95話 食いしん坊のチャム
フィルとチャムが膝の上でお菓子を食べる時は食べこぼしが多いので、膝の上には必ず大きめのハンカチを敷くようにしている。
そのおかげで、新しい制服は砂糖まみれにはなっていない。
「ああ、膝の上にいるのか。遠慮せずにこちらで食べるといい」
レナリアがせっせとスミレの砂糖漬けをフィルたちにあげているのは、レオナルドにすっかりバレていたらしい。
大きなお皿ごと差し出されて、止める間もなくチャムが飛び出した。
「わーい。たくさーん」
フィルはお腹がいっぱいになったのか、レナリアの肩に止まってご機嫌で羽をパタパタ動かしている。
(フィル! チャムの隣に行ってあげて。そうじゃないと……ああああ……)
チャムは大喜びで一番大きなスミレの花を持ち上げている。
そして大きな口を開けて、パックンとかじりついた。
「ん? エアリアルはレナリアの肩の上にいるのに、スミレの砂糖漬けが浮いた?」
レオナルドはどういうことだ、と、じっと皿の上を見る。
チャムの姿は見えないはずなのに、レナリアは気が気ではない。
「不思議でしょう?」
ハラハラするレナリアとは対照的に、アーサーは落ち着いていた。
小さな紫色の砂糖漬けを長い指でつまんだアーサーは、それをそっと自分の守護精霊の前に出す。
オレンジ色の炎は、ハミングするように揺れながらそれを受け取った。
そして再び砂糖漬けをつまんだアーサーは、チャムがいると思われるところに持っていき「どうぞ」と声をかける。
目の前にお菓子を差し出されたチャムは、もちろんすぐにパクっと食べた。
「はぁ~。おいしいねー」
チャムはおいしさのあまり、両手でほっぺを押さえて、しっぽをぱったんぱったんとテーブルに打ちつけている。もちろんその音はアーサーには聞こえていない。
「そこに何かいるのか?」
不審気なレオナルドに、アーサーは何でもないように答える。
「レナリアの守護精霊は特別なのです。なんというか、配下のようなものを持っていて……。ここにいるのはその一人ですね」
「そんなものが……」
アーサーに配下と言われたチャムは、きょとんと首を傾げる。
「ハイカってなーにー?」
「ボクの子分ってことさ」
フィルの答えに、チャムはうんうんと頷いた。
「チャムはフィルのハイカー」
「その配下がシャインなのかい?」
「違うよー。チャムはサラマンダー」
レオナルドの疑問にチャムが答える。だがレオナルドにはチャムが見えておらず声も聞こえないので、返事はない。
チャムはぷうっと頬を膨らませたが、フィルに「魔力の少ない人間には見えないから仕方がないよ。ボクの姿だって見えない人がほとんどだよ」と言われて機嫌を直した。
「お姉ちゃんの姿は人間に見えるのー?」
チャムはフラムに話しかける。フラムはゆらゆらと揺れながら何かを答えているようだった。
「へー。人間って不便なんだねー」
アーサーはフラムの言葉を聞いて、どうやらチャムとは仲良くなったらしいと微笑ましく思う。
「さあ。僕には配下の姿は見えないので分かりません。でも回復魔法を使ったというなら、シャインである可能性が高いですね」
「もし全ての属性を従えさせられるということであれば、それは大変なことだぞ」
「さすがにそれは無理じゃないでしょうか。基本的に
「だからこそ大変なことなんじゃないか」
本当はシャインではなくサラマンダーで、しかもレナリアの魔力やお菓子につられてすっかり懐いているのだが、言われなければ分からない。
アーサーは、あくまで「そうかもしれない」という仮定の話をしているだけだ。決して断言はしていない。
だからそれが真実ではなかったとしても、嘘をついているわけではない。
「たとえ配下がいるのだとしても、気まぐれに手伝ってくれていると考えたほうがいいでしょう」
そう言って、アーサーは幾人もの姫君を虜にした父に似た、妖艶な笑みを浮かべた。