ラティッチェの霊廟1
キシュタリア、ついに真実へ一歩
あれからもメリルはまだ諦め悪くミカエリスに懇願するような視線を送っていたが、ミカエリスは流した。
一度甘い対応をしてしまうとメリルはつけあがるタイプである。それは身に染みている。
フォルコも日和見なところがあるし、付け入る隙があったらまたちょっかいを掛けてくる可能性が十二分にある。
ガストンは降ってわいた縁談に割と乗り気のようだ。だが、メリルは一生懸命に声をかけても、かなりつっけんどんだ。
逆玉の輿なのは確かである。メリルは歴とした貴族籍であるし、容姿も可憐である。少々おつむは微妙なところはあるが、愛嬌があるタイプだ――聊か子供っぽく我儘なところが目につくが。
執務室に向かうと来客があると小姓のビーンが伝えてくる。
出された名前に、少し瞠目する。
「――討伐遠征に引っ張りだこと聞いたんだがな。ラティッチェ公爵子息殿?」
「だからここまでこれたんだよ。ドミトリアス伯爵当主殿」
お座なりなノックとほぼ同時に開いた応接室。
山吹色のコーデュロイが黒檀の褐色の木肌が映える来客用のソファの後ろに立っているのは、埃除けのマントを纏ったキシュタリアだった。
まだテーブルに紅茶も茶菓子も出ていないところを見ると、それほど待たせていないだろう。
窓から外から景色を見ていたようだ。さして珍しいものがあるとは思えないが、咎めることでもないのでミカエリスは座るように促す。
使用人が近づくと手慣れた様子でマントを預けるキシュタリア。
ゆったりとソファに座り、長い脚を組む。その仕草はグレイルに似ていた。
用意された紅茶は、王宮やラティッチェ公爵家で出される品に比べれば大分味は落ちるだろう。サーブの終わった使用人を視線だけで退席させる。
幼馴染がティーカップを優雅に傾ける姿を眺めながら、ミカエリスも紅茶に手を伸ばす。
「世間話でもしに来たわけではないのだろう。何かわかったのか?」
「まぁね、父様の墓へご挨拶しに行ったよ」
「……入ったのか?」
「ああ、よくやってくれたよ。セバスは」
キシュタリアは静かに視線を紅茶の水面に落とす。
愛想のいい笑みで毒を言葉と共に叩きこむ、令息の皮を被った悪童。それがミカエリスの知るキシュタリアだ。
随分歯切れが悪い。違和感は確信に変わり、漸くミカエリスは気づいた。
酷く機嫌が悪いのだ。
ミカエリスの前ですら素を出せなくなるほど、はらわたが煮えくり返っている。
優雅で人当たりの良い『公爵令息』の皮を被らねばならぬほど、今のキシュタリアの感情は激しいのだ。
「何があった」
誤魔化さずに聞いた方が早い。
いずれは知ることだし、早めに吐き出させた方が気持ちの整理が早いだろう。
ミカエリスは臆さずに聞けば、アクアブルーの瞳に凄絶な光が宿った。
「父様はご不在だったよ」
困ったように眉を下げるキシュタリア。
美しい微苦笑。整えられすぎた笑みは、無理をしていたアルベルティーナを思い出す。
一拍置いてその意味を理解したミカエリスは心臓を強く叩かれたような衝撃を受ける。
だが、キシュタリアから視線は外さず必死に平静を保つ。
キシュタリアは語りだした――ラティッチェの霊廟に近い地域の討伐に向かった際、隠れて訪れたことを。
依頼された魔物や呪いの残党の討伐はさして難しくなかった。
カインやグレイルの変異した魔物に比べれば、どれもこれも動物に毛の生えたようなもの。
群れを見つけ、その中枢たるリーダー格を始末すれば一気に魔物や獣の指揮など瓦解する。
そもそも、キシュタリアは膨大な魔力による殲滅が得意だ。
リーダーの近くには護衛だったりサブリーダーであったりする、戦力や位の高い存在が多くいる。それらをいっぺんに焼き払ってしまえばほぼ完了だ。
面倒な時など、群れごと数十数百という数を始末したこともあった。
魔物や獣の死体は素材や食料となる。だが、いちいちそんなことに構っていられるほどキシュタリアも暇ではない。
多少荒っぽいことは承知だったが、無為に兵を消費する気もなかった。
ほとんどの討伐はキシュタリアが大部分を削り、負傷して疲弊しきった残党を配下が払っていくような形だった。
最初こそ、指揮官にいるのが若造のキシュタリアに不安の目を向けるものも多かったが数日もしないうちに、畏怖と信頼の眼差しに変わった。
手のひらを返して露骨な媚を売り、娘や姉妹を紹介しようとする者たちもいたが忙しいからと断った。決して嘘でもなく、討伐遠征中ですら救援を求める声が多かった。
それだけ国内の魔物の討伐をグレイルが回していたということであり、いなくなった弊害が出ているといえる。
ガンダルフの軍部掌握を元老会が邪魔をし、ここぞとばかりの国内予算を収縮しようとしているのだ。恐らく、押さえていたグレイルがいなくなり戦争をしたがっているのだろう。ゴユランが不審な動きをしていることが、より一層拍車をかけていた。
だが、戦争資金をかき集めるにしたら、それこそ元帥たるガンダルフの領分である。
(父様が居なくなったことをいいことに、軍部にまで手を付けようとしているんだろう)
ガンダルフとてそう易々と引き渡す気はない。
元老会は不安定なラティッチェ公爵家に変わりアルベルティーナの後ろ盾であるガンダルフの勢力を削ぎたいのだろう。力が弱くなれば、アルベルティーナ自体にも手を伸ばすことは明白。
この遠征はキシュタリアの実力を示すだけでもなく、ガンダルフが元老会を相手取り易くするためでもある。
今まではグレイルという強烈な才能がラティッチェ家に君臨しており、王家、元老会、四大公爵家のバランスを取っていた。
王家は脆弱だ。半分元老会に飲み込まれているようなもの。そして、元老会の影響は貴族にも大きく、四大公爵家にも忍び寄っている。
キシュタリア専属の使用人や護衛は基本ラティッチェの忠実で信頼できる僕で固めていた。そうでないと、何をされるか分かったものではない。
相変らず周りはすり寄りながら裏で何を考えているか分かったものではない。
子獅子と侮るか、若き獅子と認めるか。キシュタリアはキシュタリアで相手を観察していた。
この激動に飲み込まれる藻屑の成る気はない。
(かといって、墓荒らしは気が進まないな……)
夜中に抜け出し、部下を影武者にして霊廟へと向かった。
一番良い馬を潰す勢いで使っても二時間かかった。夜明けまでに戻り、明日の遠征には再び立てるようにしておかねばならない。徹夜も覚悟だ。
忍び込むことも考えたが、警邏している墓守を捕まえて案内をするように言った。
背後から襲い組み敷いたが、墓守の青年は相手がキシュタリアだと気づけばすぐさま恭順を示した。
「お待ちしておりました、若様。セバス様よりお伺いしております。このまま案内いたします」
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