あなたは冒険を愛する人である
あなたは冒険を愛する人であろうか、それとも平和を愛する人であろうか。
あなたは冒険を愛する人である。
あなたが賑やかな駅前の繁華街を歩いていると、突然バレリーナの白鳥の衣装を着た綺麗な黒髪の20代前半とみられる美女が駆け足で走ってきて、すれ違い際に衣装の白鳥の頭の部分を引きちぎってあなたに渡し、あっけにとられたあなたを無視してそのまま走り去っていってしまった。
ここで平和を愛する人であれば、その白鳥の残骸を気味悪げに道端か近くのゴミ箱に投げ捨てて、今起こった出来事を努めて忘れようと努力するだろう。
しかし、あなたは冒険を愛する人であるので、その綿がはみ出た白鳥の頭をしっかりと握りしめて、美女が走り去った方向を見据えて嬉しそうにこうつぶやくのである。
「やれやれ、また厄介事がふってきやがったぜ」
そして、ポケットの中からタバコを取り出そうとして禁煙中であることを思い出し、そして周囲の人々の白鳥の頭に対する視線に気がついて赤面し、やおらうつむいて早歩きで繁華街を抜けるのであった。
◇
「一体どういうことであろうか」
駅近くの安アパートの一室に戻ると、あなたは白鳥に向かって聴取を開始した。
しかし、当然のことながら綿のはみ出た白鳥はぴくりとも動かなければ、一言も言葉を発しない。
言葉を発したらホラーである。
あなたは考えた上に考えたが、まったくもって物事の経緯がわからない。
今日は土曜日、明日は日曜日だ。
あなたは、月曜日からまた始まる退屈な仕事の前にこの事件を解決してしまいたい、と思っている。
「もしや、この白鳥の頭のなかに組織の秘密が収められたマイクロチップかなにかが埋まっており、それを嗅ぎつけられた彼女は組織を逃げ出し捕まりそうになった直前に俺にこれを渡したのでは」
あなたは繁華街の様子を思い出す。
しかし、怪しげな連中もいなければ、あの美女を追いかけているような連中も目に入らなかった。
どちらかと言えば、みんなあっけにとられて避けている様子だった。
そんな中、避けもせずにぼーっと突っ立っていたあなたは大変に冒険を愛する人である。
「いや、もしかしたら本当にそうかもしれないぞ」
あなたは白鳥の首から手を突っ込み綿を次々と引っ張りだす。
引っ張りだすにつれ、白鳥はどんどんとしなびていく。
ついに最後まで引っ張りだすに至っても綿ばかりでなにも怪しいところは見当たらない。
「ではこの衣装そのものが事件の鍵だということか」
あなたは性能に対して明らかにぼったくり価格で買ってしまった中古のノートパソコンを開くと、『白鳥の湖』で検索した。
「な、なんたることだ!?」
あなたは驚愕の声を上げた。
「白鳥の湖の衣装には白鳥がついていないだと!?」
出てくる画像の中のバレリーナは白鳥などついていない普通のバレエ衣装を身につけていた。
「俺は……俺は、世界に否定されたような気分だ!」
あなたは悲痛な声を上げたが、しかし冒険を愛する人であることに違いはなく、すぐさま立ち上がった。
◇
白鳥の頭からなんの手がかりも見いだせなかったあなたは、また繁華街に戻り現場を検証し始めた。
しかし街はいつも通り、立ち並ぶ店の店員に聞いてみれども手がかりはない。
早速事件は暗礁に乗り上げた。
あなたは焦った。
なにしろ時間は今日と明日しか無い。
なにやら世間の探偵とやらはニート半分の優雅な生活を送っているようだが、あなたは働かないとご飯が食べられない現実的で余裕がない経済状態なのだ。
かといって来週ともなれば事件はさらに彼方へと遠ざかってしまう危険をはらんでいる。
もはや一刻の猶予もない。
そうな悩んだあなたの元へ、またもや事件が降りかかってきた。
