何歳になっても意識は変えられる。
たとえ、それが老齢と言われる年齢であったとしても。
それを実際に見せてくれたのがこの映画、「ミリキタニの猫」です。
The Cats of Mirikitani(英語版サイト)
ミリキタニの猫(日本語版サイト)
ミリキタニ、というのは人の名前で、
このドキュメンタリー映画の主人公、
ジミー・ミリキタニという日本人の名前です。
日本名は三力谷勉(ミリキタニ ツトム)さんと言うそうです。
(最初にタイトルを聞いた時、東欧か北欧の人名かと思いました)
ジミー・ミリキタニ氏
↓↓↓

彼は80歳で、ニューヨークの路上に暮らすホームレス。
毎日、猫の絵や、自分が過ごした強制収容所の絵を描いています。
絵に対するお金は受け取るけれど、施しとしてのお金は受け取らない。
彼を気にかけて良くしてくれる周囲のアメリカ人の中に、
映画監督を仕事とする女性がいました。
そして、2001年9月11日に同時多発テロが起こった時、
彼女はミリキタニ氏を自宅に招きいれます。
そして、彼女はミリキタニ氏との「旅」を映像に記録し、
それがこの映画になっています。
ミリキタニ氏は、アメリカ政府への怒りと憎悪を強く持っていて、
事あるごとにその怒りが口をついて出てきます。
そして、日本は素晴らしい、日本人は皆優しい、と言います。
彼の中では、「アメリカは寸分の余地なく絶対悪!逆に日本は絶対善!」
というような思考になっていることが分かります。
この映画で一番印象的だったのは、
様々な環境の変化や人との関わりを経て、
ミリキタニ氏が自分のアイデンティティにさえしていた、
その怒りを手放した瞬間があったことです。
それは彼が見た夢に象徴されていました。
ミリキタニ氏は、
第二次世界大戦中にアメリカ政府がアメリカ国内で実施した
日系人強制収容所に連れて行かれ、
そこで3年半過ごしたそうです。
厳しい環境の中、多くの日本人移民、日系人が命を落としました。
強制収容所で、ミリキタニ氏に懐いていた男の子がいたそうです。
「にいちゃん、日本の猫、描いておくれよ」と、いつも後をついてくる。
その男の子は収容所を出ることなく、亡くなってその地に眠っているのです。
そのことをミリキタニ氏は回想します。
その男の子は、彼にとって自分の分身であり、
いつも彼の心の中にいる男の子なのではないかと思います。
映画の後半、強制収容所を再び訪れるツアーに参加し、
慰霊碑に花をたむけ、
自分の体験を他の参加者に伝えていくミリキタニ氏。
その晩、夢を見たといいます。
夢の中で、ミリキタニ氏は強制収容所におり、例の男の子がやってきます。
男の子は言いました。
「にいちゃん、さようなら」
その時、ミリキタニ氏が60年間近くも抱え続けた
怒りや恨みを手放したのだ、と感じました。
本当に、本当に、深い変容だったのだと思います。
この言葉を聞いた時は本当に衝撃を受けました。
人生のほとんどの時間、強固に持ち続けていたものを、
手放すことが出来るのか、と。
それまで信じていた、自分が生きてきた「世界」を手放すことを意味するのですから。
しかも、もう人生の終わりに近い時期に、ですよ。
でもそれは、劇的に起こったのではなく、
静かな、自然な流れで起こったように見えます。
ミリキタニ氏は、自分の怒りを手放そうと働きかけてはいないのです。
映画監督であるアメリカ人女性との出会い、
彼女が彼を家に招き入れ献身的に彼を助けてくれたこと。
ホームレスでひとりで路上で暮らしていた環境から、
屋根のある家で、人と一緒に生活し(猫とも)、
自分の価値を他者から認められ、
自分の血縁者たちと出会っていく。
こうした体験があったからこそ、
強制収容所を再訪する状態に彼自身がなれたと感じますし、
