曦瑶

「陳情令」金光瑶と藍曦臣についての彼是

金光瑶の人生を考える その四

何が彼をそうさせたか 
金光瑶の人生を考える その四

光瑶の最期を考える時、藍曦臣の「阿瑶…他究竟想怎样呢」の言葉に尽きると思う。
もう逃げ場が無いと悟った時、もう自分には、死しか残されていないと悟った時、
阿瑶には何が視えていたのだろう。
生涯唯一の「白月光」たる無条件で敬愛する藍曦臣の手に掛かって死ぬことを
本望と思えてもいただろう。
死への恐怖はどれ程のものだったろう。
あれほど怖れ嫌悪し、かつその愛を求め続けた聂明玦と
共に封じられる事を予感した時、藍曦臣を道連れにして、
聂明玦から守って貰いたいと望んだのではないだろうか。
かつて不夜天で聂明玦の刃から藍曦臣に庇って貰ったように。
どんなに望んでも、父光善からの愛を得られなかった阿瑶が
聂明玦に父性を求めたように、悪と汚辱に塗れた己であっても、
ただひたすら受け入れ包む込んでくれるそのような愛を慈愛を
藍曦臣に求めたのではなかろうか。
全てを包み込む無償の愛を母性愛と捉えるならば、
阿瑶が母孟詩から受けた愛は、確かに大きなものだったに違いないが、
一面非常に過酷なものだったろうと思う。
いつか大仙家の当主である父親が迎えてくれる、そんな夢を語り続け、
貧しい暮らしの中で必死に阿瑶に教育を受けさせようとして、
金をだまし取られ、蔑まれ、そういう過程を阿瑶は見てきたのだろう。
負の境遇から抜け出したいという強い願い、大人達への不信、憎しみが
育っていった。
父からの愛は受けられず、母孟詩の愛も歪みがあった。
自分自身に愛があるのかさえ信じられない。
観音廟でのあの時点、極限状態の阿瑶にとっては、
己が藍曦臣へ抱くものが異性への愛なのか、どうなのか、
もう判らなくなってしまっていたのではなかろうか。
「一緒に死にましょう。」
拒絶されるか、万が一受け入れられるかのギリギリの問い掛け。
私は、あの場面の阿瑶の産毛が総毛立っているのを見て戦慄した。
最初、何故お顔剃りしなかったのかと訝ったのだけれど、
あれこそが激情の現れなのだと思い直してから、
大好きな場面になった。
阿瑶が朔月に貫かれた後の、阿瑶、二哥の二人の状況は、
正しく交合としか思えない。
情と情が激しくぶつかり、絡み、互いに翻弄され、
爆発する。エロスの極みだ。
思うに、出逢って20年、親しく交流するようになって、
十数年、阿瑶と曦臣は傍から見れば異様なほど、
親密な時間を共に過ごしていた筈だ。
けれどそこに性愛は無かった。
無かったからこそ、あの場面で、あれ程まで濃密な、
疑似交合が行われたのだろうと私は、考える。
周りの者たちが息を呑むほど、それは生々しく、
かつ蠱惑的だったろう。

藍曦臣が死を受け入れ瞼を閉じ、振り上げた手をそっと
指を閉じた時、彼は、その感情が、阿瑶への同情なのか哀れみなのか、
阿瑶の悪に気づかなかった己への罪の意識なのか、
阿瑶への愛なのか、少しも判ってはいなかったのだろうと思う。
清廉潔白、純粋培養、世俗の塵に汚れることなど無縁の男には、
性愛など理解できていなかったろう。
(私は光瑶が結婚した時点で曦臣は、己の気持ちを封じ込めていたのだろうと思っているが。)
それでも阿瑶は、その藍曦臣の選択だけで充分だったのだろう。
拒絶されなかった。阿瑶の求めた愛ではないかもしれないが、
確かに自分は、受け入れられた。
そして、このまま道連れにするよりも突き放すことで自分は、
永久に藍曦臣の中で永遠になれる、そういう残酷で哀しい
打算も働いたのだろう。
人を恨み憎み己を恨み憎み続けて、そうやって生きるしか無かった
阿瑶が、最後に束の間愛を手に掴み、直後その愛は、指をすり抜けてしまう。
いや、道連れにしなかったからこそ愛を得られたのだろうか。
阿瑶は、忘機に支えられ脱出していく曦臣を見送り、
自らの運命に決着を着ける為、「聂明玦」に向き直る。
「聂明玦、私があなたを恐れると思うか!」
本当は、怖くて怖くて堪らなかった。
けれど敢えて自らを鼓舞するため、そして藍曦臣に受け入れられて、
立ち向かう気力を得られて、ああ叫んだのだと思う。

