第46話 奴隷、啖呵を切る
「セレティアのセンスは理解した。だが、夕方のあれはなんだ。いくら魔法力が高くとも、あの規模の二等級魔法を使って何ともないのはおかしい。まさかとは思うが……」
「セレティアさま本人も、保有魔力が少ないのを気にしておられました。それに、魔素変換についても興味があったようなので、正直に魔素変換のコツを教えました」
「それで、即出した結果があれか」
「はい……」
これはセレティアを褒めるべきなのだろうが、事態はそう甘いものではない。
今、セレティアが歩もうとしている道は、俺やリリウムが歩んだ道より険しいものかもしれない。
「あれは体に想像以上の負荷がかかる。特に魔力が少ない者に、大量の魔素変換は危険だ」
「ですから、ウォルスさんから、セレティアさまに忠告してほしいのです」
「魔法が使えない俺の言うことは聞かないだろう。その力を使わせないのもフィーエルの仕事だ」
「わたしは、その、鍛錬になると力が入ってしまうようで、長所を伸ばしたい欲求に勝てないというか……それに、いくら説明をしても、理解しようとしないんです。」
セレティアも魔法習得に積極的で、そういう意味ではフィーエルと相性がいいのだろう。だが、このまま放置していていい状況ではない。
高い魔法力には、それに見合った肉体が必要となる。それは以前の俺に足りなかったもので、今のセレティアにも足らないものだ。
今はなんともなくとも、これから貧弱な体で魔素変換を多用し続ければ、いずれ必ずその代償を支払う時がやってくる。
問題は、その代償を具体的に説明できるのは、その症状を患ったもの、側で見ていた者くらいしかいないということだ。
世の中に魔素変換できる者はいるが、そこまで効率よく変換できるものはほぼいない。これは一種の天賦の才能なのだ。
そういった者は人知れず、自らの魔法力に蝕まれて命を落とすのが大半だ。
フィーエルはそれを知っているが、性格的に魔法をやめさせるのが苦手なのだろう。
俺にもやめさせなかったのがいい証拠だ。
「セレティアを説得させるだけの材料が必要か……ネイヤの鍛錬にも付き合わなきゃいけないし……ああ、そうか、その手があったか」
頭の中に、一ついい考えが浮かぶ。
セレティアとネイヤ、二人の問題を一度に解決できる方法だ。
そして、俺に新たに魔法を使用させる方法でもある。
「俺もフィーエルから魔法を教わることにしよう。ネイヤにも体内の魔力の流れを意識させ、肉体を強化させる。フィーエルにはセレティアの指導しか頼んでいないが、それくらいサービスしてくれるだろ?」
「わたしが、ウォルスさんに教えるんですか!?」
「そんなに手間か? 俺は元魔法師団長から教われることに、今からワクワクが止まらないが」
「い、いえ、精一杯やらせていただきます」
星明かりの中で確認できなかったが、フィーエルがどんな表情になっていたかは想像がつく。それくらいフィーエルの声は裏返っていて、慌てていた。
「それじゃあ、帰るとするか。これ以上遅くなると、街の灯りも消えて、本当に真っ暗になるからな」
「はい」
来る時とは違い、帰りのフィーエルの足取りは弾んでいるように感じられる。
気がかりとなっていたものが一つ解決して、少し気が楽になったのだろうか。
俺も魔法を使う口実ができ、セレティアに口出しできるようになるのかと思うと、思わず口元が緩んだ。
◆ ◇ ◆
翌日、シュレスターを発った俺たちは、ムラージの情報にあった山岳地帯を目指して馬車を走らせた。
ここから先は町もないようで、野営が続くことになる。
そうなると時間も土地も自由にできるため、当然のことながら、鍛錬に費やせる時間が大幅に増えるということを意味する。
見晴らしのよい丘で昼食を終え、一息ついているセレティアに、フィーエルが鍛錬のために声をかけた。
「もうそんな時間なのね。もう少しゆっくりしたかったけれど、仕方ないわね」とセレティアは億劫そうに言いながら、腰掛けていた切り株から腰を上げる。
俺はそれを見届け、続けて腰を上げた。
隣で期待の眼差しを向けるネイヤに、鍛錬の声をかえるために。
「じゃあ、俺たちもそろそろやるか」
「はい、お願いいたします」
「そんな、かしこまらなくてもいいぞ。全員でやるからな」
「全員? どういうことでしょうか」
首をかしげるネイヤを連れ、フィーエルに指導を受けようとしているセレティアの横に、何食わぬ顔をして並んでみた。
ネイヤはワケがわからないといった表情を見せたが、セレティアはそれ以上に、困惑した表情を見せ、同時に俺に文句を言ってきた。
「ちょっとウォルス、どういうつもりかしら? そこにいられると、わたしの鍛錬の邪魔なのよ」
「悪いな、俺も今からフィーエルから指導を受けるんだ」
「何を言っているの?」
セレティアが怪訝な目で見つめ、その反対側では、ネイヤが目を見開いている。
「どういうことですか? 私はウォルス様から指導を受けられるものだとばかり」
「ネイヤは自覚がないようだが、剣士も体内で無意識に魔力の循環を行っている。俺はその魔力の循環をコントロールすることで、力を増してるんだよ」
ネイヤが顔を左右に振り、何かを思い出したように、目尻に薄っすらと涙を浮かべる。
「私は過去に、魔法師から魔力がほとんどないと言われたことがあります……」
「体内で循環させる魔力は、魔法師のような魔力量は必要ない。必要なのは、魔力よりも効率よく魔力を扱える魔法力だ」
「魔法力……私にもあるのでしょうか……」
「それは、そこのフィーエルに聞けばわかる」と俺が言い終える前に、迷子の幼子のような瞳をフィーエルへと向けるネイヤ。
フィーエルはそんなネイヤに向かって、力強い眼差しを向ける。
「全く魔法力がない人なんていません。それに、上位冒険者になれるほどの力があるのなら、循環程度の魔法力は身につけられます」
ハッキリと断言するフィーエルが、たくましく見える。
それはネイヤも同様のようで、ホッとした表情を俺へと向けてきた。
俺はそんなネイヤの肩に手を置き「鍛錬はその基礎ができてからだ」と伝える。すると、ネイヤはさっきまでの姿が嘘のように、「はい」と力強い返事をした。
「もういいかしら?」
「何だセレティア、そんな不満そうな顔をして」
セレティアは、呆れているような、怒っているような、何とも表現しがたい表情で、俺の目の前に立ちはだかった。
こういう時は教官であるフィーエルに仲裁に入ってもらいたいものだが、当の本人は完全に俺に丸投げしている形だ。
「魔法鍛錬は、ウォルスが思っているほど甘くないのよ。ネイヤの循環程度なら問題ないんでしょうけど、魔法はウォルスお得意の、お勉強でどうにかなるものじゃないの」
このセレティアの発言に、セレティアは自分の魔法習得速度に、少々増長している、と俺は判断せざるを得ない。
そんな自信を覗かせるセレティアに、俺は指を突きつけ、啖呵を切ることにした。
「セレティア、俺が最強たる所以を、魔法でも見せつけてやろう。全ては勉強済みだ」