第六話:試験本番
受験手続から三日が経過し、今日はいよいよ、冒険者登録試験の本番だ。
「……よし、いい感じだ」
昨日はいつもより早く床に就き、しっかりと睡眠を取ったから、体調は完璧。
これなら本番でも、全力を出し切れるだろう。
「それじゃ母さん、行ってくる!」
「あぁ、気を付けるんだよ!」
自宅の前に召喚しておいたワイバーンに乗り、
「おはよう。王都までお願いしてもいいかな?」
「ギャルル!」
一気に王都まで飛んでいった。
■
「……あっ、アルトー! こっちこっちー!」
前回同様、ステラとの待ち合わせ場所は、
「ごめん、ステラ。待たせちゃった?」
「ううん、私も今来たばかりよ」
「そっか、それはよかった」
無事に合流できたところで、試験会場である冒険者ギルドの本部へ向かう。
「ステラ、今日はありがとうな」
「えっと、何が……?」
「ほら、わざわざ付いて来てくれたことだよ」
今日は俺が試験を受ける日。
本来、ステラまで一緒に来る必要はなかったのだけれど……。
優しい彼女は、「応援に行くわ!」と言って、本部まで付いて来てくれたのだ。
「もう、そんなこと気にしないでよ。私とアルトの仲でしょ?」
ステラはピンと人差し指を立て、柔らかく微笑む。
ちなみに……本部で待ち合わせをせず、こうして一度別の場所に集まるのには、ちょっとした理由があった。
ステラは歴代最速で、『B級』に駆け上がった天才冒険者。
彼女がソロであることは有名な話であり、本部の中でボーッとしていると、他の冒険者からパーティに誘われてしまうらしい。
有名になったら、いろいろと大変なことがあるようだ。
その後、王都の道を右へ左へと進み、冒険者ギルドの本部に到着。
奥の受付で受験票を渡すと、すぐに会場へ案内された。
「アルトなら絶対に大丈夫! 頑張ってね!」
「あぁ、ありがとう」
ステラの心強い応援を背中に感じながら、本部二階の試験会場へ向かう。
会場の扉を開けるとそこには――屈強な『冒険者見習い』たちが、ズラリと立ち並んでいた。
(う、うわぁ……。みんな強そうだなぁ……っ)
冒険者学院を卒業した後、ほぼ全ての卒業生は、どこかのギルドに所属して冒険者見習いとなる。
そこで先輩冒険者の指導を受けながら、少しずつ実戦経験を積んでいき、確かな実力が付いたところで試験を受けるのだ。
ステラ・レックス・ルーンみたく、卒業してすぐに試験を受けて、そのまま一発合格なんてのは、全体から見ればごく一握りの存在である。
(ふぅー……っ。落ち着け、こういうときは、手のひらに『野菜』と書いて食べるんだ)
俺は目立たないよう会場の隅へ移動し、母さんに教えてもらったリラックス法を実践する。
緊張が渦巻く中、待つことおよそ五分。
奥の扉がガチャリと開かれ、試験委員の
彼女は正面の
「それではこれより、冒険者登録試験を始めたいと思います。その前に一点だけ、連絡事項がございます。――受験番号810番アルト・レイスさんは、この中にいらっしゃいますでしょうか?」
「あっ、はい。自分です」
「アルトさんは、別室での受験になるそうです。本部地下一階にある 『演習場』へ移動してください」
「……? わかりました」
何故俺だけ別室受験なのかわからないけれど、とりあえず言われた通りに地下の演習場へ移動。
するとそこには、一人の男性が立っていた。
「――君がアルト・レイスか?」
「は、はい」
「私は『宮廷召喚士』のヘムロス・ルクスス。本日、君の試験を担当する者だ」
ヘムロス・ルクスス。
男性にしては長めの
身長は175センチほど。年齢はおそらく三十手前ぐらいだろう。
真っ黒なサングラス・手足に巻いた独特なベルト・ところどころ破けたスーツ、ちょっと奇抜な格好をした人だ。
「ふむ……。(アルト・レイス、ラーゲン殿が言うには『危険分子』だそうだが……。この子は――
ヘムロスさんはジッとこちらを見つめた後、小さなため息をこぼした。
「えっと……?」
「いや失礼。さっ、それでは早速、試験を始めようか」
「その前に一つ、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「どうして俺だけ、別室での受験なんでしょうか?」
