68話 いいところを伸ばそう
レナリアが食べたパンは、いつも食べるものよりも素朴な味がした。
でも初めて自分で作ったパンだからか、今まで食べたどのパンよりもおいしく感じる。
ハンクがパンの好みはそれぞれ違うと言っていたが、確かにそうよね、とレナリアは思った。
「ねえ、ボクにもレナリアのパンをちょうだい」
フィルにねだられたレナリアは、制服のスカートの上にハンカチを広げ、その上にこっそりとパンを置いた。
「わあ、ありがとう!」
さっそく食べたフィルは、すぐににっこりと幸せそうな笑顔を浮かべる。背中の羽根も、きらきらと七色に輝いていた。
「うん。やっぱりおいしいね」
そう言われるとレナリアも嬉しい。
すぐにお代わりを要求されて、パンをもう一切れ取って、ハンカチの上に置く。
するとポケットの奥でもぞもぞ動く気配がした。
チャムが起きたのだろう。
「ずるーい。なんか食べてるー」
ポケットから顔を出したチャムは、すぐにパンを食べているフィルに気がついた。そしてすぐさまフィルの隣に行って、手に持っているパンをじーっと見ている。
「これはボクのだからあげないよ」
「いいなー、いいなー。おいしそうな匂いがするー」
フィルは手にしたパンを右に動かした。
チャムの顔が右を向く。
次に左に動かした。
チャムの顔も左を向く。
今度は上に掲げた。
上を向いたチャムは、呆れたように見下ろしているレナリアと目があった。
チャムはニパッと笑って、レナリアに向かって両手を差し出す。
レナリアはそっとパンをチャムへと渡した。
受け取ったチャムは大きな口を開けて、あーんとかぶりつく。
そして興奮で体の色を真っ赤に染め上げた。
「ふわぁぁぁ。おいしーい。すごーい。レナリアの魔力だー」
興奮するチャムに、どういうこと、と聞こうとしたレナリアは、ポール先生が話し始めるのを聞いて、慌てて顔を上げる。
「みんな本当に上手にできたね。どのパンも、凄くおいしいよ。小麦粉をこねてパンにするように、魔力も同じように集めて放つんだ。対象が大きな時は大きなパンを、対象がロウソクの炎のように小さな時は小さなパンを作る感覚だよ。この感覚を常に忘れないようにしようね」
ポール先生はまだロウソクの炎を消していないランスとローズだけではなく、生徒全員に向けて言った。
「同じ材料を使っても、焼き上がりとか柔らかさとか風味とか、一つ一つ違うけれど、どれもみんなの個性があっていいと思うよ。もし何か足りないと思うのであれば、何が足りなかったのか見極めつつ、いいところをどんどん伸ばす努力をしましょう」
ポール先生の言葉に、生徒たちが頷いた。
レナリアも頷くのだが、さっきのチャムの言葉が気になってポール先生の話に集中できない。
私の魔力ってどういうことかしら。
ただパンを作っただけよね?
なのになぜ魔力なの……?
レナリアは混乱しながらも、考えた。
魔力を練る練習でパンをこねたが、もしかしてそう考えながら作っていたから、ナイフに魔力を通すのと同じ要領で、パンに魔力が移っているのではないだろうか。
そうすると、レナリアの作ったパンは、レナリアの魔力入りのパンということになる。
そんなものを食べても大丈夫なのだろうか。
内心で焦りまくったレナリアは、慌てて自分の作ったパンを回収しようと思った。
だがもう既にみんな食べ終わっている。
ただ一人、マリーだけが手に取ったレナリアのパンを睨みつけるように見ていて、レナリアが止める間もなく、意を決したように口にした。
それから意外そうに目を瞬く。
そしてその一連の行動を見ていたレナリアと目を合わせ、マリーはビクッと体を震わせてから、勢いよく下を向いてしまった。
もしかして、パンに私の魔力が含まれていることに気づいたのかしら……。
そう焦るレナリアに、のんきなチャムの声が聞こえる。
「やっぱりー、マカロンもいいけどー。チャムはこっちのレナリアの魔力が入ったパンのほうが好きー」
(チャム、そのパンには私の魔力が含まれてるの?)
レナリアの問いに、チャムは「そうだよー」と口をもぐもぐとさせながら答える。
(えっ。待って。どうしてそんなことになったの?)
その質問に答えたのはフィルだ。
「だって魔力入りのパンを作る授業だったんでしょ?」
(いいえ、違うわ。魔力の練り方を学ぶためよ)
「ふうん。でもみんな魔力を練ってたよ。他のやつらは魔力が少ないからあんまり分からないだけで」
(……そうなの?)
膝の上のフィルは、パンを二切れ食べて満腹したのか、お腹をさすっている。
「うん。だからレナリアのパンと違って何も効果はないけどね」
(私の作ったパンの効果ってなに!?)
焦ったレナリアは冷や汗をたらしながらみんなの様子がおかしくなっていないかと、周りを見回す。
とりあえず不調を訴えるものはいないようだ。
「ちょっと体調が回復して、ちょっと魔力が増えるくらいかな?」
(……それくらいなら、そんなに気にしなくてもいいのかしら)
フィルの説明を聞いて安心したレナリアは、ほっと胸をなでおろした。