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辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる 〜愛されながら成り上がる元魔王は、人間を知りたい〜 作者:千月さかき

第5章

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第106話「元魔王、オデットの宿舎を警護する」

 ──その夜。王都のとある宿舎の近くで──




 細い月が輝く、夜の中。

 黒ずくめの人影が、建物の屋根の上を移動していた。

 場所は貴族街の近く。

『魔術ギルド』が所有する、ギルド員用の宿舎が立ち並ぶ地区だった。


「……さっきの馬車に、アイリス殿下が乗っていたのは間違いないのだな」


 黒ずくめの一人が、ささやいた。

 別の一人はうなずきながら、


「────さまからの情報です。依頼は、アイリス殿下とスレイ公爵家(こうしゃくけ)令嬢(れいじょう)……2人の話の内容を探るように。可能なら弱点を見つけるように、というものですから」

「……成り上がりの男爵家(だんしゃくけ)の令嬢も一緒のようだが」

「……そちらは別の貴族が探りを入れているかと」

「……急な出世は貴族の疑心(ぎしん)を招くということか」


『キィキィ』『キキィ』


「……コウモリがうるさいな」

「……追い払いましょう。これでは中の音が聞き取れません」

「……いや、待て!」


 黒ずくめのリーダーが手を挙げた。


「────さまの情報にあった。成り上がり男爵家の庶子(しょし)は、コウモリを使い魔にしていると。それが集まってきたということは……」


 黒ずくめの男たちが立ち上がる。

 リーダーが手を振るのを合図に、早足で撤退(てったい)を始める。


 その足が、屋根に落ちていたロープを踏んだ。


「……な、なんでこんなところロープが?」

『──!!』


 黒ずくめたちのリーダーの前を、コウモリが通り過ぎた。

 コウモリは、口でロープをくわえていた。

 普通のコウモリでは持ち上げることができないほど、太いロープを。


「まずい! こいつらは我々を(とら)え──」

『──ィ!』


 声をあげた瞬間、黒ずくめのリーダーの身体に、ロープが巻き付いた。

 手足に力を込めるが──動けない。

 コウモリはロープの端を、家のエントツに巻き付けている。反対側は別のコウモリがくわえている。ほんの小さなコウモリだ。なのに──


「──これがコウモリの力か? う、動けない」

「……リーダー」「な、なんなんですか、こいつら……」


 仲間の2人も同じ状態だった。

 闇の中を飛び回るコウモリたちは、それぞれにロープをくわえている。

 コウモリたちは訓練を受けた兵士のようにテキパキと、黒ずくめたちの周囲を飛び回り、彼らの身体にロープを巻き付けていく。もはや肩から足までぐるぐる巻きだ。


「どうしてコウモリに気づかなかった? 魔術師の方から、使い魔をお借りしたはずなのに……」


 呆然とリーダーがつぶやく。

『魔術ギルド』に所属している令嬢(れいじょう)の宿舎を見張るのだ。当然、使い魔対策はしてある。

 依頼主が、知人の魔術師から犬の使い魔を借りてきてくれたのだ。

 その犬は地上にいるはずだ。他の使い魔が近づいたら、吠えて知らせてくれるはずなのに……。


「意外と重いな。こいつ」


