フリー展開 『本音のコミュニケーション ~人生を楽にする山岡メソッド~』
もともと仕込みネタを展開する小説だったのですが、方針転換によりそうもいかなくなり、ここより先は作者も先が見えないフリー展開になります。
インフレネタがほぼなくなるのでなんかタイトル詐欺っぽくなってきたなぁ……と困惑しておりますが、放ったらかしよりはマシだと思って遊んでみます。
ベッドに入る前に、閉店間際に咄嗟に掴んで買ってきた本を開いてみる。
『本音のコミュニケーション ~人生を楽にする山岡メソッド~』
「本音か……」
時間があればこんな本は買わなかったと思うが、買ってきてしまったのだから仕方がない。
あのロボットのようなメイドに本音などあるのだろうか。
でも、最後の方ではノリノリでSっ気のあるお嬢様を演じていたから、少しは内面がありそうだ。
「とにかく、こいつでなんとか……!!」
気合を入れて一気に読んでいく。
内容的にはタイトルそのまま。
全てを本音で話すというだけなのだが、ギクシャクした人間関係を改善できたという事例だけでなく、本音で話しすぎたために会社を首になった事例まで載っている。
この著者は自分のメソッドを勧めたいのか勧めたくないのか。
「ま、まぁ、いいや……とにかく本音でトーク!」
俺は本を読み終えた瞬間にベッドに潜り込んだ。
◇
眼を開けると、いつものように自室の机に座っていた。
そして、メイドが目の前でモップで掃除をしている。
「ええっ!?」
驚いて声を上げると、メイドが怪訝そうに顔を上げた。
「なんでしょうか?」
「お前が掃除!?」
「なんで驚くのですか。意味がわかりません」
「いや……意外すぎて……」
メイドはそのまま無言でモップがけを続ける。
こいつはいつも帳簿を持ってうろうろしていたが、掃除している姿など初めて見た。
「そういえば、前の俺が使用人やってたのはどうなってるんだろう」
メイドがモップがけを止め、体を一切動かさずに首だけくいっとこちらに向けた。
なんでいつも動きに一癖あるんだ、このメイドは。
「一度ご主人様が行方不明になってから中止しておりましたが、再開しましょうか」
「行方不明……?」
窓から飛び降りたのだから重症を負っていても不思議はないが、行方不明扱いだったようだ。
「いや、も、もういい。もう二度とやらない」
「しかし中止を言われた覚えはありませんから再開するのが筋でしょうか」
メイドの目元に力がこもってくる。
なんでそんなにやる気があるんだ、お前は。
やっぱり趣味なのか。
「いや、何度もやめるといっただろう! あれは演技じゃなくて正真正銘主人としての言葉だからな!?」
「いいえ、あれは使用人が訳のわからないことを言っているのだと解釈しました。では再開しましょうか」
メイドがモップをポイっと床に投げ出す。
「お、おい……そんな理不尽だろう!」
モップとメイドのドS顔を交互に見ながら呻くしかできない。
「理不尽なのは承知の上です」
メイドが高らかに宣言する。
……おい。
「あっ……」
メイドが咄嗟に口を抑える。
失言だと自覚しているらしい。
お、なんか助かったような……雰囲気?
「おい、理不尽と分かっているのなら止めろよ!」
「いえ、ただの言い間違いです。私は道理にかなった行動をしております、ご主人様」
メイドはいつものように冷静に答えているが、心なしか口元がひきつっている。
あれ、なんかいつもと調子が違うぞ。
「これがあの本の効果ということかな……」
とつぶやいた瞬間、パッとしない日常への不満がいきなり湧き上がってきて思わず
「はぁ……人生って虚しいなぁ……」
とため息と同時に声に出していた。
やっぱりあの本、俺にも作用してるじゃないか。
メイドだけに作用なんて上手くは行かないようだ。
しかし別に漏らしてもさほど問題ない本音だ。
悲しくはなるけど。
「そうですね」
そして、メイドが間髪入れずに返事をしてくる。
「お、おい、否定しろよ」
「ご主人様の発言を否定するなどという失礼なことはできません」
メイドがキリッとした表情で言い切る。
「今まで否定されまくっている気がするんだけど」
「気のせいです」
絶対に気のせいじゃないんだけど。
「っていうか、とにかく頼む! 頼むから協力的になってくれ! 俺の奴隷ハーレムの夢はどうなるんだ!?」
「最初から協力していますが」
メイドが淡々と答える。
「あれは協力とは言わない! なんなんだ、あのメチャクチャな人数のハーレムは! 俺がどれだけ肩身が狭い思いをしていたと思っているんだ!?」
するとメイドは頷いた。
「でしょうね」
そう言った直後にメイドが露骨に「しまった」という顔をする。
あの本の効果はてきめんだ。
本音が駄々漏れじゃないか。
「お、おい……分かっててやっていたのかよ」
「……そんなわけないじゃないですか。何を言っているのですか」
メイドが冷静に答えようとしているようだが、明らかに声がちょっと震えている。
「うおい、もしかして今までの全部意図的なのか!? てっきり天然で話がわからない電波野郎なのかと思ってたけど」
「失礼な」
一瞬メイドが眉間にしわを寄せる。
「ん?」
「……いえ、なんでもありません」
本当に駄々漏れだ。
なるほど、こういう悪意に満ちたやつだったのか。
道理で物事が上手く行かなかったわけだ。
この鬼畜巫女が。
メイドは姿勢的には直立不動だが、視線が宙を泳いでいる。
史上かつて無いほどに焦っているらしい。
あの本の効果で本音が隠せなくなって戸惑っているのだろう。
これはおもしろい。
心の奥底からなんとも言えない気力がみなぎってくる。
ここからが俺のターンだ!
