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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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ラティッチェの霊廟2

レッツ墓荒らし。ただし、墓守のエスコート付。



 腰に下げていた剣を地面に置き、膝をついて首を垂れる。

 墓守の青年は夜闇の中に溶け込むようなマントに黒衣と黒く染めた軽装の鎧を身に付けていた。

 戦える者なのだろうと、十分に察せられた――そして、実際に戦闘になったのは一度や二度ではないのだろう。直した形跡や細かい傷が武具に残っている。


「構わん。敵意がないというなら、案内しろ。……しかし黒いな」


「墓泥棒は夜が多いですからね。ランプの光が無ければ敵も姿を捕らえるにも一苦労です――それこそ、私たちのようなものでなければ」


 そういってブレスレットを取るとぴょこんとした三角耳を見せてきた。

 彼は獣人であり特に夜目の効く種族だという。

 一人のところで油断を誘い、圧倒的な身体能力でねじ伏せる。強化魔法を使わない限り力勝負で人間が勝つのは難しいだろう。

 水路にかかった石造りの橋にもぐりこむように案内されたのは、霊廟に直結する隠し通路だった。一見すると排水設備の点検通路にしか見えない。

 頑強で地味な鉄扉から続く薄暗く細い道。複雑な経路に、何重にもある鍵や仕掛け。

 道すがら墓守はしゃべり続けた。


「国やサンディス王家よりラティッチェ公爵に忠誠を誓っております故。

 奴隷制度がないとはいえ、獣人を見下し嫌う者は少なくありません。閣下は能力と忠誠さえ示せば、出自は問わない方でした。

 それに、どれほど救われたことか」


 魔力の高さを買われて引き取られたキシュタリアにも、その気持ちに理解ができた。

 安全な場所がなく今日のパンすら事欠く日々というのは、身心を摩耗させる。

 疎まれ、蔑まれ、化け物扱いされ――金で売り飛ばされた。実家に良い思い出はほとんどない。


(ま、そこで母様も僕も『魔王』に拾われて、『天使』に会えたんだけどね)


 グレイルは厳しい人だが、成果や成長を見せる人間は評価する。

 人より優れた感覚を持つ獣人に霊廟を守衛に採用するとは思い切った人事だ。グレイルらしいともいえる。


「閣下の葬儀は国葬ということもあり、我々は棺に近寄ることさえできませんでした。

 霊廟を開けて、閉めるだけ。閣下の棺をお納めしたという報告のみで、実際はその様子を確認することすら叶わず終わりました。

 ……その中に、分家らしき男が紛れておりました。私は鼻が利くので、勿論覚えております。

 月命日の時に暴れていた男です。たしかオーレン? いえ、オーエンという男です」


 キシュタリアは「やはりか」という気持ちがますます高まる。

 オーエン・フォン・マクシミリアン。アルベルティーナを脅している分家のマクシミリアン侯爵家の当主だ。

 靴音すら響く狭い通路。墓守の声は水路の靴音と水音に紛れ、傍にいるキシュタリア以外には聞こえないだろう。

 墓守は行き止まりの数メートル手前までいくと、たくさんの鍵のついたチェーンを取り出すと、鍵穴ではなく模様の様な凹凸に差し込んで回した。


(なんというか、陰険なくらい引っかけが多いな)


 副葬品に宝飾品も多くあるとはいえ、一人で忍び込もうと思わないで正解だった。

 ある程度の侵入者対策はしていあるだろうと想定していたが、ここまで来ると罠の見本市や伏魔殿ではなかろうか。


「こちらです、若様。段差がありますので、足元にはお気をつけて」


「ああ」


 キシュタリアを気遣いながらも、墓守は淀みない足取りで進む。

 キシュタリアの目には心許無いくらいのランプの光だが、獣人の彼には十分なのだろう。

 奈落にでも続きそうな深淵のような闇が下へ下へとつながっている。曲がりくねった階段を進む。水路に近いせいかひやりとした湿気を含んだ空気を感じる。

 引き戸を開けると、漸く広い場所へ着いた。

 そこは空気が違った。点々と輝く魔石の明かり。一つ一つが鳥籠を模した瀟洒で統一的なデザインになっている。

 目を凝らせば壁にあるタイル画、垂れ幕に双頭の黒鷲が堂々たる絢爛さで施されている。両手に剣と錫杖を持ち鋭い視線が勇猛さと叡智を示すようだった。

 ラティッチェ家の紋章だ。


「ここが霊廟……」


 中に来たのは初めてだった。

 ラティッチェの歴史と栄華を示すように荘厳な作りだ。

 薄暗い隠し通路の暗闇とは打って変わった白い大理石の床や壁。天鵞絨に金糸や銀糸を惜しみなく使ったタペストリーや旗が飾ってある。

 薄暗い中でもランプの明かりにきらきらと反射している。

 歴代の当主や夫人らが埋葬されているらしい墓石は年代ごとに並んでいるようだ。当主の墓石は大きく、夫人や子供たちらしきものは小さめだ。

 ラティッチェは万が一にでもアンデッドになどなれば不名誉なので、火葬を推奨されている。稀に家族の死が受け入れきれないものや、恨みを持ったものが遺体を暴いたという事例がある。

また、小集落の共同墓地などの管理が甘いところなどは死霊を扱う魔法の研究材料にするために暴いたという事例もある。稀に特殊な魔物の影響や瘴気によるアンデッドの発生もあった。


(父様の遺体は聖炎で焼かれる手はずになっている……いまはまだ、棺のままあるはず)


 奥に入っていくと、墓標に刻まれた年代がだんだんと今に近づいてくる。

 前当主はまだ亡くなっておらず、早くに当主をグレイルに譲った。前ラティッチェ公爵夫妻は遠くの鄙びた領地を治める形で安楽生活をしているらしい。

 キシュタリアは一度もあったことがないのだ。

 前当主はグレイルとは違う意味で浮世離れしているらしく、田舎暮らしを満喫しているらしい。誕生日プレゼントは姉弟分け隔てなく送られてくるので嫌われてはいないはずだ。

 かといって、迂闊に頼れるほど人となりを知るわけではない。

 靴音が静かに響く中、キシュタリアは自分の体が強張るのを感じた。

 頭の奥がガンガンと痛くなるような、胃の底がチリチリと炙られるような焦燥感が纏わりついて離れない。不愉快な胸騒ぎズクズクと燻り広がり、全身を覆い尽くそうとする気配がした。


「明かりを貸してくれ」


「はっ」


 短い返事と共に、ランプが渡される。

 霊廟についた明かりは、ここに眠る者達への為かささやかだ。霊廟自体は仄暗く闇が濃い。

 キシュタリアの目には不十分な明かりだ。

 逸る鼓動を胸の上から撫で、呼吸を整えて進む。

 絨毯の上に安置された、黒い棺があった。


『グレイル・フォン・ラティッチェ ここに眠る』


 グランドピアノを思わせるつるりとした滑らかな漆黒の上に、黄金でつづられた文字。

 それを見た瞬間、キシュタリアは自分の顔がぐしゃりと歪むのが分かった。


読んでいただきありがとうございます。

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