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俺の奴隷ハーレムがインフレ過ぎて酷い 作者:唯乃なない
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メイドのスルー能力がインフレ過ぎて酷い

 その後一週間経ったが、結局二度と奴隷ハーレムの夢を見ることはなかった。

 たかが夢といえばそれまでだが、なんだか非常にもやもやする。

 奴隷ハーレムをなんとかしたいのももちろんだが、あのメイドに一泡吹かせたくて堪らない。


 今日もベッドに入る前にあの夢を見るために奴隷ハーレムの様子を鮮明に脳裏に描き出す。


「無駄かなぁ……」


 ここ一週間毎日イメージを浮かべているが、全く効果が見られない。

 二度とあの夢を見ることはないのかもしれない。


「はぁ……まぁ、たかが夢といえばそれまでなんだけど……なんかなぁ……」


 ブツブツ呟きながらベッドに潜り込み、目を閉じようとしたところで机の上の原色の塊が目に入る。

 そういえば、あの夢の諸悪の根源はあれだった。


『インフレ思考による状況打開術』


 トンデモビジネス本。


 なんとなくベッドから出て立ち上がり、本を手にとって捲ってみる。


 ページをめくるごとに著者が関わったことによる被害報告が目に入ってくる。

 ある企業は利益率改善のために著者にコンサルを頼んだところ、利益率改善どころか著者の無謀としか思えない戦略により多額の損失を出している。

 別の企業は顧客満足度向上のために著者にコンサルを頼んだところ、著者がアフターフォローという名の集団嫌がらせ行為(化粧品を買ってくれたお客さんの家に1年間365日を通して毎日10人以上のセールスマンが訪れるという超迷惑行為)を行いお客さんたちから集団訴訟を起こされた。

 どうみても褒められた結果ではないのに、著者は「これがインフレ思考のチカラ!」と自慢気に語っている所が救えない。

 この著者にコンサルを頼んだ企業は人を見る目がなかったんだろうとしか言えない。


「……寝よう」


 バカらしくなって本を閉じてベッドに入った。



 目を開いたら、見覚えのある光景が目に入ってきた。


「ここは……」


 と、言いかけた途端に目の前の人物に気がついた。

 あのメイドだ。

 そしてまたもや帳簿を持っている。


「おお!? 戻ってきた!?」


 やはりあの本が鍵だったのか。

 あのトンデモ本を読んだことでこの夢を最初に見た。

 続きを見るにもあの本が必要だったということか。


「おおおおおお!?」


 これで俺は何度でもこの夢を見れる。

 ここからが俺のターンだ!


