91話 フィルは特別な精霊
本日2話目の更新です。
「あとはセシル殿下に、どうやってリッグルを回復したかの説明をしなければいけないけど……。レオナルド殿下もセシル殿下も、フィルの声を聞くことはできずとも、一応姿は見えているらしい」
この愛らしい姿ではなくタンポポの綿毛のような姿になってはいるらしいが、それでも今までは契約者本人ですら姿を見ることができなかったエアリアルの姿を見た驚きは、かなり大きかったはずだとアーサーは思っている。
もちろんアーサーも初めてフィルを見て驚いた。さらには言葉までも交わせると知って、一体レナリアはどれほど高位のエアリアルと契約をしたのだろうかと心配になった。
大きな力は、たやすく人を溺れさせる。
子供らしく無邪気なレナリアがその重みに耐えられるだろうかと、アーサーが最初に思ったのはそのことだった。
だが洗礼の時にレナリアは前世の記憶をよみがえらせた。
といっても今世のレナリアが前世の記憶に塗りつぶされてしまったわけではない。
前世の記憶は、あくまで記憶。
そしてその記憶が、レナリアに思慮深さを与えた。
無垢な子供であったレナリアはいなくなったが、純粋な心に変わりはなく、今もレナリアはシェリダン家の大切な大切な子供だ。
「そもそも契約者以外と会話ができる精霊というのは、フィル以外には見たことも聞いたこともないんだよ。だからセシル殿下には、その特別な存在であるフィルによってリッグルが回復したと説明すればいい」
「……信じてもらえるかしら」
不安そうなレナリアに、アーサーは繋いだ手をぎゅっと握った。
子供の頃、いつもそうして手を引いてくれた時のように。
「信じてもらえなかったとしても、レナリアの守護精霊がシャインじゃなくてエアリアルなのは確かだからね。光の精霊の守護を得ていないものには、回復魔法は使えないというのが通説だ。だからレナリアはフィルのおかげだと言い張ればいい」
確かにレナリアが洗礼式の時に前世の記憶を思い出さなければ、今こうして回復魔法を使うことはできなかっただろう。
「それにレオナルドは教会と距離を置きたいようだからね。確認を取ったわけではないけど、セシル殿下も同じ考えだと思う。きっとレナリアを無理やり聖女にしようとはしないだろう」
「教会と距離を……?」
確かに言われてみれば、セシルのロイドたちへの対応は素っ気なかったように思える。
入学したての頃は今ほど非常識ではなかったアンジェに対しても、聖女候補として一目置いているという雰囲気ではなかった。
「先代の聖女は王家の出身だったから、王家と教会の仲は悪くなかったはずなんだけどね。最近は教会が力をつけてきて、王家と勢力を二分しているらしいよ」
当主のクリスフォードが隠された王女であったエリザベスと結婚したことによって王太后から疎まれて以来、シェリダン侯爵家はずっと領地にひきこもっているが、それでも歴史ある貴族の一員として、それなりにエルトリア国の情勢を把握している。
最近ではアーサーが学園で得た友人からの情報も多い。もちろんその友人の中には、王太子であるレオナルドも含まれている。
本人に面と向かって言うことは一生ないと断言できるが、最初は強引に結ばされたレオナルドとの友情は、アーサーにとって非常に得難いものであった。