんか「あなた」と呼ばれている。
人間だと認められたことで扱いが上がったようだ。
「私は夢見の素質があるのよ。スニュートラ様……夢見の神の加護で夢を操れるのよ。それでよく好きな夢を見ているんだけど……まさか他人が巻き込まれるなんて」
「へぇ、そのスニュートラっていう神様にお願いすれば自由に夢を見れる設定なわけ?」
「設定……? まぁ、そういうことよ。というか、あなたスニュートラ様も知らないの? 常識がないわね」
メイドの表情が一転して侮蔑的になる。
「し、知るか、そんなファンタジー設定!」
「呆れた。とにかく、私の夢に引き寄せられたのね。でも、そうそう簡単に夢の共有なんて起こらないはずなんだけど……」
「スニュートラって……あの一番最初の夢でふわふわ浮いてたイマイチはっきりしないボケ老人みたいな神様?」
メイドの表情がさらに険しくなる。
「ちょっと、あんた失礼すぎるわよ。あんた、もしかしてスニュートラ様に会ったことあるの?」
しかも「あんた」呼ばわりに逆戻りした。
夢でどう呼ばれようと別にいいけどさ。
「会ったも何も、その神様に特典を聞かれたから『最高の奴隷ハーレムと大金』をお願いしてあの人口過密ハーレムになったんだけど」
「あんたが原因!?」
メイドが顔をしかめる。
「スニュートラ様も変な役を演じさせると思ったら……あんたのせいなのね」
「え? は?」
「スニュートラ様に金持ちの屋敷のメイドの役を演じたいと言ったら『主人を用意するから、奴隷ハーレムを作れ』とかわけのわからないことを言ったのよ。というか、なんでスニュートラ様はあんたの願いなんて聞いたのよ!?」
「し、知るか!? 俺もわけわからない! というか、役を頼まれた割には悪意たっぷりだっただろ、お前。なんだあの人口過密状態は!」
「だって奴隷ハーレム作る仕事とか腹立つじゃんか」
メイドがムスッとした表情で怒気に満ちた声を出した。
「それ言われると、何の反論もできないじゃないか……」
待て、ここは俺の夢なんだから別にいいと思うんだ。
なぜこの夢の産物たるメイドにこんなに引け目を感じないといけないんだ。
俺もずいぶんと複雑な夢を見たものだ。
なるほど、このメイドがリアルに人間の設定で夢を操る能力があり、そこへ俺が巻き込まれて同じ夢を見ているという設定か。
そして、夢を操る能力を司っているのがあのボケ老人……スニュートラという神様という設定か。
さらに、このメイドは素で悪意がある設定か。
あのインフレ奴隷ハーレムは俺の意図とメイドの悪意が混ざって出来たという設定か。
夢のくせになんて設定が多いんだ。
とりあえず、信じたふりで会話を進めてみよう。
「う、うん、そうか。そうだよな、ま、まぁ、あんまりいい気はしないかもしれないな。そ、そういえば、『奴隷を枕元に呼びつけてるか』とか聞いてたよな? 実際のところ、俺がなにしてるか知ってたのか?」
「大勢の奴隷に囲まれてビクついてたのは知ってたに決まってるでしょ。いい機会があれば奴隷たちをけしかけて遊んでみようとは思ってたけど」
「おい……悪意ありすぎ……」
正直、ちょっとげんなりする。
もう少し可愛げがあってもいいじゃないか。
夢なんだから。
「だって腹立つし……私の夢なんだからね」
はいはい。
そういう設定ね。
「ん……? でも途中まで夢だということ自体を忘れていただろ!?」
設定のほつれを見つけたぞ。
さぁ、どう弁解する夢の住人!
「夢見の力でその役になりきってたんだから、当たり前でしょう」
あれ、正当化されてしまった。
なんだか夢のくせに設定に理屈が通っている。
こんな夢を見るとは俺も変な才能があったものだ。
「とりあえず、なんとなく状況は分かった。まぁ、そういう設定ということね」
「設定設定って、あんたねぇ……」
なぜか少女が不審を感じていそうな表情をする。
しかし、別に尋問する必要すらなかったようだ。
こちらが人間とわかれば割りと普通に説明してくれるんだ。
あの本は意味なかった。
「なら、今度は私の番ね」
メイドがバシンと机を叩く。
「え?」
その瞬間、部屋全体が一瞬で様相を変え、暗い地下牢のような場所になっていた。
俺はいつの間にか椅子に座っており、メイドは目の前で仁王立ちしている。
さらに異様な気配を感じて後ろを振り返ると、覆面をかぶった恐ろしくごっつい男が二人立っている。
「なんっ……!?」
「さぁ、白状してもらいましょうか。あなたの正体を」
慌てる俺を無視して、メイドが腕を組みながら冷静な声を出す。
よく見ると、さっきまで寝巻き姿だったはずなのにいつの間にか帽子は被っていないものの魔女コスチュームと表現するのが最も適切と思われる真っ黒なドレス姿になっている。
服装も自由なんだ。どうでもいいが。
「ちょ、ちょっと待てよ、な、なんだよこれ!?」
「ここは私の夢だって言ってるでしょ。なぜか今は場面全体は変えられないようだけど、部屋の改変ぐらいはお手の物よ。さぁ、洗いざらい白状しなさい」
その俺に不利なご都合設定なんとかしてくれっ!
