『ボンバーマン』ミュージックの先駆者、竹間ジュンの功績を考える
1985年12月に、ファミリーコンピュータ用ソフト『ボンバーマン』が発売。その後、1990年12月に、PCエンジン用ソフト『ボンバーマン』が発売された。2020年12月をもって前作は発売35周年、後作は発売30周年を迎えた。派生作品やメディアミックスも含めると膨大な数にのぼるボンバーマンシリーズは、ハドソンがコナミデジタルエンタテインメントに吸収合併された後は、コナミブランドで展開されている。2005年11月にサイトロンから発売された『ボンバーマン ザ ミュージック』は、シリーズの原型となった1983年発売の『爆弾男』から、2005年発売のニンテンドーDS版『ボンバーマン』やプレイステーションポータブル版『ボンバーマン ぱにっくボンバー』まで、ハドソンブランドから発売されたシリーズ38作のBGMをセレクト収録した資料的な一枚であるが、廃盤となって久しい。
往年のボンバーマンシリーズの音楽の重要人物が竹間ジュン(竹間淳)だ。ファミコン版『ボンバーマン』は竹間のゲーム音楽デビュー作であり、それまでテレビ番組などの音楽を手がけていた彼女のキャリアに新たな局面をもたらした。竹間は初めてのゲーム音楽制作の手がかりをつかむためにファミコン版『ロードランナー』をプレイし、強く影響を受けたという。限られたデータ容量のなかで、彼女はテクノやミニマルミュージックの要素をコンパクトに落とし込んでゆく。四小節でループするステージBGMはシリーズの代名詞となり、タイトルBGMやボーナスステージBGM(以降の作品ではバトルモードBGMとして定着)とあわせて幾度となくアレンジされる楽曲となった。
竹間は1980年代後半に『高橋名人の冒険島』『ドラえもん』『ファザナドゥ』『邪聖剣ネクロマンサー』『魔境伝説』『ネクタリス』『ドラえもん 迷宮大作戦』といったハドソンのタイトルで作編曲を手がけ、ゲーム音楽コンポーザーとしてのキャリアを順調に重ねていく。一方では、シンセサイザー奏者の畑野亨(畑野貴哉)の主宰レーベル〈Picture〉から1986年にソロアルバム『Divertimento』を発表している。マリンバの音色をフィーチャーした多重録音曲「Broadcast Profanity Delay」や、エリック・サティへオマージュした弦楽四重奏曲「Climb-Down」といったコンテンポラリー/ミニマル/ニューエイジ路線の楽曲を収め、竹間の音楽性の原点や実験精神を瑞々しく伝える貴重な作品だ。同作は2019年にニューヨーク・ブルックリンの電子音楽レーベル〈RVNG Intl.〉の傘下レーベルである〈Freedom to Spend〉から『Les Archives』と改題のうえ、アルバム未収録曲3曲を追加して再発した。
PCエンジン版『ボンバーマン』は、シリーズの基盤を築いたエポックメイキングな一作だ。同時期にはファンハウスから『ボンバーマン名曲集&オリジナル・サウンド・トラック』も発売。PCエンジン版とファミコン版のオリジナル音源に、竹間自ら手がけたアレンジヴァージョン3曲を併録した本盤は現在では入手困難だが、前述のアレンジは、竹間のSoundcloudアカウントで公開されている。川口雷二(ドラムス)、大坪寛彦(ウッドベース)、高木潤一(フラメンコ&エレクトリック・ギター)、柴田英次(マンドリン)、常味裕司(ウード)、太田恵資(ヴァイオリン&ヴォイス)、葛生千夏(ヴォイス)を迎えて展開される、ワールドミュージック、ハウス、ヒップホップのミクスチャーサウンドが刺激的だ。