そこで他の参加者(当事者やその家族)と語り、
同じ仲間として話を聞いてもらった、
そして分かってもらえた、と感じたことで
彼の心に変化が起こったのだと思います。
ずっとずっと、アメリカに暮らしているのに、アメリカを強く憎んでいたミリキタニ氏。
彼の中で「アメリカ政府は自分から全てを奪った」という意識が強力に固定化されていて、
それ以外の考えを受け入れる余地は全くなかった。
(彼の人生で経験したことを考えると、無理もないと思います)
でも、80歳を超えて、ようやく自分の怒りから解放された。
彼の人生が怒りに満ちたまま終わらず、
人と一緒に笑っている姿になって、
本当に、本当に良かったと感じました。
怒りや恨みに満ちて生きるのは、とても苦しいことだと思います。
でも、それを変容させることができる。
たとえ、何十年も持ち続けたものであっても。
そして、それは、他者との関わりの中で癒され、変容させることができるのだ、
と言われた気がします。
人の変容を見せてもらえること、
それが私にとって生きる上での大切なテーマです。
ドキュメンタリーが好きな理由は、現実の変容を見せてもらえるから。
より生身の人間の体験を感じることができるから。
京都の立命館大学でミリキタニ氏の作品展を実施中です。
(2013年7月20日(日)まで)
6月に映画「ミリキタニの猫」を解説付きで上映したみたいですね。
残念、間に合わなかった。
↓↓↓
【ジミー・ミリキタニ氏作品展情報】
私は、日系人に対する強制収容所の歴史をあまり知らず、
この映画でのミリキタニ氏の人生からその様子を知り、衝撃を受けました。
こちらに詳しく書かれていますので、ご興味のある方は参考にしてみてください。
日系人の強制収容(ウィキペディア)
全米日系人博物館:強制収容所の概要(日本語)
ジミー・ミリキタニ氏は2012年に亡くなられたそうです。
ご冥福をお祈りいたします。
たとえ、それが老齢と言われる年齢であったとしても。
それを実際に見せてくれたのがこの映画、「ミリキタニの猫」です。
The Cats of Mirikitani(英語版サイト)
ミリキタニの猫(日本語版サイト)
ミリキタニ、というのは人の名前で、
このドキュメンタリー映画の主人公、
ジミー・ミリキタニという日本人の名前です。
日本名は三力谷勉(ミリキタニ ツトム)さんと言うそうです。
(最初にタイトルを聞いた時、東欧か北欧の人名かと思いました)
ジミー・ミリキタニ氏
↓↓↓
彼は80歳で、ニューヨークの路上に暮らすホームレス。
毎日、猫の絵や、自分が過ごした強制収容所の絵を描いています。
絵に対するお金は受け取るけれど、施しとしてのお金は受け取らない。
彼を気にかけて良くしてくれる周囲のアメリカ人の中に、
映画監督を仕事とする女性がいました。
そして、2001年9月11日に同時多発テロが起こった時、
彼女はミリキタニ氏を自宅に招きいれます。
そして、彼女はミリキタニ氏との「旅」を映像に記録し、
それがこの映画になっています。
ミリキタニ氏は、アメリカ政府への怒りと憎悪を強く持っていて、
事あるごとにその怒りが口をついて出てきます。
そして、日本は素晴らしい、日本人は皆優しい、と言います。
彼の中では、「アメリカは寸分の余地なく絶対悪!逆に日本は絶対善!」
というような思考になっていることが分かります。
この映画で一番印象的だったのは、
様々な環境の変化や人との関わりを経て、
ミリキタニ氏が自分のアイデンティティにさえしていた、
その怒りを手放した瞬間があったことです。
それは彼が見た夢に象徴されていました。
ミリキタニ氏は、
第二次世界大戦中にアメリカ政府がアメリカ国内で実施した
日系人強制収容所に連れて行かれ、
そこで3年半過ごしたそうです。
