人体に侵入した新型コロナウイルスに反応するY字型の抗体の想像図。抗体は、新型コロナウイルスの特徴的なスパイスタンパク質に結合し、ウイルスと細胞の結合を妨げ、ウイルスを破壊するほかの免疫細胞の目印にもなる。(ILLUSTRATION BY KTSDESIGN, SCIENCE SOURCE)
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 新型コロナワクチンの接種が本格化している今、免疫が無防備になっているせいで、ワクチンを接種できない人々が取り残される危険にさらされている。

 そうした免疫不全の患者が世界に何人いるかは不明だが、米国だけで約1000万人、つまり人口の約3%にのぼると推定されている。これには、まれな遺伝性免疫不全疾患の患者、関節リウマチなどの自己免疫疾患の患者、免疫抑制剤を服用しているがん患者や臓器移植を受けた人などが含まれている。

 彼らのなかには、ワクチンを接種してもウイルスを中和する抗体を作れない人もいる(編注:すべての患者でワクチンが効かないわけではなく、厚生労働省は現在「免疫の機能が低下する病気(治療中の悪性腫瘍を含む)」の患者を優先接種の対象として検討している)。そこで世界中の製薬会社が、免疫のしくみを利用しない予防および治療法の開発に取り組んでいる。

 なかでも有力なのは、人工的に作成したモノクローナル抗体を利用する方法だ。モノクローナル抗体が、ウイルスのスパイクタンパク質の重要な部位に結合すれば、ウイルスが細胞の中に侵入して繁殖するのを防ぐことができる。現在、英アストラゼネカ、米リジェネロン・ファーマシューティカルズ、米イーライ・リリーなどの製薬会社が、免疫不全の人々をモノクローナル抗体で守れるかどうかの臨床試験を行っている。

「骨髄移植を受けた人がひどいインフルエンザやその他の感染症にかかることは珍しくありません。免疫機能が低下しているため、自力でウイルスを排除できないからです」と、英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン病院の感染症コンサルタントであるニッキー・ロングリー氏は説明する。「新型コロナウイルスによる第1波では、こうした人の多くが命を落としました」

 英国立衛生研究所の感染症専門家であるアンドリュー・ユスチアノフスキー氏は、免疫不全の人々の感染を防ぐことが、長期的にこの病気を食い止め、コロナ禍以前の生活に戻る鍵になると言う。

 世界のワクチン接種プログラムの穴を埋めるモノクローナル抗体への期待は高い。だが、費用対効果に問題はないのか、効果は本当に何カ月も続くのか、利益より害の方が大きくなるおそれはないのかといった疑問は残る。おそらくそれらの答えは今後数カ月で明らかになるだろう。

現実的になってきた技術

 かつて、免疫不全の人々をウイルスの爆発的な流行から守る手段は「免疫グロブリン静注療法(IVIG)」しかなかった。健康なドナーの血漿(けっしょう)に含まれる免疫グロブリンを患者に投与することで、広い範囲の感染症に対する抗体を付与する治療法だ。しかし、免疫グロブリン製剤の供給量は限られている上、高価で、効果は3週間しか続かず、特定のウイルスに対する効果は保証されていない。

 これに対して、モノクローナル抗体は特定のウイルスを中和できる。ただし、その製造にはかなりの手間がかかる。まずは回復した人の血液から幅広い種類の抗体を抽出し、動物を使って最適な抗体を選び出し、その抗体だけを産生するクローン細胞を作り、大量に培養しなければならない。

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