子供が手に持ったアイスクリームを誤ってあなたの上着にべちゃっとつけてしまったのだ。
子供はあわてた様子で後退りすると、すぐさま風のような速度で走り去っていってしまった。
大抵の大人であれば、悪態の一つでもついてアイスをぬぐい取って済ませてしまうものであろうが、あなたは冒険を愛する人でありそのような当たり前な行動を取るなどというのは自身のプライドにかけて許容できない。
そんなわけで、事件現場近くのアイス屋に乗り込みダブルアイスを購入し、少年が走り去った方向にむかってかけ出した。
「目には目を。歯には歯を。アイスにはアイスだ!」
さきほどの子供の顔にアイスをべちゃりとつけるために、あなたは全力疾走した。
しかしアイスを持ったまま大分走ったにも関わらず、結局あなたはさきほどの子供を発見することができなかった。
手元を見ると、すでにアイスは溶けかかってきた。
半ば本能的に速やかに胃腸に収めると、気分が落ち着いてきた。
もう一度左右を見回すが子供は視界にはいらない。
そして、白鳥の美女も視界にはいらない。
しかし、目の前に怪しげな店があることに気がついた。
歩道の上に赤い絨毯がひかれた机とその上に置かれた水晶。
そして、その机の後ろに座り込んでいるまわし一つの力士。
「……相撲取り?」
さすがに冒険を愛する貴方であっても一瞬怯んだが、すぐに気を取り直して力士に声をかけた。
「占いかい?」
「そうでっす! ごっつぁんです!」
脈絡のないごっつぁんですに戸惑いを覚えながらもあなたは力士に対峙した。
「俺にアイスをぶつけた子供と白鳥の衣装を着た女を探しているんだ。そういう占いはできるか?」
「無理でっす。ごっつぁんです!」
使えない、と心のうちで思いつつもあなたは気になったことを聞いてみた。
「なんでそんな格好で占いをしてるんだろうか……」
「修行でっす。ごっつぁんです」
全くもって意味がわからない、とあなたはため息をついた。
もしかしたら師匠の教育方針だとか、一言では語れない複雑な事情があるのかもしれないが、あなたにはそんな興味はない。
実は非常に複雑かつ泣ける物語の上でこの力士は易者として働いているのであるが、あなたが興味を持たなかったゆえにその話を語る機会は無くしてしまった。
残念この上もない。
夜も更け、あなたは結局家に戻った。
皮ばかりになった白鳥を眺めながらうつらうつらと居眠りすると、
-あなたを信じて白鳥の頭を渡したのに、あなたにはこの事件を明らかにする知恵も気概も熱意も欠けていたのね。残念だわ。
という、あの美女の声を聞いた気がした。
あなたはぱっと目を覚ますと再度奮起して猛然と綿を白鳥につめこんだ。
あなたは覚悟を決めた。
あなたはその白鳥を股間に位置に紐で吊るすとそのまま繁華街に向かって駆け出していった。
◇
人々の視線が痛い。
しかしあなたは冒険を愛する人であるので、そのような屈辱には屈することはない。
むしろ興奮を覚えたあなたは、胸を反らせて堂々と繁華街を行進する。
聡明なあなたは、衣服を全て剥ぎ取ってしまえばさらなる快感を感じられるであろうことを察した。
「よし、脱ごう」
あなたはズボンのベルトに手をかけたが、その瞬間美女の言葉が脳裏に響く。
-あなたを信じて白鳥の頭を渡したのに、なんでズボンを脱ごうとしてるのかしら
はっと我に返ったあなたは、この事件が済んでから思う存分脱げばよい、と思い直してベルトを締め直した。
あなたは果敢に繁華街を前進した。
すると、繁華街も終わりというところでカラフルな雑貨屋に目が止まった。
外国産と思われる変わった色の椅子や机、そしてコスプレ衣装と見られる制服、縁日で見かけるようなお面など脈絡がないものが雑然と並んでいる。