厳しい環境の中、多くの日本人移民、日系人が命を落としました。
強制収容所で、ミリキタニ氏に懐いていた男の子がいたそうです。
「にいちゃん、日本の猫、描いておくれよ」と、いつも後をついてくる。
その男の子は収容所を出ることなく、亡くなってその地に眠っているのです。
そのことをミリキタニ氏は回想します。
その男の子は、彼にとって自分の分身であり、
いつも彼の心の中にいる男の子なのではないかと思います。
映画の後半、強制収容所を再び訪れるツアーに参加し、
慰霊碑に花をたむけ、
自分の体験を他の参加者に伝えていくミリキタニ氏。
その晩、夢を見たといいます。
夢の中で、ミリキタニ氏は強制収容所におり、例の男の子がやってきます。
男の子は言いました。
「にいちゃん、さようなら」
その時、ミリキタニ氏が60年間近くも抱え続けた
怒りや恨みを手放したのだ、と感じました。
本当に、本当に、深い変容だったのだと思います。
この言葉を聞いた時は本当に衝撃を受けました。
人生のほとんどの時間、強固に持ち続けていたものを、
手放すことが出来るのか、と。
それまで信じていた、自分が生きてきた「世界」を手放すことを意味するのですから。
しかも、もう人生の終わりに近い時期に、ですよ。
でもそれは、劇的に起こったのではなく、
静かな、自然な流れで起こったように見えます。
ミリキタニ氏は、自分の怒りを手放そうと働きかけてはいないのです。
映画監督であるアメリカ人女性との出会い、
彼女が彼を家に招き入れ献身的に彼を助けてくれたこと。
ホームレスでひとりで路上で暮らしていた環境から、
屋根のある家で、人と一緒に生活し(猫とも)、
自分の価値を他者から認められ、
自分の血縁者たちと出会っていく。
こうした体験があったからこそ、
強制収容所を再訪する状態に彼自身がなれたと感じますし、
そこで他の参加者(当事者やその家族)と語り、
同じ仲間として話を聞いてもらった、
そして分かってもらえた、と感じたことで
彼の心に変化が起こったのだと思います。
ずっとずっと、アメリカに暮らしているのに、アメリカを強く憎んでいたミリキタニ氏。
彼の中で「アメリカ政府は自分から全てを奪った」という意識が強力に固定化されていて、
それ以外の考えを受け入れる余地は全くなかった。
(彼の人生で経験したことを考えると、無理もないと思います)
でも、80歳を超えて、ようやく自分の怒りから解放された。
彼の人生が怒りに満ちたまま終わらず、
人と一緒に笑っている姿になって、
本当に、本当に良かったと感じました。
怒りや恨みに満ちて生きるのは、とても苦しいことだと思います。
でも、それを変容させることができる。
たとえ、何十年も持ち続けたものであっても。
そして、それは、他者との関わりの中で癒され、変容させることができるのだ、
と言われた気がします。
人の変容を見せてもらえること、
それが私にとって生きる上での大切なテーマです。
ドキュメンタリーが好きな理由は、現実の変容を見せてもらえるから。
より生身の人間の体験を感じることができるから。
京都の立命館大学でミリキタニ氏の作品展を実施中です。
(2013年7月20日(日)まで)
6月に映画「ミリキタニの猫」を解説付きで上映したみたいですね。
残念、間に合わなかった。
↓↓↓
【ジミー・ミリキタニ氏作品展情報】
私は、日系人に対する強制収容所の歴史をあまり知らず、
この映画でのミリキタニ氏の人生からその様子を知り、衝撃を受けました。
こちらに詳しく書かれていますので、ご興味のある方は参考にしてみてください。
日系人の強制収容(ウィキペディア)
全米日系人博物館:強制収容所の概要(日本語)
ジミー・ミリキタニ氏は2012年に亡くなられたそうです。
ご冥福をお祈りいたします。
AD