第107話「玉座の間での儀式と、ルーミアとの約束」
数日後、グロッサリア
場所は王宮、玉座の間。
そこで父さまは、国王陛下──アイリスの父親から
儀式には俺も参列した。
父さまが伯爵になるのを見て、居並ぶ貴族のひとたちは複雑そうな顔をしてた。
オデットの宿舎を探ろうとしてた貴族もいた。顔はわかる。逃げた連中の行き先から、誰が手の者を送り込んだのかは特定できたから。
もちろん、その人たちには、オデットの実家から正式に抗議してもらった。スレイ公爵家からの抗議だからか、すぐに謝罪の文書が来たそうだ。
当の貴族たちは玉座の間で、苦虫かみつぶしたような顔をしてた。俺の知ったことじゃないけどさ。
玉座の間にはアイリスとカイン王子がいた。終始笑顔だった。アイリスはもちろん、カイン王子も父さまの出世を祝福してくれたみたいだ。
王子・王女は他にもいたけど、第4王女のサルビアだけはいなかった。
病欠だそうだ。たぶん嘘だろうけど。
サルビア王女が黒ずくめの連中を雇ってたことは、カイン王子とバーンズ将軍に報告した。俺とオデットが連名で。
そして調査の結果、あの連中をサルビア王女が雇ったことが明るみに出た。
だからサルビア王女は、外出禁止および政務禁止になったらしい。
次期王位継承権を下げるという話も出ているそうだ。大変だな。
そんな感じで、儀式は無事に終了した。
国王陛下は父さまに
父さまはひざまずいたままそれを受け取り、国王陛下に深々と頭を下げた。気品に満ちた見事な動作だった。
顔色は青くて、身体は小刻みに震えてたけど。
儀式が終わると、玉座の間から国王と父さまが退出していく。
これから父さまは国の大臣や
次に出て行ったのは王子と王女、貴族たちがそれに続いていく。
俺はその間すみっこで、目立たないように控えていた。今回の主役は父さまで俺じゃないからな。参加はさせてもらったけど、目立つところにはいなかったんだ。
最後に警備役の武官たちが出て行くから、それに混ざることにしよう。
それにしても……意外と緊張したな。
玉座の間のすみっこにいただけで、なにもしてないんだけど。
やっぱり堅苦しいのは向いてないな。元々、田舎の村の守り神だもんな。俺は。
「話をしてもいいかな。ユウキ=グロッサリアどの」
玉座の間を出たところで、不意に声をかけられた。
振り返ると、儀式用の
玉座の間を警備していた武官の人だろうか。
「会うのは初めてだな。自分はロッゾ=バーンズ。将軍をしているダモン=バーンズの息子だ」
「バーンズ将軍のご子息……」
そういえばよく似てる。
バーンズ将軍を若くして、白髪を黒髪にした感じだ。
「はじめまして。ユウキ=グロッサリアと申します」
俺は慌てて頭を下げた。
「ああ。君のことは、父からよく聞いているよ」
武官ロッゾ=バーンズさんがお辞儀を返す。
身長は俺より頭ふたつ分高い。肩幅もかなり広い。父さまも大柄な方だが、ロッゾさんはそれ以上だ。
飾りのついた鎧は、他の武官よりも豪華なものだ。
バーンズ将軍の子どもということは、それなりの地位についてるんだろうな。
「お目にかかれて光栄です。バーンズ将軍にはお世話になっています」
「かしこまることはないよ。王家を守るのが父の仕事だ。君のような者がアイリス殿下の護衛騎士になってくれて、父も安心している。今回だって、殿下と親しいオデット公爵令嬢の宿舎を、君が守ってくれたのだからな……」
ロッゾ=バーンズさんは言葉をにごした。
オデットの宿舎にアイリスがいたことを、ロッゾさんも知っているんだろう。
ここで武官の人が「サルビア殿下が……」とか言えないもんな。
「君に話しかけたのは理由があってね。実は私も父と同じく、帝国に近い領地の巡回に行くことになっているのだ」
「そうなのですか?」
「私は部隊の中隊長として、父とは別ルートで巡回することになっている。君や殿下と行き会うこともあるだろう。その前に、君と顔見知りになっておきたかったんだ」
ロッゾ=バーンズさんは笑いながら、俺に手を差し出した。
「慣れない場所に向かうのだ。なにかあったら声をかけてくれ。力になろう」
「ありがとうございます」
「まぁ、私も困ったことがあったら、君に助けを求めるかもしれないがね?」
「もちろん、そのときはご遠慮なく」
まぁ、バーンズ将軍の子どもが、俺の力を必要とするとは思わないけど。
中隊長というからには、多くの兵士を率いていくんだろうし。
それから、俺とロッゾ=バーンズさんは握手を交わした。
バーンズさんは楽しそうに笑ってる。いい人みたいだ。
「呼び止めて悪かったね。それでは、君も気をつけて」
「お会いできてよかったです。ロッゾ=バーンズさま」
バーンズさんは手を振って歩き出した。
さてと、俺も宿舎に戻ろう。
「ユウキ兄さま! 兄さまー」
