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山田はゴリラになりたい

作者:唯乃なない

一作目:「隣の席の山田(ゴリラ男)が「美少女の生まれ変わりだ」と言い張って手に負えない件」

二作目:「山田はゴリラになりたい」

 前回までのあらすじ。


 昨日の放課後、腐れ縁の山田が突然「前世は美少女だった」などと電波なことを言い出した。

 前世なんてアホらしいし、そもそも山田は存在そのものがゴリラなので、前世はゴリラ以外にありえない。

 そう思って実際に話を聞いてみると、やはりゴリラとして活躍したという話であり俺は大いに納得したのだった。



「まったく、変な話を聞いたもんだ」


 ため息を付きながらホームルーム前の教室に入る。

 すると、なぜか山田が待ち構えていた。

 改めて説明すると、山田は顔も体格もまったくもってゴリラとしか形容できない大男である。


「よぉ」


 ゴリラ顔で挨拶する山田。


「なんだよ、朝から」


 そう言いながらも俺も手を上げて挨拶を返した。


「それにしても昨日は酷かったな、本当に。お前が常識はずれの大声で叫んだり喚いたりしてたもんだから、先生たちまで集まってきて大変だっただろ。なんで俺まで怒られるハメになるんだよ。納得行かない」


「いや、そいつは悪かった。俺もまさかそんなでかい声出しているとは気が付かなくてなぁ」


 ゴリラ山田がバツが悪そうな顔をして頭をかく。

 腐れ縁の自分が言うのも何だが、怒ると怖いが普段は素直でいいやつである。


「なんだよ、本当に反省してるのか?」


 カバンを机の上に置きながら言い返す。


「あぁ、今日は静かに話す」


「いや待て、お前またやる気か? 昨日ので凝りただろ?」


「当たり前だ。昨日は謝ったりなんだりのゴタゴタで有耶無耶になったが、お前全然俺の話を信じてなかっただろ」


 ゴリラが顔をしかめる。

 なんて恐ろしい光景だろうか。


「しかたないだろ、ゴリラなんだから」


「佐々木、お前いい加減に……」


 山田の顔が、切れたゴリラそのものに変容する。

 切れたゴリラなんて見たことないが、きっとこれがそうに違いない。


「い、いや、まて。俺も昨日はコケにしすぎた。まて、早まるな」


 大げさに反応して、わざとらしく後ろに2歩3歩と後ずさりするとなにかを踏み潰した。


「いたっ!」


「え?」


 振り返ると登校してきていた後ろの席の高橋(女子)の足を踏み潰していた。


「あ、ごめん!」


「もー、気をつけてよね!」


「あ、あぁ、ごめんごめん……」


 謝ってから、振り返って山田の腹に即座にパンチを打ち込む。


「てめぇ! その顔、怖すぎなんだよ!」


「いちいち殴んなよ!」


 山田が俺を押し返す。

 俺程度の腕力で山田にパンチを打ち込んでも、山田はびくともしない。

 本当に怪物だ。


「んで、なんだって? おい、そろそろ時間だぞ。早くしろ」


 時計を見るとあと5分でホームルームが始まる。


「とにかく俺は美少女だったんだ! なんと言おうとも!」


「え、なになにー?」


 先程足を踏みつけた高橋が顔をひょこっと出してきた。


「い、いやいや、無視してくれよ。昨日こいつが変なことを言ったせいで大変なことになったんだ」


「あ、あれでしょー? なんか山田くんが凄い大声で叫んだりしてたって奴ぅ? 私部活に言ってたから全然知らなかったんだけど、なんか学校中で噂になってるよね」


「え、噂になってるの?」


「うん。あと、佐々木くんも一緒になって怒鳴り合ってたってさ」


「なっ!? 俺は無実だっ!」


 高橋から視線を外して山田を睨みつける。

 山田は渋い表情で立ちはだかっている。


「いやなんだその表情」


「なんと言われようとも、俺は美少女だったんだ」


 山田が渋い声でゆっくりと語る。

 山田的になにか演出をしようとしているのだろうが、微妙すぎて意図が伝わらない。

 まぁ、そんなことは無視しよう。


「へぇ、山田くんが? 何の話? 子供の時の話?」


 まともや高橋が首を突っ込む。

 いやいや、子供の時からすでに山田は立派なゴリラだったさ。


「違う違う。山田がいきなり前世がどうだとか言い出したんだよ」


「へ~、前世の記憶か~、そういう本とかあるよね~」


 高橋はあれなのか、天然なのか。

 なんだか知らないがのんきに笑っている。


「ああ、佐々木は信じないが、俺は前世は美少女だったんだ。しかも異世界。とにかくこれは真実だ」


 山田が腕組みをしたままうんうんと頷く。

 なんの演出だろうか。


「い、いや、まぁどうでもいいけど……」


 俺がそう言いかけると山田がくわっとゴリラ顔になった。

 いや、もとからゴリラか。


「俺は美少女だ!」


 ダメだ。

 そう言われても、脳内変換で『俺はゴリラだ!』と言っているようにしか聞こえない。

 いや、ほんとこいつはどうしようか。


「いやもうわかったから、いい加減ででかい声で叫ぶなよ。俺だって恥ずかし……」


「え、なになに、それー。おもしろそー」


 俺の発言を無視して高橋がまた声を上げた。

 いつの間に高橋が会話に参加しているんだろう。


「あぁ、高橋は信じてくれるんだな。少々恥ずかしいが俺の話を聞いてくれ!」


「うん!」


 高橋が返事をした所でチャイムが鳴った。


「……ほらほら、ゴリラは席にもどれ」


「誰がゴリラだ!」


「いいから」


「あとで話の続きを聞かせてねー!」


「もちろんだ!」


「あーもう、仕方ないなぁ……」


 そういうことになった。




 放課後、結局山田に捕まった。


「なんだよ、本当にもう……」


「だから言っているだろ、俺は美少女だ」


「分かったよ、そうだな、お前は前世で美少女だったんだ。これでいいか?」


「よくねぇ、絶対納得してないだろお前!」


 うーん、面倒くさい。

 そして、なぜか高橋まで同席している。


「山田くん、はやく聞かせてー。授業中も気になって仕方なかったんだよね。すこしだけ佐々木くんから聞いたけど」


「まぁ、すこしだけ」


 俺が昨日聞いた話を少しだけかいつまんで説明してある。


「よし、それでは何から話せばいいのか……」


 山田が目を細めて遠くを眺める。

 これも何かの演出らしい。

 いらない演出だ。


「いや、だからお前は前世が美少女だったと言いたいんだろ? それはわかった。OKだ。俺が納得すればそれでいいんだろ」


「ダメだ。絶対納得していない」


 うるさいやつだ。


「えー、聞かせてー。なになにー、なんなのー?」


 高橋が脳天気な声を上げる。

 こんなキャラだったのか。


「うーん、どこから話そうか……」


 山田がまた目を細める。

 これはなにか、女子の前だからなんか照れくさくなっているのだろうか。

 まぁたしかに、『俺は美少女だ』なんてセリフを男友達に言うだけでも大概だが、それを女子に言うなんて更に恥ずかしいだろう。


「まぁ、くふふふ……俺はすごい美少女でなぁ……ふははは!!」


 山田が腕組みしたまま、悪役みたいな笑い方を始める。

 リアクションが過剰すぎるので、やっぱり照れているらしい。

 照れるとむしろウザくなるタイプの性格らしい。


「へー、どんぐらい? 桃木さんより?」


 高橋が興味津々という様子でガンガン突っ込んでいく。


「もちろんだとも。俺は領主の娘だったんだけど、よその土地から貴族の息子共が顔を見にやってくるほどだったんだぞ! 国レベルの美少女だったんだぜっ」


「へー」


「どうだ、すごいだろう!」


 山田がドヤ顔する。


 すごい。

 そんなことを女子に言って、堂々と胸を晴れる神経が凄い。

 俺にはできない。


「すごいすごい!」


 高橋が無邪気に称賛の声を上げる。

 山田がますます胸を張る。

 なんて素直なやつだ。


「しかも魔法の達人だったんでしょ!? 美少女で魔法の才能もあるなんて、最強だよね!」


「んんっ!?」


 息が詰まったような声を出して山田がむせた。


「そ、それは違うよ、高橋さん」


「なにが? だって佐々木くんが言ってたよ。山田くんの魔法の一撃で半径数キロメートルが吹き飛んだって」


「なん!?」


 山田の視線がこちらに向いた。

 表情が怖い。


「いや、だってお前昨日そう言ってただろ?」


「はぁ!? 誰がそんなこと言ったよ! 俺はか弱い令嬢だったんだぞ! そんな化け物じみた魔力持っているわけ無いだろ!」


「でも俺は確かにそう聞いたぞ!」


「言ってない! いいかげんにしろよ、佐々木!」


「いや、たしかに聞いたんだが……」


「えー、そうなんだ。魔法の達人じゃなかったんだ」


「そ、それは違うよ。でも美少女だったんだよ」


 山田が人差し指を立てて念を押すように言う。


「でも、ステージの上で活躍するスターだったんでしょ?」


 高橋が首を傾げなから聞く。


「あぁ、一回だけだったけど、ステージの上で一曲踊ったんだ。集まった男たちが熱狂しまくってさ。なにせ美少女だったからなぁ」


