第五十九話:『勇者のカツラ(頭装備)』
「メリー・クリスマス」
『貴方の世界を観測する限りではそのようですね』
※投稿日的に年末だけど、書き始めがクリスマスイブなのでセーフ。
「女神空間にはクリスマスがないと」
『女神は企業戦略の波に飲み込まれる存在ではありませんから』
「でも七面鳥二匹目ですよね」
『出された料理は食べますよ。味が良ければですが』
「つまり美味しいということですね。ありがとうございます」
『しかしいつも用意している食事の量と比べると随分と多いようですが』
「実は紅鮭師匠や田中さんを誘ってみたんですよ」
『なるほど。家主の断りなく誘ったことについては後々粛清するとして、結局誰一人来ていないようですが』
「まず田中さんですが、恋人が一人でクリスマスを迎えているかもしれないと考えると気が乗らないとのことで断られました」
『田中の考えそうなことですね』
「次に謎の女R、奇しくも田中さんと同じ理由でしたね。流行っているんですかね、この断り文句」
※四十七話、五十六話参照。田中さんの恋人、追っかけ転生者。
『貴方がサンタにならなかったことを惜しいと思うべきなのか、良かったと喜ぶべきなのか悩ましいところです』
「紅鮭師匠は既に魚介系転生者のクリスマスパーティーに呼ばれてしまっていて、申し訳無さそうに断られました」
『むしろそのパーティにちょっと顔を出してみたい』
「山田は異世界転生してカップルに魔法を打ち込むんだって、断られました」
『昔の貴方のようなことをしていますね』
※第五話参照。
「左太郎に至っては既に転生済みでした」
『冷静に考えると貴方の知り合いのほとんどが転生待ちで、クリスマスに暇を持て余しているのがおかしい話なのですよね』
「異世界転移した友人とかも誘おうかなと思いましたけど、転移者には触れないようにと女神様に言われてますし」
『せめて日常パートで誘うように』
「仕方ないので俺と女神様の幸せそうなクリスマスパーティーの様子をSNSにでも投稿しましょうよ」
※主人公はSNS禁止されています。
『嫌です。そもそもフォロワーが一人もいないアカウントで呟くことに何の意味があるのかと』
「え、五十七人ほどいますよ、フォロワー」
『そんな馬鹿な。本当だ』
※本当にいます。2019年クリスマス現在。
「田中さんがフォローしたのが原因ですかね」
『ミュルポッヘチョクチョンとしか呟いていないアカウントなのに、何が楽しくてフォローしているのやら』
「ミュルポッヘチョクチョンも結構呟かれていますからね」
※おかげさまでTwi○terでミュルポッヘチョクチョンを検索するとたっぷりのミュルポッヘチョクチョンにまみれております。
『謎の信仰にしか見えませんね。まあ投稿はしません』
「やっぱり本当に楽しいことは二人の秘密にしたいと」
『あいにくと貴方は今から異世界転生ですがね』
「あれ、異世界転生ゲージが急に増えてる」
『さっき冗談で灯油を流し込んだら増えましたよ。原理は不明ですが』
「俺のストーブ機能が裏目に出ましたか」
『この空間内にいる時くらい、もう少し人間らしい発言を心がけたらどうでしょうかね』
「仕方ない。クリスマスパーティーの続きは帰ってからにしましょうか」
『コンビニにいく感覚で異世界転生してますけど、早くても数年単位ですからね』
「それではこちらクリスマスバージョンのガチャです」
『無駄に取り付けられた装飾が眩しい。まあ押しますか、ぽちっと』
「お、これは高レア演出」
『装飾の光が眩しすぎてガチャ演出が見えないのですが』
「おっさんより、『勇者のカツラ(頭装備)』ですね」
『どこのおっさんですか』
「いえ、『おっ』さんです。可愛く言えばおっちゃんです」
『結局ミドル臭しかしない』
「しかし勇者のカツラですか。わざわざ頭装備と制限を設けてきますか」
『カツラはそもそも頭にしか装備しないものなのですがね』
「基本的にはファッションを意識する場合はウィッグ、単純に見た目を変えるのが目的の場合はカツラと呼ぶそうですね」
『後は男性が使う場合はカツラで、女性が使う場合はウィッグと呼ぶ判断基準があったりするそうです。男女差をなくそうとする昨今ではあまり気にしても仕方ないですね』