「なるほど、全部意図的だったということだな」
「そんなわけはありません」
メイドが否定するが、声は微妙に震えている。
そして、罠にかかったな、愚か者め!
俺のターン!
「本当に悪意が無く自覚もしていなければ、『意図的だな』に対して『なんのことか』と逆に聞き返すはず! お前のその発言は悪意があったことの証拠に他ならない!」
びしぃっと指を突きつける。
メイドは一瞬怯んだ表情を浮かべたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「そのようなつもりではありません。ご主人様の考え過ぎです」
そのような言葉で俺が納得するものか。
逃さん。
俺のターン!
「そうやってごまかすつもりか。じゃあ、どういうつもりだったんだ!?」
「もちろんご主人様のためを思って誠心誠意がんばっております」
メイドがにこやかな笑みを浮かべる。
焦っておるな。
俺のターン!
「なんだその笑顔は! 無表情じゃないお前はメチャクチャ怪しい!」
「ご主人様の言っている意味がわかりません」
メイドが笑っていいのか冷静な表情になればいいのか困っているようで、すごく中途半端な表情で答える。
そういえば、あの本の中で『同じ言葉を使うことで親密度を上げる』という項目があった。
目的は違うが、その技を使わせてもらおう。
俺のターン!
「俺のほうが意味がわからないんだけど」
この発言は想定していなかったらしく、メイドの返事が一瞬遅れる。
「……それでは私は忙しいのでこれで失礼します」
メイドが素早くお辞儀する。
体勢を立て直すために逃げる気のようだ。
しかし、戦場の風は俺のために吹いている。
ここで逃してたまるか。
俺のターン!
「なにが忙しいのか答えてもらおう!」
「……メイドとしての仕事がありますので」
「主人の命令よりも優先だという理屈があるのか?」
「ご主人様のための仕事です」
と答えてさりげなく歩き出そうとするメイド。
だから逃がさんと言っているだろう!
さらに俺のターン!
「意味がわからない。ただの屁理屈だろ?」
できるだけ無感情にそう言うと、歩き出そうとしたメイドが虚をつかれたように動きを止めた。
突然の俺の戦闘能力の向上に戸惑っている様子。
さらにさらに俺のターン!
「さて、どこにもやましい所が無いというのであれば、今のお前はどうしてそんなに焦っているんだ? きちんと説明してもらおうか」
「焦ってなどおりませんが」
「いいや、いつもと違って声は震えるし視線は泳ぐしどう見ても焦っている」
「ご主人様の気のせいです」
「これを気のせいというお前が意味がわからない」
「気のせいです」
メイドが畳み掛けてくる。
しかし、戦場の風に後押しされている俺にはそんな虚仮威しは効きはしない。
俺はメイドを睨みつける。
メイドも睨みつけてくる。
「気のせいです。私は忙しいので失礼します」
「気のせいじゃない。ここで逃げたのであればお前が悪行を認めたということにする」
「私はなにもしておりません」
「した」
「しておりません」
「間違いなくした」
「…………」
「…………」
視線を逸らしたほうが負けだ。
「…………」
「…………」
さらに睨み合いが続く。
「…………」
「…………コホン」
メイドが咳払いをするフリをして視線を逸らした。
勝った……勝ったぞ……!!
