フリー展開 続
今日も普通に大学に行ってきたが、一日中あの夢の事がこびりついて全く講義に集中できなかった。
しかしそんなことはどうでもいい。
今日もベッドに入って夢の続きを見るのだ。
「どうなるか……」
もそもそとベッドに潜り込む。
夢をできるだけ長く見るためにここ最近の俺は随分と就寝が早い。
時計を見るとまだ7時半だ。
「さすがに早すぎだよな……」
ベッドに寝転んだものの、さすがに寝れない。
これまでならば展開を変えるために本を読んだのだが、昨日の夢は状況が見えなさすぎて手を打てない。
だから特に本を読むこともなく、とりあえずこのまま寝てみたい。
しかし寝れない。
「うーん……」
寝れない。
「んー……」
寝れない。
目をつむっていてもやはり寝れない。
体がまだ眠りモードに入っていない。
「うーん……」
◇
「寝れない……」
寢るのを諦めてベッドから起き上がると、俺の部屋がグレードダウンしていた。
「あ……あれぇ……?」
部屋の中を見回してみる。
標準的な窓があったはずの壁には見覚えのない小さな窓が申し訳程度についているだけだ。
そこから差し込むか細い夕日。
そして、壁は妙に煤けている。
俺の机はなぜか無い。
エアコンが付いていたはずの場所にも何もない。
自分の寝ているベッドに目を向けると、二十年ものクラスの年代物だ。
敷布団はぺったんこで腰が痛い。
「なんだここは……」
薄暗くて立地の悪い部屋にベッドだけがポツンと置かれている状況だ。
ああ、これは夢か。
「なんとまぁ殺伐とした夢だこと。や~れやれ」
腰をさすりながら起き上がって、部屋から出るための扉を探す。
が、扉がない。
「は!? どうなってんだ!?」
夢であればたしかにどんな造形も可能だ。
うん、なるほど。
「って、だからどうするんだよ!」
何度も見回してみるがどう見ても扉はない。
「くそぉぉぉ!!」
壁を思い切り叩いてみる。
木製のようだが全く壊れる気配はない。
「どうしろって……待て、これは夢なんだ。夢だから、俺の気合次第でなんとかなるはず!」
とりあえず、謎の力が覚醒することを祈って叫んでみる。
「うをおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
うるさいだけで特に何も起きない。
しかたがないから、俺の右手に超人的な破壊力が宿ることをイメージしてから壁に打ち付けてみる。
「痛っ!」
どうにもならない。
こうなったら仕方がない。
「どうせ夢だぁぁぁぁ!!」
いつぞやと同じくダイブするべく窓に突進する。
が、直前で窓が閉まっていることに気がついて急停止する。
「なんだよ……」
窓に手をかけて開けようとするが、そもそも手を掛けるところがない。
開けることができないハメ殺しの窓のようだ。
「ちょ、この部屋完全密室?」
そもそもどうやって俺はこの部屋に入ったんだ。
夢だから物理法則とか適当でそこらへんは突っ込んでは行けないのだろうが、適当なら適当でもっと俺に都合よく合ってほしい。
なぜこういうときだけ物理法則に忠実なんだ。
「うーん……」
本格的に困った。
途方に暮れた。
◇
ベッドの上で転がったり起き上がって壁を叩いてみたりしているうちにかなりの時間が経った。
もうどうにでもなれ、早く目が覚めろ、とベッドの上で脱力していると、にわかに部屋の外が騒がしくなってきた。
「ん……この感じ……俺の屋敷?」
なんとなく聞き覚えのある音が聞こえてくる。
くぐもった音ではあるがおばちゃんメイドたちらしき声が響いているようだ。
そして更にすごく聞き覚えがある声が聞こえてくる。
「ちょっと、どうなっているのよっ! またこの夢!?」
あのメイドがなにか叫んでいる。
よくわからないが、とにかく叫んでみる。
「おーい! ここから出してくれ! うをおおおおおおおお!!!」
力の限り叫ぶと、
「うるさっ」
というツッコミの声とともに、壁に突然穴が開いた。
正確に言うと、壁の一部が一瞬で扉になったかと思うとその扉が開けられたようなのだが、あまりに一瞬だったので壁が直接無くなったかのように感じた。
その扉を開けた主はきょとんとした表情のメイドだ。
「あれ……あんたまたいるの? というより、何やってるの?」
「な、なんか知らないけど完全密室状態で……」
「密室?」
メイドが首をかしげる。
違和感を感じて振り返る。
「おおっ!?」
さきほどまで小さなハメ殺しの窓しかなかったはずのに、目の前には開放的な大きな窓があり豪奢なカーテンがかかっている。
さらに左右には他の部屋へと通じる扉がある。
