第七話:デズモンド・テイラーの破滅
「『親愛なるアルトへ』って……」
あれだけ散々酷い扱いをしてきた挙句、最悪のタイミングでクビにしておいて、よくもまぁこんなことが書けたものだ。
だけど……。
(貴族の庭園には、ちょこちょこと荷物を置いてきてしまっているんだよな……)
クビを突き付けられたあのとき、あまりにも悔しくて悔しくて、荷物も持たずに飛び出してきてしまったのだ。
ギルドから支給された制服も、まだ返せていない。
(デズモンドの『大事な話』は、この際どうでもいいとして……)
荷物の回収と制服の返却だけは、ちゃんとしておかなければならない。
(とりあえず、行くだけ行ってすぐに帰るか……)
その後、手早く朝支度を済ませた俺は、かつての職場に向かうのだった。
■
数日ぶりに貴族の庭園に到着。
裏口に設置されたギルド職員専用の扉をコンコンコンとノック。
いつもなら、警備員の方が鍵を開けてくれるのだが……。
「アルトか!?」
いったいどういうわけか、何やらげっそりとしたデズモンドが、勢いよく飛び出してきた。
「で、デズモンド、さん……?」
「おぉ、アルト……! よく来てくれた、本当によく来てくれた! おっと、こんなところで立ち話もなんだな。ささっ、どうぞ中に入ってくれ!」
「は、はぁ……」
予想外の対応に
「さぁ、掛けてくれ!」
「……失礼します」
来客用のソファに腰を下ろすと、デズモンドは慣れない手つきで、温かいお茶と白いお餅を出してきた。
「あの、これは……?」
「
「……」
お洒落な小皿にちょこんと載せられた、とても美味しそうないちご大福。
俺はそれをジッと見つめた後、デズモンドに質問を投げ掛ける。
「確かこういうお茶菓子って、
「うぐっ!? そ、それはだな……ッ」
デズモンドは視線を右へ左へと泳がせ、しどろもどろになった。
今からおよそ一年前。
俺を含めた新人ギルド職員三人が、この貴族の庭園へ配属されたとき、ささやかな歓迎会が開かれた。
「おいおい誰だ? こんな上等な茶菓子を、こんな薄汚い農民に出したのは? ――取り上げろ。農民の口にはもったいない!」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたデズモンドはそう言って、俺の机から茶菓子の類を全て取り上げたうえ、レクリエーションに参加することも禁じた。
貴族の庭園は、デズモンド・テイラーの『城』だ。
ここにいるギルド職員で、彼の決定に逆らえる者はいない。
結局その日、他の職員たちが楽しそうにしている様子を、俺は一人だけ
「……俺が今日ここへ来たのは、あなたとお話しをするためじゃありません。自分の机に置いてきた荷物を持って帰るのと、こちらの制服をお返しするためです」
手提げ袋に入れた制服を取り出し、ソファの上にポンと置く。
これで後は、自分の荷物を回収して帰るだけだ。
「それでは失礼します」
小さくペコリと頭を下げて、職員の執務室へ向かおうとしたそのとき――デズモンドが、がっしりと肩を掴んできた。
「……なんでしょうか?」
「ま、待ってくれ……! 少しだけでいいから、私の話を聞いてほしいんだ……!」
「すみませんが、失礼します」
どうせこの人のことだ。
「む、ぐ……っ」
デズモンドは苦虫を噛み潰したような顔をした後、
「す……す……す……っ」
「『す』?」
「すまなかった。私が悪かった。この通りだ、どうか許してくれ」
額を床に付け、謝罪の弁を述べてきた。
「い、いったい何を――」
「――アルトさえよければ、
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
俺に酷いパワハラをした挙句、このギルドから追いやったのは、他でもない――デズモンドだ。
それが何故今になって、こんなことを言い出すのだろうか。
「お前がいなくなってから、全てがおかしくなってしまったのだ……っ。率直に言って、ギルドの経営が立ちいかなくなってしまった。頼む、アルト……もう一度だけ、お前の力を貸してほしい……!」
「……お気持ちはとても嬉しいです」
「で、では……!」
「ですが、俺はもう冒険者として生きていくことを決めました。ここに戻ることは
人として最低限の礼儀を払いつつ、明確な拒絶を告げる。
明日からは、いよいよステラと一緒に『ダンジョン攻略』へ乗り出すのだ。
冒険者ギルドの職員に――ましてや貴族の庭園に戻るつもりはない。
ここはもう『過去』なのだ。
俺はこれから『未来』へ進んで行く。