なんでお前だけ自由にいろいろ変えられるんだ。
「……とにかく、止めろってば」
「大人しく白状しないと、後ろの二人が暴力をふるうことになると思うわよ」
後ろの男たちが動いた気配がした。
怖い。
「お、おい、だから止めろって……」
「ならこれから私が聞くことに素直に答えなさい」
と、メイドというかもはやメイド服を着ていないので魔女気取り少女とでも言うべき少女が高圧的に言う。
「な、なんでそんな偉そう……」
「私の夢だからよ。私が一番偉いに決まっているでしょう」
いや、俺の夢だから。
複雑な設定の夢を俺が見ているだけだから。
お前の夢じゃないぞ、こんちくしょう!
「……ま、まぁ、いいや。もういいよ。どうせ夢だ。で、なんだよ!?」
「まず、あなたはどこの人間? まさかティエラ・アンバチュールの町中だったりしないでしょうね? ご近所さんとか嫌なんだけど」
少女が眉をひそめながら聞いてくる。
「てぃえら・あんば……? 普通に横浜市なんだが」
「どこよそこ」
少女がため息をつく。
「ほ、ほら見ろ。やっぱり夢の中の住人だから現実の住所もわからないんだよ!」
「バカバカしい。なら私はセルフィオン皇国ティエラ・アンバチュールの東第4ブロック井戸前のパン屋の娘だけど、ちゃんとセルフィオン皇国ぐらい分かるわよね?」
「し、知るか、そんなファンタジー臭い地名」
「あんた……やっぱりただの私の夢の登場人物じゃないの? セルフィオン皇国の名前も知らないなんてありえない」
少女がまたため息をつく。
「い、いや、そっちの地名のほうがおかしいんだって。大体、あんたの姿はどうみても日本人……」
といいかけて、言葉が詰まった。
日本人に見えるが、言われてみればハーフ系にも見える。
「う……ロシア系とアジア人のハーフというか……んー、日本か台湾? もしかして、ロシアじゃなくて別の国かも……もしかして世界のどこかに俺の知らない国があるのだろうか」
「ロシア? アジア?」
少女が首をかしげる。
やはり現実の地名を知らないようだ。
「ああ……やっぱりファンタジー設定か。とにかく、俺はセルフィオンなんとかとか知らないからな」
「はいはい、もういいや。やっぱりモブね。夢の共有がそう簡単に起きるわけないわよね。さ、モブはさっさと消えてよ。私は次の夢を見たいから」
少女は勝手に納得したようで、シッシッと虫を追い払うような動作をする。
さすがにイラッとする。
「な、何度も言うがなぁ……そっちがモブだぞ。言うだけ無粋だってわかってるけど」
「はぁ? それを言うならヨコハマシってどこよ。セルフィオン皇国の北、南、東、それとも西?」
「どちらでもないけど……あえて言うなら別の星とかそういう設定かな?」
「意味分かんない登場人物……もういいって。どっかに行って」
少女は完全に俺に興味をなくしたようで、俺から視線を逸らしてあさっての方を見る。
それにともなって地下牢の姿が薄れていき、徐々に元の開放的な部屋の姿が戻っていく。
「……はぁ」
どうも話は通じなかったが、とにかく酷いことにならなかった。
後ろの覆面男も特に活躍しなかった。
そこだけはよかった。
もう俺もあきらめて違う夢を見よう。
「あぁ、でも」
突然少女がふと思いついた、という様子で人差し指をピンと立てて、俺の方に振り向く。
と、同時に開放的な心地よい部屋の光景は一瞬で雲散霧消し、またもや陰気な地下牢の姿に戻る。
「おお!? お、おい、なんだよ」
「私もよくわからないけど、なんか”尋問”っていうのをしたくなってきた」
少女の目が爛々と輝く。
まさか、ここであの本の効果!?
「なんでお前が……って、そうだよ、本の内容はそっちに影響するんだったぁ! なんで普通に忘れてたんだよ、俺!」
思わず喚くが、少女の表情は一切揺るがない。
おい、100円本よ、取ってつけたように今更そんな効果を発揮するな!
いらない……そんなのいらないんだよ!
「何を言っているのかわからないけど……さぁ、全部白状しなさい」
少女が冷たい表情を浮かべ、どこから出したのか全く意味がわからないが差し渡し30センチは有りそうな短剣を突然目の前に突きつけてきた。
しかも服装に合わせたのか短剣は刀身も黒くて変に凝った文様まで付いている。
「や、止めろ、あ、危ないだろ!」
「命が惜しければ白状しなさい」
「な、なにをだよ!?」
「言いたくないことを全部白状しなさいよ」
なにそれ、意味分かんない。
「はぁ!? そんな滅茶苦茶な話が……」
「とにかくなんでもいいから言いたくないことを白状しなさい。モブなんだから、それぐらいは楽しませてくれないとね。……まずは小指から行こうかしら」
「ま、待て! 待て待て! 何でも言うから待てぇぇぇえぇ!!」
これは尋問ではない。脅迫だ。
俺は尋問の本を読んだはずだが!?
◇
今朝もカラスが鳴いている。
雲ひとつ無い快晴だ。
今日もいい天気になりそうだ。
俺は起きたばかりの寝ぼけた頭で窓の外をぼけ~っと眺めていた。
「なんだ……この夢……」
夢の中で俺は誰にも話したくなかった失恋話から電車の中で漏らした話まで全て白状することになった。
もちろん夢だから他人に白状したわけではないはずだ。
なのに、なんだこの非常に不愉快な感覚は。
その上もう少しで覆面の男に腕を折られるところだった。
「最悪な夢だ……」
よく寝たはずなのに妙に疲れたような気がする朝だった。
明日は違う夢が見れるといいな……。
ノロノロ更新していきます。