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新型コロナウイルスのワクチン不足と、“お粗末な予約サイト”という米国の惨状

米国では新型コロナウイルスのワクチン接種が進められているが、ワクチン不足が社会問題になっている。しかも、お粗末なつくりの接種予約サイトが全米各地の自治体によって乱立していることで、さらなるカオス状態に陥ってしまっている。いったいなぜなのか──。『WIRED』US版エディター・アット・ラージ(編集主幹)のスティーヴン・レヴィによる考察。

Opinion

わたしは年をとった。少なくとも、新型コロナウイルスで死亡するリスクを緩和すべく、ワクチンの接種を受けるに値する高齢者なのだ。

そこで当然ながら、ワクチンを接種してもらおうと考えた。加入している医療保険の病院からは、すでに何度もメールを受け取っている。「こちらに電話しないでください。わたくしどもから連絡いたします」といった内容だ。

そこでインターネットで検索して、わたしが住んでいるニューヨークのワクチン接種予約サイトを探した。この街は世界で最も裕福であか抜けた大都会として知られている。ところが、そこで目にしたものは、新型コロナウイルスの大流行に勝るとも劣らない惨状だった。

予約できない予約サイト

まず、ワクチンの接種を予約するには、接種の資格があることを証明しなくてはならなかった。60項目近くの質問に答え、健康保険証の表と裏の写真を撮って画像をアップロードし、ようやく接種してもらえる会場をひとつ選ぶことになる。

こうした予約サイトのなかには、もっと詳細な健康データについて回答しないと登録できないところもあった。この長い前段階をクリアして、ようやく接種可能な日付を示す数カ月分のカレンダーにたどり着くのである。

カレンダーで示された日付をひとつクリックすると、「この日は予約できません」と表示される。別の日付をクリックしても同じメッセージ。そのまた別の日付をクリックしても同じメッセージ。3カ月分のカレンダーがあるが、どの日付も接種できないと表示された。

そこで別の予約サイトに行ってみたが、そこでも同じことを最初から入力しなければならない。そして最後まで行ってやっとわかったことは、このサイトでも接種の予約ができないということだった。

ニューヨーク州のウェブサイトはここまでひどくなかったが、自宅の住所から半径200マイル(約320km)の範囲にある地区すべてをチェックするはめになった。ところが、それでもダメで振り出しに戻されてしまう。「順番待ちリスト」という概念は、宿敵たる州知事や市長の頭には存在しないようだ。

なお、ニューヨーク市保険局広報担当のヴィクトリア・マーリーノによると、ワクチンを接種する機関がいくつもあることから、複数回に及ぶ情報の入力は「必要な患者の情報を確実に入手するため」だという。いずれにしても、ワクチンがあるかどうか最初に言ってくれればいいのではないだろうか?

不要なストレスの背景

こうした経験をするはめになるのは、ニューヨーク州だけではない。ほかの多くの州でも似たような問題で人々が苦労している。スワイプやクリックだけで何でもインターネットで入手できる2021年において、どういうわけか何百万もの米国人が、まさに自分の命を守る手段への“接続”すらままならないのだ。

どうしてこうなってしまったのだろうか? 関係各所からの情報によると、ワクチン接種の予約サイトが不要なストレスの原因になっている背景が見えてきた。

州政府や市町村は、どうやら連邦政府がワクチン接種についてガイドラインを与えてくれるものと思い込んでいたようだ。ところが、連邦政府はこの問題において“戦線離脱”していることから、州政府が独自に解決しなくてはならなくなった。

疲労困憊となった地方政府には、最高のウェブサイトをつくる時間もリソースもなかった。それに、構築されたサイトはユーザー体験を最適化するどころか、規制の遵守が目的のようである。そのうえ、ワクチンの供給量が予想外に少なく接種適格者の人数に満たなかったことから、最悪の事態となったわけだ。

「実際のところ、大量の書式に記入しなくてはならなくなったのです」と、自治体のデジタル化を支援する非営利団体「US Digital Response」共同創設者のライアン・パンチャドサラムは言う。「でも現実に直面して、事前の段どりなど吹っ飛んでしまいました。これまでユーザーの使い勝手やワクチンの流通に関して、大規模な訓練が実施されたことはなかったのです」

