▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
【web版(裏)】奴隷転生 ~その奴隷、最強の元王子につき~ 作者:カラユミ

神樹の森編

79/144

第79話 奴隷、黒い感情を解放する

 俺は思わず、セレティアの名を叫んでいた。

 どうして叫んでいたのか、なぜフィーエルではなく、セレティアだったのか。

 セレティアが弱いためか、命を共有しているためか、それ以外の理由か。

 ただ、口が勝手に動いていた、それだけが事実だ。


 そして同時に、ここからでは間に合わないということも瞬時に理解した。

 仮に間に合ったとしても、ネイヤの魔法は途中で切ることはできない、できたとしてもしてはいけない。


「ウォルス様、あれは……」


「特異魔法だと……」


 四属性同時発動による特異魔法。

 あれがヴィーオが言っていた、特殊なもの、で間違いないことはすぐに理解できた。

 セレティアの魔力からでは、信じられないほどの規模の魔法。

 イーラを一時的にとはいえ押し返し、それなりのダメージを与えている。


 しかし、それでもなお、問題が二つ存在している。

 一つはあの魔法は魔素変換を同時に、それもセレティアなら全力でやらなければ維持できないもので、それはつまり、セレティアの体が無事では済まないということ。


 二つ目は押し返されたイーラは大地に背中から叩きつけられ、表皮全体が焼けただれてたうちまわっているが、これも元に戻るのは時間の問題だということだ。


「ウォルス様、もう足は治りましたので、早くセレティア様の下へ」


 ネイヤの足はしっかり指先まで復元され、感覚も問題ないと見せつけるようにその指を動かしている。

 昔の古傷と思われるものも相当数あり、ネイヤ自身も男の俺に見られたくはないだろう、と俺はすぐに視線を外し、後方へと向けた。


「ネイヤはここで待機だ。体力が戻ったらここから離れておいてくれ」


「……はい」


 ネイヤから苦しい声が漏れる。

 ネイヤには悪いが、誰かを庇いながら戦うより、やはり一人でやるほうが勝手が利く。

 立ち上がるネイヤを見届けた俺は、急いでフィーエルとセレティアの下へ向かった。




       ◆  ◇  ◆




「セレティアさま、しっかりしてください」


 フィーエルが大地に横たわるセレティアを抱え、必死に叫ぶ。

 リンネとヴィクトルは心配そうな表情を浮かべ、ただその様子を見守っていた。


「リンネ、これはどういうことだ」


「わかりません……魔力枯渇でしょうか……」


 二人がわからないのも無理はない。

 初めて目にしたのなら、真っ先に魔力枯渇を疑うのは当然のことだ。

 これがわかるのは、相手の魔法力が限界を突破したことを理解していないといけない。


「ウォルスさん……セレティアさんが、目を覚まさないんです」


 フィーエルはわかっているだろう。

 セレティアが魔力枯渇でもない状態で、なぜ目を覚まさないのか。

 フィーエルがプレゼントした魔導具のネックレスは砕け散り、ただの破片になっている。

 セレティアの体を、ある程度守ったと思いたい。


 これは今回、最も注意しておかなければいけなかったことだ

 セレティアにあのクラスの魔法を使わせた、俺に全責任がある。


「セレティアは、魔法力に負けたんだ」


 そう口にした瞬間、フィーエルは顔を伏せた。

 魔法力に体が侵されはじめたからといって、直ちに命に別状はない。

 ただ、これから確実に命が削られてゆく。

 それは人によって様々で、俺のように尋常ではない魔法力と魔力を持った者と、ただ体が弱く魔法力に負けた者が同じはずはない。


 それでもセレティアがどちら側に入るかといえば、その高い魔法力に、この淀んだ魔素を大量に魔素変換したことから、軽い症状ではないことだけは確かだ……。


「ウォルスさん……申し訳ありません。私がついていながら、こんなことに……」


 固まっていた俺に、フィーエルが震える声をかけてきた。

