第73話 奴隷、目をつけられる
ベルポソイ火山の火口を目指し、一部の冒険者が動き始める。
その中にはフロイス以外にも、ネイヤが知る冒険者がチラホラいるようだが、ネイヤは声をかけることもなくそのまま見送る。
「声をかけなくていいのか? このまま行かせれば俺らが助けることもないし、十中八九、生きて帰ることはないぞ」
「それが彼らが選んだ道ですから、私が口出しすることは何もありません。自分の命は自分で守る、それが冒険者というものです」
ぞろぞろと山へ向かう冒険者の背を見つめ、ネイヤは自分の姿を重ねているのかもしれない。そんなことを考えていると、今度は九人パーティーがこちらへ向かってきた。
またネイヤかと思ったが、ネイヤはこちらへ顔を向け、自分ではないといった表情をする。
「セレティアのわけはないし、……フィーエルか?」
だが、フィーエルも首を横に振り、否定の意思を見せる。
「私も違います。全員知りません」
俺も人のことは言えないが、こちらにやってくるパーティーは男二人に女七人という、少々偏ったものだ。
当然、俺も知らない連中だが、その中の女の一人が、真っ直ぐ俺に向かって歩いてきた。
魔導師であるその女は、値が張りそうな杖を手にしていて俺の前の前までやってくると、俺の胸元に顔を近づけ、ニオイを嗅ぎだした。
「クンクン、クンクンッ……あなた、奴隷のニオイがするわね。私は奴隷魔法も嗜んでるからわかるのよね。あなたから、強烈な奴隷のニオイがするわ」
突然俺から奴隷臭がすると口にした女は、俺を悦楽と侮蔑を含んだ目で俺を見上げる。
「……なんだお前は」
「私はリューク様にお仕えする魔法師だけど」
「リューク?」
俺が尋ねた途端、女が怪訝な表情を見せる。
「あなたの主人は誰なのかしら? この討伐隊に参加しておいて、討伐を呼びかけたリヴェンデール卿の御子息である、リューク・ラウバンドル様を知らないの?」
女をそう言ってパーティーの一人である、男の後ろへと回った。
男はパーティーの中で一番いい鎧を身に着け、冒険者らしくない太り方をしている。
贅沢なものを食べ、ろくに動いたこともないのだろう。
この魔法師が仕えているリューク・ラウバンドルという貴族の者で、ほぼ間違いない。
「奴隷のわりに鎧も良い物を付けてるし、堂々としてるな。本当にこれが奴隷なのか?」とラウバンドルは滑舌が悪く、聞き取りにくい声で言う。
「私の鼻に間違いなんてないですわ。このニオイは奴隷の中でも、かなり強力な縛りを施されている者のニオイですから」
「奴隷なら、奴隷の態度というものがあるだろう」
ラウバンドルは俺に見せつけるように、後ろに並ぶ女の一人に手をかけると、その胸を鷲掴みにしてみせた。
女はそんな目に遭っても眉一つ動かさず、されるがまま俺から目を離さない。
「これが奴隷というものだ。本当に貴様は奴隷か?」
ラウバンドルは俺の後ろにいるセレティア、ネイヤ、フィーエルへと目を向ける。
「女が三人か――――ということは、護衛奴隷といったところか。たった一人に任せるとは、極貧貴族だな。どうだ、僕に従属すれば、功績の一部くらいはくれてやってもいいぞ」
三人を見るラウバンドルの目はいやらしく、女の胸に回したままの手も止まることはない。
「どんな者がイーラ討伐の声を挙げたのかと思っていたが、息子がここまでバカだということは、そのリヴェンデール卿というのも相当頭が弱いようだな」
「貴様、大貴族に連なる僕をバカにして、ただで済むと思ってるのか? 僕の護衛奴隷はどれも上位冒険者並の力があるんだぞ」
ラウバンドルが右手を上げると、女たちが俺の前に立ちはだかった。
どれも魔力は低く、肉体にのみ特化した剣士なのは間違いない。
全員自信があるわけでもなさそうで、命令にただ従う魂のない人形のようだ。
ある意味、錬金人形よりも人間味が薄い。
「セレティア、どうせこいつらは生き残れない。ここで殺っても問題ないだろう」
ここに集まった冒険者は、率いる者によって生存率が大幅に変わる。
こいつが集めたことになっているのなら、間違いなく全員死ぬことになるだろう。
死んでもらったほうが、他の冒険者のためでもある。
「結果は同じでしょうけど、それはどうなのかしら……他の目もあるし」
煮え切らない答えがセレティアから返ってくるのと同時に、ネイヤが剣気を放つ。
殺気が込められた剣気は、それだけで奴隷の女たちを怯ませる、
だがもう一人、そのネイヤの横に、全く知らない仮面の人物が、剣気を放ちながらその横に並ぶ。
その男はネイヤほどではないが、並の上位冒険者よりも強い剣気を放ち、魔力も上位魔法師並という、珍しく二つとも能力が高く、魔法剣士のお手本とも呼べそうな男だ。
「リヴェンデール卿の子息ともあろう者が、このような愚行を犯すなど、恥ずべき行為だとわからないのですか」
男が力強い声で、ラウバンドルの行いを正す中、ラウバンドルの後ろに同じ仮面を被った男女が姿を現す。
二人のうち、女の魔力は相当なもので、名のある魔法師なのは間違いない。
対して男からは剣士、魔法師の気配すらせず、冒険者パーティーとしてはおかしな組み合わせだ。
この三人組もクラウン制度を利用して出てきた貴族、二人の実力を考慮すれば、ただの貴族とは考えづらい。
「ボルグ、この者たちを排除するのに、どれくらいの時間が必要なのだ」
あとから来た仮面の男が尋ねると、魔法剣士の男は数秒ですとだけ答え、見本とばかりに、目の前の女奴隷の腹部に拳をめり込ませ、一瞬にして二人の意識を消失させた。
