KOHKOH代表取締役社長のハヤカワ五味氏
  • 生理周期に合わせて必要な栄養素を摂取
  • 生理による身体の不調を「当たり前」にしない
  • 過去の反省を踏まえ、事業の間口は「広く」
  • フェムテックサービスが見落としがちな“収益性”も追求

「女性の健康問題をテクノロジーで解決する“フェムテック(FemTech)”領域に関しては、しっかり成果を出す起業家が出てこないと、次のフェーズの起業家たちがしんどくなってしまうと思うんです。だからこそ、趣味的なプロジェクトで終わってしまわないように、ビジネス的な視点を持って取り組むべきだと思っています」

2019年6月に生理から選択を考えるプロジェクト「ILLUMINATE(イルミネート)」を立ち上げたハヤカワ五味氏は、こう思いを口にする。

そのILLUMINATEから先日、生理周期に着目した飲み分け型サプリメント「TICKET supplement(以下、チケットサプリ)」が発売された。チケットサプリはILLUMINATEのLINE@に登録する1万人以上の“生理の悩み”に向き合って開発されたサプリメントだ。

生理周期に合わせて必要な栄養素を摂取

女性が経験する「生理周期」 画像提供:KOHKOH

生理は女性ホルモンの働きによって、生理期間や低体温期、高体温期といったように毎月さまざまなフェーズを迎える。チケットサプリはそれぞれの期間で必要な栄養素を摂取できるよう、6種類のサプリメントを生理期間に飲む「3 DAYS」と低体温期に飲む「11 DAYS」、毎日飲む「31 DAYS」という3つの個包装タイプになっているのが大きな特徴だ。

保存料や甘味料、 香料、カフェインは不使用。サプリメントの成分は学術論文に基づいて選別しており、薬を服用している人や、カフェインを避けたい妊娠中、授乳中の人でも安心して利用できるように飲み合わせに配慮した成分のみを使用。実際の開発に関しては、サプリの専門家や大手製造メーカーと共同で行っている。

チケットサプリで提供される6種類のサプリメント 画像提供:KOHKOH

今回、ハヤカワ氏はチケットサプリを開発するにあたり、新会社「KOHKOH(コーコー)」を2020年3月に設立。それに併せて、W venturesと有安伸宏氏と赤坂優氏が運営するエンジェルファンドのほか、複数のエンジェル投資家から約4000万円の資金調達を実施している。

もともと、ハヤカワ氏は2015年にウツワを設立。これまでランジェリーブランド「feast(フィースト)」など複数の課題解決型のアパレルブランドを展開してきた。

当初、ILLUMINATEは同社の試験的なプロジェクトとしてスタートしたが、冒頭でハヤカワ氏が語っていたように今後事業をスケールさせていくにあたって「外部から資金を集めた方がいいため、ウツワから切り離すべき」と判断。これまで自己資金で経営を続けていたハヤカワ氏だが、新たに会社を設立し資金調達を実施するに至った。今後、ILLUMINATEの運営はKOHKOHが行っていく。

生理による身体の不調を「当たり前」にしない

生理用品のブランドをつくりたい──アパレルブランドを展開してきたハヤカワ氏がそんな考えを持ち始めたのは、2019年に入ってからのこと。

そのきっかけは多摩美術大学の同級生の卒業制作にある。同級生がジェンダーレスな生理用品を制作し、製品化を考えていたタイミングでハヤカワ氏に連絡が届く。そこで実際に話をしたり、ヒアリングを進めたりしていく中で生理用品に対してネガティブな価値観が根付いていることを知る。18歳のときに会社を設立し、feastを立ち上げた経験からハヤカワ氏は「生理用品のブランドも作れる」と思い、生理用品づくりに取り組み始める。

しかし、現実はそう甘くなかった。さまざまな工場やブランドに連絡するものの、好意的な返事はなく、また製造するための設備費用も高額であることから自社での製造は断念。

その後、生理用品の輸入や既存企業との協業も考えたが、結果的に生理用品のセレクトショップという形でILLUMINATEはスタートを切り、2019年8月には期間限定でポップアップショップを開催した。

ポップアップショップの次は何をするか──さまざまなアイデアを考える中で、ハヤカワ氏は自身が通っていたジムのパーソナルトレーナーの言葉に気づきを得る。

「当時、朝起きれなくなったなと思っていたら、パーソナルトレーナーさんから『女性は生理があるから、鉄分を多めに摂らないといけない』と言われたんです。生理による身体の状態によって、必要な栄養の量が違うとは思っていませんでした」

「トレーナーさんの言葉をきっかけに、半信半疑で鉄分を多く摂るようにしたら、心と身体の調子がすごく良くなったんです。それを機に今まで『自分のせいだ』『自分はこういうタイプだから』と諦めていた身体の不調は、自分の身体を正しく知り、正しい栄養素を摂ることで解決できるかもしれないと思うようになりました」(ハヤカワ氏)

実際、こんなデータがある。日本医療政策機構が発表している「働く女性の健康増進調査」によれば、定期的に婦人科に通院している人の割合は全体で2割ほど。また通院しない人の理由のほとんどは「健康で必要がないため」だという。

ところが、ILLUMINATEのLINE@に登録している1万人以上の声を聞いてみると生理の不快感よりも、痛みなどの身体的な悩みや、イライラなどの精神的な悩みを抱えている人が多いことがわかった。またそうした悩みに対するアプローチのほとんどが「鎮痛剤の服用」という一時的な対処で、根本的な解決のために何が必要なのか多くの人がわからずにいる。