 山田が自慢げな表情を浮かべる。


「へぇ、どんな踊りなのかなぁ。とっても民族的な踊りなんだろうねー」


「さすがに覚えてないなぁ。ふははは。でも、優雅な踊りだったさ! 民族的かどうかはわからないけど」


「えー、優雅?」


 高橋が疑問のある顔をする。


「さすがにそれはワイルドっていうんじゃないのー? 胸を叩いて重低音を響かせるとか、結構凄いよね。女の子が胸叩くって相当痛そうだけど……」


「はぁ!?」


 山田がすごい顔で俺を見る。


「だって昨日の話じゃ……」


 慌てて言い返す。


「俺はそんなこと一言も言ってねぇ!!」


「いや、聞いたぞ。確実に」


「言ってねぇよ! 高橋さん、それは違うって。佐々木が嘘言ったんだよ」


「嘘じゃないだろ。俺は確かにそう聞いたぞ」


「違うったら違うんだよ!」


「えー……。まぁ、いいかぁ。そういう踊りじゃなかったんだ」


 高橋が微妙な表情で流す。


「当たり前だってば! 普通の優雅な踊りだよ。流石に振り付けとかまでは覚えてないけどさ」


「ふーん」


 高橋が相槌を打つ。


「あと佐々木くんから聞いたんだけど……」


「もうこいつの言うことは信じないでくれ」


「なんか、魔女と戦ったって聞いたんだけど。それも嘘なんだね」


「え? 違う違う! そ、それは本当!」


 山田が変な動きで訂正する。


「そっか。それは本当だったんだ。岩とか投げて戦ったんだよね」


「あ、あぁ。全然当たらなかったけどな」


「魔法で出来た生き物とも戦ったって聞いたけど」


「それも本当! なんだよ、ちゃんと言うところは本当のこと言ってるんだな」


「あ、それも本当だったんだ。凄いよね。美少女なのにそんなこと出来るなんて」


「い、いやー、そんなことないよー、はははは」


 山田がニヤニヤ顔でわざとらしい笑い声をあげる。


「自分より大きな岩を持ち上げるとか、腕を振って竜巻起こすとか、そんなことできるんだー」


「はは……は? ん? おい、佐々木」


 また山田が俺を見た。


「いや、だって昨日の話じゃ、そうしてただろ?」


「してねぇよ! か弱い令嬢だったって言っただろ! なんでそんな馬鹿力があるんだよ!」


「あ、あーそうか……か弱い令嬢だったっけ? あれ? ゴリラ……」


「てめぇ、いい加減にゴリラから離れろよ!」


 山田が吼える。

 うん、なんだか記憶が混乱してきた。

 俺は確かにゴリラが大活躍する話を聞いたはずなんだ。


「高橋さん、それは違うって。たしかに石を投げたり魔法生物と戦ったけど、そんな馬鹿力じゃないから」


「えー、そうなんだー……」


 高橋が少し殘念そうな声を上げる。

 たしかに俺が話をしたときは凄い楽しそうにしてたからなぁ。


「ちゃんと説明するから、佐々木の言うことは忘れてよ」


「うーん、わかった。じゃあ説明して」


「よし。いいとも!」


 山田がハッスルして勢い良く答える。

 変なテンションだ。


「よし、それじゃあ…………」


 山田が口を開く。


 高橋が真剣な顔で次の言葉を待っている。

 俺も仕方なしに次の言葉を待っている。


 しかし、いつまでたっても言葉がやってこない。


「……で、なんなんだよ?」


 痺れを切らした俺が突っ込むと、山田は困った顔をした。


「俺は美少女だったんだ……」


「あぁ、聞いたよ」


「凄い美少女で……」


「それも聞いたよ」


「父親が呪いにかけられて、呪いをかけた魔女と戦って負けて死んだんだ」


「それも昨日聞いた」


「あとは男たちが言い寄ってきてすごいなんかいい感じで……」


「聞いた聞いた」


「ぐむ……」


 山田が変な音を立てて沈黙する。


「……もしかして、もう言うことないのか?」


「ある! あるはずだ! ただ、なかなか思い出せなくて……うーん、うーん……」


 山田が頭を抱えてうめき声を上げる。


「がんばれー」


 高橋が気の抜けた声援をかける。


「うー……思い出せない」


「いや、お前アホか。人を呼び出しておいてなんなんだ」


「だから俺は美少女なんだよ」


「わかったから。ゴリラじゃなくて美少女なんだろ? 俺が昨日聞いた話はどう聞いてもゴリラだったが、お前は美少女だと言うんだろ? それはわかったって。それでなんだよ?」


「だから美少女で……」


「あぁ、もう、それ以外になんかあるのか!?」


「いや、その……」


 山田が口ごもる。


「帰れお前!」


「あ、あぁ、またなんか思い出したら……言う……」


 山田は肩をがっくりと落とすと、カバンを持って一人で歩いていってしまった。


「なんだ、あいつ……」


 意味がわからない。

 とりあえず自分もカバンを掴んで背負う。


「えー、話聞きたかったなー……」


 高橋が殘念そうに言う。


「まぁ、またなんか作り話を作って話すんじゃないの?」


「あれ、佐々木くん、信じてないんだ?」


「当たり前だろ」


 そう答えると、高橋は小さく笑った。


「実は私も」


「あ、やっぱり」


 能天気で天然な感じの高橋だが、さすがにあんな話をそのまま信じるほど天然少女ではないらしい。


「まぁ、明日を楽しみにしようよ」


「そうだね」


 適当な挨拶をして俺は山田を追いかけた。




校門を出たところを歩いている山田を見つけて追いつくと、山田が盛大なため息をはいた。


「なんだよ、一体お前は何がしたいんだ」


「俺はな、美少女だったんだよ……」


「それは聞いた。それがどうしたんだ」


「真面目に聞けよ……」


「聞いてるんだがな」


「…………」


 山田は難しい顔をして黙り込んでしまった。

 なんなんだろうか、こいつは。


 しばらく無言で歩く。


「それにしても山田、一歩進歩したな」


「……なにがだよ」


「今日は大声を出さなかったから、大事にはならなかったぜ」


「そんなことどうでもいい」


 そう言うと、山田は大きく息を吸った。

 む、これは!


「お前、本当は信じてないだろぉぉぉ!!」


 山田の怒号が遠くの山からこだまになって返ってくる。


「お、おい、やめろ! 周りを考えろ!」


「ん?」


 山田が我に返ったようにあたりを見回す。

 地方都市の郊外という、住宅地と田んぼが順番に並ぶような中途半端な田舎だが、学校周辺はそれなりに人通りがある。

 というか、こだまになるほどの大声なので、米粒のようにしか見えない遠方の住宅地まで響いているだろう。


「とにかくその大声、いい加減にしろ」


「悪かったよ……だけど、お前本当に信じてないだろ。俺はマジなんだぜ」


「あぁ……どうもそうみたいだな」


 ここまで来てこんな真面目に言うとは、さすがに信じざるをえないようだ。

 実は昨日一瞬信じたが、ゴリラの大活躍話以降、この話の信用度は約20%まで低下していた。

 しかし、今の山田の態度で、再び信用度は80%まで回復した。


「よし、8割信じよう」


「8割かよ。完全に信じろよ」


「いやーそういわれても、ゴ……」


 ゴリラと言いかけて止めることにした。

 また切れられてはたまらない。


「と、とにかく、8割ぐらいは信じてやるよ。じゃあ、あの昨日のゴリラVS魔女の壮絶な戦いは何だったんだ」


「なんだそれ?」


「いや、なにって……活躍してただろ、ゴリラが!」


「はぁ?」


 山田が顔を歪める。


「ゴリラがステージの上でドラミングしたり、魔法生物のゴリラを次々と打ち倒したり、強力な魔法で森を焼け野原にしたりしてただろ!? 覚えてないのか!?」


 山田の顔を覗き込むと、山田は憮然とした表情を浮かべた。


「そんな話をした覚えは全く無いぞ。なに聞いてたんだ」


「いや、だって、ゴリラが……主人公ゴリラだっただろ?」


「はぁ!? お前、何言ってるんだよ。主人公は俺だよ」


「あぁ、ゴリラだろ?」


「はぁん!? リリアだよ! 美少女だったころの俺だよ!」


 山田の視線が鋭くなる。


「あれ、そうだっけ? 俺てっきりゴリラだと思って話を聞いていたんだが」


「どうしてそうなるんだよ! くそ! これだから佐々木は!」


 山田は自分の手を激しく打ち付けた。

 その勢いでこちらを叩かれたら骨が折れそうだ。


「い、いや、悪かったな。悪気はなかったんだよ」


「悪気なくてそれかよ! たちが悪いな!」


 山田は吐き捨てるように言い捨てた。


「だーかーらー、悪気無かったんだっての。仕方ないだろ、お前のその姿から想像するとそうなるんだよ。お前なぁ、ゴリラの……」


「ゴリラから離れろっていってんだろ!」


「それはわかるけど、お前のその姿、美少女とゴリラ、どっちが近いかと言ったらゴリラだろう」


「お前……!! 言いたいことは分かるが、なんて腹の立つ言い方を!」


 山田が腕に力を込めて盛大に震わせる。


「落ち着け落ち着け。腹が立つとか立たないとかそういう話ではなく、想像するときに美少女とゴリラのどちらが想像しやすいかという話だ。そりゃゴリラのほうが想像しやすいだろ」