そこであなたは白鳥の頭がついたバレーリーナの衣装を発見する。
あなたは喜び勇んで店内に突入した。
「この衣装を買っていった美女を知らないかね!?」
あなたは右手で売り物の白鳥を指さし、左手で店員の肩をつかんで問いただした。
「は、はぁ……」
店員の怪訝な視線を感じて自らの股間に目をやったところ、そこには白鳥の頭がつきだしていた。
あなた自身がやったことであり、全てあなたの責任である。
「いや、これは別に……」
聡明なあなたは現在の姿が決して褒められたものではないことに気が付き、そっと白鳥を後ろに回した。
もちろん後ろにはしっぽのように生えた白鳥の頭があるのだが、あなたは視界にさえ入らなければ問題無いと考えて、白鳥の頭の存在を早々に頭から消し去った。
「な、なんですか、あの……」
店員は混乱した様子であなたの顔とあなたのおしりの白鳥と売り物の白鳥を順番に見ていたが、興奮しているあなたはそんなことを気にしない。
「美女だよ、美女! この衣装を着た美女が繁華街を駆け抜けていったんだよ」
「あ、あぁ、それですか。あれは本当に大騒ぎでしたよ。いきなりお客さんが奇声をあげて着替えだすんですから……」
「ほほお! なるほど! 興味深い話だ! して、美女はいま何処に!?」
「さ、さぁ……警察の人からは病院に行ったとか聞いていますが……」
「なんと!」
◇
その後のあなたは類まれなる行動力で情報を収集し、ついに美女が入院している病院を突き止めた。
病院に押しかけたあなたは担当医に会うことができた。
「重度の躁うつ病でしてね。躁状態の時に時々おかしなことをしてしまうんですよ。ところで、あなたはどういったご関係で?」
「運命を託された人です」
あなたは胸を張って答える。
「あ、あぁ……そういうことですか」
医者はあなたを恋人か何かと勘違いしたようだが、燃え上がっているあなたはそんな些細な事を気にしない。
「しかし、今も錯乱しているので面会は辞めたほうが」
「いいえ! 今すぐに会いたいのです!」
医者を説き伏せ、あなたは半ば強引に病室へ押し入った。
美女の姿を認めたあなたは一気に詰め寄って問いただした。
「あれは一体どういうことだったのですか!? あの白鳥に何の意味が!? そしてどうして私に!?」
「ああ、あなたは!」
美女はあなたを見た途端に髪を振り乱して体をのけぞらせた。
異様な光景だが冒険を愛するあなたはそんなことを気にしない。
「私がなんだというんですか!?」
「あなたは……あなたはストロベリー王国の伝説の戦士! あなたは伝説のいちごを手にしてストロベリー王国へ戻る運命なのです! ああ、神よ、この勇敢な戦士に慈悲を……ああ、慈悲を!」
躁うつ病だけではなく幻覚症状も入っていることは明らかだが、冒険を愛するあなたはその言葉を100%受け取った。
「分かりました。伝説のいちご、必ず手に入れてみせます!」
あなたはあっけにとられる医者を尻目に、すでに心のなかで伝説のいちごを探す旅の計画を立て始めているのであった。
あなたは冒険を愛する人である。
確かに酷くなるように書いたのではあるが、完成してみると想像をはるかに超えるひどい作品だった。なんだこれは。
かなり前に途中まで書きかけて放ってあったので、無理やりまとめて投稿してみました。こんな風に地の文でふざけるというのも個人的には面白いんじゃないかな~と思ってます。長編小説でこんな地の文だったら嫌ですけど。というかとにかく酷すぎる。
発想の元ネタはO・ヘンリーの短編の「緑の扉」。
内容「緑の扉>>>>>これ」
バカらしさ「これ>>>>>緑の扉」