最期の瞬間、阿瑶は、聂明玦と共に封印され、
未来永劫抜け出すことは叶わないと悟っていた筈だ。
生涯怖れ憎み愛し求め続けた人に、今は覇下の呪いに侵され、
愛と憎悪で正気を喪っている人に、これから先棺の中で、
霊魂になり果てた自分は、抗って行かねばならぬ、
それはどれ程の恐怖だろう。
けれど、阿瑶は、それを選んだ。
残されたのは、呆然と石段に座り込む放心状態の藍曦臣。
痛ましい姿だ。
そして、本懐を遂げた筈が複雑な感慨を覚えているらしい聶懐桑。
この人が光瑶へ抱いた愛憎も過酷なものだったろう。
埃に塗れた金光瑶の帽子を拾い上げ、そこにかつての孟瑶と母孟詩との、
「君子正衣冠」の教えが映し出されるのが本当に切ない。
善も悪も愛も憎も、全てがただ表裏一体。


最終話まであと二週間、それまでの時間、「阿瑶…他究竟想怎样呢」を
私は、考え続けるでしょう。

 

他究竟想怎样呢

光瑶の最期を考える時、藍曦臣の「…他究竟想怎样呢」の言葉に尽きると思う。
もう逃げ場が無いと悟った時、もう自分には、死しか残されていないと悟った時、
阿瑶には何が視えていたのだろう。
生涯唯一の「白月光」たる無条件で敬愛する藍曦臣の手に掛かって死ぬことを
本望と思えてもいただろう。
死への恐怖はどれ程のものだったろう。
あれほど怖れ嫌悪し、かつその愛を求め続けた聂明玦と
共に封じられる事を予感し、藍曦臣を道連れにして、
聂明玦から守って貰いたいと望んだのではないだろうか。
かつて不夜天で聂明玦の刃から藍曦臣に庇って貰ったように。
どんなに望んでも、父光善からの愛を得られなかった阿瑶が
聂明玦に父性を求めたように、悪と汚辱に塗れた己であっても、
ただひたすら受け入れ包む込んでくれるそのような母の愛を
藍曦臣に求めたのではなかろうか。
極限状態の阿瑶にとっては、それらが異性への愛なのか、どうなのか、
もう判らなくなってしまっていたのではなかろうか。
「一緒に死にましょう。」
受け入れられるか、拒絶されるかのギリギリの問い掛け。
私は、あの場面の阿瑶の産毛が総毛立っているのを見て戦慄した。
最初、何故お顔剃りしなかったのかと訝ったのだけれど、
あれこそが激情の現れなのだと思い直してから、
大好きな場面になった。
阿瑶が朔月に貫かれた後の、阿瑶、二哥の二人の状況は、
正しく交合としか思えない。
情と情が激しくぶつかり、絡み、互いに翻弄され、
爆発する。エロスの極みだ。