「それ、は……だな……。先日アルトが提出した受験願書。そこの役職欄に『召喚士』と記載されていたからだ。召喚士には専用の試験が用意されており、別室で受験してもらう決まりとなっている。そして今回はたまたま、召喚士の受験生が君だけだったのだ(本当はラーゲン殿の指示なのだが……。まぁ適当な作り話で誤魔化しておくとしよう)」
「なるほど、そういうことだったんですね」
召喚士は特殊な役職であるため、剣士や魔術師なんかと比べて、その絶対数がとても少ない。
今回の受験生の中で、召喚士が俺一人だったとしても、別におかしな話じゃない。
「さて、疑問も解消されたところで、試験を始めようか」
「お願いします」
「よし。今回の試験では、召喚魔術の『質』と『量』をテストする。この二つをクリアすれば、その場で合格にしてやってもいいぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ、男に二言はない」
ヘムロスさんは
「それではまず、『量』の試験から実施しよう。手順は簡単だ。消費魔力の少ない低級の召喚獣を呼び出し、そこに増殖術式を付与。その後は魔力の続く限り、呼び出した召喚獣を増やし続ける。――さぁ、やってみろ」
「はい!」
俺は手持ちの召喚獣の中で、最も消費魔力の少ないスライムを選び、そこへ増殖術式を加える。
「――増殖召喚・スライム」
一匹の青いスライムが飛び出し、
「「ぴゃぁ!」」
すぐさま二匹に分裂、
「「「「ぴゃぁああああ!」」」」
さらに四匹に分裂。
その数は、爆発的な速度で増えていく。
「ほぅ、百を越えたか……せ、千……? なっ、こ、これは……ッ!?」
俺の召喚したスライムは、瞬く間に数千・数万と増殖し、あっという間に『億』を超えた。
「す、ストップ……! 十分、もう十分だ……ッ!」
「あっ、はい。わかりました」
魔力の放出を止め、増殖術式を解除。
演習場を埋め尽くさんとしていたスライムは、一瞬にして消え去った。
「はぁはぁ……っ」
ポジション取りが悪く、スライムの軍勢に呑まれ掛けていたヘムロスさんは、四つん這いになって荒々しい息を吐く。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……問題ない。ときにアルト、あのまま増殖術式を解かなかった場合、最大でどれぐらいまで増やせるのだ?」
「そう、ですね……。多分、『兆』を超えて『
「な、なるほど……(ば、馬鹿な……っ。そんな規模の増殖召喚、聞いたこともないぞ!? ……だがしかし、この目で数億匹のスライムを見たのは紛れもない事実。それに、アルトが嘘をついているようにも見えない……。この少年、いったい何者なのだ!?)」
突然押し黙ってしまったヘムロスさん。
自分の口からはちょっと聞きにくいけれど、さっきの『結果』を聞いてみることにした。
「ところでその、『量』のテストの結果は、どうだったんでしょうか……?」
「……んま、まぁまぁというところだな……! 私が君ぐらいの頃は、もっとたくさん召喚できたんだが……。『最低ライン』は突破している、と言ってやってもいいだろう」
「やった! ありがとうございます!」
よかった。
これでひとまず『量』の課題はクリアだ。
「ふぅー……では次に召喚魔術の『質』を見ていこうか。(アルト・レイス、思っていたよりも遥かにできるな。依然として魔力は、弱々しいところを見るに……。おそらくは『魔力コントロール』に長けた術師なのだろう。ならばどうするか……答えは簡単! 消費魔力の高い召喚獣を呼び出させればいい! そうすれば、簡単にボロを出すだろう!)」
ヘムロスさんはパチンと指を鳴らし、頭上をビシッと指さした。
「優れた召喚士であるならば、多種多様な召喚獣を操れなければならない。例えば、遥か上空より敵勢力を監視するワイバーン!」
「おいで、ワイバーン」
「「「ギャルルルルー!」」」
せっかくなので、三匹ほど呼んでみた。
「も、モンスターは水中に潜んでいるかもしれないぞ? そういう場合には、強力な水の精霊が必要だ!」
「おいで、ウンディーネ」
「ヒュォルォ……!」
天より清らかな