宿舎に帰ると、ルーミアが飛びついてきた。
「儀式は終わりましたか? お父さまはどうでしたか?」
「終わったよ。父さまは立派に、儀式をこなしてた。かっこよかったよ」
「よかったです。では、ルーミアはユウキ兄さまにお願いがあります」
「お願い?」
「お買い物に付き合っていただけませんか?」
ルーミアはめいっぱい背伸びして、俺に顔を近づけて言った。
後ろでマーサが困った顔をしてる。
「ルーミアさまは王都のおみやげを買いに行きたいそうです。ユウキさまの手が空くのを、ずっと待っていらっしゃったんですよ?」
「マーサ、言っちゃだめだよ!」
「言わなければわかりませんよ。ルーミアさま」
「ルーミアと兄さまは
いや、さすがに言ってくれないとわからないぞ。
「でも、わかった。いいよ。俺もゼロス兄さまに王都のものを贈ろうと思ってたからね。一緒に買いに行こう」
「やったー! じゃあ、オデットさまにご連絡しますね!」
「オデットに?」
「はい。こないだお泊まりしたとき、買い物におつきあいします、って約束してくださったんです!」
「……いい人だな。オデット」
ルーミアのおねだりをレジストできなかったのかもしれないけど。
俺でさえ、うっかり受け入れたりするからな。ルーミアのおねだりは。
「それでは、伯爵令嬢としてオデットさまにお話したいと思いますけど……マーサ。上位貴族の方に連絡したいときって、どうすればいいんですか?」
「そうですね……まずは、マーサがお手紙を届けることになります」
マーサは少し考えてから、答えた。
「先方が受け取ってくださったら、その場でお返事のお手紙をいただきます。それを主人……この場合はユウキさまにお届けして、ユウキさまがそれを読んで、予定が決まる、というのが貴族の作法ですね」
「……時間がかかるね」
「上位貴族の方は、格式を重んじられますから」
「オデットにも予定があるだろ。無理に誘わなくてもいいんじゃないか?」
俺は言った。
「とりあえず宿舎の近くまで行ってみて、オデットが
「……そんな偶然、あるわけないです」
ルーミアは肩を落としてる。
「……でも、兄さまのおっしゃることももっともです。お泊まりのとき、ちゃんと予定を決めておかなかったルーミアが悪いんです。兄さまの言うとおり、偶然に期待することにします」
「成長したな。ルーミア」
「ルーミアは、これから
言いながら俺の胸に頭をぐりぐりするルーミア。
なでて欲しいみたいだから、俺はその通りにした。
「これはマーサの
「そうなの? マーサ?」
「ですよね。ユウキさま」
ひだまりみたいな笑顔のマーサ。
俺がこれからなにをしようとしてるのか、完全に見抜いてるな。
「オデット=スレイ
俺はルーミアの頭をなでながら言った。
「とりあえず出かけてみよう。オデットの準備もあるだろうから、1時間後くらいに」
「は、はい。ユウキ兄さま」
「行ってらっしゃいませ。ユウキさま。ルーミアさま」
「本当に
「すごい偶然です!!」
俺とルーミアが宿舎の近くに行くと、オデットが玄関の前に立っていた。
「兄さまのおっしゃっていた通りです。パーティ仲間というのは
「もともとルーミアさんとはお買い物に行く約束をしてましたもの。今日あたりどうかな、とは思っていましたのよ」
オデットはなぜか宿舎の屋根のあたりを見ながら、そう言った。
ひさしの近くに、コウモリのディックが隠れてる。
ちなみにオデットの手の中にある木札は、俺がさっき伝言を書いたものだ。
『コウモリ通信』は便利だ。
「……他に予定があれば付き合わなくていいんだよ。オデット」
「ありませんわ。ルーミアさんとの約束は覚えていましたもの。そろそろかと思って、予定を空けておいたのです」
オデットは俺の顔をのぞきこんで、ささやいた。
「それに、ユウキに話したいこともありましたから」
「いいよ。言ってみて」
「後にしますわ。まずはお買い物に行きましょう。ルーミアさん、すごく楽しそうですもの」
「はい。オデットさまも一緒で、すごくうれしいです!」
ルーミアが俺とオデットの手を取った。
馬車を使おうとも思ったけど、宿舎から市場は意外と近い。
だから、俺たちはこのまま歩いて行くことにした。護衛はディックたち『コウモリ軍団』に任せよう。
「それじゃ行きましょう。ユウキ兄さま。オデットさま」
「はい。ルーミアさん」
そんなわけで、俺はルーミアとオデットと共に、王都みやげを買いに行くことにしたのだった。
いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版1巻は2月25日にMFブックスから発売です!
(表紙も公開になりました。ユウキとアイリスとオデットが目印です)
書籍用に、書き下ろしエピソードも追加しています。
愛されすぎる「