第75話 奴隷、作戦を練る
ヴィクトル、ボーグ、リンネ、三人が三人とも息を呑み、セレティアの発言を信じられないといった顔を見せる。
いくらイーラ討伐を公にできないからと、交渉の材料にするとは思いもしなかった。
セオリニング王国に偉業を譲渡するとなれば、自分たちのものにしたいヴィクトルは俺たちのことを確実に隠すだろうが……。
「なんと、そこまで欲がないとは、まさにエディナ神の使いに相応しい人格者。余が与えられるものなら、何でも言ってくれてかまわぬ」
「――――そうね、将来的にユーレシア王国との対等な関係の構築、それと、わたしたちに何か不測の事態が起こった時に力を貸してくれればいいわ」
「今ではなく、将来的、問題が起こった時とは、なんともあやふやな望みなのだな」
「こちらにも都合があるのよ。ユーレシア王国の名と、わたしたちとの関係はそれまで表には出さないって条件なら、手を組んであげてもいいわよ」
セレティアは、これでいいでしょ、とばかりの視線を俺に投げかけてくる。
特に問題はないはずだと、俺はゆっくり頷いて返答した。
「それだけならば、こちらも問題はない。国を半分よこせと言われてもよい状況で、まさかその程度のものしか欲しないとは、余にとっては願ってもない好条件だ」
「交渉成立ね」
ボーグという魔法剣士、それにリンネという魔法師は単体でも小国程度なら相手にできる実力がある。
これなら俺もある程度力を抜いてもいい状況になった――――いや、そんなことはないと考えを改める。
「共闘するのはいいが、誰が指揮を執るかだ。独自で動いてもいいんだが」
「そちらは王女殿下をお守りしなくてはいけないでしょうし、こちらも優先すべきは陛下の御身ですので、独自でよろしいかと存じます」
リンネの言葉に、ボーグ、ネイヤ、フィーエルが順々にうなずいてゆく。
「わかった。それならそっちは勝手にやってくれ。ただし、戦闘の開始だけはこちらに任せてもらう」
「承知しました」
俺が差し出した手に、三人とも固い握手で応える。
その手を、フィーエルだけが強く見つめていた。
◆ ◇ ◆
ヴィクトルたちが離れ、作戦を練り始めるのを横目に、こちらも三人を集める。
ボーグとリンネの二人が戦力になろうと、ヴィクトルが足を引っ張る以上、過度な期待はできない。
それ以前に、本当に共闘になるのかも不明だ。
こちらに任せて、自分たちは様子見するだけ、という事も考えられる。
この三人のせいで、俺もなるべく力を見せないほうがいい状況になってしまった。
「どうしたのよ、急に相談なんて」
「何点か言っておかないとダメなことがあるからな」
「そんなものあったかしら?」
セレティアは少し考え、思いついたように「あの三人のうち誰かが、錬金人形の可能性についてでしょ」と的外れな意見を述べる。
「セレティアさま、それはないと思います。あの二人からは強い魔力を感じますし、何より先ほど握手をした時に、ウォルスさんが水属性無効魔法を手に付与して確認していましたから」
「ウォルス、あなたそんな魔法まで会得してたの……」
セレティアは俺が機転を利かせて確かめたという事実よりも、属性無効魔法を使ったことに驚いている。
「わ、悪いな。セレティアとフィーエルが鍛錬している間、それを集中して覚えたんだよ」と咄嗟に思いついた嘘を吐いた。
フィーエルもしまったという顔を一瞬見せたが、すぐに取り澄ました表情へと変わる。
「そんなことよりもだ、セレティアは後方で、基本何もせずにいてくれ」
「どうしてよ、わたしは足手まといだって言いたいの?」
かなり不機嫌な顔になるセレティアに、そうだ、と言えるわけもなく、それなりの理由を提示することにした。
「ここの魔素は淀んでいる。基礎魔力が少ないセレティアが魔素変換を多用すれば、体にかかる負荷が普段の何倍にもなる。一度体が蝕まれはじめれば、完全には止めることができないからな。こんな所で無茶をさせるわけにはいかない」
「……そういうことなら……わかったわよ」
「フィーエルはセレティアの側から離れないでいてくれ。ネイヤは、俺とともに前へ出てもらう」
フィーエルは黙ってうなずき、ネイヤはただ「わかりました」と気合が入った顔で答えた。