さきほどまで無反応だった女奴隷たちはたじろぎ、ラウバンドルと魔法師、それに男剣士も固まって動けずにいる。
「リューク・ラウバンドル殿、残りの女奴隷、それに後ろの魔法師と剣士全員を相手にしても、私一人で十分事足ります。しかし、私の隣に立つこの女剣士は、その私よりも実力は上でしょう。この者たちは、あなた方の命を奪うのも
ラウバンドルは良くもない顔をさらに歪ませ、鼻を鳴らす。
「ふんっ、今日のところは見逃してやる。次に会った時は、ただで済むと思うなよ」
ラウバンドルはそそくさと撤退を始め、冒険者たちの列の中へ紛れ込むように姿を消す。
だが、仮面の三人はその場から動こうとしない。
見覚えがあるような仮面に、ネイヤへ顔を向けるが、今回も首を横に振られた。
「お前たちは何者だ? 俺たちを助ける意味はないだろう。見たところ、どこぞの王族のようだが」
俺が王族という言葉を出した途端、一番能力がなさそうな男が、驚いたように左右に立つ従者へと顔を向けた。
「この者、なかなか面白い奴だぞ。余を王族だと申しおった」
「陛……いえ、トール、この者は私の見立てでは、そこの女剣士よりも実力が上だと思われます。冒険者の中では一番有望かと」
「そうか、やはりエディナ神は余に味方しているようだな」
「……おい、何の話をしている。王族でなくとも、力がある貴族なのは間違いないだろう。俺たちを巻き込むな」
勝手に盛り上がる仮面の者は、怪しくもどこか抜けている。
唯一の女である魔法師は、しきりに頭を下げて謝るばかりだ。
「申し訳ございません。我らは訳あって、身分を隠し討伐に参加しております。どうか詮索はなさりませぬよう、お願いいたします」
「そうか、ならクラウン制度に倣って、自分たちの力だけで頑張ることだな」
俺は冷たく言い放つ。
こんな所で、どこぞのわけのわからない連中とつるむ時間はない。
それはセレティアもわかっているらしく、俺の行動を見て頷いている。
俺が仮面の連中へ背を向けると、その肩を掴んでくる女魔法師。
「お待ちください。どうか、トールのお話をお聞きくださいませ。確かに我らはクラウン制度に倣いここへ参りましたが、討伐自体が目的ではありません」
「どういうことだ? 二人ともかなりの実力があるだろう」
単独でイーラ討伐は不可能な実力だが、それでも討伐に参加した冒険者より、頭一つ分以上、実力が上なのは確かだ。
一国の重要な位置にいる者なのは間違いない。
「それは、私からお話しましょう」とボルグが一歩前へ出た。
「わたくしどもは、イーラを討伐するにあたり、実力、人格、そういったものを兼ね備えている者を探していたのです。ともに戦うために、全てを兼ね備えていたのがあなた方だった、というわけです」
「俺たちじゃなくてもいいだろ。冒険者ならあそこに腐るほどいる」
俺は隊列を組んで山へと向かう冒険者を指差した。
だが、ボルグは軽く首を振った。
「あなた以外の三人の女性、それも実力がかなりあると思われますが、このトールが望む実力を持つ人物は、この場にはあなただけだと、わたくしが判断いたしました」
見る目は確かだが、こんな怪しい人物に付き合う道理がない。
ここは早速断ったほうがいいだろう、と口を開こうとしたところに、ネイヤが割って入った。
「ウォルス様の実力を見抜くとは、あなたは素晴らしい慧眼の持ち主だ。さっきの連中とは大違いです」と熱く語り、ボルグの手を両手で握る。「フィーエルもそう思うでしょう。この方たちは本物です」
「それは否定できません。ウォルスさんは、悟られないよう力を抑えています。それでもウォルスさんの力を見抜く眼識は、認めざるを得ません」
おかしな方向へ流れが向いている。
それも味方から背中を撃たれている気分だ。
ここは、このパーティーのリーダーにはっきり言ってもらうのが一番かと、未だ一言も発していないセレティアへ目で合図を送った。
セレティアはやれやれといった感じで前へ出てくると、ボルグ、そしてトールと呼ばれる男を睨みつける。
「あなたたちの考えはわかったわ。でも、顔と素性を隠している者の話に乗るほど、わたしたちは暇じゃないのよ。確かに、あなたたちの目に狂いはないようだけど、このパーティーのリーダーであるわたしを納得させたいのなら、今すぐ仮面を外して、素性をはっきりさせるのね」
――――――――ん?
結局、フィーエルやネイヤの幇助をしているだけのような気がするんだが。
俺の心配が的中したかのように、仮面の三人は、その仮面を順々に外してゆく。
ボルグは、中年に差し掛かろうかという、精悍な顔つきの男。
対して、トールは俺とそう年が変わらない、真面目そうな若者だ。
最後に仮面を取ったのは、ネイヤと同じ女の香りがする美女だ。
「申し訳ございませんでした。私はリンネ・ピンネワークス。この者はボルグではなく、ボーグ・マグタリス。そして、この御方はヴィクトル・ヴリッジバーグ国王陛下でございます」
このリンネという女が口にした名前、ヴリッジバーグ家といえば一つしか心当たりがない。
セオリニング王国を治める王家の一族だ。
「ヴィクトル・ヴリッジバーグ陛下と言えば、セオリニング王国ね。それを証明するものはあるのかしら」
セレティアはなぜか目を輝かせ、セオリニング王家に食いついている。
俺はさっさと断ってもらいたいのだが、どうやら、そういうつもりはないようだ。