92話 アーサーの説明
「といっても、今の教皇は王太后の母国であるゴルト王国の出身だからね。教会勢力は王太后の勢力と結びついていると考えてもいい。つまりこのエルトリアは現在、親ゴルト王国派とゴルト王国の影響を最小限に抑えたい国内貴族派に分かれているというわけだね」
「知らなかった……」
学園に入学したばかりのレナリアだが、そろそろそういったことも知っていたほうが良いだろうと、アーサーは説明を続ける。
中庭を抜けて食堂へと繋がる道の両側には、季節ごとに様々な花が植えられている。
今は黄色で縁どられたオレンジ色の花弁を持つマリーゴールドが満開で、風に揺れる様子は淑女たちが舞踏会でドレスがひるがえさせながら華麗に踊っているかのようだ。
フィルとチャムはアーサーの言葉を聞いているのかいないのか、楽しそうに、咲きこぼれるマリーゴールドの花の周りを飛び回っていた。
「学園内でも、エルトリア国内の勢力がそのまま縮図となって表れている。ロイド・クラフトは、まるで学園内での教皇のような振る舞いだと思わないかい?」
「確かに、まるで部下に命令するようにして、火魔法クラスの五年生に言うことを聞かせていたわ」
「彼が入学する前は、光魔法クラスの生徒たちも特に問題を起こすようなことはしていなかったんだけれどね……。ロイドはね、ゴルト王国からの留学生という扱いになっているんだ」
「留学生?」
初めて聞いたレナリアは目を丸くした。
洗礼の際に守護精霊を得たものは必ず魔法学園で学ばなければならない。そのため、各国にはそれぞれの魔法学園が設立されている。
もちろんゴルト王国にもあるはずだ。それなのになぜロイドはわざわざエルトリアの魔法学園に通っているのだろう。
「ロイドの父親がゴルト王国の外交官としてエルトリアに赴任しているから、その関係でうちに通うことになったのかもしれないね。つまりロイドには教会とゴルト王国がついていると思われているんだ」
なるほど、それもあってロイドの横暴が見逃されているのね、とレナリアは思った。
「ただ、教会勢力がすべてゴルト王国の影響を受けているわけではないよ。うちの領地にある教会の司教は、すべてエルトリアの出身だし」
というより、シェリダン家の当主クリスフォードがゴルト王国に近い教皇派の司教の赴任を認めないので、必然的にエルトリア出身の司教になっている。
「色々と複雑なのね……」
前世の記憶があるといっても、レナリアの世界は教会と戦場だけだった。その時の知識が今のレナリアの役に立っているとはいいがたい。
しっかりと学園で勉強しなくてはとレナリアは決心した。
「学生の間は、そんなことを気にせずに楽しく学園生活を送れるといいんだけどね。風魔法クラスの子たちとは仲良くしてる?」
少し心配そうなアーサーに、レナリアは笑顔で答える。
「ええ。皆さんとても良い方ばかりなの」
最初の頃はランス・エイリングに目の敵にされていたが、最近では落ち着いてきた。
他のクラスメートたちはレナリアを特別扱いするわけでもなく、普通に接してくれている。
「それは良かった。特別クラスのほうはどう?」
そう聞かれてレナリアは少し考える。
木魔法クラスのアジュールたちとはよく話すが、セシル以外の水魔法クラスの生徒や火魔法クラスの生徒たちとはあまり話をしたことがない。
「……普通かしら?」
「普通の定義が分からないけど、特に問題がないなら良かった」
学園の生徒たちが食事を摂るのは校舎の西側にある大きな食堂だ。アーサーやレナリアのような高位貴族は自室で食事を摂ることができるが、一般の生徒たちはここで食事をする。
まだ夕食の時間には早いので、食堂にはお茶を楽しむ数人の生徒の姿しかなかった。
レナリアたちは前に案内された食堂の二階へと上がる。ここには王族専用の個室があって、そこでセシルが待っているのだ。
扉の前には護衛騎士が二人立っている。
アーサーが名前を告げると、すぐに重厚な扉が開いた。