社長が馬鹿すぎて俺の部下が毎日「会社辞めたい」という件
「会社辞めたいです」
出勤してきた俺の部下、佐藤が早速弱音を吐いた。
「ああ、そうか……」
もはや恒例行事になっており、一応上司である俺はさらっと流した。
「辞めてもいいですか?」
「いや、頼むから辞めないでくれ」
「はぁ、そうですか……」
これもいつもの流れである。
佐藤は自分の席に座って、PCをチェックし始める。
「あ、またあのキワモノ充電器が売れてる。あんなものよく買うな……」
佐藤がブツブツ言いながら、部屋の隅の棚へ荷物を取りに行く。
そう、我が社のメイン事業は中国の卸サイトから変なグッズを買ってきて、Am○zonなどに出品して販売する事業だ。
最近、Am○zonの商品検索結果がパチモノであふれかえっていると批判されているが、うちの会社はまさにそれをやっている。
田舎の面積だけは広いオフィスフロアを借りて、倉庫兼事務所として運用している。
「はぁ……」
佐藤がため息を吐きながらも、印刷したリストを見ながら効率よく梱包していく。
基本的には、俺と佐藤の二人で中国への注文・梱包・発送をこなしている。
ものすごく忙しいときには他のバイトを雇うこともあるが、本当にたまにだ。
ちなみに社長はいつもどこかに出かけていて、めったに顔を合わせることは無い。
「あー……もっといい職場無いですかねぇ……」
佐藤がうんざりした口調で言う。
「あれば俺だって転職するさ。こんな田舎に会社もいくらも無いしな……。一応、駅の方に有名会社の支社もあるが、俺もお前もたいした学歴じゃないし経歴的にまぁ無理だな」
「ですよねぇ……」
佐藤が梱包し終わった荷物に宛先シールをペタペタ貼って、チェックリストにチェックを入れていく。
「俺とお前も、社長と同じ中学出身だからっていう、謎な理由で採用されただけだしな……」
「あの社長、大丈夫なんですか?」
佐藤がすでに20回目ぐらいになる疑問を俺にぶつける。
「さぁ……。でも30回に一度くらい大当たりをつかむからな。外れの29回がめちゃくちゃつらいけどな」
俺は数々の頭痛が痛くなる出来事を思い出していた。
いや、もう思い出さない。
◇
翌日、会社に出勤してくると、俺の机の上に段ボールが置かれていた。
「ん?」
嫌な予感がして、段ボールを開けてみる。
「な、なんだこりゃ……?」
中には金色のコインが山のように入っていた。
コインには大きな『B』のマークが入っている。
これはなにかで見たことがある。
仮想通貨のビットコインのマークだ。
しかし、見るからに安物で、金色の塗装をしてあるだけのおもちゃだ。
「ん……?」
嫌な予感がして、メールを開くと、案の定、社長からのメールが入っていた。
『中国すげぇ! ビットコインが相場よりめちゃくちゃ安く買えたぜ! これで大もうけしようぜ!』
「は……?」
メールとおもちゃのコインの山を交互に見た。
ビットコインは当然仮想のものであり、実際のコインではない。
このおもちゃのコインは、ただのジョークグッズだ。
「お、おい、まさか……!?」
振り返ると、積み上がる段ボール。
メールの続きを見ると、
『1枚たった226円! 現金預金を叩いて10万枚買ったぜ!』
という絶望的なメッセージが書かれている。
「なぜその値段で本物が買えると思う……!?」
1ビットコインは一回暴落したとは言え、100万円を超えているはずだ。
それが226円で買えるとなぜ思ったのか。
目眩がしたところで、佐藤が出社してきた。
「おはようございまーす……会社辞めたいですねぇ」
「あぁそうか……」
「辞めてもいいですか?」
「いや、頼むから辞めないでくれ。それより、佐藤、社長がまたやりやがった」
「え、当たりの方ですか?」
「外れの方に決まってるだろ!」
ビットコインのおもちゃ10万枚、原価2260万円。
中国のガジェット類を転売して稼いでいる零細企業にとっては致命的な金額だ。
ってか、あの馬鹿社長、いつのまにそんなに現金預金を貯めてやがった!?