 声とともに、黒ずくめのリーダーの目の前に、犬が置かれた。

 彼らが連れて来た使い魔だった。

 白い犬なのに、頭のあたりに血がついている。けれど、怪我をしている様子はない。

 ただ、目を閉じて眠っているだけだ。一体なにがあったのか……。


「わかってると思うけど、あんたたちは衛兵に突き出す」


 犬の横に、黒髪の少年が立っていた。

 足音はしなかった。気配さえも。

 はじめからそこにいたように、少年は拘束された黒ずくめたちを見下ろしている。


「宿舎の主が通報してる。もうすぐ来るはずだ。できれば、目的と雇い主について話してくれると助かる」

「……男爵家庶子(だんしゃくけしょし)……ユウキ=グロッサリア」

「他の2組は宿舎を遠巻きにしてただけだし、コウモリを見て撤退(てったい)してくれたんだけどな。あんたたちは近づきすぎた」


 少年の言葉に、黒ずくめたちは震え出す。

 彼らは公爵令嬢と、お忍びで来ているアイリス王女の弱みをにぎるためにここに来た。

 なのに、情報を手に入れる前に捕まってしまった。

 それどころか──


「まぁ、あんたたちの依頼主については……ぼそっと話してるのが聞こえたけど。使い魔も使ってるくらいだから、それなりの相手だってのはわかってたけどな」


 ──少年の方は、黒ずくめの男たちの情報を手に入れている。

 もしかしたら、彼らがどこから来たのかも知っているかもしれない。


「衛兵が来た。あんたたちのことは、彼らに任せることにするよ」


 少年はロープに巻かれた男たちを地上に降ろしていく。

 力などなさそうなのに、軽々と。1度に2人を抱えて。


 それは男たちから、抵抗する意志を奪うのに充分な力だった。


 やがて、衛兵たちがやってくる。

 男たちは全身黒ずくめ。顔には覆面(ふくめん)。場所は貴族街の近く。

 これほど怪しい連中を、衛兵たちが見逃してくれるはずがなかった。


「……こんなところでなにをしていた!?」

「……スレイ公爵家のご令嬢の宿舎を(のぞ)こうとするとは、身の程知らずめ」

「……とにかく歩け、話は詰め所で聞く」


 こうして、黒ずくめの男たちは衛兵たちに引っ立てられていったのだった。




 ──ユウキ視点──




「サルビア殿下の手下を排除、と。探りを入れに来たのは、これで3組目か。意外と多いな」


 俺は羊皮紙(ようひし)に相手の風体とセリフをメモした。


「最初の2組が来たのは貴族の屋敷から、と。場所をオデットに伝えれば、誰が背後にいるかわかるな」


 先に来た2組は『身体強化(ブーステッド)』したコウモリ軍団でおどしたら立ち去った。

 俺の顔は見せてない。

「なるべく穏便(おんびん)に」が、オデットの希望だったからだ。


 黒ずくめの連中に姿を見せたのは、あいつらが使い魔を連れてたからだ。

 そんなに強力な使い魔じゃなかったから、こっそり近づいて『侵食(ハッキング)』をかけて無力化した。

 背後に魔術師か、魔術師に縁のある人間がいるはずだから、拘束して、衛兵に突き出すことにしたんだ。


『ごしゅじんー』

「どうしたディック」

『わるものを追い払うやりかた、覚えましたー。あとはディックたちだけで大丈夫ですー』


 同意するように、宿舎のまわりでコウモリ軍団が飛び回る。

 ロープはまだ残ってる。

 ディックたちに『身体強化(ブーステッド)』を掛け直せば、しばらくは大丈夫か。


『ごしゅじんは、ゆっくりしてくださいー』

