寄り添ってくれた「天国の相棒」描き続ける 画家クロネコDay’s【動画】
シン・フクオカ人(21)
自分に寄り添ってくれる存在に出会えることが、人生に大きな意味を持つことがある。
福岡市の画家クロネコDay’s(37)の絵には、必ず1匹の黒猫が登場する。里山の茂みや公園の草花の中にいたり、街角にたたずんでいたり、空を眺めていたり。名前は「くろまる君」という。
出会いは高校3年の初め。「譲りたい」という知人の家に行くと、窓辺に寝そべっていた。少し茶色がかった黒色で、特に「美猫」ではなくふてぶてしい感じだったが、なぜか気に入って連れ帰った。
実はこの頃、心身に変調を感じていた。文字や数字、人から言われることが一つでも理解できないと、「自分だけ置いてけぼりにされるような気がして」パニックになった。発達障害と診断された。
発達障害についての社会的な理解や認知も進んでいない時代で、自分でもどうしたらいいか分からない。高校を中退すると、怖くて家に閉じこもり、散歩にも行けない日々が続いた。
そんな時、いつも一緒にいてくれたのが彼だった。少し状態が良くなり、家族の誘いで短い旅行に出た時のこと。帰宅すると、くっついて離れない。3日間ほどベッドで一緒に眠った。
「くろまる君もちょうど青年の年頃で、僕にとっては欠かせない相棒でした」
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入退院を繰り返しながらも、10年が過ぎた28歳の頃には体調が改善。医師から「経験値を高めたらいい」とアルバイトを勧められた。食品工場や、飲食店などの苦手な接客業にも「体当たり」で面接に出掛けた。
仕事にも慣れ、少しずつ目の前が開けてくると、趣味を持ちたいと思い始めた。人より10年遅れて生きているけど、何か一つ身に付けられたら、少し前に進めるかもしれない。
料理やギター、裁縫などに挑戦した。でも、どれも中途半端。それで思い当たったのが絵だった。そもそも、中学時代に宮崎駿の作品が好きになって漫画を描き始め、高校はデザイン科に進んでいた。
モチーフに選んだのは、いつも身近にいた相棒だった。描き始めると楽しくてたまらない。1日に1作のペースで作品はたまっていった。
2017年8月、福岡市内のギャラリーでついに初めての個展を開いた。ペンネームのクロネコDay’sも、彼を思って付けた。
しかし-。個展の開催中、くろまる君は、16歳で天国へ旅立った。病死だった。
「きっと僕のために、個展まで生き延びてくれた。だから、彼が生きた証しを残したいと考えました」
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3カ月後、一冊の絵本を描いた。タイトルは「A Little Spider(小さなクモ)」。
物語は、家に小さなクモがいることに気づくことから始まる。小さいから気づかなかったのか。いや、これまでくろまる君が食べていたからに違いない。もう、彼はいない。でも、たくさんの愛情をくれた。
きっと、くろまる君は「実」になったんだ。おいしそうな「リンゴの実」に。命はそうやって循環するんじゃないだろうか。最後までありがとう。僕はこれからも自由にずっと絵を描き続ける…という決意で物語は終わる。
絵本は、個展を訪れた人たちに回し読みしてもらっている。彼が自分にくれた優しさを、自分が誰かに渡したいと思ったからだ。
今年は15日から福岡市内で個展を開き、10月にはフランスのルーブル美術館で開催されるアートフェアに出品する。出品料は1作品で18万円ほどかかるが、宅配便のアルバイトをして分割で払うつもりだ。
もし、画業で身を立てられたら、森をつくりたい。いま自宅アトリエから見えるのは、大きなビルばっかりの「怖い」街。命が循環する自然をもっと増やしたい。森の小さな小屋で絵が描けたら十分幸せだ。心の中には、くろまる君も一緒にいる。
そんな思いをSNSにこう書いた。
「いつもマイペースでけなげだった。あなたを忘れない。日々のくりかえしは一歩一歩だ」
=文中敬称略(加茂川雅仁)
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クロネコDay’sの個展「秘密の隠れ家」は15~21日、福岡市南区高宮のギャラリーアングラで。