「思えばまともな装備品って珍しいですよね」
『カツラをまともと言うのもおかしいですが、比較的まともですね』
「うーん、あんまり奇をてらったカツラにしてもなぁ」
『分かっているようでなによりです』
「まあ結果で奇をてらうとします」
『分かってないようでげんなりです』
◇
『むう……誘うだけで土下座されてしまっては、誘えるものも誘えませんね』
「ただ今戻りました。ちょうどクリスマスの日に帰って来れたようですね」
『おかえりなさい。空間的に時差が生じるはずなのに調整したかのように帰ってきますね』
「ちなみに誰かを誘おうとしていたのですか?」
『ええまあ、適当な女神でも誘ってクリスマスパーティーでも開こうと思ったのですが、声を掛けるだけで命乞いをされてしまいました』
「多少無愛想ではありますけど、女神様ってそこまでとっつきにくい感じはしないんですけどね」
『そうですね。不快にさせられた相手は基本神でも消滅させますが、常識的な範疇だとは思いますよ』
「リスポンできない神様からすれば恐怖以外の何者でもないですね」
『大人しく友人を作るところから頑張るとしましょう。それで、勇者のカツラでしたか』
「はい。勇者フラッシュスという男のカツラに転生してきましたね」
『眩しそうな頭をしていそうな勇者ですね』
「こちら写真です」
『特に普通の金髪ヘアスタイルですね。これは装備済みでしょうか』
「いえ、俺を装着する前の姿ですね」
『おや、てっきりカツラが必要な人物かと思ったのですが』
「こちらが装備時のフラッシュスです」
『髪の長さが伸びていますね。というより女性に見えますが』
「はい。フラッシュスは女装癖のある勇者でして」
『カツラで意外性を見せる前に勇者で見せてきましたか』
「そう意外な話でもないですよ。フラッシュスは魔物や悪人が女子供相手には油断することを理解した上で、女装を活かしていましたからね」
『まあそうですね。勇者として現れるより、見た目麗しい女性の方が脅威には見えませんからね』
「なりきり具合もしっかりしていて、風呂に入る時以外は常に女装していたレベルです」
『それはただの女装癖なだけでは』
「毎日鏡の前で奥ゆかしい仕草の練習は欠かしていませんでしたね」
『Vtuber適性高そうですね』
「やってたことは似たような感じですがね」
『ふむ、説明を』
「フラッシュスは勇者としてそれなりの強さはありましたが、一人で世界の情勢を覆せるほどの力はありませんでした。なので勇者として世界を救うためには、世界の人々の協力が不可欠だったのです」
『勇者が最強というイメージは多いですが、一人で完結するような強さであることは少ないですからね』
「ですがいくら腕っぷしが強くても、ぽっと出の若造の言葉なんかに人々の心が動かされることはなかったのです」
『勇者をぽっと出の若造扱いというのもどうかと思いますが』
「そこでフラッシュスは考えました。人々を導くのは勇者ではない、偶像たるアイドルであると」
『ギリギリ理解できる範囲ですね』
「だから女装してアイドルになろうと」
『ギリギリ理解できない範囲ですね』
「世界平和のためとは言え、自分の目的の為に女性を利用することに引け目を感じていたそうです」
『それで女装してアイドルになるというのも、なにか違う気がしますね』
「あとちょっとナルシスト入ってましたから」
『そこが主な理由の気がしますね』
「しかし見た目こそ良い感じではありましたが、プロデュース経験のある俺からすれば今ひとつでしたね」
『そういえば魔王をアイドルデビューとかさせていましたね』
※第三十話参照。
「なので俺がフラッシュスを女の子にするために一肌脱ぐことにしました」
『脱ぐ存在ではありますが、あまり上手くはない』
「フラッシュスは突然カツラが話しかけてきたことに驚き、俺を脱ごうとしましたがそうはさせません」
『脱ぐくらいさせてあげても良いのでは。呪いのカツラというのは聞いたことがありますね』
「いえ、物理的にフラッシュスの髪をこう、ガシっと握り締めて離さなかっただけです」
『半端に外せそうで外せないのが嫌がらせにしか感じない』