『オデットさまたちを、安心させてほしいですー』

『ここはコウモリ軍団にお任せをー』


「わかった。それじゃニール、先触れを頼む」


『しょうちですー』


 飛び立ったニールが宿舎の裏手に向かう。


 用があるときは寝室の窓を叩くと、アイリスたちには伝えてある。

 アイリスならニールの言葉がわかるから、オデットかマーサに伝えてくれるはずだ。

 ニールが戻ってきたら、俺が『気配遮断(けはいしゃだん)』スキルで、気配を消して宿舎の窓を叩けばいい。


 まぁ、長時間はいられないんだけどな。

 深夜に男性が公爵令嬢の宿舎を訪ねるわけにはいかない。

 オデットの宿舎にはメイドと家庭教師がいるからな。

 だから、見つからないように気配を消して、短時間で話を済ませよう。








「どうぞですわ。ユウキ」


 しばらくして、2階の窓が開いた。

 うっすらとした灯りの中、オデットが顔を出してる。


 俺は『飛翔(ひしょう)』と『気配遮断(けはいしゃだん)』のスキルを起動。

 ふわり、と浮かびながら、オデットのところに向かう。


「夜分にごめんな、オデット」

「気にすることはありませんわ。報告があるのでしょう?」


 部屋着姿のオデットは笑ってる。

 アイリスはベッドに腰掛けてる。

 ふたりとも、ちょうど寝室にいたようだ。


「メモは見ましたわ。逃げた連中の行き先から推測すると、1組目は伯爵家、2組目は子爵家ですわね。家名は……調べてからお知らせしますわ」

「中級貴族ってことは、目的は俺んちか」


 俺が言うと、オデットはうなずいた。


「でしょうね。おそらく、ルーミアさんが宿舎に入るのを見て、探りに来たのですわ。グロッサリア男爵家について知るために」

「バーンズ将軍も、男爵家に探りを入れようとする貴族がいるかもしれない、って言ってたからな」

「出世が早すぎるとねたまれるのは、よくあることですわ」


 オデットは肩をすくめた。


「それで、3組目の者たちですけれど……」

「本人たちが『サルビア姫の依頼』と言ってたのが聞こえた。衛兵たちにそれを話すかどうかは、わからないけどな」

「連中は諜報(ちょうほう)を請け負う者たちです。たやすく口を割るとは思えませんが……使い魔がいますからね」

「そっちの方から、依頼主がばれるだろうな」


 連中が使い魔を連れていたことがわかれば、『魔術ギルド』が動き出す。

 諜報員(スパイ)公爵令嬢(こうしゃくれいじょう)の宿舎を探ろうとしていたんだから当然だ。

 たぶん、背後にいた魔術師のことも明るみに出るだろう。


「依頼者がサルビア姫ということは、目的はアイリスか」

「それについては、私に心当たりがあります」


 アイリスが前に出た。

 オデットとおそろいの部屋着を着てる。仲いいな。


「実はさっき離宮(りきゅう)に戻ったとき、国王陛下からお話があったのです。何名かの王子と王女を選び、北の領地に派遣する、と」

「王子と王女を、北の領地に?」


 そういえばバーンズさんが似たようなことを言ってた。

 帝国に近い土地に巡回に行く。そのうち『魔術ギルド』に協力要請が行くかもしれない、と。


「それにアイリスが選ばれたのか?」

「はい。『魔術ギルド』に所属している者から、優先的に派遣するそうです」

「帝国が動き出したことで、北方に位置する領土の住民が動揺(どうよう)しているらしいのですわ。それをなだめるため、王子殿下や王女殿下を向かわせることにしたそうですわ」