よくわからない感情が沸き上がってくる。
これが逆転の時に感じることができる快感というものか。
なんと清々しい。
思わず天を仰ぐ。
すると視線をそらした間にメイドが呟くのが聞こえた。
「……今日はボロが出やすい」
天は我に味方せり。
掴んだぞ、決定的な証拠を。
ゆっくりを視線を下ろしていき、メイドを改めて睨みつける。
「ほほお、やはりいままでは悪意を見せないように演技をしていたということだな」
「そんなわけはありません」
メイドの視線が激しく動く。
俺は一歩足を踏み出す。
「……それでは私は忙しいので」
メイドがいつものように流れるような動きで逃げようとするが、間髪入れずにメイドの肩を掴んで逃さない。
今日の俺は神がかっている。
「待てよ」
「私は忙しいですから」
メイドはあくまでも逃げようとする。
「この件が優先だ」
「忙しいので」
メイドが俺の手を振り払おうとする。
さらに強く肩をつかむ。
「お前の悪行は全部分かっているんだよ。観念しな」
自分でも演技わかるほど演技がかったセリフをいう俺。
「なんのことか……」
メイドの表情が崩れてくる。
普段のメイドなら取り付く島もないようなセリフで返り討ちにしてくるはずだが、今日はよほど焦っているらしく切れのあるセリフは返ってこない。
「さぁ、きちんと答えてもらおうか。これまでの振る舞いが意図的というのであれば存分に仕返しを……あ、天然でも普通に酷いな。どっちにしろ仕返しを……」
と、言いかけると、メイドはメイドの肩を掴んでいる俺の手を逆に掴んできた。
「ほ、ほお、ご主人様はこの私に仕返しをするおつもりですか? 私より優位に立つことができると思っているのですか?」
そう言いながら、俺の手を肩から引き剥がす。
こ、こいつ、正面から戦いを挑んできやがった。
「き、来やがったか……この夢を制するにはいずれお前とは戦わなければならないと思っていたが、まさか今日この時がその時であったとはなぁ!」
我ながらノリノリで仁王立ちで宣言する俺。
今日の俺はこいつに負ける気がしない。
メイドは右手を握りしめ、その拳を壁にドンッと打ち付けた。
「たかが屋敷の主の分際でこの私に勝とうなどと千年早いっ!」
メイドがキッと鋭い視線を向けてくる。
「な、なんだその理屈……と、とにかく、宣戦布告ということだな!? ふははは、ここは俺の夢だ! この夢の中で俺に勝つことなど万が一にもありえないということを思い知るがいい!」
脳裏で「でもずっと負けてたなぁ」という雑音が聞こえたが、ここは無視する。
今日の俺なら負けるはずはない。
「またそれ!? ここが夢? またそんな意味がわからない……」
と言いかけたところで、メイドの言葉が止まった。
壁に打ち付けていた拳を下ろし、体の力を抜く。
「えっと……どうした?」
俺が小さく聞くが、メイドは聞こえていない様子でハッとした表情を浮かべた。
そして、少しの間があって、やおらメイドがパチンと手を叩いた。
「あ、あぁ、そっか夢だっけこれ」
メイドがちょっと気の抜けた顔で宙を眺めている。
え、まさか自覚したのか。
「そ、そうだ。ここは俺の夢だということがようやくわかったか!? いい加減に抵抗をやめて俺に従う……」
と言いかけるとメイドの表情が途端に険しくなった。
「何言ってるんだか」
「……ん?」
「ここは私の夢でしょ。モブはモブらしく私の操り人形になってもらおうか」
メイドはなんともいえない見下しの表情で俺を眺めた。
「お、おおおう? ちょ、それ俺の発言だって……」
「お前は私の下で喜劇を演じていればいいんだ。この私に逆らうなっ」
メイドが指を突きつけてくる。
な、なんだこれ。
なにがどうなって……
「もういいや。メイド役なんて辞めた。はい、さようならご主人様」
メイドがにこやかな笑みで手をひらひらと振る。
「なんだよそれ……」
意味がわからず呆然としていると、メイドが顔をしかめた。
「あれ、なんで消えないの? いつもこうすると場面が切り替わるのに」
メイドがわけのわからないこと言いながら、さらに手を振る。
だんだん振り方が激しくなっていき、最後はやけくそのように手を振るが、特に何も起きない。
「なにやってんだ……?」
「あぁ、もぉ! なんで消えないのよっ」
メイドはなおもひらひらと手を振る。
「はぁ……?」
と首を傾げたところで目覚まし音が響き渡った。
え、この話はそういう風に展開していくの?
アドリブで書いている作者自身が一番驚いているというオチ。