そして更に、非常にボロいベッドがいつの間にか天蓋付きのベッドになっており、タンスや鏡台など家具一式すっかりそろったきれいな部屋になっている。
「な、なにが……あ、あぁ、そういえば夢なんだよな。びっくりした」
「私が驚いてるんだけど。なんであんたがまた居るのよ」
メイドはため息をつくと、そのまま身を翻してツカツカと廊下を歩き始めた。
「お、おい……」
慌てて後を追いかける。
周囲を見回すがどうみても見覚えがある俺の屋敷だ。
さっきのあの部屋はなんだったのか。
「別の夢を見るはずなのに、なんでこうなるのかしら」
メイドが眉をひそめる。
「ちょ、待て、くそメイド! なんかわけのわからないことを言っているが、ここは俺の夢なんだから意味分かんないことを言わないで俺のいうことを聞いて……」
「うるさい、モブ」
「ちょっと待て、誰がモブだ!? お前がモブだろう! ここは俺の夢であって、お前は俺の夢の登場人物でしかないということをきちんと分かれ!」
「……はぁ。そのセリフをそっくりそのまま返すから」
「は?」
メイドはそのまま俺を無視して歩き続け、メイドの部屋の扉の前に来るとそのまま部屋に入ろうとする。
あわてて俺も入ろうとする。
「入ってこないで」
しかし、不機嫌そうにそう言われて、乱暴に扉を閉められる。
「お、おい……」
仕方がなく引き返そうとしたところで、ふと我に返った。
「いや、あいつただの登場人物じゃん。なんで俺が遠慮しないといけないんだよっ!」
扉を開けてそのまま部屋に突入する。
と、メイドが呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「ん……?」
メイドの部屋は元々は質素な家具類と帳簿類が置かれている部屋だったはずだが、なんだかわけのわからないことになっていた。
スーパーで売っている大袋のお菓子、冷蔵庫・電子レンジといった家電、ゲーム機やDVD、その他わけのわからない雑多なものがあちらこちらにうずたかく積まれて、部屋のほとんどが物で埋もれている。
かろうじて見えている壁には俺が好きなアニメのポスターらしきものがベタベタと貼られている。
「な、なんだぁ……?」
「私の夢が……壊れている……」
メイドはそうつぶやくとへなへなと座り込んだ。
「お、おい……なにがどうなってるんだ?」
「……どっか行けってば」
座り込んだメイドに冷たく言い放たれる。
メイドはそのまま呆然としている。
しかたがないので、そのカオスな部屋を後にした。
◇
「一体この夢は何がどうなってるんだか……」
ちょっとだけ考えてみたが分かるわけがない。
所詮ここは夢なのだから理屈なんてないのだろう。
「とにかくメイドは力尽きている……ということは、俺の自由っていうことか」
試しにおばさんメイドたちを呼び集め、一人を仮メイド長に任命して奴隷集めを命じさせる。
するとさすが夢だ。
体感数分の間に時間がみるみる過ぎていき、あっという間に一週間が過ぎていた。
今現在、俺の部屋には年頃の美人な奴隷が15人も立っている。
全員綺麗に着飾り、おとなしく頭を下げている。
「う、嘘だ……こ、こんな簡単に事が運ぶなんて……」
しかし目の前にはたしかに奴隷が並んでいる。
「よ、よし、じゃあ早速……」
隣の寝室へ15人を連れ込む。
軍隊のように規則正しくベッドの前に一列に並ぶ15人の美人な奴隷たち。
「そ、壮観だ……」
思わずつばを飲み込む。
「じゃ、じゃあ、早速……」
と一番端の女奴隷の手を取る。
女奴隷は手を取られるがまま歩を進める。
が、なにか違和感を感じた。
「あ、あれ……?」
奴隷はおとなしそうな表情でうつむいたままで、視線の動きすらほとんどない。
まるで意思を感じられない。
息をしているだけのマネキンだ。
「き、気にしすぎだ俺。夢だから、こんなもんだよ……」
と思ったが、考えてみれば人口過剰奴隷ハーレムの頃は無闇に人々が生々しかった。
廊下で勝手に商売していた訛りが強いおばちゃんや俺をからかった女達、延々と身の上話を語っていたおばあちゃんなど、あの過剰な生々しさは一体なんだったんだ。
夢だからこんなものなのかもしれないが、あれができたんだから是非ともここでその生々しさを再現してもらいたい。
「い、いや、でもそうすると最初の二人の二の舞いに……」
最初に高圧的に迫った挙句に賢者タイムで罪悪感にうなされた出来事を思い出す。
「つ、つまり、程々の生々しさで向こうも嫌がりつつも実はまんざらではない程度のリアルさ……違う、ここはいっその事奴隷側も全部俺にべた惚れということにして挙動だけ生々しく再現して……」
規則正しくならんだ15人の奴隷を前にして悩む。
どうすれば、どうすれば俺の理想の奴隷ハーレムは実現するんだ。
