97話 伝説の魔道具
「シェリダン侯爵家としては、別にシャインの守護を受けているわけでもないのに、可愛いレナリアを教会に渡すつもりはないですね」
「ほう。まるで侯爵家では以前からシャインの存在を知っていたかのような口ぶりだな」
「守護精霊に誓って知りません。ですがレナリアを教会に渡すかどうかなど、聞くまでもないことなので即答できます」
領地にいる両親には、チャムがフィルの子分になったことは伝えてあるが、シャインが子分になったという事実はないから知らせてはいない。
だからアーサーは迷うことなく守護精霊に誓った。
守護精霊への誓いは神聖なものだ。破れば精霊が契約者を見限ることもある。
「兄上。王家としても、レナリアが聖女として教会に所属しないのは歓迎すべきことでしょう。アーサー殿とじゃれて遊ばないでください」
「人聞きの悪いことを言うなセシル。私は遊んでなどいないぞ」
「そうですか? いつもは冷静沈着なアーサー殿が、レナリアのことになると別人のように感情的になるのをおもしろがっているのだと思いましたが」
図星だったのか、レオナルドが口をへの字にして黙った。
そこでセシルがアーサーとの話を進める。
「幸い、リッグルを回復した際に偶然人型のような霧が発生したので、霧の聖女が行った奇跡だということにしておきましたが……。教会から調査が入っても、エルトリアの王家にのみ伝わる奇跡だということにしておきましょう。つまりゴルト王国の血を引く父や私たちは知らなかったのだけれど、兄上と親しくなったアーサー殿よりその奇跡のことを知らされたと」
「なるほど。そうしておけば王家が今まで知らなかったのも無理はないということになりますね。……でもそうすると、現在の我が王家が正当な血筋ではないということになってしまいませんか」
エルトリア王家にのみ伝わる奇跡であるのに、現王と王子が今までそれを知らなかったというのはあり得ない。
「それでは先代国王陛下から娘であるエリザベス王女……つまり現シェリダン侯爵夫人に、霧の聖女を呼ぶ魔道具を渡したということにしたらどうでしょう。それならばレナリアの危機にだけ現れたという説明もつきます」
セシルの説明に、アーサーもなるほどと納得する。
どちらかというと真っすぐな性格をしているレオナルドに比べて、弟のセシルは参謀タイプであるようだ。
王太子を補佐する弟王子として、それは好ましい資質だ。
「ふむ。だがそうすると、確実に王太后が欲しがるぞ」
レオナルドの指摘に、アーサーが企むような微笑みを浮かべる。
「実はその魔道具は、エルトリアの血を引く王女にしか使えないのですよ」
「それはいいな」
レオナルドもニヤリと唇の端を上げる。
何やら二人ともとても楽しそうだ。
レナリアはレオナルドとアーサーが、本当に気の合う友人なのだと実感した。
「では、それらしき魔道具を用意しておかなくてはな」
「うちで作らせましょう」
「シェリダン侯爵家ではよい魔石が採れるのだったか。分かった。任せよう」
もちろんアーサーはレナリアに魔法紋を刻んでもらうつもりだ。そうすれば奇跡を発動させるほどの、王家に伝わる伝説の品だと言い張れるだろう。
全ての属性の魔法を使えるレナリアならば、一人で霧を作り出すことができる。
だがそれは家族以外には秘密にしているので、魔法具を使って霧を発生させたように見せなければならない。
霧を発生させるには、水魔法と火魔法が必要だ。
授業中に作った、水魔法と火魔法の魔法紋を同時に刻んでお湯が出るようになった魔法紋を改良すれば、なんとかなりそうだ。
おそらく火の魔法紋の威力を少し上げればいいはずだと、レナリアはどんな魔法紋にしようかと考える。
そう考えるのは結構楽しい。