「婦人科の先生たちは『生理が生活に支障に来す場合は、まず婦人科にきてほしい』と言うくらい、生理は本来悩まなくていいことなんです。最近になって生理の症状に個人差があることは理解されてきましたが、それでも女性同士が生理の症状について話すことはありません。自分の生理の症状は重いのか、軽いのかも分からないため、結果的に“生理はみんなつらいもの”という認識になっていると思うんです」(ハヤカワ氏)

過去の反省を踏まえ、事業の間口は「広く」

そんな生理と生きる女性たちに、栄養の面から身体の不調に気づき、変化するきっかけを 提供したい──そんな思いから、チケットサプリは誕生した。

「私は幼少期の頃からお腹が弱くて、毎日のように腹痛を感じていました。ただ食生活を見直したり、乳酸菌飲料を飲んだりといった工夫によって、ほとんど腹痛はなくなったんです。そのときに今まで当たり前と思っていた身体の不調は改善できるんだ、と思いました。生理による不調は当たり前ではないですし、悩みがあるなら我慢せず周りに言っていい。身体の状態に合わせて、適切な栄養を取することで生理における悩みを解消する女性がひとりでも多く増えればいいな、と思っています」(ハヤカワ氏)

生理周期に着目した飲み分け型サプリメント「チケットサプリ」 画像提供:KOHKOH

ハヤカワ氏といえば前述の通り、feastをはじめ課題解決型のアパレルブランドを展開するなど“ものづくり”のバックグランドを持つ人物だ。生理用品市場では昨今、吸水ショーツなどを開発する企業も出てきているが、そういった事業は考えなかったのか。ハヤカワ氏はfeastでの経験を踏まえた上で、こう語る。

「feastはシンデレラバスト(Aカップ〜AAAカップ)専門のランジェリーブランドということで、サイズとデザインの両方でターゲットの間口が狭かったんです。今はもう少しデザイン性に幅を持たせて間口を広くしています」

「ただ、最初から間口を広くしておけばよかったなと思うので、今回は年齢も関係なく、ほとんどの女性が利用できるサプリメントにしました。私はフェムテック領域にあまり興味がない女性たちにもアプローチし、彼女たちの価値観を変えることで社会も変わっていく気がするので、その入り口としてサプリメントは良いと思ったんです」(ハヤカワ氏)

フェムテックサービスが見落としがちな“収益性”も追求

また、ハヤカワ氏によれば“収益性”も意識したという。「フェムテック領域はそこそこ良いものを作って、そこそこの人数届けばいいスタンスの企業がどうしても多くなってしまいやすい」とハヤカワ氏が語るように、フェムテック系のサービスは“収益性”よりも“社会的意義”を追い求めてしまうあまり、事業としての継続性を途中で失ってしまいやすい。

「だからこそ、フェムテック領域は商売好きの人が入った方がいいと思っています。サプリメントは継続利用してもらいやすい商品。LTV(顧客生涯価値)が高めに取れる見込みがそれなりにあるので、収益性も確保しやすいと思いました」(ハヤカワ氏)

画像提供:KOHKOH

ただ、サプリメントは“飲み忘れ”が続いてしまうことで、家にサプリメントが溜まっていってしまい、途中で解約に至るケースも少なくない。

それに対して、ハヤカワ氏は自分の体を大切にする、つまり“ご自愛”という考え方を取り入れることで、毎日飲む習慣をつけやすくしたと説明する。

「サプリメントは本来、自分の身体をケアするために飲むものなのですが、栄養素を手軽に摂れるようにするもの、と少しサボっているイメージを持たれている部分があります。ですから、サボりではなく“ご自愛”としてサプリメントを導入する体験は意識して作りました」

「特に参考にしたのが(株式会社結わえるが販売する)『寝かせ玄米』というレトルトパックです。レトルトなので『ラクをしている』という感覚はあるのですが、身体に良いものを食べているのでご自愛の文脈になっている。これはすごく絶妙なラインをついているな、と思いました」(ハヤカワ氏)

チケットサプリの外箱 画像提供:KOHKOH

また、ハヤカワ氏はチケットサプリの“外箱”にもこだわり「いかにインテリアの小物として映えるかどうか、を意識しました」と語る。

「今の時代はデジタルでいかに“面”を取るかを意識する傾向が強いと思うのですが、個人的には物理的に“面”をとることも重要だと思っています。例えば、家に外箱だけ残っていれば永遠にインプレッションを獲得できるので、解約されたとしても再度購入してもらえる可能性が高くなります。今後いかにブランドを覚えてもらうは重要になると思っているので、アクセサリー入れとして箱だけでも使えるものにしました。結局、購入から利用まで含めてすべての体験や、どこにコストをかければ投資対効果が最も高くなるかを考えるのは一番得意な領域なので、すごく工夫しています」(ハヤカワ氏)

チケットサプリは8月頭に公式LINEを通じて先行発売を開始したものの、先行発売分は瞬く間に完売。当初200個の販売想定だったが、すでに350個を販売しており、最終的には8月のみで500〜600個の販売を見込んでいるという。今回の販売におけるCS(カスタマーサポート)とユーザーからのフィードバックを得て改善を重ね、11月には製品をアップグレードさせながら安定的な在庫の確保も目指すほか、第二弾、第三弾の製品開発も行っていく。

「今後はユーザー体験を高める方向にすべてのリソースを割けたらいいな、と思っています。D2Cブランドってグロースハック(InstagramなどSNSマーケティングの投資対効果を高めていく)の文脈で語られがちじゃないですか。その点において私はモノづくりのバックグラウンドがあるので、いかにモノとしてのクオリティを上げるか、いかに体験を良くするか。そこを差別化のポイントとして、心地よく継続してもらうために今後も製品のクオリティとユーザー体験を高めていきます」(ハヤカワ氏)