地上最強のモバイルバッテリー
とある大会社の社長室に、新製品のモバイルバッテリーの開発部長がやってきた。
「失礼します」
「入り給え。今日は画期的なモバイルバッテリーが出来たと聞いたが、本当なのか? 正直モバイルバッテリーなどどれも似たようなものだと思っていたが」
「ええ、我が社が開発したモバイルバッテリーは陳腐な表現ですがまさに最強と言ってよいでしょう。もはや敵うものはありませんよ」
「どうすごいのかね」
「端的に言えば非常に大容量です」
「君、そんな製品はいくらでも溢れているよ。それだけではとても他社に対して優位性を持てるとは思えないが」
「ええ、世間では10,000
「そうだ。スマートフォンの普及に従って年々大容量化して価格も下がっている。なかなか利益が出せる製品は作れないものだ……」
「その通りです。そんななかで5万mAhや10万mAhの製品を出しても優位性は打ち出せません。現にそういった製品はすでにいくつか出ています」
「厳しい状勢だ」
「ですが、我々は画期的な製品を開発しなければなりませんでした。そこで我々は他社が出来ない製品を出すために、さらにその十倍の100万mAhの製品を検討しました」
「ふむ。それはなかなか画期的だな。そこまでいけばなかなか他社はついてこまい」
「ただ問題がありまして、現実的な価格で調達できる最良のリチウムイオン電池を使っても重量20kgを超えるのです」
「それは持ち運べないだろう。企画自体が失敗ではないか」
「いえ、そこで我が部署きっての切れ者の田淵が解決策を見つけました」
「どうしたのかね?」
「持つのが大変なら地面の上を転がせばいいということで車輪をつけたのです」
「こ、今度の新製品は車輪がつくのかね!? な、なるほど、ある意味理には叶っている。しかし段差では困るのではないのか?」
「実はそれが問題になりまして、キャタピラで一度解決しそうになったのですが、急な坂ですとやはり女性には厳しいようです」
「20kgともなればそれはそうだろう」
「いえ、30kgです」
「待て、なぜ10kgも増えているのかね!?」
「駅の平均的な階段に対応するために大口径の車輪とキャタピラをつけると台座と合わせて10kgぐらいになるんですよ。これでもだいぶ軽量化を検討した結果です」
「やはり企画倒れだったか。残念だが……」
「いえ、ご安心下さい。また田淵が解決策を見つけまして、モーターアシストにすることで解決できました」
「自走式!? モバイルバッテリーにモーターまで付くのかね!?」
「ええ、モーターで強力にアシストすることで軽く引っ張るだけでどんな段差でも楽々です」
「な、なるほど、コストが心配だが、たしかにそれならば非力な女性でも持ち運べるな」
「そしてモーターアシストすることでさらに重量を増やすことが可能になりまして、検討の結果、容量1000万mAh、総重量280kgのモバイルバッテリーが完成しました」
「280kg!? き、君たちのそれを本当に作ったのかね!?」
「ええ、試作ですがね。しかし実証実験を行うといろいろ問題が見つかりました」
「むしろ問題が見つからないほうがおかしいと思うのは気のせいかね」
「まず、電車での移動となりますと混雑時に人によくぶつかるのです」
「待ち給え。君たちは混雑した駅までそのモーターが付いたキャタピラ付きの280kgの台座を引っ張って行ったのかね?」
「ええ、なかなか大変でした。いくらモーターアシスト付きでもなかなかな重労働でした」
「作る前にわからないかね?」
「そして300kg近くありますから、人にぶつかると命に関わります。実証実験中も何度か動きの遅いお年寄りの方が巻き込まれそうになりました」
「大問題じゃないか。モバイルバッテリーに轢かれるなんて洒落になってないぞ」
「それから、レジャーで登山に持って行く場合を想定して山道を登ってみましたがそこでも問題が見つかってしまいました」
「本当に山まで持って行ったのかね!? そもそも登山でそんな巨大なバッテリーを持っていく人間が居ると思うのかね、君は」
「山道には想定以上の段差や急激な方向転換があり、駆動能力が足らずに何度も立ち往生してしまったのです。それからすれ違いにも課題がありましたね」
「もうその製品はやめたほうがいいと思うがね……」
「さらに車での移動となりますと、あまりに重くて持てないものですから車に積み込めないのです。一度、バッテリーが自分で車に乗り込めるように多脚式にする案が出たのですが、多脚式の製品の実例がないものですからあまりにハードルが高くて……」
「多脚式のモバイルバッテリー?……君たちは一体何を作ろうとしているのかね」
「ここで暗礁に乗り上げかけたのですが、また田淵が解決策を提示しました」
「もうなにが来ようとも驚かんよ」
「田淵の提案でモバイルバッテリーを完全に車両にすることにしました。車に積み込めないならば自分で車の後をついてくればいいのです」
「今度のモバイルバッテリーは車道を走るのかね……」
「しかし車道を走ることになると、高速道路の走行も考えないといけないので、実力として時速120kmくらいはでないといけません。我々だけではとても実現できません。そこで自動車メーカーと協力して専用の車体を設計することになりました」