「畜生。やばいぞ……あの社長にこれがおもちゃだって説明して……いや、そんなこと手遅れだ」
うちがいつも使っている中国の卸サイトは、基本的に不良品以外の返品・返金はできない。
だいたいにおいて、うちの社長は物品を受け取る前に「受領」ボタンを押して取引を勝手に完了してしまう奴だ。
すでに取引は完了して支払いは実施されてしまっているだろう。
なんとかこのビットコインのおもちゃ10万枚を金にしないことには、俺たちに未来は無い。
「おい、佐藤! いますぐこのコインをAm○zonに出品するんだ!」
「もうしてますよ。でも、うち経由では1枚も売れていませんよ」
「なに……!?」
「仕方ない……奥の手だ」
「またですかぁ!? この前の怪しげな開運グッズと同じ流れですか!?」
佐藤が悲鳴を上げる。
「仕方ねぇ! 背に腹は代えられん!」
◇
「ビットコイン! ビットコインだよ!」
俺は近所の小さなスーパーマーケットの一角で声を張り上げていた。
このスーパーにはイベント設営スペースがあり、そこを社長のコネで格安で借りれるのだ。
佐藤は死にそうな顔をしてコインの山を見つめている。
「おい、何してる! お前も声を上げろ!」
「いや、絶対売れませんって。それに発送作業はいいんですか?」
「大丈夫だ。あの手の商品は出荷が遅いのが普通だ。発送が一週間や二週間遅れたってかまわん! そんなことより、とにかくこのビットコインをさばくんだ!」
しかし、買い物客はイベント設営スペースを遠回りするように通り過ぎていき、結局全く売れなかった。
「仕方ない……あそこに行くか」
「あそこですか……?」
佐藤が苦い顔をした。
◇
「ほら、話題の仮想通貨! ビットコインですよ! なんと1枚500円! 10枚セットで4500円だ!」
俺と佐藤は近所のご老人達が集っている喫茶店で店を広げていた。
前回、社長が謎の開運グッズを500セット仕入れたときも同じことをした。
なぜか社長は近隣の老人方の間で有名人で、ついでのように俺と佐藤もいつの間にか有名になっていた。
老人方が集まる場所で店を広げると、なんだかんだと人が集まってくる。
「どうです、山田さん! お孫さんのおもちゃに! 今なら値上がりも期待できますよ!」
「そうさねぇ」
「どうです、木内さん! 不動産に投資しているって言うじゃないですか、どうですかこのビットコインにも一口!」
「うーん」
顔見知りのおじいちゃんおばあちゃん、知らない顔のご老人方、とにかく片っ端から勧めていく。
「前の開運グッズならまだしも、これがビットコインって詐欺じゃないですか……」
佐藤がこそこそっとつぶやく。
「何十万もする詐欺商品を売っているわけじゃ無い。まとめて買ってもたかだか数千円のおもちゃだ……」
そう自分に言い聞かせて良心の呵責を抑え込みながら売り続ける。
一通り売り切ったところで、喫茶店のマスターの山下さんが近寄ってきた。
「ははは……ビットコインね」
山下さんが金色のコインをひっくり返して苦笑いをした。
あきらかに山下さんはこれが偽物だと分かっている。
「はぁ……前の開運グッズと同じかい。しかたない、焼け石に水だろうけど、10枚セット買ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます! ほんとすんません!」
俺は直角90度でお辞儀をする。
隣の佐藤もお辞儀をしている。
「でも、ほどほどにしときなさいな」
山下さんが手の上でコインを弄びながら言った。
「その言葉、社長にお願いします!」
「あの人はねぇ……
山下さんが遠い目をした。
その後、市内と近隣市町村の老人が集まるところに行って売りさばいた。
当然のこと、すべては売り切れず、かなりの損失は出た。
しかし、俺と佐藤の努力により、なんとかギリギリで耐えきったのであった。
その後、佐藤との「会社辞めたいです」「辞めないでくれ。俺が死んでしまう」という受け答えをしながら地道に仕事をこなし、なんとか損失を穴埋めすることができたのであった。
◇
それからしばらくしたある日、会社に出勤してくると、またしても机の上に段ボールが置かれていた。
慌てずに段ボールを開梱する。
中には一杯の「きゅうり」。
ふりかえると、同じような段ボールが積み重なっていた。
慌てずにPCを立ち上げて、メールを開く。
『昨日、市内と隣の町の店を回ってあるだけきゅうりをかき集めてきたぜ! これで、カッパをおびき寄せて動物園に売ろうぜ!』
俺は天を仰いだ。
「おはようございます……会社辞めたいなぁ」
出勤してきた佐藤がいつものように弱音を吐いた。
俺は無言できゅうりの山を見つめ続けた。
「あれ、止めないんですか?」
佐藤が意外そうな顔で俺を見た。
「あぁ……俺、この会社辞めることにしたよ」