 フィーエルの魔法力、魔素変換能力はそこまで高くない。

 あそこまで攻撃に魔力を使い、さらに防御魔法を行使しながら魔素変換を同時にするのは無理だ。

 この状況でフィーエルが謝ることは、何一つ存在しない。


「フィーエルじゃない、俺が悪いんだ。セレティアの力を見誤り、こんな状況を招いたのも、全ては俺の我儘のせいだ」


「ウォルスさんが謝ることではないです」


「いいや、俺だ。イーラに未知の力が加わっていた時点で、一度引くか、俺一人でやる決心をつけていれば済んだことなんだ」


 フィーエルは何も口にしない。

 俺が何を言いたいかをわかっているかのように。

 俺が力を隠すことに優先したこと、これが失敗だったのだ。

 四大竜との戦いだというのに、セオリニング王国の魔法師と共闘することで、知らず識らずのうちに油断していたのは否めない。


「ウォルス殿、さっきから何を言っているのですか?」


 俺とフィーエルのやりとりを、怪訝な表情で聞いていたリンネが口を開く。

 リンネは今すぐにでも避難したいようで、しきりにイーラに顔を向けて気にしている。


「イーラは、俺一人で始末するということだ」


「何をおっしゃっているのです! 今はイーラもすぐには動けず、逃げるには今しかありません。いくらダメージを負っているからといっても、ウォルス殿一人でどうにかなる相手ではありません。直ちに引き、立て直すべきです」


 正論のように吐くリンネが、煩わしく、羨ましくも感じる。

 普通なら、これが正しい選択なのはわかるが、全力を出さなかった俺には、最悪の選択に見えてならない。


 このままリンネの言うとおりに行動をすれば、セレティアをこんな姿にしてしまった、俺自身の行動を肯定することになってしまう。

 それは底が見えない沼に入ってゆくように、一度入れば二度と抜け出せないような錯覚に陥らせた。


 イーラはこの場で、俺の手で殺らなければいけない。

 それだけが、唯一俺に残された答えだと、本能が命じる。


 ただ、自分を許すことができない感情を、イーラへ向けたいだけなのかもしれない。

 それでもこの答えこそが、正しい道なのだと確信した。


「――――黙れ」


 低く、殺意を込めた声で言うと、リンネが硬直し、警戒にも似た態勢を取る。

 ヴィクトルを守ることが最優先のリンネは、共闘関係であっても俺を仲間としては見ていない。

 それは俺も同じで、邪魔をするのなら、排除もいとわない。


「フィーエル、セレティアをここから離れた所まで移動させろ。セレティアが万一目を覚まさないように魔法もかけておけ」


「承知しました」


 フィーエルは俺が言ったことを、黙って実行するだけだ。

 魔法でセレティアを浮かせ、すぐに後方へと移動を始める。

 今はとにかく安静にさせておくのが一番であり、目を覚まして無茶をされるのが一番困る。


「ボーグも死んではいないようだ、助けるなら今しかないぞ」


 殺意を抑えて答えると、微かに残る魔力を頼りに、リンネがボーグの救出へと向かう。

 その間にもイーラは凄まじい速度で回復し、黒く焦げていた皮膚の大半が元の赤い皮膚へと戻っていた。


「――――いくらでも回復しろ……すぐに殺してやる」


 フツフツと沸き起こる黒い感情が、俺から甘さを消してゆくのがわかる。

 セレティアがこうなった以上、俺の体がどうなろうと関係ない。

 今は限界まで魔素変換をして、イーラの肉片の一辺さえ残さず、完全にこの世から消し去ることだけ考えればいい。

 俺の中で、自制という名で縛り付けていた感情が、清々しいほどに、綺麗に崩れていった。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
書籍一巻発売中!
講談社マガポケにてコミカライズ連載中です!
i000000


cont_access.php?citi_cont_id=325416815&s

感想は受け付けておりません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。