「ブチブチと頑張ってはいましたが、フラッシュスは髪が大事だと途中で諦めましたね」
『ちぎれてるちぎれてる』
「俺は言いました。今のお前では世界中の人々の心は動かせない、せいぜいが五割程度だと」
『既に過半数』
「国の王女達よりも美人だと有名ではありましたからね」
『世界が多数決で動いているのであれば、既に目的は達成しているような』
「フラッシュスもそこは意識高い系ナルシストでしたので、もっと支持率を得ようと話を聞く姿勢を見せましたね」
『世界平和のためという一番の目的を忘れてしまっている気がしますね』
「やはり綺麗なだけではインパクトがありません。外見の良さだけでは万人受けすることはないのです」
『熱弁を振るうのは結構ですが、私を見る目が無駄に強くなっているのが腹ただしい』
「いやほら、女神様ってとても綺麗なのに友達いないじゃないですか」
『具体的に説明しなくて結構』
「理不尽な力で両肩が脱臼した。いや、これは関節が砕け散っている……」
『その通りですが痛がらずに冷静に分析していることが逆にホラー感ありますね』
「この程度でしたらオリーブオイルでも詰めて、忍術で適度に操作すれば……っと。ほら」
『ホラーですね。話を戻してどうぞ』
「ええと、外見だけではやはり万人受けは無理だから、他に芸を身につけて支持率を上げようということにしました。やはり音楽の力は偉大ですからね」
『アイドルですしね。歌や踊りは必要になるでしょう』
「なので俺のドラムマスターとしての技術を叩き込んでやりましたよ」
『チョイスに悪意しか感じられない』
「人の心に響かせるにはドラムが最適解かなと」
『確かに一番響くでしょうよ。でもそこは歌でしょうに』
「ちゃんと歌も歌わせてますよ。ちょっと早いお土産紹介ですが、こちらにありますはライブの様子を撮影した動画データになります」
『異世界からどうやって持ち帰ったかは聞かないでおきます』
※女神様視聴中……。
「ちょっとドラムがうるさいですかね」
『ドームに満員の客がいて、そのステージの上でドラムの音が響き続けるだけでずっと口パクにしか見えませんでしたよ』
「凄くいい歌詞なんですがね」
『凄く心を込めて歌っていることは表情を見れば伝わりますね』
「ちなみにこの歌詞に心打たれた人が増え、支持率が七割にまで増えました」
『聞き取れもしない歌詞にどう心打たれたのか』
「そりゃあ読唇術ですよ」
『世界の人口の二割が読唇術を身に着けている世界とな』
「いえ、元からの支持者を含めれば三割が読唇術を身に着けている計算ですかね」
『暗殺者の人口高そうですね』
「そこまでは多くないですよ。せいぜい一割程度ですかね」
『十人に挨拶をしたら一人が暗殺者であることを多くないとは言いませんよ』
「ノリノリのアップテンポに暗殺者のハートもグルーヴィーでしたね」
『暗殺者だらけの殺伐とした世界に重圧なビートサウンドは受けが良かったのでしょうか』
「俺も思わずノリノリでしたからね、ほらここ」
『ドラムを叩く勇者の髪が荒ぶっていますね』
「フラッシュスの首は動いていませんよ」
『ですね。貴方だけが荒ぶっていますね』
「ついでにスティックも握ってます」
『音楽バトル系マンガとかにいそうな設定ですね』
「この調子なら他に芸を数点仕込んでいけば問題なく支持率は上がる。そう思った矢先に妨害が入ります。そう、魔王軍が勇者を亡き者にしようと刺客を送り込んだのです」
『大勢の前でライブをするような勇者なら狙いやすそうですね』
「それがフラッシュスのファンの妨害を受けてまともに機能しなかったんですよね」
『人口の一割が暗殺者でしたね。ドーム一杯が五万人程度として、五千人が暗殺者ですか。当然のように失敗しますね。そう考えると世界中の人間の支持を集めようとした勇者の判断は正しいとも考えられますね』
「まあ数名ほど暗殺者の中を突破してきましたが、フラッシュスと俺の華麗なスティック捌きの敵じゃありませんでしたね」
『貴方が武器を持っていればそうそう負けないでしょうね』
「送り込んできた刺客の半分が暗殺者達に阻まれ、残り半分が取り込まれましたね」
『ドラムビートに飢えすぎじゃないですかね、その世界』