 そして、こっちの世界ではどれだけ時間が経っているんだろうとカレンダーを見てみると、どうやら前回の面接が終わったところから数日しか経っていないようだ。

 よし、無闇に時間が経過している障害もない。


「よし! よし! うをぉぉぉぉぉ!!!」


「うるさいですね」


 感動していると、途端にメイドの冷たいセリフが飛んできた。

 なにか前より冷たい気がする。

 メイドを睨みつけると、睨み返された。

 ダメだ。ビビっては駄目だ。


「お前……お前なぁ、お前は自分の立場がわかっていないからそんな強気なことが言えるんだぞ? ここは俺の世界だ。俺が指を一つ鳴らせばお前などひとひねりだ!」


「意味がわかりませんが」


 またもや冷淡な返し。

 さすがにカチンと来る。


「いい加減にしろ……喰らえっ!」


 指をぱちんと鳴らして、メイドが吹き飛ばされるイメージを脳裏に浮かべる。


 が、特に変わった様子はない。


「あ、あれ、おかしいな」


 指を何度も鳴らしてみる。

 何度もメイドが吹き飛ばされるイメージを浮かべてみる。

 体中に力を込めてみる。

 しかし、何も起きない。


 ここは夢なんだから、それぐらいの都合のいい展開起きてくれよ。


「…………」


 メイドは無言で冷めた目でこちらを見ている。


「ま、待て、今に思い知ることに……」


「……買い付けは中止しておりますので、本日の奴隷数に変化はありません。それではこれで」


 メイドは淡々とそれだけ言うと回れ右して部屋を出て行ってしまう。


「おい、無視する……な……」


 ダメだ。

 この夢に入る方法は確立したが、あのメイドをなんとか手懐けなければ俺の理想のハーレムはやってこない。

 明日からの夢のために、なんとかしてあのメイドを説き伏せなければ。



 廊下に出てメイドの後をついていくと、メイドは他の部屋に入っていくのが見えた。

 慌てて俺も飛び込んでいくと、メイドが他のメイドと話をしていた。


「うちの屋敷に他のメイドが居たのかよ……」


 うちのメイドは16か、17か、それとも18か、もしかしたら19か、案外22とかだったりする可能性もなくもないという年齢で……つまりは十代後半ぐらいな年齢容姿のメイド服の少女である。

 この部屋に居た他のメイドたちもメイド服は来ているものの、もっと年上の……おばちゃんたちである。

 そのおばちゃんメイドたちは俺の姿を認めると、丁寧に礼をしてきた。

 素晴らしい。


「ほら見ろよ、メイド! お前もこのご年配の方々のように俺に対して礼を尽くすべきだと……」


 言いかけると、メイドはちらりと俺を一瞥して、


「静かにして下さい」


 と突き放してまた会話を始める。


「お、おい、お前それはいくらなんでも……」


 しかし、メイドは無視して業務連絡と思われる会話を続ける。

 ここでやつの首根っこを抑えなければ、俺のハーレムの明日はない。


「おい、メイド! お前はいい加減に……」


 しかし、メイドは淡々と会話を続け、会話が終わると俺の脇を通り抜けて廊下に出て行ってしまう。

 あわてて追いかける。

 廊下をずんずん歩いて行くメイドの後ろを追いかけながら言葉をかけていく。


「おい、メイド! お前は何様のつもりだ!?」


「今はしがたないメイドですがそれがなにか。忙しいので御用は後でお願いします」


「ちょっとまて、メイド! いつもそればっかだろ! いつになったら忙しくなくなるんだよ!」


「仕事次第です。今は忙しいですから」


「だから、主人の命令が最優先だろ、おいっ! この糞メイド!」


「おかしなことを言いますね。神から賜った使命こそが最優先です」


「ちょっと待て、お前……」


「忙しいのでお相手している暇はありません」


「この糞メイド! いい加減、殴るぞ! この糞メイド……っていうか、そういえばお前の名前ってそもそもなんなのだよ!?」


「知る必要はないでしょう。それでは私はこちらで用事がありますので」


 メイドは流れるような動きで第一書庫の扉を開けて入ったかと思うと、さらに中から鍵を掛けやがった。

 会話の途中だというのに。


「どうなってるなよ、これは……あ」


 まさか「このメイド冷たいな」という認識がインフレした?