藍曦臣が死を受け入れ瞼を閉じ、振り上げた手をそっと
指を閉じた時、彼は、その感情が、同情なのか、
阿瑶の罪に気づかなかった己の罪の意識か、
阿瑶への愛なのか、判ってはいなかったと思う。
それでも阿瑶は、その藍曦臣の選択だけで充分だったのだろう。
拒絶されなかった。阿瑶の求めた愛ではないかもしれないが、
確かに自分は、受け入れられた。
そして、このまま道連れにするよりも突き放すことで自分は、
永遠に藍曦臣の中で永遠になれる、そういう残酷で哀しい
打算も働いたのだろう。
人を恨み憎み己を恨み憎み続けて、そうやって生きるしか無かった
阿瑶が、最後に束の間愛を手に掴み、直後その愛は、指をすり抜けてしまう。
いや、道連れにしなかったからこそ愛を得られたのだろうか。
阿瑶は、忘機に支えられ脱出していく曦臣を見送り、
自らの運命に決着を着ける為、「聂明玦」に向き直る。
「聂明玦、私があなたを恐れると思うか!」
本当は、怖くて怖くて堪らなかった。
けれど敢えて自らを鼓舞するため、そして藍曦臣に受け入れられて、
立ち向かう気力を得られて、ああ叫んだのだと思う。
原作では、聂明玦の棺に突き刺さったという描写があるけれど、
最期の瞬間、阿瑶は、聂明玦と共に封印され、
未来永劫抜け出すことは叶わないと悟っていた筈だ。
生涯怖れ憎み愛し求め続けた人に、今は覇下の呪いに侵され、
愛と憎悪で正気を喪っている人に、これから先棺の中で、
霊魂になり果てた自分は、抗って行かねばならぬ、
それはどれ程の恐怖だろう。
けれど、阿瑶は、それを選んだ。
残されたのは、呆然と石段に座り込む放心状態の藍曦臣。
痛ましい姿だ。
そして、本懐を遂げた筈が複雑な感慨を覚えているらしい聶懐桑。
この人が光瑶へ抱いた愛憎も過酷なものだったろう。
埃に塗れた金光瑶の帽子を拾い上げ、そこにかつての孟瑶と母孟詩との、
「君子正衣冠」の教えが映し出されるのが本当に切ない。
善も悪も愛も憎も、全てがただ表裏一体。

(投稿 20/05/28)

 

 

 

孟搖(金光瑶)の時系列

ドラマ上では、魏無羨の復活は、16年後だけれど、
「魔道祖師」原作において魏無羨の復活は、13年後だ。
魏無羨15-22
藍忘機15-35
莫玄羽(献舎時)26~27
藍曦臣17-37
聂明玦20-28
聶懐桑14-34
孟搖(金光瑶)14-34
江澄 14-34
薛洋 15-27
金子軒15-20

江厭離17-22


主人公の時系列ではなくて
孟搖(金光瑶)の時系列

14歳以前に薛洋と出会い悪友の関係になる。と思っていたけれど
14歳で母孟詩が死に、父光善に逢いに行くが
50段の階段を蹴落とされる。
その後、聂明玦に拾われ、副使に取り立てられる。
薛洋が魏無羨と忘機に捉えられ孟瑶が聂家に連行する時が初対面か?
悪の心が惹かれ合ったのか。それも凄いな。
薛洋を逃がし、総領を殺して追放される。
16歳~
2~3年ほど温氏に潜入し温若寒の信頼を得て、
副官として仕えつつ、藍曦臣へ情報を送る。
射日の征にて温若寒を討ち取った功績で
金光瑶と名前を改め、金家の家臣となる。
19~20歳
聂明玦の赤鋒尊、藍曦臣の沢蕪君、と義兄弟の契りを結び、
斂芳尊と号され、三尊と尊ばれるようになる。

光善の指示のもと温氏残党の収監、傀儡養成、虐殺などの
悪事に手を染める。
魏無羨の持つ陰虎符を手に入れようと画策する。
21歳
蘇渉に命じ、金子勤へ千瘡百孔の呪をかける。(原作では蘇渉の独断)
魏無羨を追い詰めようとの思惑が結果的に金子軒の死に繋がり、
続いて江厭離も命を落とす。
だからこそ、甥金凌への深い悔恨の情を持ち続けることになった。
観音廟で聂明玦の覇下に操られた温寧に襲われた時、とっさに
金凌を押しのけ助けた。悪あがきをしていたけれど、本当に金凌のことは、
可愛がっていたのだと思う。