この状況は、同じく頓挫したオバマ政権下での“オバマケア”こと「医療保険制度改革法(Affordable Care Act)」の登録サイトを思い起こさせる。このときのウェブサイトは、パンチャドサラムが救済に手を貸していた。もっとも、今回解決すべき緊急事態は、ひとつのウェブサイトだけではない。郡レヴェルでの何千ものウェブサイトの“炎上”である。

独自の解決策を打ち出したカリフォルニア州

カリフォルニア州では問題解決に向けた動きが始まっている。

連邦政府による統合サイトの構築計画がないことが明らかになった昨年、人口が最も多いカリフォルニア州では州全体にわたる計画も頓挫してしまった。こうして58の郡と3つの市町村が、独自に解決策を模索するしかなくなったのである。そして、ワクチン接種の対象者が増えた2021年1月、とうとうカオス状態に陥った。

「カリフォルニア州の人々は、何時間も画面を見つめたり電話をかけたりしてワクチン接種の予約をとろうとしたが、どれも無駄に終わった」と、地元紙『サンディエゴ・タイムズ』の記事に書かれている。「オンラインプラットフォームのなかにはアクセス増大による負荷がかかりすぎて、何時間にもわたって接続不能に陥ったところもあった」

結局のところ、まともな情報は州からではなく、オンライン決済会社Stripeの元エンジニアから提供されることになった。薬局や病院など何百ものワクチン提供機関に電話して収集した情報を使うことで、クラウドソーシングによるワクチン情報サイトを構築したのである。

この時点でギャヴィン・ニューサム州知事は、中央に集約したシンプルなソリューションというコンセプトにはたと気づいた。そして、カリフォルニア州の最高情報責任者(CIO)のエイミー・トンは、チーフストラテジストのジャスティン・コハン=シャピロと協力して、新たなチームを編成したのである。

新しいチームは、医療保険制度改革法法の登録サイト「Healthcare.gov」の問題解決のときと同じく、使命感をもった15人のエンジニアとデザイナーを中心につくられた。さらに別の州の職員だけでなく、セールスフォースやSkeduloといった企業の社員たちを支援に迎えていた。

こうして「MyTurn」という名のウェブサイトが立ち上がり、カリフォルニア州の住民たちがワクチンの情報を素早く入手できるようになった。MyTurnはまだ試験運用の段階だが、現在はサンディエゴやロサンジェルスの住民がワクチン接種を予約できる。最終的には州全体に拡大する予定だ。

成功の秘訣は「常識」だったのだと、コハン=シャピロは言う。「人々が考えているであろう論理的な質問を予想し、手に入る最小限の情報に基づいて、必要とされることを答えたのです」

「MyTurn」の構築には、どのくらいの時間を必要としたのだろうか? 答えは「9日間」である。たったの9日間だ。

この事実は、元のサイトが引き起こした大混乱による苦痛やネットへの憎悪が、まったく必要ないものだったことを示す決定的な証拠だろう。

なぜ事前にきちんと準備できなかったのか

確かにこの1年というもの、州や郡、市町村といった地方政府は、相当なストレスに晒され続けてきた。とはいえ、ワクチンが提供されることは何カ月も前からわかっていたことだし、ワクチンの需要が供給量をはるかに上回る時期があることもわかっていたはずである。それなのに、なぜきちんとしたサイトを構築するより先に、最悪なサイトをつくらざるを得なかったのだろうか。

ちなみにわたしが住んでいるニューヨークでは、あの悲惨なウェブサイトを、州や市町村が見事なサイトに差し替えたわけではない。だが、当局の名誉のために言っておくと、長々とフォームへの記入を強制してから、ようやく「予約はできません」と表示されるようなことはなくなった。