 いや、そんなまさか。



 とにかく、あのメイドは許せない。

 俺はブチ切れた。

 夢の中でこんなにブチ切れることがあるだろうかと思うほどに怒り心頭になった。

 第一書庫の前で待ち構え、出てきたメイドに向かって、


「うをおおおおおおお!! 俺の話を聞けぇぇぇぇ!!」


 と全力で叫ぶ。

 しかし、メイドはちらりと振り向くと、


「忙しいので」


 と一言だけ言い返してやはりスタスタ廊下を歩いて行ってしまった。


「ひ、ひでぇ……こ、この野郎が……」


 さらに怒り狂った俺はメイドをタックルを噛ませてみることにした。

 足早に廊下を歩いて戻ってきたメイドめがけて突進する。


「俺の話を……!!」


 もう少しでぶつかる、というところでメイドはこちらを一瞥し、軽蔑しているような表情を浮かべて素早く方向転換する。

 俺は勢い余って廊下に激突する。


 ガツン


「うげっ……」


 心底、夢でよかったと認識する。

 全身に痛みが走ったような気はしたが、実際にぶつかったほどの痛みではない。

 壁から体を引き剥がし、メイドに敵意の視線を向けると、メイドは振り返って


「お気をつけ下さい」


 と、冷淡に一言だけ言うとそのままさっさと歩いて行ってしまう。


 こうなったら、こちらも意地だ。

 メイドが何度も廊下を往復することは分かっている。

 メイドが横断できないようにバリケードを作ってやろう。


 部屋の中に取って返して、机やら椅子を運び出していく。

 重労働だ。

 さすがに広い廊下も大量の家具を並べるうちにだんだんとふさがってくる。

 この間にメイドが来てしまわないかとヒヤヒヤしているうちに、なんとかバリケードが完成する。


「やった……!」


 と、その瞬間に廊下の角を曲がってメイドが姿を表す。


「よし、来い!」


 メイドは先ほどのように足早に歩いてきたが、バリケードの手前で歩みを止めた。


「よ、よしっ! おい、メイド、俺の話をちゃんと聞いて……」


「ご自分で片付けて下さいね」


 言いかけた瞬間にメイドの冷たいセリフが飛んでくる。


「え、あ、そりゃ、後で片付けるつもりだけど……」


 思わず言い訳している間に、メイドは無造作に軽めの椅子をずらすとその間を抜けて歩いて行ってしまう。


「ええ!? お、おい、俺の苦労を……だから話を聞けと!」


「忙しいので」


 メイドは振り向きもせずに歩いて行ってしまう。


 そういえば、あの本の著者のコンサルを受けた人たちを「人を見る目がなかった」なんて思ったが、俺も全く人のことを笑えない。

 どうして最初にあのメイドが来た時にまっさきにお断りしなかったんだろう。

 こんなに根本的にコミュニケーションが取れない使用人などまっぴらゴメンだ。

 いや、今からでも遅くない。

 お断りしよう。


「お前はクビだぁぁぁぁ!!」


 早歩きのメイドの後を追いかけがながら叫び声を上げる。

 メイドはくるりと振り返って、


「はぁ……ご冗談を」


 とため息つきで一言。


「だから、冗談じゃなくて……って、おい、待てって!」


 そのまま俺のセリフを待つこと無くまたもやスタスタ歩いて行ってしまう。


 その後、俺は無数の試行錯誤を行った。

 何度もタックルをかましたが全て避けられた。

 何度も後ろから追いかけてみたが、その度に「忙しいのでついてこないで下さい」と冷たく言われ、怯んでいる一瞬の間に距離を取られてしまった。

 メイドの部屋に強行突入して戻ってくるのを待ち構えていたら、俺が部屋の中にいることにすら気がついていない様子で淡々と棚から書類を引っ張り出したり閉まったりしていて、ついに俺が怒鳴り声を挙げたら「出て行きなさい」と取り付く島もないほど淡々と言われ、半泣きになりながら部屋を出るしか無かった。


「頼む……話を……」


 自分でもわかるほど枯れた声を聞きながら、俺はベッドの上で天井に向かって腕を突き出していた。

 時計を見ると目覚ましが鳴るはずの時間の5分前だった。


 どうして夢の中でまでこんな目に合わないといけないんだろう。



 その日の夕方、俺はブッ●オフの100円コーナーに居た。


「あの本の内容が夢に影響したというのであれば、別の本を読んでから寝ればいいということだっ」


 自分だけに聞こえるように小声でつぶやくと、俺はその本を手にとった。


『使用人のしつけ方 AtoZ ~14日間 ハードコース~』


 100円コーナーにこんなおあつらえ向きの本があったとは、俺はなんて幸運なんだろう。


「待っていろよ……あの糞メイド」


 俺はその分厚い本をぎゅっと握りしめた。

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