「美少女で想像しにくいというのは分かるが、なんでよりにもよってゴリラなんだよ。いい加減にしろ!!」


「お前なぁ、いい加減自分のゴリラ力に気がついたほうがいいぞ」


「面と向かっていうか普通!?」


「いつも言っているだろ。ということで、俺は悪くない」


「糞! ったくもう……」


 山田は荒い息をしながらスマホを取り出して操作しだした。

 この光景を見ていると、つい『ゴリラがスマホを操作している……。大変だ写真を取らないと』という気分になってしまう。


「なんだよ」


「これをみろ!」


 山田がスマホを俺に突きつけた。

 画像検索をしたらしく、ロシア美少女な感じの画像が並んでいる。


「なんだ?」


「この中のこれ!」


 山田が画面真ん中あたりの画像を指差す。


「ん、これが?」


「これをあと2歳ぐらい上にしたのが前世の俺の姿」


 思わず画面を二度見する。


「んん!?」


 現実離れした整った顔立ちで、肌も透き通るように白い。

 いわゆる「お人形さんのような」女の子の画像だ。


「またまた……」


 俺が半笑いでスマホを返すと、山田は謎のドヤ顔をした。


「な? そう思うだろ? でも、それぐらいの美少女だったんだぜ?」


「いや……まぁ、仮にお前が前世が美少女だったとしよう。だとしても、これはない。まずない。絶対にない。記憶を美化しすぎだ」


「いや、マジなんだって」


「ないない」


「ホントなんだよっ!!」


 山田の声に力がこもる。


「わ、わかったよ……」


 あんまりにマジなので突っ込むのを止める。

 まぁ、本人は美少女だったと思い込んでいるのだから仕方がない。


「いいか、今度から俺の話を聞くときはさっきの女の子で考えてくれ」


「あ、あぁ、わかったよ。ってか、話を思い出せないんだろ」


「そうだ。でもそのうち……思い出すはずだ」


「そういうもんかねぇ……」


「ん!」


 突然、山田がうめき声をあげて足を止めた。


「どうした?」


 振り返ると山田が目を開いて固まっていた。

 非常に怖い絵だ。


「……思い出した」


「なにが?」


「前世の記憶を一つ思い出したぜ……」


「はぁ!?」


 なにそれタイミング良すぎる。


「そんなタイミングよく思い出すもんかよ!?」


「本当に思い出したんだって!」


 山田はそういうとまた歩き出した。

 合わせて俺も歩きだす。


 山田は小さくブツブツ言いながら視線を激しく動かしている。

 なんか怖い。


「……で?」


「あ、あぁ、俺にぞっこんだった男たちの中の一番年下のアルトの記憶だ」


「例のショタっ子か」


 そう言えば、昨日、なんか年下の男の子が可愛い的な危ない発言をしていたな。


「お前、通学途中の男子小学生とか襲うなよ?」


「お、襲わねぇよ! 人聞きが悪い!」


 山田が凄い表情で反論した。


「ならいいが……というか、性的に襲うというより獲物として襲うという感じがしてくるな、その表情は」


「ああっ!?」


 山田の表情がさらに物凄いことになる。


「い、いや、ま、まぁまぁ、落ち着け落ち着け。それで、ショタっ子がどうしたって?」


「俺の周りに何人もの男が付きまとっていたという話はしたよな。その中で最初に俺の唇を奪ったのは誰だと思う?」


「え……?」


 思わず山田を見る。

 まごうことなきゴリラがゴリラ顔でゴリラの動きで、なぜか人間の服を着て歩いている。

 なんとも不思議な光景だ。


「いや、お前、そんなショッキングなことをいきなり言うなよ。心臓に悪いだろ」


「なんでだよ!」


「いや、なんでって……ゴリ……」


「うるせぇ! だから、さっき見せた女の子が二歳ぐらい年取った感じだっていっただろ! あれで考えろよ」


 山田がまたでかい声を出す。


「あのロシア美少女か。本当にロシアかどうかわからんけど……あの娘の唇を……」


 体の奥底で何かがみなぎってくる。


「なっ! く、ゆ、許せん! どこの誰だか知らんがそんな美味しい思いを!!」


「な? 興味出てきただろ?」


 山田が何故か得意げな表情を浮かべる。


「あ、あぁ、あのクラスの美少女となれば話は別だ。よし、一旦ゴリラと山田は脇において話を聞こう」


「お前な、いちいちゴリラとか言うな。じゃあ、話すぞ、ふふふ」


 山田が鼻息荒く笑う。


「あれだけ多くの男が付きまとっていたが、実は最初に俺の唇を奪ったのは……そのアルトだったんだ」


 山田がそう言うと、儚い美少年が山田とぶっちゅうしている絵が浮かんできた。

 キスとか口づけじゃない。

 「ぶっちゅう」とか言いようがない絵だ。

 そして美少年は泣いている。


「おい、そんな可哀想なこと止めろよ。トラウマになるだろ」


「はぁ!?」


「いたいけな少年がお前に唇を奪われているところなんて俺だって想像したくないよ」


「おい、俺は美少女なんだぞ?」


「ん……」


 頭に浮かんだ絵を補正しようとするが、一度浮かんでしまった絵はなかなか強固だ。


「そう言われても、『俺の唇を』とか言われたらお前で想像しちまうだろう。お前と美少女はどうやっても結びつかないんだから、そういうのやめろよ」


「ひでぇなお前」


「だからせめて『少女』とか名前とかで……」


「リリアだ」


「じゃあ、そのリリアで説明してくれ」


「わかったよ。ったく、面倒なやつだな」


 山田がブツブツ呟くが、無視する。


「あー、じゃあ、もっかい言うぞ。最初にリリアの唇を奪ったのはアルトという年下の少年だ」


 そう言われると、ロシア美少女に美少年がキスしている美麗な絵が脳裏に浮かんだ。


「そうそう。そういう感じで頼む。それにしても、絵になりそうな光景だな」


「ふふふ、そうだろ? しかも、唇を奪ってきたのはアルトだからな。リリアじゃないぜ」


「くっ、なんてませたガキだ! 年上美少女のファーストキスを奪うとは! この野郎! なんだかしらないが腹立たしい!」


 腹立ちまぎれに地面を強く踏み鳴らしながら歩き続ける。


「ようやくお前ものってきたな。最初からこういう風に話せばよかったのか」


 山田の声がなんだか楽しげだ。


「で、話の続きは?」


「あぁ、まずアルトとの出会いだけどな」


「あ、そこから始まるの……」


「アルトは近所の貴族の子息で、俺……リリアの12才の誕生日パーティにやってきたときに……」


「ちょっとまて、誕生日パーティなんてやってたのか? わざわざ?」


「自分で言うのも何だが、子煩悩な親でさ。なにかとパーティとかやってたんだ。まぁ、単純に子煩悩なだけじゃなくて、周辺の人達と交流の場を持ちたいってのもあったみたいだけどな。なにせうちがその辺り一帯の領主だから、一番金があったわけだよ。貴族といっても下位の貴族はそこまで金持ちじゃないから、うちが開かないと始まらないんだ」


「へぇ。なるほどね」


「んで、リリアの誕生日パーティにやってきたアルトだったんだが、まぁこれがかわいくてかわいくて」


 遠い目をする山田のただならぬ発言に、俺は思わず山田を睨みつけた。


「お前やっぱりそんな趣味が……」


「ち、違うぞ。リリアのときにそう思ったって話だ! いちいちそういう突っ込み入れるな!」


 山田がうろたえながら言い返す。


「わかったよ。ったく、紛らわしいやつ」


「あのな、貴族が集まるって言うとお前がどういうのを想像するかわからないけどな、基本的にじいちゃん・ばあちゃん・おじさん・おばさん、ばっかなんだぞ。たまに社会経験的な意味で子供も来ないことはないけど、だいたい寄宿舎がある学校とかに通っているから普段は来ないんだ」


「まて、ならなんでお前はその誕生日パーティに居たんだ」


「俺は……ほら、ちょっと体弱かったから、寄宿舎じゃなくて家庭教師をつけてもらって勉強してたんだ」


「な、なんつー金持ちだ」


「いや、金持ちだし」


 山田が何故か得意げな表情を浮かべる。

 前世の財産を自慢されても、なんだか虚しい気分になるが。


「ま、とにかく、同世代の人間は居なかったんだよ。学校にも通ってなかったから友だちがいなくてさ」


「なんだよぼっちかよ……」


「そうだよ。悪かったな。んで、そんな中、丁度帰ってきていたアルトがパーティに出席したんだ。他に同世代が居なかったから、一緒に話したり遊んだりしたらすぐに仲良くなってさ。引っ込み思案な子だったから、つい世話焼いちゃったりして。あと、二人で一緒にテーブルの下に隠れて他の人驚かしたり、テーブルの上の料理の中のチーズだけを全部引っこ抜くいたずらしたり」


 なおも遠い目をしながら山田が語る。


「いたずら娘やんか。にしても、パーティってそんなゆるい感じなんだ」


「そうだぞ。ダラダラっと集まってきて、ダラダラっと話して、ダラダラっと近況報告したり相談したりして、そんでダラダラって勝手に帰ってく感じだ。途中で挨拶ぐらいはあるけどさ」


「ゆるいな~」


「そんな感じで仲良くなったんだ」


「おぉ、そういう意味で言うと、一番最初に付きまとった男ってことだな」


「いや別に……アルトはそういうんじゃなくてだな、普通にいたずら友達として仲良くなったんだ」


「そのパターン、相手はそう思ってないだろ。年上美少女にちょっかい出されたら、少年のリビドーはどこまでも盛り上がっていくに決まっている」


「し、知らねぇよ。そんなん、全然思ってなかったし」


 山田がうろたえる。


「しかしまぁ、今なら分かるだろう」


「まぁ……」


 山田が口ごもる。


「たしかに、なんとなく意識してそうな雰囲気はあるにはあったけど。照れてるんだろ、ぐらいにしか思わなかったな」


「なんという罪作りな。そのままリリアが17歳でそのアルトが15歳だろ? 超悶々としているに違いない」


「まぁ、今なら分かるな。いやまさか、年頃の男がそんなに悶々としているものなんて、全然知らなかったなぁ」


 山田が考え込むようにうつむく。

 その発言を、無修正エロ画像をスマホのホーム画面にしている男がするととても説得力がある。


「なるほど。そして性欲魔神となったアルトに襲われたんだな」


「いや、ちげえよ! お前、アルト馬鹿にしてんのか? 礼儀正しくていい子なんだぞ!?」


 山田が声を荒げ、目がマジになる。


「し、知らないに決まってんだろ、そんなこと」


「アルトはそういう下品なやつじゃないの。俺に気があるから、一生懸命出来るとこ見せようと背伸びしてみせるかわいい男の子だったんだぞ!」


「お、おう、いいけど、発言に気をつけろよな。一応町中なんだから」


 すでに大分歩いたが、一度田んぼの間の道をすぎて、また住宅街に入ったところだ。

 右斜め前の家ではどこかの主婦が洗濯物を取り込んでいる。


「いやぁ、もうほんとかわいい男の子でなぁ……」


「だからその発言止めろ。俺がそういう趣味のやつとつるんでいるように思われるだろ」


「そんなある日……あれは俺が16のときだったかな? 詳しく説明してやるからしかと聞け」


「あ、あぁ、キスの件? はいはい、頼むから『リリア』って言ってくれよ。変な想像するから」


「わかった」


 山田が頷く。


「そのころは俺……じゃなくてリリアも結構有名になっていて、野次馬根性や本当に熱を上げた男どもがパーティとかにやってくるようになっていたんだ。ちなみに、そこの頃は近くに住んでいる同世代のアニエスって娘とも仲良くなってたから、もうぼっちじゃなかったぜ」


