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居酒屋のバイトのおっさん(57)が前世で俺のメイドだったと言い出した件

作者:唯乃なない

「エルマー様、お久しぶりでございます! 前世であなた様のメイドをしていたカタリーナでございます!」


 ここは居酒屋。

 さきほど、会社の先輩と一緒にビールを注文したところだ。

 そして、生ビールを持ってきた店員のおっさんは、俺の顔を見て突然そう叫んだのだった。


「は……?」


 俺は先輩との会話を中断して、あっけにとられた。


「エルマー様、まさかお忘れではありませんか!? カタリーナでございます!」


 しらん。

 こんなおっさんはしらん。


 そのおっさんは、髪の毛は薄くなっており、ひげは濃く、やたら脂ぎっている。

 年齢で言えば50才は超えているだろう。

 そのおっさんが、店の制服を着たまま、俺を熱心に見つめてくる。


「いや……あの……ひ、人違いじゃないですかね?」


 ここはいつもよく来る飲み屋で、いつもはかわいい女の子がバイトしている。

 先輩と一緒に「今日はあの女の子が居なくて残念だなぁ」なんて愚痴を言っていたところだ。


 それは仕方ない。

 しかし、なんでこんな頭のおかしいおっさんとかち合うのか。


「いえ、人違いではございません! カタリーナでございます!」


 俺はどうしていいか分からずに向かいの先輩に視線を向けた。

 2年先輩で入社の時からお世話になっている先輩だ。


 その先輩は先ほど飲み込んだ水を吹き出してしまって、お手拭きで机を拭いているところだった。


「せ、先輩、変な人が……」


「す、すげぇ破壊力だったな。冗談好きな店員にも何度もあったが、これほどの破壊力は初めてだ」


 先輩がお手拭きをたたんで、そのおっさん店員に向き直った。


「おいおい、新卒ペーペーの世間慣れしてない真面目野郎にその冗談はきつすぎるぜ」


 と、おっさん店員をたしなめる。


「いいえ、冗談などではありません! 火事に巻き込まれた死の瀬戸際で、来世でも結ばれようと誓い合ったではありませんか!」


 おっさん店員がビールを机に投げ出すように置いてから、すごい勢いで俺に迫ってきた。


 な、なんで俺がこんな目に!?


「お前……まさか、このおっさんと知り合いか?」


 先輩が変な目を俺に向けた。


「バカを言わないでください! 知りませんよ、こんな人!」


 とにかく俺はこんな人は知らない。


「こっち注文をお願いしまーす!」


 離れた席で声が上がった。


「エルマー様、後でお話をしましょう」


 おっさん店員が声の上がった方に小走りで走って行った。


「な……なんなんだ?」


 あっけにとられていると、先輩も顔をしかめた。


「冗談だと思ったが……本気で頭おかしいのかもしれないな」


「じょ、冗談じゃないですよ。なんで俺がこんな目に遭わないといけないんですか!?」


「おい、ちょっといいかな?」


 先輩が歩いてきた若い店員に声をかけた。


「はい、なんでしょう?」


 若い店員が足を止めて、先輩に向き合った。


「あの、おっさん、なんか変なことを言っていったんだが……なんだあいつ?」


「ああ、あの人ですか? 昨日からバイトに入った人ですよ」


 と、若い店員は普通に答えた。


「あれか? ちょっと精神に問題がある人なのか?」


 先輩が少し聞きにくそうに聞くと、若い店員は首をかしげた。


「いえ……? 僕が話した限りでは普通の人っぽかったですけど。ただ、なにか人を探して接客業を転々としているとは聞いていますが……」


「そうか。悪かったな」


 若い店員はそのまま行ってしまった。


「どこが普通の人……?」


 俺がつぶやくと、先輩は首をかしげた。


「なんだ一体……? まぁ、今度来たら俺が対応してやるよ」


 そんなことを言ってやると、注文を取り終えたらしいさっきのおっさんがまたやってきた。


「あぁ、エルマー様、ついについにお目にかかれてうれしゅうございます! あなた様を探して何十年駆け回ったことか! まさか私よりずっと後に転生したとは思いも寄りませんでした!」