不夜城にて魏無羨(22歳)死亡。
この年、秦愫と結婚。衝撃の事実を知らされ地獄へ突入。
莫玄羽14歳が金家の修士として迎えられる。
22歳
聂明玦との対立が激化し、「乱魄抄」にて謀殺。
23歳
金光善を卑劣な手口で謀殺。
数年後、秘密を知ってしまった莫玄羽を実家に送り返す。
更に数年、魏無羨の死から13年目、
光瑶34歳の年、全てに絶望した莫玄羽(26~27歳)が魏無羨へ献舎して、
真相を暴いていくという流れだろう。


違っているところがあるかもしれません。
気づいたらまた訂正していきます。

金光瑶の人生を考える その三(聂明玦編)


何が彼をそうさせたか 
金光瑶の人生を考える その三(聂明玦編)

聂明玦と金光瑶の悲劇を考えていて、ふと思ったのは、
金光瑶の聂明玦への想いというものは、
聂明玦に父への愛を重ねていたのじゃないかという事だった。
聂明玦が同僚たちに虐められていた孟瑶を救って副将に取り立ててくれた時、
どれ程孟瑶は嬉しかったろう。
初めて大人に認められたと感じたろう。
この時の聂明玦は二十歳を少し出たくらいだろうか。
父というにはあまりに若いが、それでも孟瑶から見れば、
非常に体も大きく威厳があり、頼もしい大人の男性と映った筈だ。
今まで自分が見知って来た下卑た男達とは、雲泥の存在として。
そういう人に愛され守られたいと願ったのではなかろうか。
期待をかけて信頼を寄せてくれた事を誇らしく頼もしく感じたろう。
宗主に重用されればされるほど、周囲の反感と嫉妬を掻き立てる。
孟瑶にそれらを跳ね除ける強さがあれば良かったのに。

孟瑶は、ただ微笑みの仮面をつけ、憎しみを募らせてしまう。
温逐流の襲撃の際、薛洋を逃がすどさくさに紛れて、
孟瑶は、かの憎き総領を殺してしまうが、
この時の彼には、聂明玦ならきっと自分を許してくれるという、
無条件で受け入れてくれるという、
過度の期待、甘えがあったのだろうと思う。
悪を憎む聂明玦が許す筈などないのに。
勝手に聂明玦へ父性あるいは肉親に匹敵するほどの愛を求め、
得られないと判ると、それまでに抱いていた愛情の大きさ、いやそれ以上に恨み憎む。
孟瑶は、人に認められたいと望み続けてきた。
愛を求め、憎しみを糧として生きてきた。
自分自身を愛さないものが愛を得られる筈はないのに。
聂明玦は、孟瑶の望んだ種類では無かったが、
確かに孟瑶を愛していたろう。
孟瑶を追放した後も動向を気にしていた。
彼の強すぎる出世欲や心の脆さを案じていた。
道を踏み外さないようにと願っていた。
けれどその愛は、後に金光瑶となり、義兄弟の契りを結んだ後さえ、
自分に厳しい言葉を与え、栄光への道を阻む障害としか、
金光瑶には、届かなかった。
この二人の行き違いが本当に痛ましい。
金光瑶の聂明玦への想いは、藍曦臣への想いとは全く異なる。
金光瑶にとって藍曦臣は、決して侵すことの出来ない聖域だった。
だから光瑶は、藍曦臣の前では、決して己の悪を悟らせなかった。
理想の自分を必死に生きた。
人生最後の場面で言い切った。
「悪の限りを尽くそうとも、あなたを害そうとは決して思わなかった。」と。
それが光瑶の藍曦臣への愛だった。
片や、己の本性を全て知られている聂明玦へは、本当は、
ありのままの自分を受け入れて欲しかったのだろう。
決して叶えられる筈の無い望みと判っていても尚、
光瑶は、それを求め続けてしまった。
生きて得られぬなら殺して自分だけのものにして仕舞いたい、
光瑶の心のうちには、そのような感情もあったのだと思う。
縛り付けて制御できぬと知ると冷酷に「殺して」と薛洋へ告げる。
この時の金光瑶の美しさは、凄まじい。
愛と憎しみのベクトル。その身体に
憎しみの剣を纏う金光瑶の姿は、気高いとさえ思えた。
メイキング画像にあった、聂明玦の傍らに腰掛け、
そっと聂明玦の頭部に触れる(そう見える)金光瑶の姿は、
サロメのようにも聖母のようにも感じられて、
怖ろしいほどだった。
愛も憎しみも捩れている。