いまニューヨーク市のワクチン接種予約サイトを訪れると、真っ先に「現時点で接種できるワクチンはありません」と表示される。そこでメールアドレスを登録すると、予約できるようになった時点で通知が来るようになる。とはいえ、その枠を誰よりも先に確保できればの話だ。おかげでいまは数分ごとにメールをチェックして、かかりつけの病院に予約の枠ができていないか確かめるようにしている。


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2020年12月、日本オラクルの社長に就任した三澤智光は「Be a TRUSTED TECHNOLOGY ADVISOR」という新たなるヴィジョンを掲げた。

「ITベンダーの多くはお客さまに『寄り添う』と表現するんです。けれども、わたしたちはITやテクノロジーの専門家ですから、当然ながらお客さまよりその点では優れていなければならない。だからこそ、同じ目線ではなくアドヴァイザーとして導くことで、信頼を獲得できると思うんです」

社会を支えるインフラという視点からも「信頼」は欠かせないものだ。オラクルのテクノロジーは、携帯電話会社や、証券取引所における取引の仕組み、銀行のインターネットバンキングなどで活用されており、「日本で携帯電話を契約しようとすれば、オラクルのテクノロジーを必ず利用していることになります。これは社会基盤と言えますよね」と三澤は語る。

「社会基盤の領域で社会に貢献する」ことは、三澤個人にとっても重要な点だという。三澤は日本オラクルを2016年に退社後、日本IBMに転職。4年ぶりに復帰し、社長に就任している。社会基盤を広く支えているというレヴェルで社会に貢献できる外資ITベンダーはIBMかオラクルしかないことが、復帰の理由だったという。

また、セキュリティという意味での信頼も重要になってくる。9,700社以上が利用している財務会計・人事のパッケージを提供するスーパーストリーム社からは「顧客データがフル暗号化されるクラウドサーヴィスはオラクルだけ」と言われたという。強固なデータ・セキュリティに関する数十年にもわたる実績をもとに、高度なセキュリティを備えたクラウドサーヴィスを提供している。

テクノロジーの専門家というポジション、社会を支えるクラウドサーヴィスにおいてのセキュリティという観点からも「信頼」が重要なキーワードとなっている。

三澤智光 | TOSHIMITSU MISAWA
1987年、富士通に入社。95年、日本オラクルに入社。専務執行役員テクノロジー製品事業統括本部長、副社長執行役員データベース事業統括、執行役副社長クラウド・テクノロジー事業統括などを歴任。2016年、日本IBMに入社、取締役専務執行役員IBM クラウド事業本部長などを務める。20年10月にオラクル・コーポレーションのシニア・バイスプレジデント、同12月に日本オラクル執行役社長に就任。

アフターデジタルに向かう、最初の一歩

三澤は社長就任の記者会見で、「お客さまとともにデータドリヴンなデジタル・トランスフォーメーション(DX)を実現したい」と表明している。日本オラクルは、自社のサービスを使ってDXを行ない、これによって得られた知見やノウハウを製品やサービスに反映し、顧客に還元していく。この自らのDXを行なっているのが「Oracle@Oracle」というプロジェクトだ。Oracle@Oracleのメインテーマは、クラウドを活用したデータドリヴンなDXである。ビジネス環境のさまざまな変化に迅速に追随するために、オンプレミスからクラウドへの移行、オラクル社内の各種情報のシングルデータモデル化、AIを活用した業務の自動化などに取り組んでいる。

その成果として、契約書の電子化率が8%から92%へ、契約書の社判捺印を1,500件から2件に、四半期決算発表にかかった期間が昨年より3日間短縮され16日間となった。「東証一部上場企業である日本オラクルが実践したことは、お客さまの経営層の方々にすごく響いています」と三澤は語り、これらのOracle@Oracleの成果を多くの顧客に届けていくという。

意外にも、このようなバックオフィスの効率化が、デジタルがもたらす社会変革の第一歩になると、三澤は考える。

「『アフターデジタル』で言われるような、デジタルがわたしたちの日常を飲み込んでいく世界はすごく理解できますし、文化論的にも面白いと思うんです。ただ、それを現実のものとするには、データの統合であったり、バックオフィスのDXであったり、そういったことが当たり前のように実現できる世界でなければなりませんよね」