1990年代前半はシリーズ音楽の過渡期にあたる。ファミコンでのシリーズ第2作『ボンバーマンII』(1991年6月発売)は単体でのサントラCDは出ていないが、楽曲は竹間のSoundcloudアカウントで公開されている。テクノ色が強まり、トリッキーなアレンジも飛び出す、第1作の正統進化的な内容だ。やがて、竹間はチュニジアのチュニス国立高等音楽院でナイ(葦笛)やウード(木製撥弦楽器)の奏法やアラブ音楽の作曲技法を学び、1994年にはウード奏者の松田嘉子とアラブ古典音楽グループ「Le Club Bachraf(ル・クラブ・バシュラフ)」を結成するなど、演奏家のキャリアもスタートさせてゆく。PCエンジン『ボンバーマン’93』(1992年12月発売)ではアラブ音楽のエッセンスが色濃く投影され、PCエンジンでのシリーズ最終作となった『ボンバーマン’94』(1993年12月発売)では、日本的なペンタトニックやアラブ音楽の旋法をテクノを仲立ちにしてポップに聴かせる。スーパーファミコンでのシリーズ第1作『スーパーボンバーマン』(1993年4月発売)ではPCエンジン版『ボンバーマン』の楽曲アレンジも交えながら、ストレートにメロディの立った楽曲を展開していく。ピアノサウンド主体の軽快なアレンジは、当時T’s MUSICに在籍していた濱田智之(現:5pb. Records)が担当した。
『スーパーボンバーマン3』(1995年4月発売)は、スーパーファミコンの《スパボン》シリーズでサントラCDが発売された唯一のタイトルだ。楽曲はすべて、ゲーム用にエディットする前のオリジナルの形(完全版)で収録されているという点も見逃せない。「ローファイ・サウンドとブレイク・ビーツといった流れに呼応し、さらに展開させた」「過去の私の5つのボンバーマンの集大成である」とサントラの解説で竹間が語る通り、ゲーム音楽における一つの実験であり、類まれな達成である。あえて生楽器のサンプリングを禁じて音色の創出に心血を注いだサウンドプログラマーの佐藤昭洋と山本裕直の貢献も素晴らしく、クラブミュージックやワールドミュージックの要素を内包しつつ、それだけにとどまらない独特の質感を持たせている。竹間のSoundcloudアカウントでは、星恵太の作曲による2曲(ボスBGM)以外の楽曲をまとめたプレイリストが作成され、リストの最後にはCD未収録の「Super Bomberman 3 Private Remix」が加えられている。
『スーパーボンバーマン4』(1996年4月発売)と『スーパーボンバーマン5』(1997年2月発売)の楽曲は、過去のシリーズのアレンジを中心としており、『4』では『スーパーボンバーマン2』『ボンバーマンGB』のメインコンポーザーを務めた福田裕彦、『5』ではEXPOやS.S.T.BANDなどの活動でも知られる松前公高がアレンジを担当、名手たちの仕事が堪能できる。一方で、セガサターン『サターンボンバーマン』(1996年7月発売)の楽曲は『スーパーボンバーマン3』から地続きの印象を感じさせる。アレンジには竹間のほか、秋元薫、遠藤稔、山本裕直が参加し、ブレイクビーツ、ジャングル、ボサノバ、ディストーションギター、コズミックシンセ、エンニオ・モリコーネ風などのアレンジが並ぶ。未サントラ化が惜しまれる逸品だ。
クラブミュージック志向は、ニンテンドー64『ボンバーマンヒーロー ミリアン王女を救え!』(1998年4月発売)で極致に達する。本作は竹間が作曲・編曲の双方にタッチした最後のボンバーマンシリーズとなった。音楽的には全編にわたって独特の浮遊感にあふれるブレイクビーツ/アンビエントを聴かせ、ボーナストラックでは竹間のナイと松田嘉子のウードのタクスィーム(即興演奏)による実験的な新曲「LOOM」を収録するなど、アブストラクトな方向性で一貫しており、“焼け焦げて半壊したディスク”を模したサントラCDのジャケットアートワークも非常に挑戦的だ。今なお孤高の存在感を放つ本作の楽曲も竹間のSoundcloudで公開されており、広く再評価を望みたい。
■糸田 屯(いとだ・とん)
ライター/ゲーム音楽ディガー。執筆参加『ゲーム音楽ディスクガイド Diggin’ In The Discs』『ゲーム音楽ディスクガイド2 Diggin’ Beyond The Discs』(ele-king books)、『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)。「ミステリマガジン」(早川書房)にてコラム「ミステリ・ディスク道を往く」連載中。