孟瑶が聂家に居た時、聂明玦は自分に向ける孟瑶の慕情に
気づいていた筈だ。
孟瑶の持つ魔性、毒性にもおそらく気づいていたのだろう。
だからこそあえて節度を持って接していたろうと思う。
もしも聂明玦が孟瑶の気持ちを受け入れてやっていたら、
何かが変わっていたのだろうか。
金光瑶と聂明玦、
考えれば考えるほど切なく苦しい。

 

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聂明玦と金光瑶

金光瑶は、何故、赤鋒尊聂明玦を殺害するに至ったか、
これは、本当に一筋縄でいかない問題だと思う。
孟瑶が聂家に仕えていた時、出自の所為で
同僚たちに蔑まれていた彼を庇い、副官にまで
取り立ててくれた宗主聂明玦を慕い忠誠を
誓っていた筈だ。
聂明玦も孟瑶の勤勉さ、有能さを高く評価して、
期待を寄せていたに違いない。
それが孟瑶の自分を苛め抜いていた兵長
殺害する現場を目撃して、激高してしまう。
孟瑶を信頼し期待していた分、裏切られたという思いが強かったのだ。
ちょうどそこへ聂明玦を襲おうとした温逐流が現れ、
孟瑶は、身を挺して聂明玦を庇って刺される。
この身を挺したという一点を持って、
孟瑶は、聂明玦からの死の制裁を免れ、追放されるのだけれど、
この時、聂明玦は、泣いているのだ。
泣いて馬謖を斬る』ではないが、これは、
聂明玦の孟瑶への愛だったと思う。
一本気で悪を憎む心がことさら強く、妖剣霸下を手にし、
荒ぶる心を抑えきれない愛を
弱く脆い孟瑶は、気づくことが出来なかった。
ただ自分が見放された、拒絶されたのだと、
それまでの敬愛と信頼の念が怖れと失望へと変わってしまった。
悲劇の始まりだ。
その後孟瑶は、温家に潜入し、
温若寒の副官に為るほどまで重用されるが、
単身攻め込んできた聂明玦と対峙した孟瑶は、
邪悪な笑みを浮かべる。
温若寒を信用させる為というには、あまりにも本来の表情のように見えた。
温家征伐が成功した後、解放された聂明玦に
孟瑶はすんでのところで斬られそうになる。
そこを救ったのが藍曦臣だ。
温若寒を刺し殺したという功績で金家に迎えられ、
聂明玦赤鋒尊、藍曦臣沢蕪君、金光瑶斂芳尊として義兄弟の契りを結んだ時も、
聂明玦の金光瑶を見る目は、厳しく、
金光瑶自身も聂明玦を警戒しているようだった。
二人の心のずれは次第に大きくなっていく。
金家での地位を確立する為、己の野望を遂げる為、
聂明玦の存在は、金光瑶にとって、排除すべきものへと変わる。
聂明玦の気を静めるという名目で藍曦臣から「清心音」を習い、
更には、通行証を預かり自由に雲深不知処へ出入りを
許された特権を使い、禁断の邪道「乱魄抄」を盗み出し、
巧妙に聂明玦を蝕んでいく。
自分の「白月光」である二哥藍曦臣を騙し、
大哥聂明玦を誅殺する、やり口が非常にえぐい。
対決の場面が、金麟台のあの長階段の上。
薛洋への処遇を咎められた金光瑶が
珍しく怒気顕わに反論する。
「所詮、娼妓の子。」と聂明玦は、光瑶を大階段から蹴落とす。
額から血を流す光瑶が衣服を直し帽子を正しく直し、
笑みを浮かべるあのシーン、私はあの場面で金光瑶に嵌まった。
聂明玦と金光瑶のこの二人の生きざまは、
まさしく愛と憎しみの極みのように感じた。