『アフターデジタル』や「ミラーワールド」といった未来像に近づく“基盤”をつくるためにも、日本オラクルではシングルデータモデルによるプロセスの効率化と最適化、AIによる自動化、オープンテクノロジーによる拡張、クラウドによるコスト削減というメリットを活かし、顧客のDXを支援していく。

近未来のクラウドは「機械学習」と「UX」が重要に

『WIRED』US版の創刊エグゼクティヴエディターを務めたケヴィン・ケリーは「AIは電気のように日常を流れる存在になる」と語った。高度に発展したテクノロジーが日常生活に溶け込み、アンビエンスな佇まいを獲得するとすれば、クラウドの未来はどのようなものだろうか? 三澤はオラクル創業者で、会長兼チーフテクノロジーオフィサー(CTO)ラリー・エリソンの言葉を引きつつ、その未来像を語る。

「ラリー・エリソンは『クラウドによってITは公共インフラのようになり、その複雑さはユーザーに感知されず、電気や水道のようなものになっている』と語ったことがあります。SaaSのようなアーキテクチャを軸にデータの統合、統合されたデータを活用した機械学習による業務の自動化によって、その未来は近づいてくるでしょう」

オラクルは「Oracle Autonomous Database」を提供している。AIで自己稼働・自己保護・自己修復する自律型のデータベースだ。企業はデータベースの維持や管理にかかる労力やコスト、セキュリティのリスクを削ることができる。しかし、チューニングやメンテナンス、バックアップ、パッチを当てるといった各業務はまだ完全には自動化できておらず、未だ人手を必要とするものだ。自動化や自律型のデータベースによって、人が携わる業務は変化していく。

「いままで人がやらなければならなかった業務が自動化されれば、そのノウハウをもった方はより付加価値の高い仕事ができるようになる。データベースの自動化や自律化というものは、人が関わる仕事の領域も変化させます」

次世代のクラウドにおいて、機械学習とともに重要なキーワードとして挙げているのが「UX」だ。日常生活のなかでチャットボットによるインターフェイスは浸透しているものの、それが業務アプリケーションにおいてもスタンダードとなり、新たなユーザー体験をもたらす未来を三澤は構想する。

「いままでは業務アプリケーションにおいても特別なインターフェイスが用意されていました。しかし、現在のAIの進化を考えれば、たとえば経費精算においても領収書を写真で撮ってアップロードするだけといったような、ユーザーの手間がかからず、日常に浸透しているチャットボットが主流になっていくと思うんです」

身近な課題をテクノロジーで解く

クラウドの進化の傍ら、日本オラクルが進めているのが社会課題を解くためのクラウドの活用だ。たとえば、NTT西日本、ジョージ・アンド・ショーン社とともに認知症の前段階である軽度認知障害の検知エンジンを開発し、認知症患者数の増加を抑制するためにオラクルのクラウドを活用していく計画だ。

「テクノロジーはいかにして社会課題の解決に貢献できるのか、を示していきたいんです。認知症はとても身近なものですから、そういった課題に対してテクノロジーができることを示すという点でもユースケースとして優れていると思うんです」

大企業からスタートアップまで顧客を拡げ、ときには社会課題の解決のために次世代クラウドを活用している日本オラクル。社会課題解決や社会インフラのデジタル・トランスフォーメーションに貢献した先で、日本オラクルが見据える未来を次のように話してくれた。

「いまトランザクション処理の限界やバッチ処理というものがなくならないのは、トランザクションが発生するたびにREDOに書き込みが行なわれるからです。もしこれがなくなれば、たとえばスマートフォンが製造されてから顧客の手元に届くまでの合計のバッチ処理が短縮され、それに伴いサプライチェーンも短縮されますから、ビジネスモデルが大きく変革されるはず。そうすると、製品を発売するサイクルや使用するチャネルの最適化といった観点からも変化が起きますよね。オラクル自身がイノヴェイションを起こすというよりも、わたしたちはテクノロジーが世の中を変えていく一助になれればと思っているんです」

[ 日本オラクル ]