自分に緊張感をもたらして、自堕落あるいは調子乗りを予防するための俺的心得です。
比較は自己認識の基準である
自分の能力や人間性は常に他人との比較によって決まります。
世の中全員がクズであれば、そもそもクズという表現自体が必要ありません。
世の中全員が聖人であれば、聖人君子なんて言葉は要りません。
全員の能力が同じレベルで固定されているなら、誰も能力向上についての努力をしません。
人間性、感性、見た目、好み、能力、どんな要素にしても、各個人でレベルの分布が存在します。
自分以外の何かと自分を比べることで初めて判定基準を知り、自分はどういう生き物であるのかを理解することができます。
比較はリソースの有効活用に直結する
時間や予算やエネルギー(リソース)には限りがあります。
これは全人類にとって共通の制限事項です。
人には何かしらの優先順位をもって、時間や予算やエネルギーの使い先を決めます。
優先順位を決めるには優劣(自分にとっての都合の良し悪し)を判断する必要があります。
ある特定のものとそれ以外のもの、それらの比較なしに優劣は決められるものではありません。
例えば友人探しをする場合、全人類を友人にはできないので、時間とエネルギーの限り相手を探して選んでコミュニケーションを行います。
例えばお買い物をする場合、世の中のモノ全てを買うことはできないので、予算や納期や性能などを比較して選んで買うでしょう。
学校選び、職業選び、パートナー選び、目標選び、なにを選ぶにしても、限りあるリソースをできるだけ効率的に消費するために、比較を行うことはごく当たり前のことです。
行動すると決めるか?行動しなくてもよいとするか?どんな行動をするか?どうすればリソースを無駄遣いせずに済むか?最大のリターンをいかにして得るか?
あらゆる決定には比較による判断が必須です。
比較を今さら放棄するな
・どこに住むか?
・誰と暮らすか?
・何を勉強するか?
・どこで働くか?
・何を買う?食べる?
・何に怒るか?何に笑うか?
あらゆる人間が常に比較評価しまくった結果で生きてきて今があるのに、今更比較することを否定したり放棄することを他人に要求するのは虫のいい話です。
他人が自分に「比較しなくてよい」と発言するケース4選
①詐欺師の甘言
⇒相手に聞こえの良いセリフを聞かせて酩酊状態に陥れ、金銭を奪ったり、メンターやコーチとして選んでもらいたい詐欺師は好んでこのフレーズを使います。
②あなたが目に見えて消耗しているので心配になり、対処療法としてのアドバイスを行っている
⇒比較はメンタルの消耗を伴います。消耗が過ぎると疲れ果ててしまい、次の行動が起こせなくなってしまいます。あなたが目に見えて消耗しているときはメンタルの回復を優先させる必要があります。
③行動を促すためのアドバイスを行っている
⇒比較による消耗を行うより、努力による消耗を勧める周りの方の冷静なアドバイスです。
「比較して消耗しているワタシ」を演じるのは不愉快なのでやめなさいという意味です。
④比較することの大切さをわかってないアホが単に言っているだけ
⇒「比較しなくてよい」って他人に言って回りたいだけのアホも一定数います。
このような人に出会ったとき、その心は?と問うと、一瞬でボロが出るので試してみてください。
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以上です。
自分は何かと何かを比較して自分や他人を判断し優先度の判断を行っている以上、他者も自分については自分と他の何かを比較して物事を判断します。
比較は世の中の法則なのでしょうがないことです。
比較を放棄するとどうなるか?と考えるのは時間のムダです。
例えば物理で重力を無視したらどうなるか?という考察を行うのに似て、すぐに他の法則との釣り合いが取れなくなって世界が崩壊します。
自分が他人に比べ劣っている場合、他人との比較を避けることは一時的な傷心の予防になりますが、それは根本治療ではなく対症療法です。
努力して他人に比べ少し優秀な人間になるか、あるいは自分の劣る面を気にしない自己理論を持つのがオススメです。
本日の投稿は「他人と自分を比べてはいけない」←これウソです。と思っておいた方が緊張感を持って生きられますよ。いう提案でした。
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