生まれ堕ちたのが娼館で母の容色が衰え更に病気がちに為って以降、
母子の生活を支えるには、まだ少年の孟瑶が男達に
身を任せるしかなかった筈だ。
その屈辱と痛みは、惨めな暮らしから這い上がる為の
権力と地位を求める原動力になったろう。
類まれな美貌は、己の身体を武器に変えるのに充分だったろう。
聂家の男の宿命として、剣の邪気を受け暴走してしまう、
あまりに実直過ぎる男、そして生まれ持った宿命ゆえ、
愛と憎しみを我身に引き寄せてしまう男、
二人の男の生きざまは、美しく哀しい。

金光瑶と(献舎前の)莫玄羽

何故莫玄羽は、金光瑶への復讐を望み、自分の命を懸けてまで、
魏無羨へ献舎したのか、
ドラマ上では、かなり曖昧な説明だったように思う。
原作では、観音廟事件直後に境内で、魏無羨が聶懐桑へ、
聂明玦謀殺事件の復讐を計画し、莫玄羽を魏無羨へ献舎させるべく
仕向けた張本人なのだろうと詰問する場面がある。

まず兄聂明玦が金光瑶に謀殺されたことを知った聶懐桑は、
何年もかけ、兄の左手を見つけ出す。
事件の全貌を解明し、既に仙督の地位にある金光瑶を完全に仕留める為には、
魏無羨を復活させるしかない。聶懐桑は、どうやって魏無羨の魂を
見つけ出せたのだろうか。
次に金家から追放され失意の底にいる莫玄羽を見つけ出し、
その莫玄羽の言葉から、聶懐桑は、
彼が古代の悪の呪文を記録した金光瑶の禁断の断片を見たことを知る。
秘密を知られた金光瑶は、ドラマ上では、莫玄羽が秦愫へ付きまとった
という名目で、原作では、断袖の癖がある莫玄羽が
金光瑶へ怪しからぬふるまいをしたという名目で、追放する。
万一彼が秘密を口にしようとも決して周囲が莫玄羽のいう事を
信じないようにしたのだろう。
ここから邪な視点で考える。
莫玄羽が14歳(ドラマ13歳)の時、金家に招いたのは、父光善だった。
金光瑶は、この異母弟の出現にどう反応したろう。
どれ程願っても母孟詩の存命中、父が自分達母子を顧みることは無かった。
母の死後、14で父の許に証拠の品を持って名乗り出た時も、
大階段を蹴落とされ、その後手柄を立てようやく金家の一員と
なることが出来たが、待遇は、酷いものだった。
それに引き換え莫玄羽は、母が庶子とはいえ金持ちの家だったから、
子として迎え入れられた。嫉妬も覚えたろう。反感もあったろう。
鬱屈した感情を覚えたろう。
それが何故、秘密の隠し場所への出入りを許してしまったのだろう。
莫玄羽の母の願いも虚しく、彼の霊力は低く修行の効果も上がらなかった。
金光瑶は、婚外の子、持って生まれた霊力の低さという、己も持つ
苦しみに共感したのではないだろうか。
自分の敵ではないものに対しては、基本的に金光瑶は優しい。
金光瑶は、莫玄羽を懐かせ、信頼させ、依存させることで、
仄暗い喜びを感じていたのではないかと思う。
そうこうするうち莫玄羽は、金光瑶の決して知られてはならない秘密を知ってしまう。
何故光瑶は、彼の命を奪わなかったのだろう。
恐れることなどない、そう油断もあったろうが、
よく似た境遇の彼に対する同情もあったのだと思いたい。
しかし命ばかりは奪わないという光瑶の情けは、かえってあだとなる。
金家から送り返されたことで莫玄羽の母は、失意のうちに死に、
莫玄羽は、伯母家族に虐げられ、狂人と化して行った。
その境遇に落とし込んだ金光瑶を恨み、憎むようになっていたのだろう。