「ほぉ、そりゃよかったな」


「あれは、何かのパーティの後だったな。いつものようにリリアは男どもに囲まれていたんだ」


 山田が時々目をつむりながら思い出すように語る。


「ふむ……」


 パーティ会場の中、ドレス姿で立つ可憐な美少女。

 その美少女の周りに男たちが群がっている様子が思い浮かんだ。


 そこからだんだんとイメージが広がっていく。

 テーブルの上に並ぶ料理、ワイン。

 コマネズミのように動き回る召使いたち。

 絢爛豪華な衣装に身を包む若い女や、みるからに時代遅れの衣装で恥ずかしそうに隅に引っ込んでいる青年。

 他所の若い奥さんとニコニコしながら話している男に、ワインをちびちび飲みながら神経質そうに視線だけを動かしている若い男。

 姉妹揃って赤いドレスでやってきた目立ちたがり屋のなんとか一家に、やたら声が大きくてたまに迷惑そうに視線を向けられているのに気がついていない南地方の一家。


 リリアが料理の並んだテーブルの前で年配の男となにか話をしていると、料理を取りに来た風に装った男が一人、また一人とリリアの近くに陣取っていく。

 本人たちは自然に振る舞っているつもりだろうが、はたから見ると不自然なのが一目瞭然だ。

 わざとリリアに視線を向けないように不自然にテーブルに近づき、料理を選ぶようなふりをしてだんだんとリリアがいる方向に近づいていく。

 一人はうまく「今夜はお招きありがとうございました」とうまく話しかけた。

 しかし、ある男は話しかけようとした所で他の男がリリアと話し出してしまってまた料理選びに戻るハメになる。

 次の男はリリアに近づく勇気がないらしく、リリアから5メートルくらいの距離でひたすらうろうろしている。

 さらに次の男は「いや、これはこれは」なんて言いながら話しかけたものの、リリアがよそ見をしていて気が付かずに素通りしてしまい、物凄くきまり悪そうに咳払いをする。


 昨日の余韻で俺の想像能力が異様に高まっているようだ。

 まるで実際に見てきた景色のようにありありと想像できる。


「なるほど、で?」


「そのパーティが終わった後、アルトが話しかけて来たんだ。少し前までは普通に遊んでいたんだけど、まぁ、年頃ってことで、遊ぶ回数も減っていてな。なんというか距離感も微妙な感じだったんだ」


「ふむふむ」


「特にパーティ会場なんかだと、リリアの周りには年上の男たちが集まってくるから、アルトは近寄りにくいらしくて一人で端っこの方にいることが多かったんだ」


 リリアに話しかけようと会場中を不自然な動きで歩き回る若い男たち。

 しかし、その男たちより一回り若い少年は気後れして近づくことが出来ない。

 一人、寂しそうに料理を食べたり、知り合いの老夫婦と世間話をしたりしている。

 しかしいかなるときも、横目でリリアの姿を追い続けている。


「うーん、気の毒だな」


「そうだな。でもリリアはチヤホヤされ始めた頃で大分舞い上がっていたから、そのアルトの様子をそんなに気がしていなかったんだ」


 リリアは話しかけられた人全てに好意的に会話をしている。

 会話そのものを楽しんで、周りのことなど全く注意がいっていない様子だ。

 少年はそんな様子を横目に見ながら、苦しげな表情を浮かべる。


「いや、リリアもアルトのことを気がついてやれよ……だいぶ苦しげだぞ」


 俺がそういうと山田が変な顔をした。


「なんでわかるんだよ」


「いや、想像で」


「想像かよ……。まぁ、『俺』も浮かれてたからなぁ。アルトのことに気が付かなかったぜ」


「ん……お前?」


 ふと山田の方に向くと、ゴリラ顔が視界の中に入ってきた。


「う、うぅ……ゴ、ゴリ……」


 ゴリラのイメージが脳内を侵食していく。

 山田の顔はいつみてもインパクトが有りすぎるんだ。

 さきほどまで描いていたイメージが崩壊を始める。


「うわ、くそ……」


「なにやってんだ佐々木? 頭痛か?」


 迷惑なことに山田が俺の顔を覗き込む。


「ぐわぁっ!」


 ますますイメージが崩壊していく。

 完全にイメージが壊れる前に早く再構築しなくては。


 ・テーブル

 ・料理

 ・ワイン

 ・着飾った貴族としょっぱい格好の貴族

 ・リリア

 ・リリアに近づこうとうろうろする青年貴族たち

 ・それを横目で見るアルト少年

 そして……


「な、なんだっけか。お前が浮かれていたって?」


「あぁ」


 山田が頷く。


 よし、OKだ。


 ・浮かれた山田


 これで脳内舞台は整った。

 最後に仕上げとして、学生服の山田にタキシードを着せ、タキシード山田として周囲になじませる。

 なるほど、馬子にも衣装とはこのことか。

 ゴリラ顔でもなんとかそれなりに見えている。


「よ、よし、完璧だ」


「お前、さっきから一人でなにやってるんだ?」


 山田がつぶやく。

 こちらの苦労も知らないで。


「で、お前は浮かれていた……と」


 タキシード山田はなぜかリリアがチヤホヤされているのが楽しいらしく、一人でリリアを見ながらニヤニヤしている。

 とても変態チックだ。

 その隣で美少年のアルト君は一人寂しそうにクラッカーをかじっている。

 見るからに気の毒そうな表情をしているのに、山田は全く目に入っていないらしい。


「お前……アルトを助けてやれよ……」


「いや、面目ない」


 リアル山田が肩をすくめる。


「それでどうなったんだ」


「パーティが終わってから『俺』はみんなに挨拶をして、客は順番に帰っていった」


 パーティが終わると、タキシード山田がずずいとリリアと男どもの間に割り込んだ。

 男たちはまだ話したそうだったが、満面の笑みで『お帰り下さい』と言うゴリラ顔の迫力に押されて、しぶしぶと帰っていく。

 残ったのはリリアと山田だけだ。


「ところが、アルトだけは帰らないでずっと待っていたんだ」


 訂正、残ったのはリリアと山田とアルト少年だ。


「ふむ、それで?」


「全員が帰ると、アルトが『俺』のもとにやってきたんだ」


 グラスをテーブルの上に置いたアルト少年は、タキシード山田のもとにやってきた。

 ん、なんでリリアじゃなくて山田のところに?


「お前?」


「ん? あ、リリアな」


「だよな」


 アルト少年は山田の顔をしげしげと見て「ゴリラだね」と呟いてからリリアのもとへ歩いていった。


「そしてアルトは『誰かお目当ての男性がいるんですか?』と聞いたんだ」


「ほぉ」


 アルト少年が思い詰めた表情でリリアに向かって『誰かお目当ての男性がいるんですか?』と尋ねる。

 タキシード山田はその横でうんうんと頷きながらその光景を眺めている。


「それで?」


「だから『俺』は『別にそんなつもりじゃないよ。でもさっきのお方は結構好みだったかも』とふざけて言ったんだ」


「お前が……?」


 アルト少年の問にリリアが答えられずに固まっている。

 すると、なぜかタキシード山田が「別にそんなつもりじゃないよ。でもさっきのお方は結構好みだったかも」と発言する。

 なんだその突然のホモ発言は。


 当然のように嫌そうな顔をするアルト少年。

 「ホモですか」と小さくつぶやくリリア嬢。


 おい、やっぱりホモじゃないか。


「なに言ってんだよ山田」


「『そんなつもりじゃない』とは言ったけど、ちょっと意地悪したくなって『好みかも』とか言いたくなったんだよ」


「いやお前、意地悪って……お前がそんなことしてどうすんだよ」


 タキシード山田は気の利いたセリフを言ったつもりのようだが、アルト少年とリリアの反応は氷よりも冷たい。

 山田を無視して勝手にコソコソ話し出す二人。


「今で言う小悪魔系か? ちょっとふざけただけだけどな」


 山田が小さく笑う。


「いや、だから、お前がやっても……」


 頭がくらくらする。


「……で?」


「そしたらアルトは『そ、そうですか』みたいな感じで明らかに動揺してさ。そういうところが可愛いんだよな」


「そりゃ動揺するだろう」


 アルト少年は「そ、そうですか」と動揺しながらも冷たい視線を山田に向ける。

 しかしそのアルト少年に対して「かわいい……」とデレた顔をする山田。

 おい、ホモなだけじゃなくて、年下の少年に冷たくされるのが好きなドMなのか?