「物音に敏感な人は多かったですね」
『人口の一割が暗殺者ならそうなるでしょうね』
「しかしこれでは面白くない魔王ことピカリャー」
『また眩しそうな魔王ですね』
「愛用のグランドピアノをひっさげ、フラッシュスのライブに乱入してきました」
『ひっさげるにはサイズが大きすぎる』
「ちなみにピカリャーは男装系女魔王です。こちら写真」
『角が生えたボーイッシュな感じの女の子が顔を真赤にしてグランドピアノを持ち上げていますね』
「ピアノとドラム、出会ってしまったからにはもう戦いは避けられません。両名はどちらがより多くの者達の心を掴めるか、演奏勝負を始めます」
『勇者と魔王の演奏勝負、どこかで見ましたね』
※第二十六話参照。魔王イーチェラのお話。
「前はイーチェラ、魔王側でしたが今回は勇者側です。なので俺は極力邪魔をしないように二人の対決を見守っていました」
『ぶれませんね、貴方も』
「映像ではぶれまくってますけどね、ほら」
『それだけ荒ぶればぶれるでしょうよ』
「暇だったのでスティックを投げ捨て、ハングドラムを演奏してましたね」
『そういえば得意でしたね。しかし相性が悪い』
※第四十話参照。
「演奏はヒートアップし続け、全世界に中継放送、世界が勇者と魔王の対決に夢中になった瞬間でしたね」
『平和な世界で何よりです。いや、暗殺者人口を考えるとそうでもないか』
「そして互いに死力を尽くし、いよいよオーディエンスによる投票の結果が出ます」
『乱入したはずなのに、最初から計画されていたかのような展開ですね』
「結果は俺のハングドラムの圧勝でしたね」
『そんな予感はしてました。髪演奏だけに神演奏でしたか』
「――すみません、今ちょっと聞き取れませんでした」
『その無駄な優しさが逆に腹ただしい』
「ただまあ、世界情勢としてはフラッシュスの勝ちってことになりましたがね」
『勇者の装備していたカツラの勝利ですからね』
「ですがフラッシュスはそのことに不満を持ち、ピカリャーに事実を打ち明けます。そしてデュオを組んでより高みを目指そうと誘いました」
『敗北をバネにして魔王と手を組むというのは盛り上がる要素ではありますが、相手がカツラではちょっとアレですね』
「俺はそんな二人の姿を見て、そっとフラッシュスの頭から離れました。フラッシュスに本当に足りなかったもの、それは自分がカバーしきれない分野を抑えてくれるパートナー。男装魔王という真逆の存在と手を組んだことでフラッシュス達はほんとうの意味で完成したのです」
『で、本音は』
「人の下でイチャつかれるのが嫌だったので」
『素直でよろしい』
「俺は先の言葉を伝え、それに感銘を受けたフラッシュスは俺の差し出した握手に応じます」
『カツラから伸びた手と握手する絵面は、手入れしているようにしか思えませんね』
「そしてそのまま焼却炉へと投げ込まれました」
『実質呪いのカツラでしたからね』
「フラッシュスは言いました『貴様がいなくなれば、我々が世界一となるのだ。ふはは』と」
『割と勇者もクズい』
「あと『だからもうさっさと帰れ、明日はクリスマスなのだろう』とも」
『……割と仲が良かったのですね』
「まあ俺の素性を語る程度にはってところですね。クリスマスを恋人とすごす奴は友人とは思いません」
『その理屈ですと、どんどん友人が減りそうですね』
「減ったら祝福してから増やせばいいんですよ。それじゃあクリスマスパーティーの続きとしましょうか。料理の準備をしてきますね」
『他に誘えそうな人は……いませんか。不服ですが料理だけは楽しむとしましょう』
「では俺がサンタということで良い子の女神様にプレゼントです。ここに大きいプレゼントと小さいプレゼントがあります。大きいプレゼントは後日として、小さいプレゼントを開けてください」
『普通は選択させるのでは。まあいいですが……これはマフラーですか』
「もちろん手編みです。長さ的にも二人で使えます」
『もちろん一人で使います』
今年も一年、お付き合いありがとうございました。
来年はもうちょっと更新頻度増やそうと思いますので、そのモチベ確保のお手伝いとして宣伝を是非お願い致します。