96話 精霊の王
「となると、前のオリエンテーリングの奇跡も、レナリアの精霊のおかげだということか」
「おそらく」
「なるほどな。おかしいと思っていたんだ。あれほどの奇跡を起こしたというわりに、アンジェ・パーカーは魔力が低すぎる。しかしそれほどの力の配下を持つエアリアルが、ただの精霊であるとは思えない。もしかして精霊の王なのではないか?」
「精霊の王ですか。確かに、そう呼ばれてもおかしくないほどの力を持っているようです」
なんだか話がおおごとになっている。
しかもフィルはまんざらでもなさそうな顔をしているし、このままフィルが精霊の王様になってしまうのだろうかとレナリアがドキドキしていると、ふとこちらを見ているセシルと目があった。
微笑んだセシルと目があってから、なんとなく気恥ずかしくて視線をはずしていたが、もしかして……ずっとこちらを見ていたのだろうか。
さっきよりももっと心臓の鼓動が早くなったような気がしたが、そういえばまだちゃんとセシルにお礼を言ってなかったことをレナリアは思い出した。
「あの……。セシル様、先ほどはありがとうございました」
「お礼を言われるようなことはしていないよ。私もあれ以上、アンジェ・パーカーの評価を上げたくはなかったから、ちょうど良かった。オリエンテーリングで皆を回復したのも、レナリアの精霊なのだね?」
「ええと……」
ここでそうだと頷いていいのか分からず、隣に座るアーサーへ、助けを求めるように視線をすべらせる。アーサーが軽く頷いたので、レナリアもおずおずと頷く。
「そうか……。我々を助けてくれてありがとう」
頭を下げられて、レナリアは途方にくれる。
再びすがるようにアーサーを見ると、慈愛に満ちたまなざしが返ってきた。
誰かに感謝されるために助けたわけではなかった。
けれどもこうして感謝されると、助けられて良かったと、満ち足りた気持ちがこみあげてくる。
「ただ必ずしも精霊が力を貸してくれるわけではないということだけは、念頭に置いておいてほしい」
アーサーに釘を刺されたセシルは、もちろんだと了承した。
「だがあれほどの奇跡を起こせる精霊を持つならば、レナリアは聖女になれるんじゃないか?」
レオナルドは皿の上のスミレの砂糖漬けを一粒取ると、それをチャムのいる辺りに投げる。
チャムはもちろん喜んでそれをキャッチした。
投げた砂糖漬けが空中で止まり、消えるのを見て、レオナルドは「ふむ」と考える素振りをする。
(チャム……)
精霊にとって花の香りがするお菓子は大好物なのだろうか。すでにお腹がぽっこりと出ているのに、まだまだチャムの食欲は旺盛だった。
(チャム。後でたくさんクッキーとスミレの砂糖漬けをあげるから、もうおしまいにしなさい)
「えー。チャムまだ食べられるよー」
(一度にたくさん食べるとお腹を壊してしまうかもしれないわよ)
「お腹壊れるー? ええっー。チャムのお腹、なくなっちゃうのー?」
目を丸くしてお腹を押さえるチャムの火が弱くなる。ぷるぷると震える姿に、慌てて訂正をする。
(大丈夫、なくなりはしないわ。ただ、食べ過ぎるとお腹が痛くなってしまうかもしれないから、もうそれくらいにしておきなさい)
「チャム痛いのやだー」
そう言ってチャムはレナリアの膝の上に戻ってきた。そしてレナリアにしっかりとしがみつく。
「精霊なんだから、お腹なんて痛くなるわけないじゃん……」
呆れたように言うフィルの声も聞こえない様子だが、この場では少し大人しくしていて欲しいと思ったレナリアは、チャムの背中を撫でるだけで言葉をかけなかった。