 お前は一体どれだけ上級者なんだ。


「うん……こ、コメントに困るな」


「だから俺……じゃなかったな、リリアは『でもアルトも格好いいよ?』と言ったんだ」


 タキシード山田を無視してリリアはアルト少年に向かって「アルトも格好いいよ」と言うと、アルト少年はリリアに熱視線を向ける。

 二人から無視された山田は一人寂しそうに突っ立っている。

 っていうか、なんでまだそこにいるんだよ。

 もうホモ発言とかいらないから、空気読んで居なくなれよ。


「そ、そうか。でもそんなこと言われればアルトも結構舞い上がったんじゃないの?」


「そうなんだ。にぱーって笑みを浮かべてな。それが可愛いんだ」


 アルト少年が無邪気かつ爽やかな笑みを浮かべる。

 それをニヤニヤと見つめるタキシード山田。

 早く警察に掴まれ。


「で、アルトがリリアの唇を奪ったのか?」


「いや、もうちょっとあるんだ。アルトが『庭園に行きませんか?』とリリアを誘ったんだ。いつも行っていた場所だから、もちろん『俺』は一緒に庭園に行った。屋敷にある庭園で、小さいけど綺麗に手入れされている場所なんだ」


「な、なんでついていくんだよ」


 アルト少年が「庭園に行きませんか」とリリアに声をかける。

 リリアは頷く。

 それはいい。

 しかし、なぜかタキシード山田までも「もちろんだ」と満面の笑みで答える。

 リリアとアルト少年は微妙な表情をしたが断れる雰囲気でもなく、結局三人で行くことになる。

 山田、相当邪魔してるな。


「お前ってやつは……」


 ため息を吐きながら山田の顔を見る。


「なんだよ」


「空気読めよ……」


「空気読んだからOKしたんだよ」


 そこは普通空気読んで遠慮するところだろ。


「ま、まぁ、いいよ。どうせ山田は山田だから。それで?」


「庭園には小さいけどベンチがあるんだ。そこに二人で座ってしばらく景色を見てたんだ。アルトがなにか言いたそうにはしてるんだけどなかなか言い出さないから、なんだかヤキモキしたぜ」


「ん? 二人って?」


「もちろん『俺』とアルトだよ」


「え゛……」


 きれいな庭園のベンチに座る山田とアルト少年。

 山田は体がでかいので、アルト少年は凄く窮屈かつ迷惑そうに座っている。

 しかし、山田はそんなことを気にせず足を広げて座っている。

 お前ってやつは……

 そして、リリアは所在なさげに立っている。

 男二人が椅子に座って、女の子立たせとくとかなんかおかしいだろ。


「山田、お前……マジで空気読まなさすぎる……」


「はぁ? なんだよ、何が悪いんだよ!」


「わかんないならもういいよ……。それで?」


「なんだか釈然としないな……。話を続けると、しばらく経った後アルトが思い立ったように俺……じゃなくてリリアの顔をじっと見て『この庭園の花、とっても綺麗ですね』と言ったんだ」


 アルト少年は山田の顔をちらりとみて「ゴリラだなぁ」とつぶやいた後、前で突っ立っているリリアの顔を覗き込んだ。

 そして『この庭園の花、とっても綺麗ですね』と言った。

 アルト少年よ、席を譲ってから言ったほうがいいと思うけどね。

 まぁ、仕方ないか。


「ふむふむ」


「そして次が凄かったんだ。今でもはっきり覚えてるな。ははは」


 山田が唐突に笑う。

 人目があるんだからやめてほしい。


「『でも、リリアさんはもっと綺麗です。僕は綺麗で優しいリリアさんが大好きです』だってよ! はははは、いやぁ恥ずかしい! 恥ずかしいなぁ、はははは!! それから『だから、その……あ、あれ、な、なんて言おうと思ったか忘れちゃいました』なんて言って慌てだしてさ! いやもう、マジでかわいい!!」


 山田が物凄くでかい声で奇声を上げる。


「い、いいから声を抑えろ!」


 山田の肩を強く叩いてから、今言われたことを反芻する。


 アルト少年はリリアの顔を見つめたまま『でも、リリアさんはもっと綺麗です。僕は綺麗で優しいリリアさんが大好きです』と言う。

 リリアもあっけにとられた様子ながら、少し頬を染める。

 そしてアルト少年が『あ、あれ、な、なんて言おうと思ったか忘れちゃいました』とか『こんなはずじゃ』とか色々言い訳しながら恥ずかしそうにもじもじする。

 青春だなぁ。

 けしからん。


 そして、アルト少年の隣りに座っている山田はそんなアルト少年の様子をじっと見つめている。

 お前、本気で邪魔だぞ。


「リリアはいきなりのことだったから、一瞬固まってたんだ。そしたら、いきなりアルトがキスしてきたんだ。あれは驚いたなぁ……」


 アルト少年は突然ベンチから立ち上がると、リリアの唇にキスをした。

 驚いて目を見開くリリア、気まずそうにするアルト少年。

 な、なんて青春レベルが高いんだ。


「ま、まぁ、そりゃ驚くだろうなぁ……。それで?」


「驚いたんだけどさ、なんか瞬間的に凄く愛おしくなっちゃって、『俺』もアルトにキスを仕返したんだ」


「え゛!? お前が!?」


 アルト少年がリリアにキスするシーンをじっと眺めていたタキシード山田。

 しかし何を思ったが突然立ち上がると、呆気にとられるアルト少年の肩をがっちり掴む。

 そして、アルト少年が反応しきれない間に容赦ないディープキスを……


「う、うえぇぇ……」


 気分が悪くなって、思わず声を上げる。


「な、なんだよ! さっきから」


 山田が嫌そうな顔をして俺に非難の視線を向けてきた。


「いや、だってさ……。山田、いたいけな美少年にトラウマを残すのは止めろよ……」


「なんでだよ。キスしてきたのは向こうだぞ。キスし返してなにが悪いんだ!?」


 山田が憤然とした声を上げる。


 なんでアルト少年がリリアにキスしたからと言って、山田がアルト少年にキスしていいのだろうか。

 もうほんと、山田の神経が全くわからない。


「……で、アルトとリリアはどうしたんだ? お前じゃなくて」


「ん? あぁ、『俺』は駄目なんだっけか。リリアはそのままアルトを抱きしめて、顔を真赤にしながら『ま、また明日ね』と耳元で囁いて、屋敷の中に駆け出していったんだ。我に返ると恥ずかしくて、どうしていいかわからなかったからな」


 山田のディープキスを食らって意識がなくなったように固まっているアルト少年。

 リリアはそのアルト少年を優しく抱きしめると、顔を真赤にしながら『ま、また明日ね』とアルト少年に囁く。

 そして、そのまま屋敷の中に走っていってしまう。

 残されたのはアルト少年と山田だけだ。


「で?」


 山田に尋ねると、山田は眉をひそめた。


「いや、そこで別れたから話はそこでおしまいだ」


「おしまいじゃないだろう。アルト少年とお前はそこに居たんだろ? まさかお前そのままアルト少年を襲ったりなんて……」


「はぁ? だから、『俺』は屋敷の中に駆け出したって言っただろ」


 リリアが屋敷の中に駆け出した後、おもむろに山田も駆け出した。

 ん? なんで駆け出す?

 まさか、リリアが部屋に辿り着く前に捕まえて何かする気か!?


「な、なにをした!?」


「はぁ?」


「なんで駆け出したんだよ! 普通に歩いていけばいいだろ! なんで駆け出した! 何かしようとしたな!?」


「違うわ、ボケ! 普通に恥ずかしかっただけだよ」


 山田が顔を手で押さえて恥ずかしそうに走っていく。

 突然ホモ行動に出たことがいまごろ恥ずかしくなったのだろうか。

 なんだ、一体何がどうなっているんだ。

 山田の話はさっぱりわからない。


「とりあえず今思い出したのはこれぐらいだな。また思い出したら話す」


「あぁ、そうか……って、おい」


 今更気がついてあたりを見回す。


「……歩きすぎたな」


 長話すぎて、家の前を通り過ぎていた。





 翌日、少し早めに学校につくとすでに高橋が登校していた。


「あれ、山田くんは? いつも一緒に来るのに」


「あぁ、山田? そういえば合わなかったな。そのうち来るんじゃないの?」


「そっかー。はやく話の続き聞きたかったのにー」


 高橋が殘念そうな顔をする。

 そんなに楽しみにしていたのか。


「そういえば、昨日少しだけだけど話を聞いたな。歩いている間にいきなり思い出したんだと」


「え、なにそれー! なんで私が居ない所で話しちゃうの!?」


 高橋がほっぺをふくらませる。

 まぁ、可愛いけど……


「ちょい、ぶりっこすぎないか、そのほっぺふくらませるの?」


 そう言うと、高橋が一瞬固まって、ゆっくりとほっぺの空気を抜いていく。


「佐々木くんさぁ、本当に容赦ないよね……」


「正直な性格で、思ったことは全部言っちゃうんだ」


「それ、なおした方がいいと思うよ」


「余計なお世話だ。俺はこれで17年間生きてきたんだから、これからもこのまま生きる!」


「え~」


 なんて言っていると、チャイムが鳴り、ほぼ同時に山田が教室に駆け込んできた。


「また放課後か……」






 放課後。

 やはり山田に捕まった。


「安心しろ山田。俺が昨日の話を高橋に伝えておいた」


「すごく不安なんだが」


「大丈夫だ。俺を信じろ」


「信じない」


「まぁまぁ、いいから。早く教えてよ~」


 どうでもいいやり取りがあった後、山田はため息一つつくと腕を組んだ。


「よし、それでは教えてしんぜよう」


 やっぱり変に芝居がかった言葉を使っている。

 どうでもいいけど。


「なんだ、また思い出したのか?」


「あぁ、なんか勢いがついたのか寝る前にまたすっと思い出した」


「本当かよ」


 首を傾げると、山田は見事なまでのドヤ顔をした。


「ふふふ、今度思い出したのは町で暴漢に襲われたことだ」


「え、襲われたの!?」


 高橋が声を上げる。


「大丈夫だ。ご安心めされい。襲われそうになった所で救いの手が入ったんだ」


 山田が演技かかった言い方を続ける。

 もう止めて普通に話せよ。


「へぇ、そうなんだ。聞かせて聞かせて」


 高橋がそう言うと、山田は何かを思い出すように遠い目をする。


「あれは……たしか俺が……」


 と言いかけて、山田が俺をちらりと見た。


「ん、なんだ?」


「高橋さん、ここに面倒くさいやつがいるから前世の俺のことを『リリア』って呼ぶことにするよ。『リリア』っていうのが前世の名前だから」


「うん、わかったー」


 あ、そういうことか。

 俺は頷いた。


「あー、そうしてくれ」


 山田は咳払いを一つして話し始めた。


「あれはたしかリリアが15才のときのことだった。久しぶりに街に買い物に出かけたんだ。いつも心配してメイドや男手のグレイじいさんがついてきたんだけど、その日は一人で街に出た。まぁ貴族って言っても、年ごろの女の子だからさ、店を回っていろんなものを見て回るのが凄く楽しかったんだ」


