第83話 奴隷、ヴィーオが苦手
「イーラ討伐おめでとう、と言えばいいのかな? それとも、深刻な顔をして、別室で寝ているセレティアの心配をしたほうがいいのかな?」
目の前に座るヴィーオは真面目な顔をして、そんなことを口にした。
南の大陸に着いてからも、セレティアの体調はすぐれず、寝て過ごす時間が大半なのは変わらなかった。
元々魔力が少ないため、魔法力に体を蝕まれても、そこまで急激に進行し続けことは考えられない。
だが、そこへ神経を逆撫でするような発言をされると、つい頭に血が上ってしまう。
「まず一言言わせてもらう。どうしてセレティアに特異魔法、それも反攻魔法を教えたんだ。俺は防御魔法だけにしろと言ったはずだ」
「必要だと思ったからだよ。実際、それで助かったでしょ。フィーエルから話を聞いたけど、ただの防御魔法なら、君とあのネイヤという剣士以外は、皆死んでたんじゃないかな」
ヴィーオは答えられない俺を畳み掛けるように、さらに意見をぶつけてくる。
「僕は君の力は信用しているけど、君自身のことはそこまで信用していないからね。だから、できることをしたまでだよ。――――ウォルスくん、君は何か隠してるよね」
「そうだな――――確かに俺は力を出し惜しみしていたのは間違いない。そのせいで、こんな結果を招いたことも理解している」
「うんうん、素直になるのはいいことだよ」
「だが、それとこれとは話が別だ。最初からあんな特異魔法を教えているのがわかっていたら、俺の対処も変わっていたかもしれない」
ヴィーオは顎に手を当て、それはそうかもしれないね、と一応納得しているような発言をする。
「僕も、セレティアがここまで使いこなすとは思ってなかったし、何より、そこまで魔素が淀んでいることは考えていなかった。ま、君も僕もお互い様ということだね」
いつもなら、この場面で笑いそうなものだが、ヴィーオは至って真面目な顔つきでテーブルに両肘を突く。
「それで、僕と二人きりで話がしたいっていうのは、何についてかな」
「セレティアの進行を遅らせる方法についてだ」
「ん~、それは難しいね。初期症状なら遅らせることもできるけど、一気にあそこまで進むと、エルフの力じゃどうにもならないね」
予想どおりの返答に、俺はテーブルを見つめ、一度深く息を吐いた。
わかっていたこととはいえ、選択肢は最初から一つしかなかったことに、覚悟を決める。
「やはりそうか――――それなら、アルス・ディットランドの側にいたという、精霊アイネスの力を借りるしかないな」
水の精霊アイネスと契約すれば、ある程度魔法力を抑え、魔力の流れもコントロールしてもらえる。問題は、今、どこで何をしているかわからないということだ。
俺が初めてアイネスと出会ったのは、本当に偶然であり、瘴気に覆われた湖でアイネスを救ったからに過ぎない。それも、そこがアイネスの住処というわけではない、ということが問題を大きくする。
「フィーエルの話じゃ、アイネスはもうどこかへ行ってしまったらしいじゃないか。人間の君に見つけるのは無理だと思うよ」
「それでも見つけるしかない。精霊の力じゃなければ、あれを抑え込むのは無理だと聞いたぞ」と俺はいかにも知らないといった風に答えた。
「まあね……でも、精霊は個性的というか、何というか……良く言えば我が強い、人間で良く言えば個人主義なんだろうけど、悪く言えば利己主義だからね。人間である君の言うことを聞くことはないと思うよ」
「それでも、アルス・ディットランドという先例があるだろう」
ヴィーオは指を絡ませ、組んだ手の上に顎を置き、いつになく厳しい表情で俺を見つめる。
「彼は奇跡的に精霊に愛された、特別な人間だからね。普通の人間は相手にされない、されないどころか、排除されることも考えられるから」
「随分詳しいんだな」
「そりゃあ、エルフだからね。伊達に精霊に近いと言われる存在じゃないってこと」
ヴィーオは椅子からゆっくりと腰を上げると、窓の外に広がる、復興したエルフの里を見つめ、「精霊は常にこの世界にいるわけじゃないんだよ。アルスくんがアイネスと出会ったのも、奇跡に近いんだ。ウォルスくんは、今から、その二つの奇跡を起こさなきゃいけないんだよ」と重々しい空気を放ちながら答える。
「奇跡でも何でも起こしてやる。手段がそれしか残されてないんだからな」
一瞬、沈黙が部屋を満たしたあと、ヴィーオの笑い声が響き渡る。
今まで演技をしていたかのように、その表情は普段のそれに戻り、目尻に溜まった涙を指で拭う。
「どこからその自信が出てくるんだろうね、ホント、君は面白いよ」ヴィーオはそのまま入り口とは反対側にある扉の前へ行き、その扉を開いた。
そこには、この話し合いについて知らせていなかったはずの人物が立っていた。
「フィーエル……そこで何をしているんだ」と俺は思わず言葉をこぼしていた。
覚悟を決めた、厳しい表情のフィーエルと目が合う。
態度から察するに、今までの会話を全て聞いていたのは間違いなく、ヴィーオがそうさせた理由がわからない。
俺の反応を楽しむかのように、ヴィーオは俺の顔を見て、さらに噴き出した。
「そんな顔しないでよ。フィーエルから先に相談は持ちかけられていたからね。当然、君がアイネスの話をするだろうということも、既にフィーエルから聞いていたんだよ」
「それはいい。それならどうしてこの場にフィーエルを呼ぶ必要があるんだ」
「それは今から話すから、そんなに語気を荒らげなくてもいいって」
ヴィーオはフィーエルを俺の隣に座らせ、再び椅子に腰を下ろした。