渡瀬恒彦を偲ぶなら「鉄砲玉の美学」がイチバン!

映画評論家・秋本鉄次が往年の名作傑作を探る『昔の映画が出ています』

作品目『鉄砲玉の美学』

ATG/1972年
監督/中島貞夫
出演/渡瀬恒彦、小池朝雄、杉本美樹ほか

今年に入り、松方弘樹に続いて渡瀬恒彦も斃(たお)れた。ともに70代前半、まだ若い。これで『仁義なき戦い』シリーズ(1973年~)の主要俳優がまたひとり…である。つい数年前には同シリーズの主演、菅原文太を失った記憶が新しいというのに、神よ、無情ですぞ。

で、渡瀬恒彦追悼の映像がテレビなどでバンバン流れたわけだが、代表作が『南極物語』(1983年)と言われても、どうにもピンと来ない。まあ後年はテレビの推理モノのしぶい中年俳優の印象が強かったから“凶暴なチンピラ”役の若き日の渡瀬が浮上しないのかも知れない。

そんな中で真の代表作の1本と言えるのが、この映画だ。これを大きく取り上げていたのが東スポで、“夕刊紙・オヤジ週刊誌文化”を愛する私は、ヨッシャ! と快哉を叫んだね。

製作は当時、前衛的作品で知られたATG。でも、この映画は決してゲイジュツしておらず、『仁義なき戦い』シリーズでも散々描かれた“一番下っ端のチンピラの無残な死”というテーマであり、それを『仁義~』の前年に撮った先駆的な作品でもある。

中島貞夫監督は東映のヤクザ映画を何本も手掛け、渡瀬とは熱い信頼関係で結ばれていた方で、すでに82歳だが、まだご健在なのが心強い。この企画に自ら売り込んだのが渡瀬で、低予算故にギャラは「いらない」とボランティア参加したという男気と熱意はハンパない。

 

閉塞した日常から脱出したい願望が見事に描かれる

街頭でウサギ売りをしている冴えないチンピラが、まだ20代の若き渡瀬の役どころ。そんなある日、拳銃一丁と現金100万円を渡され、九州でハジけて来い、と“上”にそそのかされる。“鉄砲玉”とはヤクザ業界用語で、命をマトに敵対組織の縄張りで騒ぎを起こす特攻要員のこと。札ビラを切り、地元暴力団幹部(小池朝雄)のマブい情婦を横取りし、女も、酒も、住処も極上だあ、俺はチンピラじゃねえ、命知らずの大物ヤクザなんだ、と“自分を大きく見せて”刹那の至福に酔うが、若気の至りのヘマから破滅への道を転がり落ちていく。

日常からの脱出願望が見事に描かれ、当時若かった私もまた主人公に思い入れたものだ。若い人の“閉塞した日常”はいまも同じだろうから、無理なく感情移入できるはず。ラストは、当時のアメリカン・ニューシネマ『真夜中のカーボーイ』(1969年)の影響か。

ちなみに、陰々滅々ではなく、もっと明るめのアウトローの渡瀬が観たい人には、深作欣二監督の『暴走パニック 大激突』(1976年)をドーゾ。こちらはスコ~ンと、ブラックにハジけています。

 

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