第74話 奴隷、交渉を見守る
リンネが証明するものを取り出そうとする。が、その前にネイヤがボーグの顔を見つめ、何かに気づいたような素振りを見せた。
「セレティア様、この方には見覚えがあります。セオリニング王国軍戦士長、ボーグ・マグタリス殿で間違いありません」
ネイヤから出た言葉に、ボーグ自身が一番驚いた表情を見せる。
「どうしてわたくしをご存知なのでしょうか」
「二年ほど前に、私をセオリニング王国に勧誘してこられましたので」
「記憶力には自信があるのですが、あなたのような美しい方を勧誘して覚えていない、などということはないはずなのですが」
「素顔は見せていませんよ。当時は仮面を着けていましたから」
ボーグの目が、何かに気づいたように見開かれる。
「おお、あなたは剣姫、ネイヤ・フロマージュ殿ですか。たった二年で、あの時よりも数段鋭い剣気を放つようになっておられるとは」
驚くボーグに対し、「全てはこの、ウォルス様の指導の賜物です」とネイヤは俺を持ち上げる。
「それは頼もしい。是非、そのお力を、わたくしどもにお貸しいただきたい」
ボーグは感心しながらも、冷静に、その言葉を俺にはではなく、セレティアへと向ける。
そのセレティアも、この三人がセオリニング王国の国王とその従者だとわかり、完全に乗り気になっている。
「わたしはユーレシア王国の第一王女、セレティア・ロンドブロよ。それをわかったうえで、話を進めたいのかどうか、そこを聞かせてもらえるかしら」
「ユーレシア王国……確か、カーリッツ王国近くにある国だったか。領土は狭いが自然豊かで、王都はそれなりに発展している国と記憶している」
「そ、そうよ。よく知ってるわね」
ヴィクトルの知識に、セレティアはあからさまに照れだし、腰に手を当て偉そうに胸を張りだした。
自国を認知されていただけで、ここまで嬉しがる王女というのも恥ずかしいものがある。
このままセレティアに任せると、相手のペースに呑まれそうで危なっかしく見ていられない。
「このとおり、こちらもクラウン制度でイーラ討伐に来ている。一方的にセオリニング王国の力になる、なんてのは到底無理な話だ」
「余はそなたらとともに戦いたいと思っている。そなたがユーレシア王国の従者だというのなら、それでも構わぬ」
「いったい何が目的だ。イーラを討伐する名目で、有力冒険者を抱き込む魂胆だったのか。それとも、討伐の功績だけ貰う魂胆だったのか?」
「ウォルス殿、落ち着いてください。わたくしどもは、決してそのような疚しい考えで声をかけたわけではありません」とボーグが俺の前で両手をこちらへ向けてくる。
だが、そのボーグの背後から、ヴィクトルが大口を開いて高らかに笑い出した。
「そなたの言うとおり、余は見込んだ冒険者を抱き込むつもりであった」
ヴィクトルが白状するように喋りだす姿に、ボーグとリンネがあたふたしはじめる。
それでもヴィクトルはやめず、そのまま話を進めた。
「だが、ともに戦おうとしたのは本当だ。余には力がない。ボーグとリンネは優秀だが、それでもイーラ討伐は無理だ。それでも、余はクロリナ教の敬虔な信徒。エディナ神は余を見捨てぬと信じていた。きっと、イーラに対抗できる力をお与えになると」
そう言って、ヴィクトルは俺に情熱的な瞳を向けてきた。
悪い奴ではないようだが、正直関わりたくないタイプの奴だ。
この場で、本気でこんなことを口にして、正気なのかと疑いたくなる。
「悪いが、俺はエディナ神の使いじゃない。セオリニング王国に与する理由もない」
「……ウォルス、ちょっと待って」
「なんだセレティア、セオリニング王国と手を組むとでも言うのか?」
偽アルスの動きを考慮すれば、他のパーティー、特に地位のある者との接触はなるべく避けたいところだ。
どこから俺たちの情報が漏れるかわからず、それはセレティア自身も理解していると思いたい。
だが、セレティアは出会った時のような、王女の顔つきになり、ヴィクトルたち三人を見据える。
「考えてもみなさい。この討伐を決起したのはセオリニング王国の君主ではなく、リヴェンデール卿。その集団に、紛れるように参加している君主。セオリニング王国も一枚岩ではないようよ」
「恥ずかしながら、セレティア王女殿下が申されたとおりだ。余に力がないばかりに、玉座を狙う者を排除できないでいる」
ヴィクトルはセレティアの言葉を肯定し、内情を隠すことなく話してゆく。
セオリニング王国は俺が知る王、アヴェルト・ヴリッジバーグが亡くなり、ヴィクトルが即位してから、それまでの求心力、威光を急激に失っているらしい。
それが真実なのか、ただの作戦なのかはわからない。
それでも、ボーグとリンネの落ち着かない、天を仰ぐ様子を目にする限り、どちらなのかは明白だ。
「話はわかったわ。ヴィクトル陛下も大変なのね」とセレティアは一応同情するような素振りを見せる。「それで、協力するのは吝かではないのだけれど、協力したとして、わたしたちには何の利益があるのかしら」
完全に交渉に入っているセレティアを見ていると、口から自然とため息が漏れた。
だが、ネイヤとフィーエルはそうではないようで、特にネイヤは、エディナ神に選ばれて当然です、といった表情で、セレティアの話を好意的に受け止めているように思える。
「ウォルス殿がセオリニング王国に下ることがないのなら、貢献度によって与えられるものは変わるが」
「わたしたちは、イーラ討伐の偉業はいらないんだけど、イーラ討伐の偉業なら何を与えてくれるのかしら」