「うんうん」


 高橋が身を乗り出して聞き入っている。


「あの日見たのはなんだったかなぁ……たしか安物のアクセサリだったかな。父親や母親から貰った由緒ある宝石だとか、取り巻きから貰った指輪なんかもあるにはあったんだけど、どうということもない安物のアクセサリがなんだか好きでさ。街の市場が立っているときに並ぶ怪しげな露天を回って遊んでいたんだ。今思えば、相当危ない露天だったな。盗品とか普通に混ざっていたような店だった」


「ふんふん」


「まぁ、そんな露天のある場所だから当然治安はよくないんだ。分かってはいたんだけど、ついついのめりこんじゃってさ。結構長い間居たんだ。そしたらほら、俺……リリアって美少女だから人目につくわけだよ。気がついたらなんだか遠巻きに男達がこっちみててさ、驚いたよ。っていうか怖かった」


「それは怖いよねぇ。わかるよ」


 高橋が頷く。


「地味な格好をしていったつもりだけど、やっぱり生地とかが上等な服だから町の人には貴族か金持ちの娘だってまるわかりだったろうね。そして、その男たちの中から風体の良くない4人組の男がリリアに向かって歩いてきたんだ」


「えぇ!」


 高橋が声を上げる。


 なるほど、これはピンチだ。


「男の一人が『ここはお嬢ちゃんみたいな娘が来るところじゃねぇぜ』って言いながら、突然リリアの腕を掴んだんだ」


「うわっ、危ない」


「うお……」


 咄嗟にイメージが浮かぶ。

 怪しげな露天が並ぶ通り。

 行き交う汚れた格好の人たち。

 その中に一人あきらかに質の違う服を着た美少女。

 そしてその少女を取り囲む4人の男たち。


「リリアは怖いながらも咄嗟に『離して下さい』って言ったんだ。でも緊張しすぎて蚊の鳴くような声だったと思う。そしたらもう一人の男もにやにやしながら近づいてきて、もう片方の手まで掴まれたんだ。もう怖くて体中の力が抜けて、悲鳴もあげられなかったよ。今思い出しても怖い」


「うっわ……」


「それは普通にやばいな……」


 右手を一人の男に、左手をもう一人の男に掴まれたまま身動きが取れない少女。

 少女は悲鳴を上げるでもなくただ震えているだけだ。


 くっ、まさかこのまま少女はこの男たちの慰みものにされてしまうのか!?

 だれか救いの手を差し伸べないのか!?


 しかし、市場にいる人たちは遠巻きに見守るばかりで誰も止めようとしない。


「リリアはもう本当に怖くて怖くて……その後男たちがなんか言っていたんだけど、怖くてまともに聞いていなかった。なんて言われたかすら覚えてない。でも、そんななか、人の間をくぐり抜けてリリアの前に立った影があった! な、いい場面だろ?」


「え、なにそれすごい!」


「おぉ!」


 男たちに卑猥な言葉を投げかけられてもなにも言い返せずにただ震えているだけの少女。

 少女は助けを求めて周りの人々を見回すが、誰も視線を合わせようとしない。

 絶望に震える少女。

 しかし、人の頭と頭の間、はるか遠くになにかの影が見えた。

 すがるようにそれを見つめる少女。

 その影は人をかき分けて物凄いスピードで少女のもとに向かってくる。

 その影が移動するのに合わせて潰された人の悲鳴が上がり、影と悲鳴がセットで近づいていくる。

 そして、人垣が割れて「それ」は姿を表した。


「それは織物商の息子、ガウリィだった」


「ナイスタイミング!」


「ゴリ……!?」


 姿を表した影の正体は、ゴリラだった。

 そう、山田の前世の姿だ。

 素晴らしい。

 ついにゴリラとしての本領発揮だな、山田!


 ゴリラが睨みを利かせると、それだけで男たちが怯む。


 おぉ、いける、いけるぞ山田。

 当たり前だが、お前の手にかかれば暴漢の4人などゴミ同然だ。

 千人でも余裕だよな!


「ガウリィは一度パーティかなにかで出会ったことがあったらしく、リリアのことを知っていたらしい。こっちは忘れてたんだけど、向こうは覚えていたみたいだ。そして『その少女を離せ! リリア様、いまお助けします』と凛々しい顔で剣を抜いたんだ」


「剣なんか持ってたんだ」


 高橋が俺の気持ちを代弁する。

 ゴリラが剣を持って町中をうろうろしているなんて思わなかった。


「いや、長剣じゃなくて30センチぐらいの短剣だよ。護身用にそれぐらいのものを持ち歩いている人はたまにいたんだ」


「へぇ」


 高橋が頷く。


「なるほど」


 ゴリラが毛皮の中に隠れていた短剣を取り出す。

 ゴリラの大きさと比べるとまるでおもちゃのようだ。

 いや、お前は剣なんかなくても強いだろう。


「そして、抜いた剣を暴漢を威嚇するように振るって見せたんだ。ほんと救世主って感じで格好良かったなぁ」


「へぇ!」


 高橋が感嘆の声を上げる。


「ん? 剣を振った!?」


 ゴリラが手にした短剣を振る。

 ゴリラと比べれば小さな剣とは言え、ゴリラが全力で振るえば当然のように刃先から衝撃波が発生する。

 ゴリラと暴漢の目の前の露店のテントをやすやすと切り裂き、その後ろにある建物の壁にも深い爪痕を残す。

 剣がなくてもそれくらいのことはできそうだが。


「ところが、リリアの片腕を掴んだ一人を残して、卑怯にもガウリィの周りを三人で囲んだんだ。一対一ならガウリィの方が強かったと思うんだけど、三対一だから傍目にもガウリィは不利だったよ」


「わ、危ない」


「なに……?」


 暴漢達はゴリラを前にしても逃げ出さずにゴリラを取り巻く。

 なんてやつらだ。

 そして、ゴリラがうろたえて動きが鈍る。

 何かがおかしい。

 暴漢3人ごときに山田ゴリラが遅れをとるなどということは考えにくい。

 まさか、暴漢がゴリラに匹敵する力を持っているというのか?

 いや、そんなわけがない。


 ん、そうか。

 山田ゴリラの力は辺り一帯を焦土にすることぐらい朝飯前だが、そんなことをしたら周囲の町の人達も無事ではすまない。

 力はあっても繊細な力のコントロールが出来なくて、うまく戦えないんだな。

 くっ、暴漢達もなかなか頭脳プレーをするじゃないか。


「だが、まさかお前が負けたりはしないだろう?」


 俺が尋ねると山田は少し首を傾げた。


「ん? 俺じゃなくてガウリィだけどな。まぁ、そりゃそうだ。負けていたらどんな目に合わされたかわからないからな。こんな気楽に語ってないぜ」


 山田はドヤ顔をした。

 やはり戦果は誇らしいらしい。


「ガウリィは男たちを威嚇するように剣を何度も振り回した」


「へー!」


「え、やりすぎ……」


 ゴリラが剣を振るうごとに衝撃波が発生し、近隣の建物に亀裂が入っていく。

 ついには手近な建物が限界を迎え、ガラガラと崩れ落ちる。

 野次馬たちも身の危険を感じて逃げ出していく。


 こんな衝撃波を連射したら、当たった相手は原型も残さずに肉片になってしまう。

 どう考えても過剰防衛だ。

 ナイフを出してきた相手に機関銃で応戦するようなものだ。


「しかし、男たちはうまく距離を取ってガウリィを翻弄し続けたんだ」


 山田が続ける。


 距離を取る程度で衝撃波から逃れられるのかわからないが、こんな状態でも暴漢はやられていないらしい。

 思った以上の手練だ。


「それだけ剣を振り回しても逃げもしないでくらいついているなんて、その男たちは只者ではないな」


 俺が山田に指摘すると、山田は頷いた。


「あぁ、腕に自信があるやつばかりだったらしい。逃げないで完全に迎え撃つつもりだったな。まぁ、3対1だからってのもあると思うけどな」


 いや、たった3人でゴリラに戦いを挑もうとするなんてとんでもないやつらだ。

 最低でも3万人は必要だろう。


「ところがガウリィもすごかった。一人が短剣で切りかかってきた瞬間、かわして咄嗟に暴漢の足を払ったんだ。すごい動きだった」


「すごい!」


 高橋は歓声を上げる。


「うわ……」


 だが、俺はうめいた。


 男がゴリラに向かって短剣で斬りかかると、ゴリラは無造作に避ける。

 そしてゴリラが足を軽く動かすと、男の足がダルマ落としのように何処かに飛んで行く。

 ちょっとグロくないだろうか。


「そしてガウリィは倒れた男に短剣を突きつけた。それをみた男達は『へっへっへっ、冗談だよ、冗談』とか言いながら剣をしまって逃げていったんだ」


 足がなくなった男の肩を支え、男たちは逃げ出していく。

 ゴリラは話にもならない、とゆっくりを首を振る。

 やはり人間ではゴリラに勝てなかった。


「リリアをその姿を見て、感動のあまりガウリィに抱きついたね」


「すごいねー」


 高橋が頷きながら感想を言う。


「ふーむ」


 少女は感動してゴリラな抱きつく。

 ゴリラは『ウホウホ』と勝利の雄叫びを上げる。


 感動的なシーンだ。

 たぶん。


「なるほど、それで?」


「それでって……それで終わりだ」


 山田が困ったような顔をする。


「なんだ……」


 俺が落胆するが、対照的に高橋は楽しんでいるようだ。


「へぇ、おもしろーい!」


 高橋が笑うと、山田もまんざらではない顔をする。


「はぁ、まぁいいか」


 正直、今回のゴリラの活躍は地味だったな。


 でも、なにか違和感あるぞ。

 すこし考えてみよう。


 山田は前世でゴリラとして少女を救った。

 魔女と戦うだけでなく、人助けもしていたのだ。

 正義のゴリラだ。


「ん? あれ?」


 まて、昨日の話ではタキシード山田が少年にトラウマを残していたじゃないか。

 おかしい、山田が二人いるって?

