第84話 奴隷、決心する
この話の流れになるのがわかっていたというのなら、今までのは全て茶番だということだ。
俺が取る行動がわかってたうえで、遊んでいたというわけか。と俺は自然とヴィーオを睨みつけていた。
「怖いなぁ、そんなに敵意を剥き出しにしなくてもいいでしょ。どのみち、フィーエルには参加してもらわないといけないんだし」
「どういうことだ、話が見えてこないぞ」
俺がヴィーオと二人で話をしたのは、アイネスは俺一人で捜すほうが効率がよく、フィーエルにはセレティアの下にいてもらうのが、最もいいと判断したからだ。
だが、ヴィーオがわざわざこの場にフィーエルを呼び、同席までさせたということは、そうじゃないということだろうが……。
それが、俺の中で理解できず、さらに感情的になっていくのがわかる。
ヴィーオの手のひらでこれ以上踊らされないよう、俺は一旦呼吸を整えることに集中した。
「さっきも言ったように、君がアイネスを見つけるのは不可能に近い。その理由はわかっているよね」
「居場所なんて知らないからな」
「他の精霊と偶然出会うことはあったとしても、アイネスの居場所がわかるとは限らない。それに、これが最も重要であり、さっきも触れたことなんだけど、精霊は常にこの世界にいるわけじゃない。この意味が、人間の君にわかるかい?」
「勿体ぶるな。さっさと話せばいいだろう」
「ウォルスくんは短気だね」と笑うヴィーオをさらに睨みつける。
「仕方ないなぁ、じゃあ教えてあげるから、しっかり聞いてね――――精霊はこの世界とは違う世界、神精界とこの世界を行き来している。それも神精界にいる時間のほうが圧倒的に長い。つまり、アイネスを捜すなら、神精界を捜すほうが効率はいいんだよ」
――――意味がわからない。
こいつは何を言っているんだ?
聞いたこともない単語を口にしたヴィーオは、今にも噴き出しそうになって口元を覆っている。
「あっ、その顔は、僕が言ったことを理解してないね?」
「理解しているのと、驚いているのは別だろ。そもそも、その話とフィーエルがどう関係あるんだ」
「短気は損気だよ、ウォルスくん。それとも、僕が相手だとそうなっちゃうのかな? それなら、続きはフィーエルから話してもらってもいいけど」
ヴィーオから話を振られ、フィーエルが俺へと向き直る。
さっきまで静かに聞いていただけのフィーエルだが、その表情は険しく、神精界というものが、俺が思っている以上に厄介なものだと、既に顔に出てしまっている。
「神精界――――それは精神世界――――とでも表現するのが一番かと思います。今まで人間が足を踏み入れたこともなければ、エルフでも、神精界に行ったことがあるのは、今生きている者の中にはいません」
「精神世界――――?」
「はい、精霊や妖精の楽園です。全て魔力で創造された、この世界とは隔絶された世界だと云われています。人間が足を踏み入れることは許されていませんし、エルフでも、入ってどうなるかは……わかりません。実際、帰ってこなかった者もいると聞いています」
その話を聞いて、俺は咄嗟にヴィーオを睨みつけていた。
「怖い怖い、僕は何も悪くないんだから、そんな顔はやめてくれるかな」とヴィーオは大袈裟に首を振ってアピールする。「もうわかってるとは思うけど、神精界は僕たち、エルフの力がなければ行けない。フィーエルはその役目を、自らやると言ったんだよ。僕が指名したわけじゃないから」
「俺一人で行くことはできないのか。フィーエルを危険な目に遭わせる必要はない」
「それはできないね。一人で行っても、戻ってこられないだろうし。それに、フィーエル以外のエルフと言われても、君にそこまで協力する者はいないよ?」
俺には最初から選択肢なんてものはなかった、という現実が、頭を激しく打ちつける。
テーブルの上で握り締めた俺の拳に、そっと手が重ねられた。
「私もセレティアさまに助けられました。私だってセレティアさまを助けたいんです。だから、ウォルスさんだけが、危険を冒す必要なんてないんです」
「だが……」
「それに、神精界では人間は一番下位の存在になるはずですから、何が起きるかわかりませんよ」
確かに、どういう世界かもわからないのなら、何かしら助けが必要だろう。
今回は自分だけの問題じゃなく、セレティアの命がかかっていることを考えれば、フィーエルに助力を願うのは仕方がないことなのかもしれない。
「これでわかってもらえたかな? 行く、行かないはウォルスくんの自由だよ。行かないのなら、この世界にいるかすらわからないアイネスを捜すことになる。それでも僕たちは協力は惜しまない。ただ、精霊がこの世界に姿を現すのは、それなりの理由がある時だけだから。執着するものがなければ、すぐにあっちの世界に戻っちゃうよ」
「ヴィーオさまがおっしゃるとおり、アイネスがこちらの世界に留まっていたのは、アルスさまの存在にほかなりません。アイネスが認めるアルスさまがいなくなった今、この世界に留まる理由はありませんから、神精界に戻っていると思います」
「――――わかった。フィーエルに協力してもらう」
この言葉を口にした瞬間、今まで険しかったフィーエルの表情が一気に明るいものへと変わり、ヴィーオの表情は、新しいオモチャを手にした子供のように輝きはじめた。
「君なら、きっとそう言うだろうと思っていたよ」とヴィーオは声を弾ませる。
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃあね。こんな珍しいイベントは、なかなかないからさ」
ついさっきまでなら、この人の不幸を喜んでいそうな態度に思うところはあっただろうが、フィーエルが喜ぶ姿を目にすると、それも何とか抑えられる。
「――――で、その神精界へは、今すぐにでも行けるんだろうな」と俺は冷静に質問した。
「明日にでも行けるように準備はしておくよ。精神世界だからね、そのままの肉体では行けないから。向こうで何が起きるかわからないし、やっておくべきことは、今日中に済ませておくことだね」
ヴィーオは物騒なことを平然と言い、ただ楽しそうに笑いながら部屋を出ていった。