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eva.storiesとは、1944年10月にアウシュヴィッツ強制収容所で13歳で死亡したユダヤ系ハンガリー人の少女、エヴァ・ヘイマンの日記を再現した、インスタ向け映像作品。イスラエルの実業家が、5億円以上の予算と400人超のスタッフを動員して制作し、昨年春に公開した。 instagram.com/p/BwzDi11HF5d/

Instagram Holocaust diary Eva.Stories sparks debate in Israel

ホロコーストについて若者に広く知ってもらいたいという動機で制作され、インスタで100万人以上のフォロワーを集めるなど世界中で話題になったプロジェクトだが、 ↑で制作者がwithnewsに語っているように、イスラエル国内で「虐殺の歴史を軽く扱いすぎ」といった批判も出た。

Jewish girl’s life is documented on social media to teach young people about WWII genocide

（ここから本題）英語記事・文献をざっと探した限りでは「ひろしま」について今大きく話題になっているような歴史的正確性への批判はeva.storiesについては驚くほど少ない。それでもホロコースト専門家がまとめているものを2つ見つけたので、比較のために紹介したい。

Éva on Insta: Holocaust Remembrance 2.0

まずは、ドイツのライプニッツ・ユダヤ歴史文化研究所の研究者が昨年10月に出した論文。 1) ナチスのユダヤ人虐殺の歴史をSNSを通じて語り継ぐことは近年盛んに行われており、

@yadvashem

や

@holocaustmuseum

などの団体も公式アカウントを作成して発信を行なっている。

A recent Instagramm project called 'eva-stories', in which a young girl (played by an actress) 'experiences' the Holocaust and documents it on her Insta account received much international attention,...

cultures-of-history.uni-jena.de

2) SNS発信の倫理的な問題（反ユダヤ主義者を含め誰でもコメント可能・負の遺産の観光地化/矮小化など）に対処するため、国際ホロコースト記憶同盟（IHRA）はガイドラインを策定しており、そこには「歴史的な正確性を保つことは至上命題である」という項目もある。 holocaustremembrance.com/resources/educ

3) この点を鑑みると、eva.storiesの制作者がこの日記を原作に選んだことは「むしろ不運なこと」だったかもしれない。なぜなら『エヴァの日記』はホロコーストを生存した彼女の母親によって1947年に出版されて以来、それが本当にエヴァの残した文章なのか、母親の創作なのか論争が続いているからだ。

4) ハンガリーの歴史家Gergely Kuntは2016年、「文体と構成から判断すると『エヴァの日記』は思春期の若者の文章とはとても思えない」という論文を発表している。母親の創作だったとしても、日記に書かれた出来事が事実である点は変わらないものの、プロジェクトの正確性に疑義を生じさせてしまう。

5) さらに、原文に登場する過去の回想も全て1944年の現在進行形で表現することで、eva.storiesは複雑な加害者の存在も曖昧にしてしまっている。例えば、エヴァのいとこが連行されるシーンは原文ではナチスドイツではなく、反ユダヤ主義的なハンガリー王国政府によって1941年に行われたものだった。

6) そもそも、ユダヤ系ハンガリー人であるエヴァ一家が住んでいたのは現在のルーマニア領内の地域であり、原文ではナチス占領下において分断されたハンガリー人・ルーマニア人・ユダヤ人の複雑な関係性が描写されている。が、eva.storiesがこうした点に触れることはほとんどなかった。

7) また脚色の問題もある。一例を挙げると、eva.storiesでは「ユダヤの黄色い星」の着用を強制されたエヴァが「学校でみんなに馬鹿にされる！」と叫ぶシーンがある。この原文にない表現はSNS上では効果的かもしれないが、制度的なユダヤ人迫害という歴史を正確に描くという目的からは遠ざかっている。

8) 結論：eva.storiesプロジェクトは、ホロコースト被害者の一個人の視点を芸術的に伝えることには成功した。しかし一方で、単純化された再現ドラマは、SNSユーザーが「誰が加害者だったのか」そして即ち「どうしてユダヤ人虐殺が起きたのか」を詳しく知る機会を奪いかねない。『エヴァの日記』→

9) 原文で描写されていた現地社会の反ユダヤ主義や、ナチス占領以前からの迫害の歴史を割愛してしまうと、今も無関係ではないホロコーストの意味、つまり過激化や外国人/人種差別的な思想の広まりはいつの時代でも現実の脅威であるということを、十分に伝えることができなくなってしまう。（以上要約）

2つめは、英ウィーナー・ホロコースト資料館の昨年5月のブログで、上記4)でも指摘されていた『エヴァの日記』作者に関する研究史が簡単にまとめられている。該当部分のみ要約すると、 1) 日記は1947年の出版以降長い間、エヴァの文章を母が軽く編集したものと信じられてきた。wienerlibrary.co.uk/Blog?item=390&

2) しかし1990年になって、歴史家Péter Nagyが『日記』は「創作の可能性がある」と提唱。1995年には文学史学者György Szokeが、完全に創作という研究を発表した。2005年にはエヴァ自身を知るホロコースト生存者のReuven Tsurさえ（本人の文章と）母親の加筆が混在している可能性が高いと述べる。

3) そして2016年、戦時中の日記研究者のGergely Kuntが、アンネ・フランクなど他の日記との内容の比較や、エヴァや家族を残してスイスに亡命し戦後そのことを悲嘆していたと伝えられる母親のパーソナルヒストリーから、娘の死を受け入れるための母親による創作だった可能性を指摘した。（以上要約）