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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

旅立ち

作者:唯乃なない

「皆さん、おはよう。今日も元気ですか?」


 先生が僕たちに笑いながら話しかける。


「はーーい!」


 僕たちは元気よく返事をする。

 僕たちは先生が大好きだ。

 先生は僕達と違ってロボットらしいけど、さわると柔らかくて、優しくて、いつも僕達のことを心配してくれる。


 ここの世界は狭いけど毎日楽しい日々を送っている。

 外の世界の子供は勉強という大変なことをしないといけないらしいけど、僕達にそんなものはない。

 好きなだけ駆け回って好きなだけ遊んで食べればいい。

 食堂には栄養豊富で美味しい食事が並んでいる。


 だけど、優しい先生も体型にはうるさい。

 痩せても駄目で太っても駄目。

 食べすぎて体重をオーバーするとものすごく怒られるんだ。


「今日は大切なお知らせがあります。明日、皆さんの中の一人が外の世界に旅立つことになりました。みんなでお祝いしましょう」


 先生が厳かに言うと、僕たちは歓声を上げた。

 僕たちは外の世界に出ることは出来ないけれど、時々先生が神様からの言葉を受け取って、僕たちのうちの誰かを旅に出すのだ。


 僕たちは外の世界のことをほとんど知らない。

 先生もあまり教えてくれない。

 でも、とても素晴らしいものだと先生は言う。


「先生それは誰なんですか?」


 女の子が先生に聞くと、先生はにこりと笑って僕を指さした。


「男の子の117です」


 それは僕の番号だった。


「やったー!」


 明日僕は外の世界にいけるのだ。

 外の世界に行くのは少し怖いけれど、でもとても楽しみだ。

 その日はみんな僕をお祝いしてくれて、僕もずっとニコニコしていてとても幸せだった。





 翌日、僕は扉の前に立った。


「いってきます!」


 不安と希望を胸いっぱいにして、みんなに手を振った。

 みんなも大きく手を振って僕を見送った。

 先生もニコニコしながら手を振っている。


 扉が開くと、僕は大きく息を吸って一歩足を踏み出した。


 扉を越えると、白衣の男の人が二人待っていた。


「117です。よろしくお願いします」


 僕は先生に言われたとおりに、二人に頭を下げた。

 この人達が僕を外の世界に案内してくれるんだって。


 しかし、二人の男の人の反応は鈍かった。

 一人はかすかに頷いただけで、もう一人は嫌そうな顔をしている。

 外の世界の人ってこんな風なのだろうか。

 それならやっぱり村に戻ったほうがいいんじゃないかな。

 僕は膨らんでくる不安を押さえつけて、先生に言われた通りに次の言葉を言った。


「さぁ、早く椅子に座らせてください。僕は早く外の世界に行きたいんです!」


 すると、一人の男の人は小さく頷き、僕の手を引いて歩き出した。

 もう一人の男の人はまた嫌そうな顔をした。


 手を引かれて、赤いランプや黄色い看板がたくさんついた扉をくぐると、大きな椅子があった。


「ここに座るんだ」


「はい!」


 僕は元気よく返事をして、椅子に座った。


 これが『乗り物』なのかな?


 外の世界には『乗り物』というものがあって、それに乗ると座っているだけで遠くに行けるらしい。

 でも、部屋の中に一つ大きな椅子があるだけ。

 僕が想像していた乗り物とはちょっと違う。


「じっとしているんだぞ」


 男の人が、僕の手に金属の輪をはめて、同じように足や太ももにも金属の輪をはめた。

 僕はまったく動けなくなった。

 乗り物に乗っているときは動いちゃ駄目なのかな。


 男の人はたくさんのボタンが付いた機械を覗き込み、何かを見たりボタンを押したりしていた。


「よし、やるぞ」


 男の人が、嫌そうな顔をしている男の人に言った。


「本当にやるんですか?」


「当たり前だろ。これが仕事だ。まぁ、最初はなれないが、そのうちなんとも思わなくなる」


「とても、そうとは思えませんが」


「操作を教えてやる。こっちに来い」


 二人の男の人は画面を覗き込んだ。


「これがバイタルだ。アレを座らせると、表示されるようになる。まぁ、すでに血液検査なども済ませてあるから、実際ここで問題になることはほとんど無い。そうしたら、このボタンを押す」


 僕の首のあたりに小さな痛みを感じた。


「イタッ」


「これだけだ。あとは勝手に麻酔が注入され、しばらくしてから脳を破壊するための薬剤が投入される。まぁ、アレを見てるのはきついからな。ボタンを押したら、部屋の外で待っていていいぜ。規則上はずっと監視しないといけないんだが、別に問題ない」


 僕はなぜか猛烈な眠気に襲われていた。

 よく寝てきたはずなのに、おかしいな。


 朦朧としながらも、二人の声が響いてきた。


「はぁ……しかし、臓器なんて人工培養でいいのに、なんだってわざわざクローンなんか育てているんでしょうか」


「入社の時に説明を受けなかったのか? 培養臓器は安価だが稀に移植後に機能異常を起こすことがあるんだ。その点、実際に人間の中で動いていた臓器ならその心配はないってことだ。健康に不安がある金持ちなら間違いなくこちらを選ぶ」


「しかし、いいんでしょうか。クローンとは言え、人間じゃないですか」


「いや、移植で拒絶反応が出ない範囲でわずかながら遺伝子に操作を加えてある。法律的には、こいつは人間じゃなくて、実験動物だ」


「そういうものですか。あ、画面の色が変わりましたね」


「あぁ、意識レベルが下がったということだ。ここで脳破壊用の薬剤が自動で投入される」


 僕の意識が黒く塗りつぶされていく。


「ところで、どの臓器が移植されるんですか?」


「肝臓だ。それ以外は焼却処分だと」


 その日、たしかに僕は外の世界に旅立った。


 ただし、肝臓だけ。


前にうっかり作ってしまった悪趣味なショートショート。

成仏させるためにここに投稿します。

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