第82話 奴隷、次の手を考える
ヴィクトルたちが船へ戻り、岸壁から全ての船が出港するのを見送ったあと、俺は目の前に横たわるセレティアを抱き、自責の念にとらわれながらエルフの船へと戻った。
あれからまだセレティアは目を覚まさない。
ベッドに寝かせてから、既に五日は経過している。
魔力枯渇と魔素変換の反動だと思われるが、俺の予想を超えている。
「セレティアさまは……大丈夫でしょうか」とベッド脇に座るフィーエルが呟いた。
ネイヤは警戒のために甲板に出ているため、深い話をしても問題はない。
フィーエルもそれを理解したうえで俺の答えを待っている、と判断して口を開いた。
「恐らくだが、俺たちが思っている以上に症状は重い。あの特異魔法はセレティアが使っていい魔法じゃない」
「そうですよね……あそこまでの規模で、完璧に使えるとは……私も思っていませんでした」
「ましてや、あの淀んだ魔素であんなものを使ったんだ、正直、どこまで侵食が進んでいるかは、起きてみないことには……」
寝息をたてているセレティアは、見た目だけなら普段と何も変わらない。
ただし、魔力が乱れているのは、魔力感知に優れている者ならわかる。
微妙に揺れ続けている魔力は通常ではありえない。
それでもこれが、体が魔法力に侵食されている結果だとわかる者は少ない。
「セレティアさまに何かあれば、ウォルスさんが……」
「――――そうだな、俺の命も危ういな」
言われてみても、そのことがあまり気にならない。
ただ実感が湧いていないだけなのかもしれない。
そんなことよりも、これからのセレティアについて、何をすればいいのか、そのことばかりが頭の中を埋めてゆく。
「今は俺のことより、セレティアの心配をするべきだ」
「――――そうですね、あの時、セレティアさまの魔法がなければ、私やヴィクトル陛下まで命を落としていたのは間違いありませんから、感謝してもしきれません……」
「里に戻ってヴィーオにも相談だな。あいつには一言言うことがある」
ヴィーオがセレティアに教えた魔法は、純粋な防御魔法ではなく、反攻魔法だ。
それも、セレティアには荷が重い魔法と承知のうえで教えたのは間違いない。
まだ防御に特化しているだけなら、負荷も軽かったはずだ。
「魔法のことなら、私も責められるべきです。ヴィーオさまがセレティアさまに指導しているのを、黙って見ていたのですから」
「フィーエルが口出ししようと、あいつはやめる奴じゃない。フィーエルが悪いのなら、そこまで気にしていなかった俺も悪い」
本当は誰も悪くはないのかもしれなし、全員悪いのかもしれない。
何をすれば正しい道だったのか、とそんなことを考えている中、セレティアから僅かだが声が漏れた。
「ウォルスさん、セレティアさまの目が」
覗き込むフィーエルの顔が、薄っすら開いたセレティアの瞳に映る。
「……どうしたのよ、そんな顔をして……」
久しぶりに聞いたセレティアの声は小さく、普段の弾むような明るさは失われている。
数日ぶりに目が覚めただけでは説明がつかないその声同様に、表情も曇っている。
「もう何日も寝てたんですよ」
「そう、なら起きないといけないわね」
体を起こそうとするも、腕に力が入らず、座れないでいるセレティアに、フィーエルが手を貸して座らせる。
その姿に、予想していた中でも最悪の部類だと、俺はセレティアに残された時間があまりない、と経験則からおおよその予想がつけた。
「――――ウォルスさん、私は席を外しますね。ネイヤさんにもお伝えしないといけませんから」
俺に気を遣ってか、はたまた言葉どおりネイヤに伝えにいくためか、フィーエルは物音一つ立てず、部屋を出ていった。
「……ウォルスにも迷惑をかけたようね。わたしなら、しばらくすれば元気になるから」
確かに、時間が経てばある程度は元に戻ることはできるが、今までどおりというわけにはいかない。
今のセレティアの症状は、俺が体を蝕まれた時と同等か、それ以上に酷いのは一目瞭然だ。
このまま放置していて、体にいいことは何もない。
「もうわかっているとは思うが、セレティアの体は、既に魔法力に負けている」
「……でしょうね」とセレティアは細かく震える自分の手のひらを見つめ、軽く握った。「ウォルスにも悪いことをしたわね」
「俺のことはいい。セレティアを守ると言っておきながら、あんな失態を犯してしまった俺に原因がある」
セレティアは力のない笑顔を向け、「偉業はわたしが成し遂げなければ、意味がないんでしょう? 貴方任せにつもりはないわよ」と俺を気遣うような言葉を口にした。
「……俺は手を抜いていた」
「ウォルスがそれを、妥当だと判断したのなら問題ないわ。今さらそんなことを言っても意味はないわよ」
「そうだな……戻ったら、ヴィーオと、セレティアの体について相談するつもりだ」
「――――それはありがたいわね。でも、この症状を防ぐ手立てはないんでしょ?」
「防ぐ手段はないが、遅らせる手段ならある」
俺が断言すると、セレティアは安心したように瞼を閉じ、そう、と一言だけ答えた。
座っているだけだが、まだ体が異変についていけていないのが見て取れる。
「まだ動くのはキツいだろ」
「起きたばかりだけど、やっぱり体が重いわね――――もう少し休もうかしら」
「今は無理をせず、なるべく動かないほうがいい」
「そうさせてもらうわ」
横にするために、セレティアの背に手をまわす。
いつもの調子なら断ってきそうなものだが、セレティアに抵抗する気配はなく、素直に俺の介護を受け入れた。
素直になっているだけならいいが、実際は不調を隠す気力もないのだろう。
進行を止めることはできなくとも、遅らせる手段はある。
――――水の精霊アイネスだ。
彼女の力を借りることができれば、少なくとも、俺と同じように遅らせることは可能なはずだ。
ただ、どこに行ったのか不明、という点が問題だ……。