 そんなわけがない。


「うーん……」


「どうしたんだ、佐々木。なんか問題あるか」


 山田が首を傾げる。


「おおありだ。お前は人間だったのかゴリラだったのか」


 山田の顔がゆがむ。


「人間だって言ってんだろうが!!」


 山田が結構本気の顔で怒鳴る。


「そ、そうか」


 慌てて頷いてわかったふりをする。


 えーと、つまり……


 なるほど、わかったぞ!


 山田の前世は人間だったのだ。

 昨日の話でタキシード山田はゴリラ顔だったから、今の山田と似たようなゴリラ男だったのだろう。

 しかし、それだけではなく、ゴリラへの変身能力も持っていたということだ。

 そうすれば今日の話とおととい聞いた話とも整合性がつく。

 なるほど、そういうことか。

 普段は人間として生活しながら、いざという時はゴリラに変身して人々のために戦っていたのか。

 そして、最終的に正義のために魔女と戦い、力及ばずに力尽きてしまったのだ。


「よし、なるほど……」


「おお、ようやく佐々木もわかったか」


「あぁ、ようやくわかったよ。まったく説明が下手だな山田は。最初からそういう能力があるならそう説明しろよ」


「あ? 能力?」


 山田が首を傾げる。


「ガウリィの身体能力のことか?」


「身体能力っていえば、身体能力だな」


 最初の変身能力があると言えばいいのに。

 わかりにくいったらありゃーしない。

 それに「ゴーリィ」「ゴーリィ」って、自分がゴリラ顔だということを気にしているのか変に省略するのもどうかと思う。

 堂々とゴリラと言えばいいものを。


 まてよ、前世でそんな能力があるということは……。


「なぁ、山田。実はお前、まだその能力を持っているんじゃないのか?」


 咄嗟にひらめいたことを山田に伝える。


「は、はぁ? なんのことだ? 俺が言ったのはガウリィのことだぞ」


 山田が変な顔をする。


「前世のことだってのはわかってるよ。でも、転生してきた今でもその能力を持っているんじゃないのか?」


「え、なになにー? なに話してるのー?」


 高橋が横から突っ込んでくる。


「だからさ、山田が今でも真の姿になれるんじゃないのかって話だよ」


「え? 美少女の姿になれるの!?」


 高橋がキョトンとした顔をする。

 なにを聞いていたのだろうか。

 山田はゴリラだっただろう。

 山田が美少女なんてありえない。


「違うよ。山田がゴリラになれるかもって話だよ。な、山田?」


 俺が山田に話しかけるが、山田は高橋の顔を見つめたまま固まっていた。

 俺の言っていることを聞いていない。


「な、何を言ってるんだよ、高橋さん! 俺があの姿になれるなんて……」


 山田は俺のことを無視して、どこか遠くを見つめている。

 しかし、その目が爛々と燃えていることからして、よほどゴリラに戻りたいらしい。


「私もみたいなー、実際どんな感じの娘なんだろうねー」


 高橋が脳天気な笑みを浮かべている。

 それにしても高橋は話をよくわかっていないようだ。

 どれもこれも山田の説明が下手なせいだ。


 転生前の山田は今と同じゴリラ顔の男で、ゴリラに変身できる特殊能力を持っていた。

 そして転生した今でも同じゴリラ顔。

 これは前世に非常に近い形で生まれ変わったということだ。

 であれば、同じ特殊能力を持っている可能性が高い。


「そ、そんなまさか、俺がここで前世の姿に戻れるなんてことないよ。できたら嬉しいけど」


 山田があたふたしながら、高橋に語りかける。


「え、でも、佐々木くんがなれるかもって言ってるよー?」


 高橋の視線が俺に向き。

 つられて山田も俺を見る。

 全く仕方がない奴らだ。


「だから、簡単に説明すると、お前は前世に近い状態で生まれ変わっているということだ。だから、同じように真の姿に変われる能力をもっている可能性が高いんだよ」


 俺が面倒臭げに説明すると、山田が目をまん丸くする。

 怖い。


「ど、どういうことだ、佐々木」


「どうもこうも、話を聞いていれば容易に推測できることだよ」


「俺の話のどこにそんなところが……」


「聞いてりゃ普通にわかるよ! お前が鈍すぎるんだよ!」


 一喝すると、山田がきまり悪そうな顔で黙り込む。


「え、じゃあ、どうすれば美少女になれるか佐々木くん分かるの?」


 高橋が俺の顔を覗き込む。


「だから美少女じゃなくて真の姿だよ」


 俺が訂正すると、高橋はぎこちなく頷いた。


「あ、そうだよね。容姿がどうとかじゃなくて、本来の姿ってことだよね……」


 やはり高橋はまだ分かっていないらしい。

 まぁいいか。


「俺よりも山田のほうがよく分かっているだろう。おい、山田。お前はどうやって真の姿モードになっていたんだ?」


「し、真の姿モードってなんだよ。普通に生きてただけだぞ。生まれつきそういう姿だったんだよ」


 山田がうろたえたように答える。


「生まれつき……?」


 人間の姿がデフォルトで、変身してゴリラになるのだと思ったが、どうも違うようだ。

 前世の山田は生まれつきゴリラの姿で、人間の姿が変身した姿だったということか。

 すると、ゴリラ顔と言えども人間の姿をしている今の姿は欺瞞だということだ。

 つまり、転生してきた山田は欺瞞した姿のまま過ごしているということだ。

 欺瞞した姿で17年も生きてきたことで、真の姿を忘れてしまったということか。


「わかったぞ、山田」


「本当か!?」


 山田が食い入るように俺を見つめてくる。


「あぁ」


 俺は頷いた。


「俺について来い」


 俺は腕組みをしながら自信たっぷりに言い放った。





 俺と山田と高橋の3人は、両手いっぱいにレジ袋をぶらさげて山田の部屋に突入した。


「で、どうするんだ?」


 レジ袋の中身を机の上に広げ終わると、山田はそわそわした様子で俺に聞いてきた。


「へー、ここが山田くんの部屋かー。意外と片付いているね」


 高橋が部屋の中をしげしげと見回している。

 そして、部屋の隅に積み重なっているエロ本とエロDVDの山で視線の動きが止まる。

 頼む、見ないでやってくれ。

 さすがに気の毒だ。


「おい、佐々木」


「あ? あぁ……」


 未だにエロ本の山をしげしげと見ている高橋が気になるが、気を取り直して果物の山を見つめる。

 りんご、バナナ、いちご、オレンジ、アメリカンチェリー、ぶどう、みかん。

 近くのスーパーで買える果物をすべて買ってきた。

 季節の問題があって値段が高いものもあったが、『真の姿になるためだ』というと山田は喜んで金を出した。


「これをどうするんだ?」


「食うんだ」


「まぁそうだろうと思ったけど、なんでだ? 早く説明してくれ」


 山田が果物と俺を交互に見る。

 高橋はアイドルの水着のポスターを眺めている。


「ああ、真の姿になるためには、野生を思い出さないと駄目だろう」


「野生? なぜ野生なんだ」


「今の姿は取り繕った姿だということだ。それを捨てないと真の姿になれないぞ」


「取り繕っているか?」


 山田の自分の手足を見る。

 ゴリラのくせにまがりなりにも人間の姿を取っているのだ。

 人間であることを忘れないといけない。


「ということで、動物の基本は食べることだ。まずは真の姿にふさわしいものを食べるんだ」


「よくわからないが……」


 山田は果物を見て首をひねる。

 なんて鈍いやつだろう。

 ゴリラなら森で果物を食べていたはずだ。

 ゴリラとして好みの果物を食べていれば真のゴリラだった頃のことを思い出すだろう、ということぐらい思いつかないのだろうか。


「ということで、理性なんかかなぐり捨てて食いたいものを食うんだ」


「お、おう」


 山田は納得しない顔でバナナを手に持って食べだした。


「なんだその食べ方は。もっと野生を感じさせろ!」


「意味わかんねぇ……」


 山田は果物を食べていくが、どうにもゴリラらしくない。

 りんごは包丁で切ろうとか言い出すし、みかんは一房づつ食べようとする。

 やる気が感じられない。


「食った……も、もう無理だ」


 買ってきた果物を半分ほど食べた所で山田はギブアップした。


「どうも駄目だな」


「なんなんだよこれ……」


 山田がうめいて仰向けに倒れる。

 ちなみに高橋は部屋の隅で勝手にマンガを読んでいる。

 さっきエロ本も見ていた気がするが気のせいだろう。


「おい山田! やる気があるのか! 野生を思い出せ!」


「お前を信じた俺が馬鹿だった……」


「馬鹿野郎! あきらめるんじゃない! 真の姿を見せてみろ!」


「く、苦しい……」


 山田は仰向けに倒れながらただ腹をさするばかりだ。

 どうもこのやり方では駄目らしい。


「うーん、野生に戻るにはいい方法だと思ったが……どうやら荒治療が必要らしい。山田、こうなったら覚悟を決めろ。真の姿に戻るためになんでもしようという覚悟はあるか?」