「うーん……とにかく、いくらなんでもこのマネキン具合は酷すぎる……」
手を掴んでいる女奴隷のほっぺたを突っついてみるが、一切の反応がない。
ぶっちゃけ、不気味だ。
「うぅ……」
思わず女奴隷の手を離して後退りする。
「なにやってんだか」
突然後ろから声が聞こえたので振り返ると、寝間着っぽいものを着たメイドが立っている。
「お前!?」
そして、左手で各種お菓子の大袋を5個ほど抱え、右手をその袋の中に突っ込んでいる。
現在進行中で咀嚼中のようで口がむしゃむしゃと動いている。
「い、いや、お前こそなにやってるんだ? さっき固まってだろ!?」
「固まっている間に勝手に時間を進めてくれちゃって。変なモブなんだから、本当になんなのあんた」
「ってか、何食ってるんだ!?」
「部屋に変なお菓子が転がってたから」
と言って、キッ○カットをつかみ出して口と右手で個包装を破って口の中に放り込む。
あまりに勢いが豪快なのでちょっとあっけにとられる。
「こんなお菓子を思いつくなんて私って天才よね」
口をもしゃもしゃ動かしながらメイドが自画自賛する。
「は? それ、別に普通に売ってるお菓子だろう」
「こんなの知らないわよ。大体、このツルツルした紙はなんなの? 変なの」
「紙じゃなくてビニールだろ」
「いちいち一個ずつ開けないといけないから面倒よね。中身が美味しいからいいけどね」
そして今度はカントリー○ームと思われるクッキーを口に放り込む。
「なんだか知らないが、俺の邪魔はしないでくれよ! 俺の夢なんだから」
「だから私の夢だって言ってるじゃないの。まぁ、好きなようにしてみれば?」
なんだかわけわからないが、手を出すつもりはないらしい。
「ああ、もう……無視だ無視!」
やけくそ気味にもう一度奴隷の手を掴んでベッドに押し倒す。
やはり無反応だ、この奴隷。
気味が悪い。
「ふーん」
モッシャモシャという咀嚼音とともにメイドの声が響く。
見ると、まだメイドが菓子の袋を抱えたまま、こちらを見物している。
「い、いや、見てるなよ! お前どっかいけよ!」
「どういうことするのかなーと。気にせずにやってよ」
メイドが次のお菓子を口に放り込みながら、無遠慮に言う。
ものすごく視線が気になる。
「っていうか、どうやって入った!? 俺は鍵をかけたはずなんだが……」
「誰がマスターキーを持っていると思っているのかな、モブA」
メイドがパジャマのポケットから鍵をつまみ出して弄んでみせる。
そして、すぐにポケットにしまい直して、またお菓子をあさる。
「だから、モブじゃない! 出てけよっ」
「やなこった」
平然とした表情でお菓子をかじり続ける。
あいつは一体いくつお菓子を食べているんだろう。
「ええい、このやろう!」
メイドのもとに駆け寄り、抱え込んでいるお菓子の大袋を掴みとる。
「なにすんのっ……」
そのまま、扉の外にお菓子を投げ出す。
「ああ、この馬鹿!」
メイドが抗議の声を上げて駆け出す。
その隙に扉を閉めて、鍵をかけ直す。
さらに近くのタンスを火事場の馬鹿力で引っ張って扉の前に移動する。
「これで入って来られないだろう! ははは!」
タンスの向こうで扉をドンドンと叩く音が聞こえてくるが、開きそうな様子はない。
「よし! 俺の勝ちだ!」
我ながら大ハッスルで奴隷たちに視線を向けた。
感情が一切感じられない30個の目玉がギョロッと一斉にこちらに向いた。
「怖っ!」
ダメだ。
これは全然エロくない。
これは俺の奴隷ハーレムでは……
窓の外でカラスが羽ばたく音が聞こえた。
反射的に振り向く。
「……ん?」
俺は自分の部屋にいた。
窓から朝日が差し込んでいる。
ゴミでも漁りに来たのかアパートの外で複数のカラスの羽ばたきと耳障りな鳴き声が響いている。
「朝……か……」
力なく布団をどけて体を起こす。
正直、助かった。
あのままあのゾンビのような奴隷たちと一晩過ごすとなったらひどいトラウマになりそうだった。
「はぁ……」
目覚めたばかりだというのに、妙に疲れた気分だった。
◇
とにかく状況がわからない。
まず現状を把握しなければ。
『全て吐け! ~強面刑事の尋問密着72時間~』
大学からの帰り道、またもやブッ●オフの100円コーナーで新たな本を手にとっていた。
「ふふふ……全部白状してもらおうか、あの糞メイドめ。しかるのちにはこの俺が真の支配者に……」
と、普通に声に出してしまったところ、となりのおじさんに奇妙な視線を向けられる。
「…………」
おじさんの視線を振り払い、早足でレジに向かってお会計を済ませ、牛丼屋で早すぎる夕食を済ませると、俺は自分のアパートに向かって脱兎のごとくかけ出した。