「だから、君たちは一体何を作っているのかね!?」
「ただ、モバイルバッテリーの使用用途を考えますとやはり山や海といった不整地な場所でも移動できないといけません。ただの車輪では限界があるので、我が国の戦車を開発している三○重工業とも協力し、高速走行が可能なキャタピラ車を開発しました」
「なにかね、君たちは戦車でも作るつもりかね!?」
「最終的には似たような物になりました」
「な、なにぃ!?」
「最初は比較的軽量なキャタピラ車だったのですが、田淵がその構成ならもっとバッテリーを載せられると提案しまして」
「誰かその男を止めろっ!」
「最終的には一億mAh、バッテリーだけで2トンを超え、総重量3.8トンの車両になりました。砲塔はありませんが、見た目はほぼ戦車です」
「ほ、本当にそんなものを作ったのかね!?」
「ええ、御覧ください。この窓から見える駐車場に止まっています」
「うおおおっ!? じょ、冗談じゃなかったのかね!? まさか本当だとは思ってなかったぞ!? ど、どこがモバイルバッテリーだ!?」
「そうでしょう。これまでのモバイルバッテリー概念を打ち破る画期的な製品です」
「か、画期的すぎるぞ! だ、だれがあんなものを買うと思っている!?」
「いえ、社長、何事も発売してみなければわかりませんよ。すでに月産1万台規模の生産ラインの準備を始めています」
「私はそんな許可を出した覚えはないぞ!?」
「社長、善は急げというではありませんか」
「わ、我が社を潰す気か!? あ、あんなものどうするのだ!?」
「いくら社長でもそのお言葉はどうかと思いますね。あのバッテリーはナビソフトとGPSを搭載しているので、スマホアプリのワンタップで自動でルート検索して所有者の元へ駆けつけるのですよ? 所有者が電車で移動している時は近くの道路を並走してついてくることも出来ます。こんな便利な機能を搭載しているバッテリーに対してあんなものとはなんです」
「な、なに!? 勝手に走るのか?」
「ええ、最近実用化の研究が進んでいる自動運転技術をいち早く採用しました。所有者が大阪にいようが東京にいようが道路を走ってたどり着きます。不整地対応ですから、所有者が山林に居ようと海水浴で海辺に居ようとも必ずたどり着きます。想像してみてください。スキーのゲレンデでスマートフォンのバッテリーが切れそうなときに雪をかき分けて疾走してくるモバイルバッテリーの勇姿を。感動的でしょう! 他のスキー客たちが驚くに違いありませんよ」
「私だって驚く!! なんでそんなものを作ってしまったんだ!?」
「更に想像してみてください。このモバイルバッテリーが山道を駆ける姿を! 砂浜を駆ける姿を! 震災が起ころうとも瓦礫の山を乗り越えて所有者の元へ駆けつける姿を!」
「君たちは本当に何を作っているんだ!?」
「もちろんモバイルバッテリーですよ」
「そういうことを聞きたいんじゃない!! 製品として問題がありすぎるだろう!?」
「おっと、そこに気が付きましたか。そうです。道路を走るということは渋滞に影響されてしまうのです。スマホの電池が切れそうになる前に余裕を持って呼んでおかないといけないのが欠点です」
「違う!! だから、そもそも道路を走るモバイルバッテリーなどありえないと言っているんだ!」
「ええ、ですから、渋滞の影響を受けないヘリコプターのようなモバイルバッテリーも検討したのですが、ホバリングの電力消費が桁外れで実用にならないのですよ。やはり車輪しかありません」
「そういう意味ではない! そもそもこんなもの、バッテリーとして実用にならんだろ!?」
「ご安心下さい。USBポートは128ポート搭載していますので、充電機器が多い場合も安心です」
「違う、違う、違あぁぁう!!! だから、トラックや自動車に混じって道路を走るモバイルバッテリーがおかしいと言っているんだ!」
「ああ、高速道路を心配されていますか? 大丈夫です。三○重工業も『140kmまで大丈夫』と太鼓判を押しています。ETCにも対応していますから料金所も問題なく通過できます」
「そうじゃない! 君の頭のなかにはなにが詰まっているのかね!?」
「社長、その発言は許されないと思います。ああ、充電を心配されていますか? 普通に家庭用コンセントや電気自動車の充電ステーションで充電できますよ?」
「そういう話ではない!! これのどこがモバイルバッテリーだ!?」
「社長、モバイルとは移動性の事です。自走するバッテリーはこれまでにない移動性を備えた究極のモバイルバッテリーと言えます」
「…………」
「なにか他に問題がありますか?」
「…………そもそも、あれは……いくらなんだ?」
「ご安心下さい。我々もだいぶ努力しました。努力のかいがあり、なんとか10億の壁を突破できました。定価は9億8千万円の予定です」
「うがぁぁぁぁっ!!」
社長は泡を吐いた。
その後のこの会社の運命は、神のみぞ知る。
この開発部の実行力、(間違った方向に)凄い。
※比較しやすいように全て「mAh」で統一していますが、ここまで大きくなると普通は「Ah」や「kAh」を使うと思います。この話ではどうでもいいことですけど。
続編の「地上最強のスマートフォン」もどうぞ。