近年、ヒトiPS細胞などの多能性幹細胞からオルガノイド(organoid)と呼ばれるミニ組織を試験管内で創出し、創薬や医療へ応用を目指す試みが注目されている。このオルガノイドに新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を感染させることによって、感染が、肺などの呼吸器だけでなく、血管から肝臓、腎臓などへも広がり、多臓器が直接傷害されて、一部の感染者で重症化をもたらしている可能性が明らかにされ始めている。研究成果は、SARS-CoV-2がこれまでに無い多臓器感染性の唯一無二の厄介なウイルスであることを示している。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においては、風邪の症状だけでなく、しばしば下痢症状や頭痛、味覚または嗅覚の消失なども観察されている。また、重症化した患者の多くでは、肺炎の症状だけではなく、肝臓や腎臓の機能が低下している。COVID-19により死亡した患者の剖検(解剖してから死因などを調べること)からは、それらの臓器にウイルスゲノムが証明され、激しい炎症反応や損傷が起こっていたことが観察されている。
これらのことから、SARS-CoV-2は全身の臓器に感染するウイルスであることが疑われる。ただし、これまでそのような多臓器感染性ウイルスの存在は知られていなかったため、多臓器の傷害は感染による直接的な影響によるものではなく、間接的な影響によるのではないかと思われていた。つまり、サイトカインストームによる炎症や血液の凝固系の異常によって、間接的に多臓器の傷害が起きることが強く疑われていた。
そこで、ヒトの組織を構成している細胞を用いて様々な組織のオルガノイドを作製し、試験管内でSARS-CoV-2を感染させて、ウイルスがどの組織の、どの細胞に感染するのかを直接検証する研究が世界中で始まっている。SARS-CoV-2の病理生理学の研究に有用なオルガノイドと実験動物については、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の高山和雄講師がTrends in Pharmacological Sciences誌に総説で紹介している(参考論文1)。また、オルガノイドを用いた研究については科学ライターのSmiriti Mallapaty氏がNature誌に解説している(参考記事1)。
COVID-19で最も重要と思われる上部気管の感染については、高山和雄講師らのグループが、気管支由来の4種の細胞から構成されるオルガノイドを作製して感染を調べている(参考論文2)。その結果、気管支を構成する細胞の幹細胞である基底細胞にSARS-CoV-2が感染することが初めて明らかになった。ただし、基底細胞から他の気管支の細胞にどのように広がるかはまだ分かっていない。
SARS-CoV-2の感染が肺から他の臓器に広がっている(感染するとすれば)ことも疑われていたが、どのように感染が広がるかは全く不明であった。この点に関しても、多能性幹細胞から形成された血管のオルガノイドを用いて検証が行われ、血管内皮細胞にも感染することが証明されたのだ(参考論文3)。
血管内皮細胞で増殖したウイルスは損傷した内皮細胞から血液に漏れ出て、全身を循環して他の臓器に感染すると考えられる。どのようにしてSARS-CoV-2が全身の臓器に広がるのかという最も重要な疑問に明確な答えが出たことになる。また、全身の血管内皮細胞の損傷によって血液凝固系の異常が生じて様々な臓器が損傷するのであれば、血管内皮細胞のSARS-CoV-2感染による血液凝固系の異常がCOV-19の重症化では最も重要な要因なのかもしれない。
また、肺に達したSARS-CoV-2がどのように肺炎を起こすかという問題については、米Cornell University Weill Cornell MedicineのShuibing Chen氏 のグループが、肺のオルガノイドにSARS-CoV-2を感染させて解析を行った(参考論文4)。その結果、感染によってII型肺胞上皮細胞で細胞死が引き起こされることが判明し、それに対する反応として、ケモカインやサイトカインが産生されることが示された。この細胞死が、サイトカインストームのきっかけの1つになっている可能性が高いが、そのメカニズムはまだ明らかにされていない。
さらに、膵臓のオルガノイドを用いた感染モデルで、膵臓のインスリンを産生するベータ細胞とグルカゴンを産生するアルファ細胞も、SARS-CoV-2の感染によって細胞死することが示され、重症化のリスクが高いとされている糖尿病患者の重症化との関係や糖尿病様症状の発症の可能性も示唆されている(参考記事2)。
最近、COVID-19で見られるサイトカインストームは、がんの CAR-T療法で見られるサイトカインストームに比較してはるかに弱い反応であることが報告されている(参考記事3)。重症COVID-19患者で見られる多臓器の傷害では、SARS-CoV-2感染の直接的な影響の比率が高いのかもしれない。
オルガノイドを用いたSARS-CoV-2感染モデルは治療薬の探索にも有用であり、血管、気管支、肝臓のそれぞれのオルガノイドを用いて、可溶性ACE-2蛋白質 、カモスタット、イマチニブにSARS-CoV-2の感染・増殖抑制活性があることが証明されて、治験が計画・実行されている。