そこを聶懐桑に上手く利用された。
何故、莫玄羽は、献舎してまで金光瑶へ復讐を望んだのだろうか。
生きることに絶望した莫玄羽が莫家の三人を呪ったのは、判る。
けれど、一時は心から敬愛していた筈の金光瑶を何故?
莫玄羽は、金光瑶の地獄を知ってしまったからだと私は、思う。
この世を生きる苦しみから去りましょう。自分も死ぬから、
あなたも死んで楽になって。
そういう怖ろしくも哀しい願いもあっただったのだろうと考える。
ひとつの愛の形ではないだろうか。

光瑶が聶家に仕えていた頃から兄の死の真相を知るまでずっと、
聶懐桑は、光瑶を自分に近しい者と信頼していた筈だ。
だからこそ親愛の情が強い憎しみへと変貌する。
莫玄羽にとっても光瑶は、ただの憧れだけでなく、愛の対象としてさえ、
大きな存在だったろう。それが強い憎悪も覚えるようになって仕舞った。
金光瑶は、人の生を恨み憎み、己の生をも憎み恨み、その力で力を蓄え、
そうやって生きてきた人間だった。
その人生が己の所業の所為とは言え、「愛」と「憎しみ」によって、
止めを刺される。
金光瑶と莫玄羽の異母兄弟の関係は、あまりにも痛ましく哀しい。
そして聂明玦と聶懐桑も異母兄弟という設定だそうだ。
私は、これまで自分の手を汚さずに、蘇渉や金光瑶を討ち果たした
聶懐桑に対して少し納得できない想いを覚えていた。
けれど復讐を完全に成し遂げる為に長い間、
策略を巡らし続けた彼もまた、苦しく哀しい人生だったのだろうと
思い始めた。
ドラマ「陳情令」の登場人物たちそれぞれにドラマがあって、
色々考えさせられるところが本当に凄いと思う。

ちなみに、私が思う「陳情令」一番の悪は、金光善だ。
諸悪の根源だ。評価するところが全くないのは珍しい。
金子軒が生まれたことが奇跡だ。
続いての悪は、仙門百家だ。
権力におもねり、己らが正義とばかりに、正しい判断もなく、
付和雷同する。とても不快だ。
藍曦臣が「不由」で憂えている「世间百态」とは、
これのことかと思う。

薛洋と金光瑶

字幕翻訳して動画を見ていた時から、義城編は、怖ろしいものだと
判ってはいたのだけれど、日本語字幕でしっかり見ると、
それはもう想像以上の辛さだった。
薛洋が痛ましくて愛らしくて堪らない。
善悪を知らず誰にも愛されず、なまじ才能がありすぎるから、
狡猾な大人達に利用された少年。
赤子のまま成長してしまった奇才だ。
金光善が陰虎符を探し出し己の野心の為、薛洋に精練させようと
金家に匿うんだけれど、かねてからの悪友関係である金光瑶も
何かと手助けする。
薛洋は、魏無羨に『迫真の演技をする騙し上手な友達がいる。』と話す。
「ですよね~。あの人、ほんと人を騙すの上手!」となったもの。
金光瑶とは、あくまでも対等の、持ちつ持たれつの関係だった。
聂明玦に薛洋の処遇を咎められ、また利用価値がもうないと判断した
金光瑶に半死半生の状態で放り出されてしまう。
その彼を素性も知らず助けてしまうのが盲目の暁星塵だ。