「あ、あぁ、そうだな。あの姿になるためならなんだってする……けどもう食えない……」


「安心しろ。次は食うことじゃない」


 俺は腕組みをして自信たっぷりと言い放ったのだった。




「おい、ふざけんなよ、なんだよこれ!」


 茂みの中にいる山田が吠えた。


「なんでもやるって言っただろ。がんばれ」


 俺はそう言ってから、ライトを山田に向けた。

 ここは山田の家の近所の草がボウボウに生えた空き地である。

 照らし出された山田はタオル一枚だけを腰に巻き、ほぼ全裸で空き地の茂みの中を歩いている。


「よし、もっと野性を感じるんだ。理性を捨てて練り歩け!」


「ふ、ふざけんな!」


 文句を言いながらも山田が茂みの中をうろうろ歩き回る。

 そう、全裸で自然の中に溶け込むことで野生を思い出させようとしているのだ。

 しかし、俺は裸で野生に戻れと言ったのに、意気地のない山田は腰にタオルを巻いている。

 まったく。


「おい、なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだよ!」


「さっきから言っているだろ。野生に戻るってことだ」


「くそぉ!!」


 山田が悪態をつきながら、茂みの中で動き続ける。

 こうしてみると、姿といい行動と言い、まさに変質者そのものだ。


 しかし、どうも野生を感じられない。

 いつものゴリラぶりはどうしたのだろうか。

 高橋はさきほどまでスマホで山田の写真を撮っていたが、暗くなりすぎて上手く映らないということで、スマホでドラマかなにかをツッコミを入れながら見ている。


「おい、いつまでやればいいんだよ!」


 ライトに照らされた山田が茂みから顔だけ出す。

 うん、姿はゴリラそのものだ。

 しかしどうにもゴリラの気高い精神性を感じられない。


「足りない。根本的に足りていないな。もっと、もっとゴリラ分を!」


「もうゴリラはやめろ! どうすりゃいいんだよ!」


 根本的に何も分かっていない山田が茂みの中から戯言を言う。

 ゴリラになるための儀式でゴリラなんてどうでもいいなんて、どんな頭をしているのだろうか。


「山田、その姿はまさに野生だ! あとは精神だけなんだ! 山田、いまそこで精神を解き放て!」


「ふざけんな! 結構寒いんだよ!」


「お前が寒さ程度で風邪なんか引いたりしないのはよく知っているぞ」


「くそぉ!」


 山田が熱を発するためか、やたらせわしなく動き回る。

 寒さに対抗して無意識に動いているためか、動きがだんだんとゴリラらしくなっていく。

 いいぞ、いいかんじだ。


「そうだ。そのまま精神を解き放て!」


「なんだかわからねぇけど、お前の言うことに付き合った俺が馬鹿だった、ちくしょおおおお!!」


 山田がでかい声を出しながら体を動かし続ける。


「さむそー」


 スマホから目を離した高橋が心のこもっていないコメントをする。


「高橋、これが大事なんだ。これが山田の真の姿への変身につながるんだ」


「佐々木くんも佐々木くんだけど、実際にやる山田くんもすごいよねー」


 高橋があくびをしながら言う。

 山田が話をしているときはとても楽しそうだったが、大食いと露出狂は好みではないらしい。


 俺は地味に楽しいのだが。


「いつまでやるのー?」


「そりゃ山田が変身するまでさ」


「まじですかー」


 高橋が困ったように顔をしかめる。


「さすがにもうやめたらどう? キリがないでしょ。それに人が来たら大変だし」


「なぁに大丈夫。こんなところにわざわざやってくる人なんていないさ。よほど騒いだりしない限り誰も来やしない……」


「クッソオオオオオォォォォ!!!!」


 今が夜だということを完全に忘れている山田の声が響き渡る。

 本気の山田の大声は常識はずれの大声である。


「……すごい声だよ」


「そう……だな……」


 そう言えばさっきから山田が何度も大声で悪態をついていた気がする。

 あれ、なんか遠くからライトの光が近づいてきている気がする。

 気のせい……いや、気のせいじゃない!


「やばっ……」


 高橋と顔を見合わせるが、山田は騒ぎ続けている。


「クソッ!! 寒い! 地味に寒い! クソッ、ざけんなクソ佐々木!! おい、なんとかいえ!」


 ライトの光がすぐ目の前に近づいてくると、


「だ、誰だ。何をしている!」


 と少し振るえた声がした。

 不審に思ってやってきた近所の人である可能性100%。


 ライトを向け、口をあんぐりと開けて固まっているタオル一丁の山田を見る。

 こんな格好をしたやつと一緒にいたら自分まで変質者扱いされてしまう。


「よし、高橋」


「え、あ、うん?」


「逃げるぞ」


「え? で、でも……」


 ライトを山田に向けたまま地面に置き、高橋の手を引いて走り出す。


「おい、佐々木ふざけんな、おい……」


 振り返ると、山田は走り出そうとしたがタオルを枝に引っ掛けたらしく、タオルを押さえたままもがいていた。


「がんばれ!」


 そう一声かけて暗闇に紛れ込む。


「ふ、ふざけんな、お、おい、冗談だろ! おい、待て! おい!! あ、す、すいません……こ、これにはわけが……」


「なんだ、こ、高校生か? ん、な、なんだその格好………」


「い、いやこれにはわけが……」


 そんなセリフを聞きながら、俺と高橋は暗闇に乗じて上手く逃げおおせたのだった。




 翌日の朝、俺と高橋は深刻な顔で山田を待っていた。


「すごい怒って現れるのだろうなぁ。どう対応したらいいかな……」


「電話で謝ったりしなかったの?」


 高橋が心配そうな顔で聞く。


「いや、してない」


「私は電話したよ。そしたら『全部佐々木のせいだからいい』って言ってた」


「くそっ!」


 ドキドキしながら待っていると、他のクラスメイトに紛れて山田が教室に入ってきた。

 その姿を見て、俺は固まった。


「真の姿……?」


 ゴリラ以外の何物でもないその野性味あふれる顔。

 血走った目、むき出しにした歯、目の前の敵を容赦なく叩きのめす闘志に燃えたその表情。

 どうやら本当に特訓の効果があったようだ。

 真の姿、戦闘モードのゴリラに戻りつつある。

 この分ならもうすぐゴリラの体毛だって生えてくるだろう。

 完璧な成功だ。


 山田はその表情のまま、ゆっくりと俺の前までやってきた。


「山田……やったじゃないか。真の姿に戻りつつあるぞ! なるほど、暴漢や魔女を倒したゴリラというのはこういう表情だったんだな。鬼気迫るものを感じるな」


 しかし山田は一言も発しない。


「ね、ねぇ、早くあやまりなよ」


 高橋がこそこそっと俺に言う。

 何を言っているのだろう。


「ふふふ、やはり俺の考えは正しかっただろう? どうだ、感謝しろ!」


「あの後、近所の人が来て、父親まで呼ばれて……」


 山田が呻くように声を出した。


「お、おう……?」


 なんだろう、山田がとても怒っているように感じる。

 真の姿になることに成功しているんだから、怒るなんておかしいんだが。


「やってきた子供にまで笑われて……さんざん恥かかされた挙句に、くそ親父に思いっきり殴られた……」


「う、うん……」


 危険を感じ、ゆっくりと後ずさりするとなにかを踏み潰した。


「いたっ!」


 振り返るとこの前のようにまた高橋の足を踏み潰していた。

 どうしていつも高橋の足がこんなところにあるのだろうか。


「ちょっと、どい……」


 と言いかけた所で高橋が声を上げた。


「あ……」


 予感を感じて反射的に振り向くと、山田が拳を構えたところだった。


 そこから先はまるでスローモーションのようだった。


 山田の血走った目からは炎が吹き出し、

 山田の躍動する筋肉からは熱い蒸気が吹き出し、

 山田が突き出した拳の周りでは圧縮された空気が異音をたて、

 その拳がゆっくりと空間を歪めながら俺に向かって近づいてくる。


 山田の背には七色の後光が差している。 


 一瞬の出来事だった。

 本当にそこまで目で捉えたのか、それともただの想像だったのかはわからない。


 ただ言える事実は、


「ぐへぇっ!!」


 山田の拳が俺の頬を中途半端に捉え、俺が回転しながら壁に激突したということ。


「さ、佐々木くん!! だ、大丈夫!?」


 そして、高橋が駆け寄ってきたが、声が出なかったこと。


「だ、誰か! さ、佐々木くんが……!」


「お、おいおい、ヤバイんじゃないか、白目向いてるぞ!?」


「山田、お前、なにやってるんだよ!?」


「お、俺は……」


 クラスメイトが集まってきて、山田と俺を見て何かを言っていたこと。


「おい、保健室! ……じゃなくて、せ、先生? とにかく誰か呼んでこいよ!」


「い、息してるか!?」


 段々と意識が朦朧としていったこと。


「さ、佐々木、すまん! おい、佐々木!」


 そして、俺を覗き込んだ山田の顔がいつもの山田だったこと。


「ゴ……」


「なんだ!?」


 薄れ行く意識の中、最後に一つの単語を言ったこと。


「ゴ……リ……ラ……」


「さ、佐々木ぃぃぃぃぃ!!!」


 そして、全てが真っ白になったこと。


 あぁ、山田よ。

 やはりお前はゴリラだ。






大丈夫、主人公半分しか死んでないよ。





※評価ポイント・感想を貰えると、作者がゴリラ喜びます。


NEXTゴリラ:乞うご期待(?)


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