 うわ、また来た。


「いや、し、知らないから! 俺はエルマーとかいう人じゃないから! 先輩、お願いします!」


「ふっひゃっはっはっ! あーおもしれー。会社の飲み会でいいネタになるぜぇ!」


「先輩!」


「分かった分かった。おい、店員さん、あんたなんとかの生まれ変わりだって? 証拠を見せてもらおうじゃないかよ」


 先輩がおっさん店員に啖呵を切る。


「ええ、エルマー様のことならなんでも知っております。背中のあざから首の後ろのほくろまで」


 話をしながらおっさん店員が俺に熱烈な視線を送ってきて、激しく気持ち悪い。


「いや、ありませんよ、ほら」


 俺は仕方なく、首元を先輩に向けた。


「ほくろ……別に目立ったほくろは無いな」


 先輩が俺の首元を見てつぶやく。


「もちろんそれは前世のエルマー様のことでございます! エルマー様、思い出してくださいませ! 私とあなたの熱い日々を!」


 おっさん店員が熱く語る。


 知らない。

 絶対に知らない。


 考えたくもない。


「前世がなんだか知らないけど、絶対に人違いです!」


 俺が断言すると、おっさん店員はひるんだ。


「なんと記憶が戻っていないのですか。しかし、私はエルマー様が前世の記憶を思い出すまで諦めません!」


 おっさん店員が拳を握りしめる。


「おいおい……冗談きっついなぁ」


 先輩が席を立ち上がった。


「おい、帰るぞ。こんなところで酒が飲めるか」


「あ、待ってください!」


 おっさん店員を残して、俺と先輩は逃げるように店を出た。


「さて、どこで飲み直す。まずい酒になっちまったな。もうあそこには行かない方がいいぜ」


「絶対に行きません」


 俺はうんざりした声を出した。


 一体何なんだ。

 今日は厄日なのだろうか。

 人生最悪の日だ。


 先輩と一緒に通りを歩いていると、後ろからさっきのおっさん店員が仕事の格好をしたまま追いかけてきた。


「エルマー様! 行かないでください! ご主人様ーー!!」


「げぇ!?」


「逃げるぞ!」


 先輩と一緒に駆け出そうとすると、突然横から派手な格好をしたおばあさんが突進してきた。


「エルマー様! まさかこんなところでお会いできるとは! あたしゃ、メイドのクリスティーヌだよ! 私と寝た日のことをお忘れかい!」


「し、知りませんよ!」


 こんなおばあさんと寝た記憶は一切無い。


 先輩はすでに先に行ってしまっている。


「し、失礼します!」


 おばあさんを押しのけて、駆けだそうとした。


 すると、今度は杖を突いて歩いていたよぼよぼのおじいさんが俺を見て、くわっと目をむいた。


「おお、エルマー様! メイドのレオノーラでございます! 奴隷として売り飛ばされそうな所を救って頂いた思い、今生になっても忘れておりません!」


 と、おじいさんがありえない速度で近寄ってきて、俺の手を握った。


「はぁ!?」


「あんた、レオノーラかい! レオノーラ、前世の時はよくも貧相な身体でエルマー様を誘惑したわね! エルマー様は子供や貧相な身体にはご興味が無いのよ! 私のような年上の出るところが出た色気のある女が好みなのよ!」


 俺の後ろからおばあさんが大声を出す。


 い、色気?

 どこに?


「お、おい、どうなって……」


 通りを歩いていた塾帰りと思われる4,5人の小学生の中の、赤いランドセルを背負った女の子がこちらを見た。


「レオノーラ? エルマー?」


 そして、その女の子はハッと表情を変えて、ランドセルを投げ捨てて俺の所まで走ってきた。


「はぁ……はぁ……エ、エルマー様! お忘れですか、私はメイドのルイーゼでございます! 栗毛色の髪が綺麗だと褒めて頂いてご寵愛頂いていたルイーゼでございます! こんなところでお会いできるとは!」


 小学生の女の子がキラキラした目で俺を見る。


 栗毛色? どうみても黒髪だ。


「ちょ、ちょっと待って! 小学生まで!? 俺が警察に捕まるから止めて!」


「ルイーゼ!? あんた、私より年上だったでしょ、なんでそんなに若いのよ!」


 おじいさんが杖を振り上げて小学生に怒鳴る。


「知りませんよ。前世の行いじゃ無いですか。レオノーラさんはエルマー様のいないところでエルマー様の下着の匂いを嗅いだりしていたからですよ」


「なにをぉ!」


 もうなんだこれは。


 おっさん店員、ケバいおばあさん、よぼよぼのおじいさん、小学生の女の子の4人が大げんかを始める。


「なんだなんだ?」

「痴話げんかか?」


 通りを歩いているサラリーマン、主婦、学生がどんどんと集まってくる。


「おいおいおい! もう勘弁してくれーーー!!」


 俺が悲鳴を上げる。


 ピピピッ


 ホイッスルの音と共に警察官が走ってくる。


「喧嘩は止めなさい!」


「うわ、やば!」


 逃げようとしたが、人だかりで逃げることができない。


 警察官は4人の横で呆然と突っ立っている俺めがけて走り寄ってきた。


「お、俺は関係ありません!」


「そんなことはないでしょう。一体何があったんですか?」


 駆け寄ってきた警察官は冷たい視線を俺に向けてきた。


「だから……信じてもらえないと思いますが……」


「説明をしないと現行犯逮捕しますよ」


 え、俺何もしてないけど。

 喧嘩しているのは俺じゃない。


「ならば説明しますが……信じられないと思いますよ」


「いいから説明してください」


「この4人が……前世で俺のメイドだったとか、意味の分からないことを言い出して、喧嘩を始めたのです」


 すると、警察官は目をパチパチと瞬きした。


「ははぁ……なるほど、前世のお知り合いなのですね」


「知り合いじゃありませんよ! メイドとか知りませんよ!」


「いやいや、そんなことはないでしょう」


「なんでです?」


 尋ねると、警察官ははゆっくりと言った。


「だって、言うじゃないか」


「何を言うというのです」


「“冥土にも知る人” どんなところに行っても、知り合いに会うものですよ」







冥土にも知る人: あの世でも知り合いに会うように、どんなところへ行っても知り合いに会うものだと言うこと。

→メイドにも知る人


『異次元の酷さ』と『落語風』を両立してみました。

よければ評価をお願いします。



○補足

現在、おかしな長編を書いているのですが、ずっと同じ作品を書いていると結構疲れるんです。

なので、息抜きにこんな作品を書いてみました。


ちなみに、「男子大学生がチート無しでTS転生して、正体を隠してメイドとして働き始める。そしたら、雇い主にかわいい女の子だと思われて惚れられて困る。そして、正体を明かしたら、同僚のメイド達に興味を持たれて群がってきて困る」というおかしい作品です。

TS要素に興味があるor多人数から熱烈なアタックを受けたい方はそちらの長編作品もどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n4836fz/


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