「だ、ダンジョンには、灼熱のマグマ地帯がよく見られる! 巨大な岩窟人形は必要不可欠だ!」
「おいで、ゴーレム」
「ウ゛ゴゴゴゴゴ……!」
足元の大地を引き裂き、岩窟人形ゴーレムが現れた。
「~~ッ(召喚契約の難しいワイバーンが三匹、四大精霊の一つであるウンディーネ、魔力効率の悪いゴーレムの同時召喚。そのうえ全て詠唱破棄だと!?」
「あの……どうでしょうか?」
「ふ、ふむ……。まぁ、アレだ……悪くはないな」
「『質』と『量』のテストをクリアしたということは、つまり……!」
期待に胸を膨らませながら、問い掛けてみたのだが……。
「…………」
彼は長い長い沈黙の後、
「そ、それでは『最終試験』を始めよう……!」
「え……? 最終試験、ですか……?」
「あぁ、そうだ! 冒険者になりたければ、この私を――宮廷魔法士ヘムロス・ルクススを倒してからにするのだな!」
「『質』と『量』のテストさえクリアすれば合格だという話は……?」
「そんなのは知らん」
「さっき言っていた、『男に二言はない』というのは……?」
「それも知らん」
「……そうですか、わかりました」
正直、全然
試験官であるヘムロスさんが、
(少々腹立たしいが……もはや認めざるを得ん。ここにいるアルト・レイスという少年は、天才的な召喚士だ。単純な召喚技術においては、宮廷魔法士である私をも遥かに上回る。だがしかし……! 今の私にはラーゲン殿より賜った、あの『秘宝』がある……!)
彼は懐から、妖しい光を放つ結晶を取り出した。
(あれは……
封魔結晶。
任意の魔術を封じ、それを好きなタイミングで解放できるという、とても貴重な魔具だ。
しかも、結晶の色は『赤』。
相当高位の魔術が込められていると見て、間違いないだろう。
「それではこれより、最終試験を開始する! さぁ
封魔結晶が赤黒い光を放ち、莫大な魔力が吹き荒れ――
「こ、これは……!?」
「ふはははは、驚いたか!
確かにロクティスは、とても強力な召喚獣なのだが……。
一つだけ、致命的な弱点がある。
「おいで、オルグ」
俺の呼び掛けに応じて、
「……は!?」
ヘムロスさんがあんぐり口を開けると同時、ロクティスはすぐさま膝を突き、深く
「オルグ様。
「ホゥ、コレハ珍シイコトモアルモノダナ。――ドレ、一戦交エルカ?」
「滅相もございませぬ。どうして主に刃を向けることができましょうか」
ロクティスは
「――名も知らぬ召喚士よ。申し訳ないが、
彼はそれだけ言い残し、霧のように消えてしまう。
「……」
「……」
なんとも言えない沈黙。
「……最終試験、どうしますか?」
「――スゥー…………アルト・レイス、合格!」
「ありがとうございます!」
「うむ、素晴らしい召喚魔術だったぞ。これから先も、精進するといい(……ラーゲン殿。申し訳ないが、私ではこの化物の進撃を止められませんでした……)」
「はい!」
こうして無事に冒険者登録試験に合格した俺は、『D級冒険者アルト・レイス』としての人生をスタートさせるのだった。
■
アブーラ・シャルティ・バロックから絶縁宣言を受けた日から一夜明け、なんとか気力を取り戻したデズモンド。
彼はほとんど丸一日掛けて、中期成長計画の見直しを図り、午後六時を回った頃、ようやく一段落することできた。
「ふぅー……」
束の間の休息。
眠気覚ましのコーヒーをすすり、部下の運んできてくれた夕刊を広げ――言葉を失う。
「な、ななな……なんだ
『あの宮廷魔法士ヘムロス・ルクススが絶賛! 期待の新人冒険者アルト・レイス!』
デズモンドは泡を吹きながら、ヘムロスとインタビュアーの対談記事に目を通す。
ヘムロス「なんというか……一目見てピンときましたね。この少年には、
その内容はかなり一方的かつ
デズモンドにとって、問題はそこではない。
「何故、だ……っ。何故アルトが、試験に合格しているのだ……!? ラーゲンの奴め、しくじりおったのか!?」
怒りのままに受話器を取り、ダイヤルを回す手を――ピタリと止めた。
(お、落ち着け……。ギルドの一般回線を使っては、私とラーゲンの繋がりがバレてしまう……っ。ひとまず今は急いで帰り、自室の秘匿回線を使って、連絡を取るとしよう……!)