「ぐっ……。冒険者の道を進むという、アルトの気持ちはわかった。ならばせめて、『召喚獣の貸し出しサービス』だけでも続けてもらえないか!? もちろん、それ相応の対価は払うつもりだ……!(こいつの召喚獣さえあれば、アブーラたちを繋ぎ止めることができるはず……!)」
「すみませんが、お断りさせていただきます」
「な、何故だ!? 召喚獣なぞ、別に減るものじゃないだろう!?」
「デズモンドさんはご存じないかもしれませんが、召喚獣をこの世に呼び留める――すなわち『
俺はこの先、強力なモンスターの
万が一の事態に備えて、魔力は常にフルの状態でいたい。
「そ、それならば、週に一度の『召喚魔術の入門講座』だけでも、お願いできないか……!?(シャルティは重度の親馬鹿で、奴の息子はアルトのことをとてもよく慕っている。アルトが講座を開けば、シャルティの息子が釣れる。息子が釣れれば、親も釣れる……!)」
「申し訳ありませんが、そちらもお断りさせていただきます」
「どうしてだ!? 金ならいくらでも払うぞ!?」
「お金の問題ではありません」
一度ダンジョンに潜れば、数週間帰って来られないことなんてザラにある。
もちろんそれは、受注したクエストの難易度にもよるのだが……。
毎週講座を開くのは、とてもじゃないけど無理だ。
「あ、アルトぉ……っ。それならばせめて、せめて『上』に口利きをしてくれないか……? 後生だ。この通り……ッ」
デズモンドは半べそを
「『上』……? いったいなんのことを言っているんですか? というかデズモンドさん、今日は本当にどうしたんですか?」
俺が小首を傾げた直後、
「……こ、の、クソガキめ! こちらが下手に出てやったら、どこまでも付け上がりおって……!」
彼は勢いよく立ち上がり、ようやく『いつもの顔』を見せた。
「アルトをクビにした次の日、アブーラたちが息を巻いて、
「何か妙な誤解をされているようですが……。俺はアブーラさんたちを炊きつけたりしていません。というかそもそも、それって完全な逆恨みじゃないですか……」
「うるさい! 細かいことなど、もはやどうだっていいのだ! ……お前のような卑しい農民が、よくも貴族である私の輝かしい未来をぶち壊してくれたな……ッ」
瞳に
「……本気ですか? 俺はこれでも一応、『D級冒険者』ですよ?」
「はっ。一丁前にもう冒険者気取りか? D級冒険者なぞ、素人に毛が生えた程度のものだろう……!」
緊迫した空気が流れる中、
「で、デズモンドさん……? 少し、よろしいでしょうか?」
デズモンドの腹心であるハーグ男爵が、恐る恐ると言った風に入室してきた。
「ハーグ男爵、許可なく入ってくるな、と……~~っ!?」
次の瞬間、応接室の扉が荒々しく開け放たれ、黒服の捜査官がズカズカと踏み入ってきた。
黒服の集団を率いる女性は、品のある所作で中折れ帽子を取り、ペコリと頭を下げる。
「はじめまして、私は魔術協会捜査一課のレミロス・クレデターと申します。貴方が貴族の庭園のギルド長デズモンド・テイラー氏ですね?」
「え、えぇ、自分がデズモンド・テイラーですが……。そんな大所帯を引き連れて、いったいどうされましたかな?」
「こちらのギルドで不審なお金の動きが見つかったため、ちょっと署までご同行をと思ったのですが……。その前に
レミロスさんが指さしたのは、デズモンドが握り締めたナイフだ。
「あっ、いや、これは……なんというか、そう……! 今度ギルド内で実施する、演劇の練習をしていたんですよ!」
デズモンドは手に持ったナイフを慌てて背に隠し、苦し紛れの言い訳を並べた。
しかし、彼が絶対的な権力を誇り、全てを意のままにできるのは、貴族の庭園の中での話。
外部の――それも魔術協会の人間に対しては、なんの力も持たない。
「――連れていけ」
「「「はっ!」」」
レミロスさんの命令を受けた屈強な捜査官たちは、デズモンドを素早く抑え込み、有無を言わさず連行していった。
シンと静まり返った応接室。
「ところで君……とても『いい魔力』をしているね。もしよかったら、
レミロスさんは柔和な微笑みを浮かべながら、奇妙な提案を振ってきた。
「いえ、自分は冒険者ですから」
「そっか。それは残念だ」
その後、俺は自分の荷物を手早く回収し、自宅へ帰った。
これは後で聞いた話なんだけど……。
デズモンド・テイラーは
C級冒険者ギルド貴族の庭園は、解体処分になったそうだ。
※とても大事なおはなし!
これにて第一章『パワハラ会議編』堂々の完結!
また明日より新章開幕です!
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