再始動
「閣下、お嬢様、お帰りなさいませ」
皇都公爵邸に着いたエカテリーナとアレクセイを、執事のグラハムを筆頭とする使用人一同がずらりと並んで出迎えた。
グラハムは以前と変わりなく、美しい銀髪をきっちりと撫でつけて、執事として完璧な角度の礼をとり、四百年の歴史を誇る名家の執事らしい品格をたたえている。
しかし公爵兄妹の帰還を迎える彼の笑みは、完璧よりもほんのわずかに、深いようだった。
「出迎えご苦労」
アレクセイは彼らしく簡潔に言う。
そんな兄の隣で、エカテリーナは声を弾ませた。
「帰ってこられて嬉しくてよ!グラハム、皆、変わりはなくて?」
「はい、こちらは皆、つつがなく」
「そうね、皆、元気そうでよかったこと」
一同を見渡して笑顔を振りまくお嬢様に、使用人たちも笑顔を誘われている。
「お嬢様も、お元気そうで何よりです」
そう声をかけられて、エカテリーナは声の主へ目を向け、ぱっと顔を輝かせた。
「ハリル様!」
「お帰りなさいませ、閣下、お嬢様」
グラハムの後ろにいた、異国の風貌を持つユールノヴァの商業流通長ハリル・タラールが、エキゾチックな美貌に笑みをたたえて一礼する。
「お会いできて嬉しゅうございますわ。ハリル様にご相談したいことが、たくさんありますの!」
「ええ、きっとそうだろうと思っておりました」
エカテリーナの言葉に、笑ってハリルはそう答えた。
まずはおくつろぎを、とグラハムに促されて、兄妹は邸の中へ入る。
「皇都に戻って嬉しそうだ。お前は皇都の方が好きか?」
エカテリーナの手を取ってエスコートしつつ、アレクセイが訪ねた。
「領地での日々も、楽しゅうございましたわ。ただ、この皇都邸は」
言いかけて、エカテリーナはふと言葉を切る。
この皇都邸で、前世の記憶を取り戻した。そこから前世と今生の記憶を融合し、新たな自分になった場所だ。ここで、生まれ直したような気がする。
でもそれはお兄様には内緒!
エカテリーナは兄を見上げて微笑んだ。
「お兄様とこうして、過ごすことができるようになった場所なのですもの。
皇都へ来たばかりの時、わたくし、倒れてしまいましたわね。この邸で気がついた時、お兄様に手を握っていただいて、世界がすっかり変わりましたのよ。わたくしの大切な思い出ですわ」
「……それは、私にとっても大切な、特別な思い出だ」
アレクセイは、妹の手をそっと握った。
「エカテリーナ、私の愛しい妹。領地であろうと皇都であろうと、お前がいる場所が、私にとって最上の楽園だよ」
談話室で一緒にお茶を飲んで落ち着いてから、アレクセイは執務室へ移動した。ユールノヴァ領から一緒に移動してきたノヴァクとアーロンも、そろそろ執務室に入ってハリルと情報のすり合わせを始めているはずだ。
エカテリーナは談話室に残り、グラハムから不在の間に起きたことについて報告を受けた。奥向きを司る女主人の役目だ。
といってもグラハムは、アレクセイの信頼厚い皇都邸の生き字引。報告という体裁で、邸の統括に必要なことを教えてくれているわけだ。エカテリーナはありがたく拝聴しつつ、公爵領本邸の最新情報を話して情報交換した。
「さようでございますか。ライーサが、本邸の執事に……」
グラハムが感慨深げに言う。
「グラハムは、ライーサと交流があるそうね」
「はい、セルゲイ公からご紹介いただきまして。あまりに利発で妹のように可愛かったから、皆には妹ということにしてしまったと、冗談めかして仰せでした。
わたくしがセルゲイ公に仕えた頃に、彼女は入れ違いのように結婚してお邸を下がりましたが、我々は似た境遇でございますので。分かち合うようにとのご配慮であったかと」
グラハムはかつては、旅の芝居一座の役者だった。
彼を従僕に取り立てた祖父は、素性については、いつの間にか側にいた自分の守護精霊だなどと言ってはぐらかしたそうだ。寒村から来た下働きだったライーサを公爵家の血を引くかのようによそおったのと同様、本来なら公爵家で出世できる身分ではない彼らを、セルゲイは手段を選ばず引き立てたのだった。
「皇都邸と本邸のいずれも、お祖父様が愛してお取り立てになった人材が、執事を務めてくれることになったわね。お兄様が安心して守りを任せられるのですもの、わたくしもとても嬉しくてよ」
「有難いお言葉でございます。しかし、お嬢様がおられなければ、ライーサが執事のお役目に抜擢されることはなかったかと」
きわめて有能なアレクセイだが、斬新な発想をするタイプではない。グラハムはそれを理解している。
「とはいえ、あのお若さで見事に領地を掌握なさった閣下がおられなければ、ライーサの抜擢は不可能でしたでしょう。セルゲイ公が異例の人事などを押し通すことがお出来になったのは、慕われると共に恐れられてもおられたからです。あの方は、厳しい面もお持ちでした。それを恐れる者も多かったのです」
そうか、とエカテリーナは納得する。
お兄様が語るお祖父様は優しい方だけど、まだ幼い可愛い孫には見せない顔も持っていたのは当然。お祖父様は、切れ者の政治家であり、統治者だったのだから。
ふと思い出す、前世の名著マキァヴェッリ『君主論』。君主は愛され恐れられるのが望ましい、と説いていた。セルゲイお祖父様は、それを体現した人だったのかもしれない。
「閣下も、お嬢様も、セルゲイ公によく似ておられる。他の誰も持ち得ないものを、受け継いでおられます。お二人にお仕えできて、なんと幸せなことか」
エカテリーナは、ぱあっと笑顔になった。
「グラハム、その言葉、お兄様にお話ししてちょうだい。きっとお喜びになってよ」
「仰せとあれば、お望みのままに」
と言って、グラハムは微笑んだ。
「お嬢様、わたくしが理解している本邸と皇都邸の最大の違いは、他家とのお付き合いの有無でございます。皇都は、有力貴族のすべてが集う場所でございますので」
「そうね、確かに」
領地では、ユールノヴァ公爵家は唯一の支配者。けれど、皇都では皇帝の臣下であって、貴族のひとつだ。
「当家がお付き合いしておりますいくつかのお家が、この夏はたびたびわたくしに接触してまいりました。頼みごとがあるようでございます。皇帝陛下、ユールセイン公からのお使いが頻繁にハリル様を訪ねていらっしゃいましたこと、耳の早い方々には知れ渡っております」
「まあ……!」
皇后へ贈るガラスペンのデザインについて、エカテリーナとアレクセイが不在の間は、ハリルが皇帝とガラス職人のレフとの間を仲介してくれていた。ユールセイン公からの注文の品についても、同様。
それが知れ渡っていて、うちと家格が釣り合うほどの有力貴族たちが接触しようとしてくるということはつまり、彼らが我先にとガラスペンを欲しがっている、ということ?
さすが両陛下と三大公爵家の一角ユールセイン公、すでに広告塔の効果はバッチリだ!
よーし、このあとハリルさんとお話しして、ガラス工房の件は私が担当に戻って頑張ろう。
プロジェクトなんちゃら、再始動だー!
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