なんとか冷静さを取り戻した彼は、大急ぎで自宅へ向かい、すぐにラーゲンへ電話を掛けたのだが……。
「くそっ、何故出ない……!」
どれだけコールを鳴らしても、繋がることはなかった。
その後、苛立ちに満ちた長い夜を乗り越え――デズモンドはさらなる衝撃を受けることとなる。
「なん、だと……!?」
メイド長より手渡された朝刊。
そのヘッドラインを飾っていたのは、衝撃的な大事件だ。
『中央政府の高官ラーゲン・ツェフツェフ氏、緊急逮捕!』
「あのラーゲンが……何故……!?」
目を白黒とさせながら、記事に目を落とす。
『ラーゲン・ツェフツェフ氏の所有する口座に、不正な金銭の授受が見つかった。当局が調べた結果、一部の冒険者ギルドから、多額の献金を受けていたことが判明。これは冒険者ギルド法第七条三項に違反するものであり、
「ま、マズい……っ」
デズモンドの顔から、サッと血の気が引いていく。
今からおよそ十年前――貴族の庭園がまだ『D級ギルド』だった頃、デズモンドはラーゲンに多額の現金を支払い、『C級ギルド』に昇格させてもらったことがあったのだ。
(こ、このままでは、私まで捕まってしまうではないか……ッ)
視界が明滅し、平衡感覚が失われていく。
「く、そ……こうなったのも……全てアルトのせいだ! どうせ今回の件もまた、あいつが裏で糸を引いているに違いない……っ。何故だ。何故なんだ。どうしてただの農民風情が、ここまでの権力を持っているんだ……ッ」
実際のところ、アルトはまったく何もしていないのだが……。
そんなことは、デズモンドが知る
「とにかく、何か手を打たなければ……。このままでは、貴族の庭園が……いや、我がテイラー家が滅びてしまう……っ」
必死に解決策を模索していく中――脳裏をよぎったのは、アブーラ・シャルティ・バロックが去り際に残した『あの言葉』。
「アルト殿がいない
「アルト先生に誠心誠意の謝罪をし、その許しを得た場合にのみ、再考してあげてもよいでしょう」
「まずはアルトさんに詫びを入れろ。話はそれからだ」
この苦境から唯一逃れる手段。
それは――アルトに謝罪し、彼の許しを得ることだ。
「ぐっ、がっ……」
だが、デズモンドにとってそれは、死よりも苦しい選択である。
選ばれた高貴な血統『貴族』である自分が、卑しい農民生まれに頭を下げることなど、決して許されないのだ。
「しかし、このままでは……っ」
このままでは、テイラー家の破滅は不可避。
もしもそんなことになれば、自分は貴族ですらなくなってしまう。
「う、ぐっ、ぉ、ぉおおおおおおおお……!」
デズモンドは
■
冒険者登録試験に合格した俺は、すぐにステラと母さんに報告。
二人はまるで自分のことのように喜び、その晩はちょっとしたパーティが開かれ、とても楽しい時間を過ごした。
翌朝。
「アルトー。あなた宛てに手紙が届いているわよー?」
玄関口の方から、母さんの声が聞こえた。
「うん、わかった」
手紙か、誰からだろう?
机に置かれた封筒を手に取り、
「……っ」
そこにはなんと、『貴族の庭園・デズモンド・テイラー』と記されていた。
(デズモンドが、なんで……!?)
恐る恐る封を開け、その中身に目を通していく。
親愛なるアルトへ
とても大事な話がある。
大至急、貴族の庭園まで来てほしい。
デズモンド・テイラーより
次回デズモンド・テイラーへのざまぁ、完結編。
※大事なおはなし
目標の『日間1位』まで、後たったの約600ポイント……っ。
『評価』では1人10ポイントまで入れられるので、後ほんの一押しという状況です……。
しかし、ここからの伸びが本当に難しいんです……。
そこでみなさんに大切なお願いがあります。
『面白いかも!』
『続きを読みたい!』
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明日も頑張って更新します……!(今も死ぬ気で書いてます……っ!)
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