第99話 奴隷、王女の態度に戸惑う
「どういうことか、まずは詳細を聞きたいところだな」
「そうだね、君が神精界に行って五日後だったかな、ヘルアーティオがカーリッツ王国を襲ったんだよ。被害はそれほどでもなかったらしいけど、偽アルスくんが魔導師を率いて追い払ったらしい」
「一人でやらなかったのか」
「そう聞いてるよ。それに、傷を負って、今は姿を見せていないらしい」
カーリッツ王国を滅ぼすためではなさそうだが、目的がわからない。
一時的に身を隠す口実でもほしかったのか?
今までの動きからすると、裏で自由に動けたはずで、わざわざこんな面倒なことをする意味はなさそうだが……。
「目的がわからないな」
俺の悩む姿を見て、ヴィーオが楽しそうな目を向けてくる。
フィーエルも顎に手を当て、悩んでいることから、理由がわからないようだ。
「目的はいくつかあるだろうけど、ウォルスくんは答えがわかってるから、客観視できないのかもしれないね」
「どういうことだ」
「一つは、ヘルアーティオと偽アルスくんが、敵対関係にあると周知させることができる」
ヴィーオが俺の反応を楽しむように答える。
確かに、繋がっていることを知っているのは俺たちだけで、今回の行動を何も知らない者が見れば、ヘルアーティオを撃退した英雄と映るだろう。
「これで凋落した偽アルスの立場も、カーリッツ王国内で復活するにたるものになるか」
「そうだろうね。君が偽アルスくんに接触するのが、ますます厳しくなったというわけだ」
カーリッツ王国では、偽アルスは裏で圧政を敷いているとして、支持されていなかったはずだが、国を救ったとなると、その評価も覆される恐れがある。
俺が偽アルスを殺ったあとも、混乱が起きかねない。
「こんな行動に出たということは、大きく動く可能性があるということだな」
「たぶんね。それで、君はどうするんだい?」
ヴィーオが俺を見つめ、隣に座るフィーエルは、緊張した面持ちで俺の答えを待っている。
「もう一度、カーリッツ王国に行くしかないだろう。どういう状況なのか、この目で確認する必要がある」
◆ ◇ ◆
ヴィーオとの話を終え、俺は一人、広場で剣を振るっているであろう、ネイヤの下へと向かうことにした。
今からカーリッツ王国に向かうにしても時間がかかり、一度追い出された身としては、入国さえままならない事も考えられる。
まずはこの状況で頼りになるベネトナシュに、先に状況を調べておいてもらうのが最善だろう。
「ウォルスぅ~、やっと見つけたわよ」
建物を出ると、やけに甲高い声を出したアイネスが飛びかかってくる。
その背後には、血色がよくなったセレティアが立っていた。
「あん、もう、キスくらいさせなさいよっ!」
「それはなしだって言ってるだろ」
キス魔の顔を指で挟み、その動きを完全に封じる。
バタバタと手足を動かすアイネスを見たセレティアから、笑い声が聞こえてきた。
「セレティアに処置を施してくれたんだな」
「当たり前でしょ。話が済んだらするって約束したんだし」
「ありがとう、アイネス」
「な、何なのよ、急にかしこまっちゃって」
アイネスは明らかに挙動不審になり、俺の顔の周りを周り始めた。
「そうだ、フィーエルにも褒めてもらわなくっちゃ。じゃあねぇ」
アイネスはそのまま上空高く舞い上がり、建物の裏へと消えてゆく。
その姿を目で追いかけていたセレティアが振り返り、ちょうど俺と目が合った。
「もう大丈夫なようだな」
「え、ええ」
…………様子がおかしい。
セレティアはすぐさま視線を外し、普段のような反応が返ってこない。
もう少し自信に満ちた反応が返ってくるかと思ったが、これはアイネスに何かキツイことを言われたとみていいだろう。
「アイネスに何を言われたんだ。二人にしたのが間違いだったか」
「何も言われてないわよ。ただ、ウォルスやフィーエルが、どれだけ苦労したか聞かされただけ」
「そんなものは気にしなくていい。俺やフィーエルには、記憶が残ってないんだからな」
アイネスは神精界が人間にとって、どれだけ大変な場所かわかっているから我慢ならないのだろうが、記憶がない俺に取ってみればどうでもいいことだ。
フィーエルも何とも思っていないだろう。
「ウォルス、あなた本当に記憶が残ってないの?」
セレティアは遠慮気味に尋ねてくる。
あたかも、俺に記憶が残っていたら困るような素振りだ。
「ないが、あったほうがよかったのか?」
「そんなことはないけど……」
妙にしおらしくなっている……アイネスが何を言ったのか気になるところだ。
俺に都合の悪いことは伝えていないと思いたい。
「さっきヴィーオと話をしてきたんだが、もう一度カーリッツ王国に行くことになると思う」
「カーリッツ王国? またどうしてそんなことになってるのよ」
「ヘルアーティオが、カーリッツ王国を襲撃したみたいでな」
「まさかとは思うけど、わたしに大人しくしておけ、なんて言わないでしょうね」
「体調が戻ったのなら、行動に制限をつけるつもりはないが。そもそも、俺にそんな権限はないだろ」
セレティアはホッとした様子で、胸を撫で下ろす。
いつまでも大人しくしているのは、かなりストレスになるのだろう。
「カーリッツ王国の動向について、まずはベネトナシュに探ってもらおうと思う。今からネイヤの下に行くんだが、一緒に来るか?」
「そうね、ネイヤにもお礼を言わなきゃいけないし――――でも、その前に」
セレティアは改まって俺の前に立つと、俺の瞳をこれでもかと見つめてくる。
ただし、以前のような王女としての威厳はどこにもない。
なんだか、ただの女の子になったような――――威圧感が薄れている?
「顔が赤いようだが、体調はまだ万全じゃないんじゃないか?」
「違うわよ。ただ、あの精霊、アイネスがつまらないことをわたしに言ってきたから……」
「つまらないこと?」
「何でもないわよ」
セレティアは俺の左肩に手を置き、じっと見つめてくる。
これはあれだ、過去にあったあれに違いないだろう。
だが、セレティアは顔を赤らめると俺から視線を逸した。
「今回は助かったわ、ウォルス……ありがと」
「いや、……この程度、どうということはない」
これはいつものあれではない……のか?
セレティアはそれだけ言ってくるりと背を向けると、広場へ向かって、一人歩き出した。