 アイリスの言葉を、オデットが引き継いだ。


「陛下から直接のご命令をいただくのは名誉なことです。だから──」

「やきもち焼いたサルビア姫が、アイリスの失点を見つけるために、スパイを送り込んだ……ってことか」

「ですわね」


 王族も大変だ。

 でもまぁ、わかりやすい相手なら対処もしやすい。

 後でデメテル先生経由で、カイン殿下に話を通しておこう。


「……マイロード。領地視察の件なのですが」

「行くのは父さまの叙爵(じょしゃく)の後かな?」

「はい。式典には私も参加しますので」

「わかった。俺も視察についていく」


 俺が言うと、アイリスは安心したようなため息をついた。


「俺はアイリスの『護衛騎士』だからな。ついていくのは当然だろ?」

「『護衛騎士』……だからですか」

「あと、ひとりで行かせると心配だから」

「ありがとうございます。マイロード」


 だってアイリス……アリスは放置すると、なにするかわからないし。

 ゼロス兄さまの試験のときも、バーンズさんと一緒に試験会場の視察に来てたからな。部下にやらせればいいことなのに。

 領地視察なら兵士も一緒に行くだろうけど……やっぱり心配だからな。


「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」


 スレイ公爵家のメイドに見つかると、オデットに迷惑がかかるからな。

 今日は早めに引き上げよう。


「そういえばルーミアはどうしてる? 迷惑かけてないか?」

「ふふ、心配性ですのね」

「妹のことだからな」

「心配いりませんわ。さっきまで仲良く、一緒にお茶を飲んでいました」

「今は、マーサさんと一緒に寝室で眠っています。レミーさんはキツネに戻って、抱っこされてますね」

「そっか」

「兄さま好き好き……って、たくさん聞かされました」


 アイリスは楽しそうに笑ってる。

 それから彼女は、俺を見て、両腕を広げた。


「……私の知らないマイロードとの時間があるんだな……って。ちょっと()けてしまいました。さびしくもなったので……ここでマイロードを、ぎゅ、っとさせてください」

「ア、アイリス殿下?」

「「しーっ」」


 俺とアイリスは唇に指を当てた。

 オデットは慌てて口を押さえて……後ろを向いた。


 俺は腕を広げたままのアイリスに近づく。

 間合いに入るのを待ちかねたように、アイリスは俺の身体を抱きしめた。


「ふむふむ。これが今のマイロードの体温ですね」

「前世とあんまり変わらないと思うが」

「私の身長が違います。前世では、私はマイロードのお腹に頭をくっつけることしかできなかったのに……今はこんなにお顔が近いです」

「近いな」

「背伸びしたら、お互いの(ひたい)がくっつきますね」

「くっつくだろうな」

「背伸びしてもいいですか?」

「くっつけるのが額だけなら」

「……ですから、心を読むのをやめてください」


 むー、と、頬をふくらませて、俺を見上げるアイリス。

 唇を尖らせてる。位置は、俺の唇の真下だ。どこを狙ってるか一目で分かる。


 前世でも似たようなことしてたからな。アリス。

 あのときはライルが折りたたみ式の踏み台を作ってやってた……って、アイリス、手を後ろにまわしてなにか探るようにしてる。探しても、今世ではライルの踏み台はないぞ。


「……さ、さすがにわたくしの宿舎で口づけをするのは……遠慮(えんりょ)していただけないかと」


 オデットが震える声でささやいた。

 こっちをチラ見してたらしい。


「……はぁい」


 しぶしぶ、といった感じで、アイリスが俺の身体を放した。

 でも、口元が笑ってる。

 領地視察で一緒にいる間に再び狙うつもりだろうか……だろうな。


「それじゃ、次はオデットの番だな」

「「……え?」」

「言っただろ。親友同士が人目に気にせず仲良くできる場をつくる、と」


 本当はそのために、俺が見張りをやってたんだ。

 王女と公爵令嬢──身分の違うふたりが、心おきなく抱き合えるように。

 俺も仕事をしたんだから、ちゃんと抱き合ってもらわないと。


「……そういえばそういうお話でしたね」

「……わ、わたくしが殿下と抱き合うのですか?」

「私も少し恥ずかしいですけど……今日は無礼講(ぶれいこう)ですから」

「た、確かに、親友同士ならこれくらいするのかもしれませんけれど……」


 じりじりと近づいていくアイリスとオデット。

 照れながら……ふたりは近づいていく。

 でも、抱き合うのは無理だったみたいだ。特にオデットが。


 アイリスとオデットは額がくっつきそうな距離まで近づいて、笑い合う。

 王女でも公爵令嬢でもなく、ただの親友同士みたいに。

 よし。いいものが見られたから帰ろう。


 俺は再び『飛翔(ひしょう)』『気配遮断(けはいしゃだん)』を起動して、宿舎の窓から飛び立ったのだった。






 ──ユウキが立ち去ったあとの寝室で──





「────ところで、殿下」

「なんですか、オデット」

「……ユウキのにおいがします」

「抱き合ったばかりですから」

「まるで……わたくしまでユウキと触れ合っているようですわ」

「特別ですよ?」

「……それはよろこんでいいものなのでしょうか」

「オデットはマイロードに背負われて護衛騎士選定試験を受けて、旅の時はマイロードと一緒の部屋に泊まったのですもの。そのオデットなら、マイロードの体温を分けあってもいいのです」

「で、殿下?」

「今日はアイリス、と呼んでください」

「……アイリスさま」

「はい。では親友同士、一緒にマイロードのお話をいたしましょう」

「お、お手柔らかに……」

「だーめーでーすー」


 そのままアイリスとオデットは、部屋着から寝間着に着替えて──

 眠くなるまで、ユウキについての話を続けたのだった。




いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただき、ありがとうございます!


書籍版1巻は2月25日にMFブックスから発売です!

(表紙も公開になりました。ユウキとアイリスとオデットが目印です)

書籍用に、書き下ろしエピソードも追加しています。

愛されすぎる「不死の(ロード=オブ=)魔術師(ノスフェラトゥ)」の活躍を、ぜひ、読んでみてください!

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コミック版「辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる」は2月20日発売です!

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