暁星塵が盲目となった経緯を作ったのは、薛洋。
7歳の頃、飴が欲しかった薛洋の指をつぶしたのが常家の人間で、

のちに常家を皆殺しし、それを暁星塵に暴かれたことを恨んで、

彼の道侶・宋嵐の目を奪う。
暁星塵は、宋嵐に目を与えるのだけれど、この時宋嵐は、
意識がはっきりしておらず、結局生きている間に、
巡り会うことが出来なかった。

暁星塵は、博愛の精神から半死の薛洋を助けただけだが、
薛洋にとっては、初めて人から受けた優しさだ。
薛洋は、己の感情が「愛」だとも知らずただこの宝物に執着した。
目の見えない彼を嘲った人々を、他の誰でもない暁星塵自身を
騙して殺させた。
清廉高潔な彼を自分の邪悪な淀みに引きずり堕としたくて。
哀しい痛ましい愛だ。
真実を知った暁星塵は、自刃してしまうが、この時の
薛洋の演技が凄まじい。
砕け散った暁星塵の霊識を拾い集め何年間も蘇生しようと試み続ける。
藍忘機に右腕を切られ、最終的には、宋嵐に成敗される。
何年も前に暁星塵に貰って黒く変色した飴を握りしめて。
薛洋の生涯でたった一つの宝があの飴だった。

悪役とは言え、本当に薛洋は、魅力的だった。
「陳情令」の役者さん達の大勢が薛洋役で
オーディションを受けたというのが納得だ。

 

義城編最後の場面でいよいよ赤峰尊の遺体が登場してきた。
金光瑶への疑惑が膨らんで来ている。
最終話まで次第に追い詰められていくのだけれど、
本当にマニュピレーター聶懐桑の策略は、緻密だわね。

それにしても曦臣お兄様は、ひと月ずっと昼も夜も
一緒の時間を過ごして、(十数年間でしょ?)
何も気づかなかったのかという疑問が消えない。
金光瑶は、「迫真の演技で騙す」というよりも、
世間一般に向ける顔と藍曦臣だけに見せる顔(仮面ではなく)が
どちらも本物だったのではないかという事だ。

金光瑶は、薛洋とは違って善悪の区別がつかなかった訳ではない。
彼の本質には、優しさ、穏やかさ、柔軟さがあった。
聖なる藍曦臣を決して汚すまいという自制心もあった。
ただ自分の出自を貶すものは、
決して許せず報復する心を止められなかった。
原作で観音廟事件の後、境内で金凌が仙子を抱きしめ
涙を流す場面がある。
数年前金凌が同じ年ごろの子供達にいじめられ荒れた時、
叔父金光瑶が凄まじく怒り、
そして子犬を贈ってくれたことを回想するシーンだ。
光瑶が金凌を可愛がったのは、
まだ赤子だった甥から両親を奪ってしまった
贖罪の念だけでは無かったろう。
己の保身の為、存在を消さねばならなかった我が子、阿松へ
注ぐ筈だった(注ぎたかった)愛をこの金凌へ向けたのでは無かろうか。
血を分けた我が子を罪の子と、
おぞましい存在と思わざる得なかった光瑶の地獄を想うと
痛ましく哀れで堪らない。
ただ少なくとも金凌は、光瑶の愛を感じてくれていたようで少し救われた。

 

周深さんの歌う薛洋テーマ曲「荒城渡」。神懸かっている。


20200501 周深 Charlie Zhou Shen 【荒城渡】春晖纪·2020国风音乐盛典

 

「荒城渡」薛洋テーマ曲

目の中の払子
手の中の残魂
荒城を飾るあの物語
天真の修行
心の扉を開く
飴一つで孤独な身を暖める
数奇で残酷な運命
恨みを持って生を終えるのが怖い
蘇生を待ち続ける
善悪が見分けられ散り去る星

昔の事に悩まされ探し回る夜
心に蛍の光が燃えるのを願う
孤城の伝説 何人が来てた
因果を俺に贈る
この因果が魂と俺を救済するのを待つ
執着が捨てがたけれど
心の魔を断ったら許してくれるか
解き放たれた宿命をやり直す

運命の残酷を知っても
見ず聞かず恨まぬ
あの人の蘇生を待つ
世の浮き沈み 今生悔い無し

昔の事に悩まされ探し回る夜
心に蛍の光が燃えるのを願う
孤城の伝説 何人が来てた
因果を俺に贈る
この因果が魂と俺を救済するのを待つ
執着が捨てがたけれど
心の魔を断ったら許してくれるか
解き放たれた宿命をやり直す